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愚者の楽園  作者: montana
27/33

騎士 Blood sin:I am the Knight

【奥の手】

 その騎士は知っている。ゴッドスピードの強さを知っている。

 攻撃がまるで当たらない、それは危険が及ぶ軌道を事前に知覚できるからだという。

 しかし、それが強さの本質だと彼は考えていない。なぜなら高精度の先読みシステムはすべてのオートワーカーに標準装備されており、決して特異とはいえない能力だからだ。作業に危険はつきものであり、事前に危機を察知できなければ周囲に危害を加えてしまう事態もあり得るだろう。それゆえの標準装備である。

 そしてそのシステムは戦闘にも転用されている。銃口の向きから弾道を予測したり、接近戦においても、人体の可動範囲と重心移動、慣性などから高精度で次の挙動を読んで、作戦を有利に進めるのだ。

 しかし、それだけでは戦いに勝てないと騎士は知っている。予測を立てた後に行動に移すとなるとどうしてもラグが発生するし、そのラグを見越した予測を立てると情報が重複し、処理情報量が爆発的に増大していくからだ。

 おそらくゴッドスピードも同様だろう。人間の脳というコンピュータがある分野において機械人間のそれを上回っていたとしても、かかえる欠点は同様のはずである。

 それは本来、奥の手であった。実のところ構えている大剣が本命ではない。手の平から放たれる無数の切断光線が本命である。

 有効射程は20メートルほどだが、幅約10メートルの攻撃範囲とその複雑な軌道、そして驚異的な切断力において、避け切ることなど不可能に近い必殺の攻撃となっている。ほぼすべての人類はこれで瞬殺できるだろう。

 しかし、この騎士はゴッドスピードの強さを知っている。これだけで倒せるなどとは、微塵も考えていない。

「疾ッ!」

 その瞬間、それは放たれた。ゴッドスピードの集中に乱れが生じたそのときを狙ったものだった。

 バイザーを通して見えた表情、どうやら意外な内容の通信が入ったらしい。

 騎士にとって、最良と思われる不意の間際にそれは放たれた。猛烈な連続攻撃、200を超える光線の斬撃がゴッドスピードに襲いかかるが、渦巻くように刃の角度を変えたブラックキャットの直線連射の陰になるよう、体を水平に回転させる妙技で騎士の奥の手はいともたやすく防がれてしまった。

「突ッ!」

 その瞬間であった、大剣による超速の突きが放たれたが、ゴッドスピードは必要最低限のブーストをふかすのみ、風に舞う綿毛のようにふわりと回避し、あろうことか、諸刃たる大剣の背の上に着地してみせた。

 いくらワイズマンズとはいえ、とてもまともではない。

 しかし騎士はゴッドスピードの強さを知っている。ゆえに驚きはない。ある意味、すでに全力であるものの、戦いはこれからである。

「ひとつ、協定といこう」

 提案をしたのは騎士の方からである。

「ここには多くの人間が住んでいる。彼らを我々の戦いに巻き込まぬようにしたい」

「……ここにいるのはアウトローだろう」

「みな死して当然の罪人というわけでもなかろう。なればこそ、無闇に巻き込んでよいわけもない」

「ふん」ゴッドスピードは剣の上を歩き始める「いいだろう」

 騎士は大剣を手放し、ゴッドスピードは静かに落下していく。射撃をいくら回避できようが、掴めば確実である。だが手を伸ばす前にブーストでの膝蹴りがこの顔面に直撃するだろう。背後を取るための布石だろうが、その程度でひるむこの体ではない。掴むのはそのときでよい。

 そしてその予測は当たっていた。半分だけは。

「ぬうぅっ?」

 思いがけない、凄まじい威力であった、小型ミサイルにも匹敵する威力! 膝が発光していた、あのオーラはっ! 騎士は後方によろけてしまう、まずい、このままではっ!

「おおおっ!」

 あえて後方へ、倒れんばかりに飛び退いた、下手に踏みとどまれば背後を取られていただろう、ゴッドスピード相手に背を向けるなど死んだも同然だ!

「ちっ!」

 誤算はゴッドスピードにとってもである。こいつ、判断が的確過ぎるっ! 反撃がくるぞっ!

「昇ッ!」

 騎士の両手が発光するのと同時に背面のブースターが一気に解放され、刃をまといながら超速で天井まで飛び立ち、巨体と同時に大剣も天井に突き刺さっていた、そしてその柄はまた握られる。

 騎士が天井から見下ろしたとき、ゴッドスピードは着地したところだった。

 やはりか! またも無傷! しかし、どこにあの体を通す隙間があったというのだっ?

「……勢ッ!」

 一閃であった。

 閃光の三日月が部屋を切り裂き、床を横断する溝をつくった。

「雷ィイイ!」

 流星のごとく疾さで騎士が襲いかかるが、その着地とともに、床が崩壊していく。


【新たな要請】

『ゴッドセンド! グリーンナイトを確認……!』

 スノウレオパルドからの通信である。

『いったいなぜ、そんなところに! ゴッドスピード、戦闘はまったく容認できません、現状の装備でそれを破壊することは不可能です!』

「そうかな、奴はやる気だが」

『なぜ、エンパシーから離れたのですかっ?』

「救助対象を連れ出しているからだ」

『ただちに呼び戻し……』

 そのとき、通信が途絶えた。

 ゴッドスピードにとってはどちらでもよいことである。

 今はただ、眼前の強者に集中するのみ。

『聞こえるか、ゴッドスピード』

 ふと入り込んだ声は、聞き覚えのない男のものだった。

『私はワイズマンズ1、コンバージェンス。ようやく繋がったな』

 どうでもよいことである。

 しかし次ぐ言葉に、ゴッドスピードの集中が、乱れた。

『助けが必要なのだ、私は幽閉されている』

「……なに?」

『場所はXホール、下38階層の7882だ』

「なにを……」

『そこですべてを話そう、奴らを信じるな』

「なんだと、おい、あんたっ……?」

 通信はそこで切れる。直後、騎士が動き出した。


【紳士協定】

 ミンヴとジュサイミは取り引きの手を止め、天井を見上げていた。

「なんか、うるせぇな」

 パンクロックな出で立ちのミンヴはトゲトゲの金髪を整える。

「上はほら、倉庫あるから」

 何の変哲もない青年のように見えるジュサイミだが、下半身は下着である。

「イーターか、ここんとこ増えたよな」

「わりと食われまくってるらしいな」

「オイ」

 二人に割って入る、小太りのスーツ男だった。

「ジビスをやったのはお前たちか?」

 男は拳銃を握っている。引き金に指もかかっている。

 しかし、彼らにとってはただの日常である。

「知らん」

「知らねー、いや知ってるかも」

 男は黙って言葉を待つ。

「ノラコンに爆弾仕掛けた野郎がいるとか、何人か巻き込まれたって、犯人捕まえるって、ジビスがさ」

 ノラコンとは野良コンテナの略称である。ときどき物資が搬入される共有コンテナの愛称でもある。

「あんた殺し屋サロデンだろ、でも犯人の手がかりが……」

 そのときだった、頭上が光り輝き、見上げると大きな亀裂が入っていた。

「なん……」

 次の瞬間には轟音とともに、天井が落ちてきた。

「うおおおおっ……?」

 粉塵が辺りに立ちこめる。

 三人は無事だった。

 周囲には先ほどまで天井だった瓦礫がある。

 そして人影が二つ。うち一つは明らかな巨体である。

「動くなよ、巻き込まれたくなかったらな」

 次の瞬間、光が幾度も瞬き、突風が吹き荒れた。粉塵でよくわからないが、戦っているらしい。

 ミンヴとジュサイミは互いの、粉塵まみれの顔に眉をひそめ、殺し屋サロデンはとりあえず、その場にしゃがみ込んだ。

 よくわからないが、下手に動くと死ぬだろう。

 それだけは確かだった。

 しかし、数分後には騒音が遠のいていった。隣りの部屋に戦場を移したらしい。

 三人がため息をついたとき、また轟音がした。

 見るとイーターである。上の階より降ってきたのだ。

 何やらボロボロだが、それでも充分な脅威には違いない。

 それは音の方へと歩き出したが、次の瞬間には、巨大な剣が鋼鉄の獣を串刺しにし、壁へと突き立てた。そしてそれは逆噴射で戻っていく。

 三人は顔を見合わせ、黙ってその場を後にしていった。


【保全会議】

 本来ルールなど存在しなかったこの環境にあっても、人が増えれば決まりごとも増えていく。オートワーカーとノラコンの保全はそのなかでも最も根幹的なルールだった。

 しかし、それを破っている輩がいるらしい。それはこの環境下に住まう者たち共通の敵となる。

 そしてつい先ほど、見境なく殺戮を繰り返している一団がいるとの報告が入っていた。

 乾いた血の色のスーツを着た男、タンヴァゼラはオールバックに固めた金髪の頭を撫で、スタンバトンで肩を叩いた。

「ふむ、やられたのはヤク中どもばかりと聞きましたよ、やはり健全派の仕業じゃないんですか」

「いえ、取材陣の仕業で間違いないそうです」

 スキンヘッドの男、シャチャはいやらしい笑みを浮かべている。

「ただ、よくある悪酔いのようですね、ワーカーやコンテナに手出ししたとの報告は入っていません」

「ならばどいつの仕業だ」

 アーミースタイルの大男、バクサーは太い腕を組む。

「入居者は管理しているんだろう?」

「ええ」シャチャは頷く「しかし、どうにもしっぽを出さない」

「怪しい者はあらかた調べましたよ」

 タンヴァゼラの周囲には裸の男女が転がっている。みな、全身に外傷を受けている。

「どれもシロですか?」

「シロいです」

「待て……なんだと?」

 バクサーは耳元の無線機を触る。

「おい、えらく派手に暴れ回っている奴らがいるそうだぞ」

「またですか」タンヴァゼラはため息をつく。

「ええ、ガードドッグが侵入したそうです」

「なにっ」バクサーは目を見開く「早くいえっ!」

「大した問題にはなりませんよ。最近はなんともツワモノの客人が多い。すぐに殺られるでしょう」

「奴らに任せておけるか!」

 バクサーは急いで部屋を後にし、二人は苦笑いした。


【騎士の矜持】

 二人が通った後は瓦礫と塵しか残らない。死傷者は現状、出ていないものの、戦いが激化していく予感を背に、二人ともに紳士協定の破れが生まれないか不安になりつつあった。

 ゴッドスピードは慌てて逃げていく数人を尻目に、

「……もう少し、だだっ広い場所を選んだ方がいいかもしれんな。俺は彼らを傷つけない自信があるが、お前の暴れっぷりを見るに、今後はどうなるかわからん」

「ぬう」

 しかし強がりである。ゴッドスピードはあくまで自身に対する脅威を事前に予知するにとどまる。その能力は巻き込まれる他者のことなど、いっさい考慮しない。

 これが例えば、処理能力のようなものの限界なのか、それとも本音では他者のことなど慮っていないのか、ふと刹那、彼の脳裏にそんな疑念がよぎった。

 だがそれも、どうでもよいことだろう。彼は自身を善い人間だとみなしていないし、そうであることに執着もしていない。

 正しいとは何か。正義とはどういったことか。

 答えはない。あるのはその時々の都合のみである。

 ある複雑性に対しての割り切り、迷い人の道しるべ、暗い森に浮かぶ民家の明かり……。

 つまりはなんとなく、そこへ向かうだけなのだ。

 あるいは見えづらかっただけで、他の選択もたくさんあったのかもしれないが……。

 しかし、たらればをいくら積み重ねても現実は変わらない。

 そうだろう?

 そして、お前は何を思う。

 俺と同じように闇雲なだけなのか。

 ああ、きっと、そうなのだろう。

 お前は己の矛盾に気がついていない。

「どこか知らないのか? 周りを気にせず、存分にやり合える場所とか……」

 ゴッドスピードはドアを蹴り抜いた。その後に続く騎士は周囲の壁をも破壊して後に続く。

 その先はカジノになっていたが、隣の喧騒を知ってのことだろう、誰もいなかった。

「さしてこの場所に明るいわけではないのでな」

「そもそも、なぜにお前はこんなところにいる? ブラッドシンと繋がりでもあるのか? いっそアウトローとか?」

 両者の一閃が交差した。傷を負ったのは騎士のみである。

「……通達があったからだ。貴殿がこの周辺地域におり、ならば、ここへとやってくる可能性が高いと」

「通達? 誰からのだ?」

「わからん。だが、私に直接送りつけてきたのだ、ただ者ではないがゆえに放ってもおけなくてな」

 あるいはあの黒猫女か……? ゴッドスピードはうなる。

「あれで地上へゆくか」

 騎士が指差した先、カジノ会場の奥には大型のエレベータがあった。

「おっ、そうだな。外ならばいい……」

 のだろうか? 上にはあの黒猫女がいるし、ハイスコアもいるだろう……。事態はより混迷しないだろうか。

 ゴッドスピードが選びかねている束の間に、ふとエレベータが稼働し始め、ややしてドアが開いた。そこには武装した兵士たち、中央にいるのはバクサーである。

「貴様らか! 暴れるなとはいわんが、度が過ぎた破壊行為だろうが!」

 兵士たちは銃を構えるものの、その目には恐怖の色が強い。その対象はもっぱら騎士の方である。

「わかった」騎士は頷く「やはり外でやることにしよう。騒がせて申し訳なかった」

 思いのほか敵性のない言葉に、

「な、ならばいい……」

 バクサーとて畏怖がないわけではない。穏便に済めばそれに越したことはないのだ。

 それにしてもこの男、ガードドッグらしいが……こんな有様となる戦いをあのオートキラーと経てなお、ここまで無事とは……。

 兵士たちはゴッドスピードと騎士に道を譲り、二人はエレベータに乗り込んだ。

 大型の昇降機が、上昇していく。

 必殺の間合いではあるが、騎士はもちろん、ゴッドスピードとて不意打ちはしない。

 代わりに、言葉がいくらか、交換された。

「過去に、何があった?」男は問いかける「俺はいったい、何をしたんだ……?」

 一寸の沈黙の後、騎士が答える。

「その問いは、今にそぐわん。貴殿にとって、私は危険なオートキラーでしかないはずだ」

「……ああ、そうだな」

 さらに間をおいて、騎士がいった。

「だが真実をいおう。私たちは騎士だ。騎士とは、王を守り抜くための生ける盾である」

 昇降機が止まった。その先は外ではなく、だだっ広い空間である。

「騎士には騎士の矜持がある。例えば、主が乱心したとき、ひたすらに追従するか、否か」

 騎士はゴッドスピードを見据える。

「なにが、正義かは……今となってはわからん。だがなゴッドスピード、貴殿もつまりは主であったといえる。私のいっていることがわかるか」

 わかる。

 わかって、しまう。

「あ、ああ……」

「騎士は、騎士こそはだ、愚鈍であってはならぬ。その介錯は、いずれにせよ、我々の最期の使命である。いっていることがわかるか、ゴッドスピードよ」

「ああ……」

「所詮、地上は愚者の楽園に過ぎん。だがな、投げ出してはいかん。それだけは、ならん」

 ゴッドスピードは戦慄する。ここからが本番だと。

 騎士は早々に渾身であった。すべてを出し切った。残るは進化のみである。

「打ッ!」

 攻撃面積を上げるために、剣の平で殴りかかる、当たった、と思った瞬間、ゴッドスピードがブーストで滑りながら力を逃した、そして黒猫の刃を連射してくる。

 だが何ということもない。普段ならばそう思っただろう。あの銃はブラックキャット、そしてシルバーフォックス。大した得物ではない。この装甲を撃ち抜くには純粋に威力が足りないのだ。

 ゆえに、特別な理由がないかぎり、相手にすらしないところである。相手がゴッドスピードでなければ。

 彼には不吉の影が見えるという。それは人や動物を基調とした怪物のような姿で、しかし、姿があるからこそ、その動きがさらに細かく予想できるのだと。

 なるほど面白い資質であると思う。しかし、その話を聞けば聞くほど騎士には疑念が膨らんだ。

 あるいは彼自身、その能力の全貌を理解していないのではないか?

 なるほど敵の攻撃を避けられる、そこまではよい。しかしこれはどうだ!

 数多に迫り来る黒猫の刃が、騎士の肩口を切り刻み、肩の装甲が崩れ落ちた。

 馬鹿な! だがそうだろうとも! 特殊仕様だとしても、超振動刃ごときでこの多重材質の装甲がここまでたやすく切り刻まれるわけがない! しかし相手は最強の男、ゴッドスピード!

 銀狐にしてもそうだ! 徹甲弾で我が盾を撃ち抜けるか? 確率的にはゼロではない! しかし、何発もの弾丸が貫通している!

 他にもおかしな現象が多発している、足元の、床の、少々の具合が踏ん張りを阻害している、ここまで滑るものか? あり得ないわけではない、しかし、あまりに都合が悪すぎるではないか!

 認識の隙間を掻い潜る、細かで不気味な不幸が多発している。予知システムが解析不明を幾度も吐き出している。これは等価値の要因が同時に複数出て、修正案に決定が下せない状態だ。量子論的ジレンマ、観察、分析がむしろ不明を深めさせる!

 素晴らしい強さだ、盟友よ!

 しかし、貴殿は何ものなのだ!

 特別なのはよい、貴殿は騎士にも、王にすら値する!

 だが! 貴殿は……!

 貴殿はっ……!

 ハルメリア様を殺めてしまった……!

 あのお方が乱心し、それを止めたかったのはわかる!

 私もそうだった!

 だが、騎士は忠義を貫くもの……!

 それがなくては……。

 我々はどこへゆく?

 このような力をもって……。

 どこへゆく?

 貴殿はなにものなのだ。

 そして私は、なにものなのだ。

「そう、主をなくして騎士と名乗るはなんと滑稽なことか」

 ふと、騎士は構えた。そして各所の装甲が剥がれ落ちる。

「流浪の愚者、セルバンテス。妖に浸りても真実を求めん」

 猛烈なオーラが吹き出し、装甲が一新される。

「パージか、いよいよだな!」

「この力が何なのか、私にもわからぬ。ゆえに、不用意に扱うわけにはいかんかった。しかし、貴殿相手には別か!」

 騎士が剣を振った。

 そして次の瞬間、岩山から光の柱が立った。


【違和感より来訪する予感】

 もはやブースターといえる次元ではなかった。謎の光、オーラが縦横無尽に伸び、騎士の動きが超高速化しているのだ。

「うおおっ?」

 ゴッドスピードの驚愕も当然である、先ほどとは明らかに別次元の動き、光の刃がさらなる拡張性に発展し、直撃はされていないものの、彼の体を傷つけ始めたのだ。

「ちっ、軽量化ごときでここまで……!」

 やはりか! この力ならば通じるのだ!

 しかし致命傷には至らない。騎士にはわかっていた、この力はまだ制御できていない、高速移動も攻撃も、狙ったところに着弾はしていない。

 制御が難しい。

 そして戦慄する。

 予感である。

 何かが近づいてきている予感。

 何かはわからないが、この激戦、死闘の無我夢中、その最中にすら感じ取れる違和感。

 このままだとそれが、到達する。

 自分ばかりではない、ゴッドスピードにも。

 未知より戸惑うゆえの、一瞬の惚け、その刹那であった。

「とった!」

 なにがだ。

 持ち方が違う。

 ブラックキャットが変形している?

 いや、分離している。

 気がつくと、騎士の右腕が飛んでいた。

 ……レーザーブレードか! しかし、この威力はっ?

 あの光は……!

 私と同じ……!

「いくぜ!」

 ゴッドスピードはブレードを捨てた。一撃必殺の隠し武器で、先ほど全出力で出し切ったからだ。そして超振動ナイフに持ち替え、絶妙なるタイミングで騎士に密着する。

「ぬううっ!」

 こうなっては反撃が難しい。瞬く間に胴体に多数の傷がつけられる。騎士は自滅を懸念しての、低出力の光の刃をまとった掌底で応戦し、なんとか難を逃れた。

「……やはり貴殿も同じ力があるのか」

「なに?」

「この光がいったい何なのか、知っているのか?」

「光……?」

「この体を包む光だ」

「何をいっていやがる」

 その言葉に、

 騎士は、慄いた。

 思考、計算の前に、それが先んじた。

 彼は、

 知らぬふりなどしていない。

 する意味もない。

 そして思考が追いつき、ある仮説が浮かび上がっていた。

 まさか……。

 まさかっ……!

 そんなことがっ……?

 だが、もしそうだとしたら……言わぬ方がよいだろうっ?

 告げるべきでは、ないっ?

 そう、まずは確かめねばならん!

「きっ、貴殿よ!」

 騎士の声音に、ゴッドスピードの動きも止まる。

 たやすく止まるのは、つまり……。

「……なんだ」

「……我々は敵同士ではない、かもしれん!」

「なにぃ……?」

「必要ではあった! だがこの戦いは一旦、預けよう!」

 男は、ふざけるな、などとはいわなかった。

 ここまでせめぎ合った不満はあれどもだ。

 手を止めるのは、やぶさかでもなかった。

「……だがっ? 貴殿よ、いずれにせよ、こうしている場合ではない! かの白君を守り抜くのだ!」

 そう言い残し、急に騎士は踵を返し、高速でその場を去った。

 瞬く間の展開に、ゴッドスピードは眉をひそめるばかりだが、

 白君……。

 白、白髪!

「ウルッ!」

 ゴッドスピードもブースト全開で駆け出した。


【闇の邂逅】

「急ぎましょう!」

 マタカーを引きずりながら、ウルチャムたちは進んでいく。

「思ったより失血が多そうです! 急がなくては……!」

「ああっ、あっ……?」

 二人は、足を止めた。外へと続く階段の前に、人影が複数あったからだ。逆光ぎみではっきりとは見えないが、どれもがラフな服、パーカー姿である。どうやら三人組らしい。

「……誰だ?」

 マイルの問いかけに、人影は答えた。

「ザプライザー」

 その悪名は耳にしたことがあった。正体不明の集団で、非常に悪質な〝ジョーク〟を企てる、自称アーティスト集団である。

「……何の、用ですか?」

 人影は指を差したようだった。

「それ、ヘンリー・マタカーだよな? 傭兵集団、灰色狼にいた」

 もやの多い意識のなか、マタカーは眉をひそめる。

 なんだこいつらは……? なぜ、その名を知っている……?

「なんで生きてんの? さっさとくたばれや。そういう話らしいよ」

 ウルチャムは前に出て、

「マタカーさんは渡せません」

「ガード、ドッグ……?」中央の人影は首をかしげる「なぜ……?」

「加害するつもりなのでしょうから」

「そうじゃない、なぜ……?」

 人影は逆方向に首をかしげる。

「なぜ、こんなところに……」

 ウルチャムにとっても奇妙な感覚はあった。この感覚、あのひとと同じだ……!

 窓の外で、人が笑っている。倒れた人のそばで、笑っている……。

「あなたは、誰?」

「俺かい……? そうだなぁ……」

「おい」向かって右手の男である「なにを暢気に……」

 次の瞬間、中央の人影が両側の者たちを撃ち殺した。

 ウルチャムは目を見開き、完全たる敵対者と認識する。

「そうだな、俺はね、ただの不良品かな」

 恐るべき殺意がウルチャムへと向けられていた。

 和解など、到底、あり得ない程の敵対心である。

 ひとり残った人影はいった。

「さあ、お嬢さん、踊ろうか」

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