取材 Blood sin:Ecosystem
【リポート・アーティスト】
マイル・シーカーは記者であり、同時にある種のアーティストである。記事というものには例外なく主観性が入り込み、すべての事実は加工され、真実という名のいち表現に着地するものとみなしているからだ。つまり彼はメディアの大義などというものを信じていないし、この世の中は画家でいうところのカンバスに過ぎず、記事はといえばもちろんアート作品に過ぎない。なるほどある面においては謙虚ともいえるのかもしれないが、思想的にはシニカルさが際立っている。
しかしながらフロントガラス越しの風景はあまりに剥き出しで、皮肉屋たる彼に恐縮という心情を染み渡らせるに充分だった。乾ききった風が痩せた大地を切りつけ、叫ぶように塵を舞い上がらせている。
誰が殺したのか、この大地を。長引く機械との戦争、その結果だというのか。であるならば罪の半分は、いいや、奴らをつくったのは人間だ、すべては人の業の結果に過ぎないというのか。マイルはちらりと運転席の男を見やった。
武装者である。戦争者でもあるだろう。職業的には傭兵、ボディガード、そして彼の馴染み、友人ともいえた。後部座席にも二人、乗車している。
彼らは都合四人、各コミュニティを転々としている。もちろんより刺激的なネタを探すためだが、その動機を強固にしているのがこの移動時間かもしれなかった。俺は、俺たちはこの荒野に追い立てられている。そんな思いが彼らを駆り立てるのだ。そしてだからこそか、危険な仕事も好んで請け負う。例えばアウトローチームの取材など。
「……まだ、着かないのか?」
マイルがそう尋ねると、運転席のマタカーはうなって答える。
「あまり時間をくうわけにはいかない。ネタが本当なら、ここいらにキラーが大量に巣くっている可能性もあるしな」
オートキラーを従えている人間がいるという噂を聞きつけての移動だった。当初は眉唾だろうと考えていたが、情報を手繰っていくと共に、見た、会ったという者が少なからず存在していることを知るに至り、最後のネタ元はといえばコミュニティの市長である。もはやガセなどではない。
「マイル・シーカー君……。きみの噂はこんなへんぴなところにもよく聞こえてくるよ」
ジデオルの市長は彼らを歓迎した。妙に人懐こい顔をした口髭の男で、着ているスーツは高級品ではない。市長室も市役所然としていてリッチな趣向はまるでなかった。
「へんぴだなんて、しっかりとしたコミュニティではないですか」
言い換えれば特徴のないコミュニティということであり、マイルの感性にも響くものがなかった。差し出された紅茶の銘柄の方が気になるほどである。
「ありがとう、それで……あの男について知りたいとか?」
「ええ、なんでもオートキラーを従えているとか。あの殺人機械たちをどうやって手懐けたのか知りたいものです」
「しかし、やめた方がいいと警告するよ。本当に」
マイルは内心、鼻で笑った。人はなぜだか自身の抱く危機感を過剰に評価し、あるいは勲章のように見せびらかすのだ。そして同調し、怖がってくれる他者を得て奇妙に満足する。もちろんそんな危機をいともたやすく乗り越える人間が実在するとは思い至らない。
マイルはメディア界の若き異端児、ダイハードマンの異名をもつ新進気鋭だった。行くなという場所にこそ向かっては無事に帰ってくることに定評があり、そこに存在意義もある。
「ご忠告痛み入ります。ですが、僕の使命ですので」
キメ台詞である。最初はただの冗談だったがそのうちこの言葉を百回以上も使用することになり、彼はときどき苦笑したくなるのを堪えるハメにもなっている。
しかし、市長は不可解なことを口にした。
「きみは思い違いをしている。あの男はアウトローの類じゃない。きみがそういう界隈に顔が効くことは知っているが、別種の人間だと私は思うよ」
「別種……とは?」
「あの男は直接的な暴力を振るわない。少なくとも現状ではね。ただ、武器を配るんだ。欲しいという者がいたら分け隔てなく、なんでも、ここを半壊させるほどの爆弾ですらも、安易に、子供にだって」
「武器を? 武器商人なんですか?」
「いいや、ただ配るんだ。これが本当に困っている。このジデオルでは武器の管理は徹底されているが、出所が不明な武器が水面下で大量に出回っている。警備兵が規定にない装備をしていることもあるほどだ」
「それは……」あなた方の管理不足だろう、といいたいところをのみ込んだ「困りますね」
「商売ならば取引の重さで事態の計りようもあるが譲渡となれば異様に軽くて迅速だ。今のところ目立った実害はないが、我らがコミュニティは確実に狂わされている……」
市長はうなり、マイルを見据える。
「そういう悪なのだよあれは。そう、あれは邪悪なんだ。だから近づいていいことはないし、記事にもしない方がいい。あれの存在がより周知されてしまうと世の中がよりおかしくなるとは思わんかね?」
マイルは赤い紅茶に目を落としながら、そうかもしれないと公共的な危惧を覚える。
「それにもちろん、実際的な危険がないとも保証できん。だから行かない方がいいんだ」
「しかし……」
もし、その話が本当ならかなりのネタではないか。取材しない手はない。それに元々はキラーを従えているという点に着目していたのだ、武器を配るという点は興味こそあれども取り上げなくてもいいネタかもしれない。
彼がそう伝えると、市長は幾度も頷く。
「そうか、武器の件は内密にと、確かにキラーの点だけでも興味深いには違いない。でもね、両得の方法があるよ。取材後にあの男を殺すんだ。そういう男がいたという記事なら書いたって実害はないはずなんだ」
マイルは眉をひそめた。市長にしては過激な提案だ。
「君の話はよく耳にしているが、それでこそ真の英雄だとは思わんかね。ぜひがんばるべきだよ。私は軍部の目もあり動けないが……君にはできるかもしれない」
からかいなどない、本当に真剣な面持ちだった。しかし軍部の目とは、すでに癒着が進行しているというのか。
「成功した場合は四億、支払おう」
「よ、四億……」
「居場所は分かっているし、連絡も取れるよ。きっと歓迎されるさ。だがやったとなると命懸けだぞ、きっとキラーとの戦闘になる。だが生き残ってくれば四億、確実に支払おう」
とてつもない金額だった。嘘くさ過ぎてかえって真実味が深い。マイルの直感としても、この市長は信用できた。
「……考えておきます」
市長を介してのアポは簡単に取れた。いつでもどうぞとの返事である。そしてマイルたちは謎の男へと会いにゆくことになり、現在はその移動中である。
「四億だぜ?」マタカーが笑む「最高にオイシイ話じゃねぇか」
「……どうかな」マイルは呟くようにいう「スパイの噂が立っちゃ困るしな……」
取材対象への攻撃などもちろんご法度である。もしその事実が周知されてしまった場合、二度とアウトロー相手に仕事はできなくなるだろう。ある意味、ダイハードマンの死である。
しかし四億は確かにおいしい。釣り合いはとれなくもない。
「なんだ、乗り気じゃねぇのか?」後部座席のダヘランである「ビッグテンでのんびり暮らせる額だぞ、こんな生き方ともおさらばさ」
「だがキラーの報復にあったら? 乗り切れるか?」
「そこよ」同じく後部座席のマルリーである「こっそりやって迅速に脱出できりゃいいが、そうはいかんこともある。だから事前にガードドッグを呼び寄せとくんだよ」
「それは……」マイルはうなる「出たとこ勝負に過ぎやしないか?」
「殺すのは後でもいいさ、貴公子さまを盾にすりゃなんとでもなる。なんだ、ビビッてんのか? 出たとこ勝負はいつものことだ。それでも生き残ってきたのが俺たちだろ。その直通アラートはただのお守りか?」
ガードドッグはマイルを有力な情報屋として見なしており、特別にワンタッチで緊急通報が可能な端末を彼に持たせていた。つまり、ボタンひとつで隊員が急行してくれる手はずだった。
「ビビッてやめる。そんな選択はもうねーよ」マタカーである「なんせ四億だからな。正式な契約こそないが、あの市長は信用できる」
決めかねてはいるものの、マイルにも自信はあった。これまで通り、なんだかんだ上手くいくのではないか。
彼はアウトローたちに人気がある。もっぱらそのワルさを宣伝してあげる立場だったからだ。ワルはワルだけに大なり小なり露出を抑えなければならないが、同時にそのワルい力を誇示もしたくなるもの。その矛盾を解消する都合のいい相手が彼のような記者である。
悪党というものにも上手さが必要である。喧嘩ひとつに例えても実際その次元は人によって様々だ。あるコミュニティにおいて、どこまでやっていいのかよく分からないのが一般人、加減を知るのが熟練のチンピラである。
この辺りのさじ加減を見誤らず、必然的に構築される階級構造において、より畏怖たる立場を維持する力、これが重要であり、アウトローといえども内部の構造はどこもそう変わりがない。鼻を効かせて、どの人物をどう持ち上げるのかを間違えなければ無法者相手とて問題はないのだ。彼らがもっとも嫌うことは内部の情勢を知らない異物が引っ掻き回すことなのだから、理解する努力を怠らなければ直ちに危険な事態になることはない。
「座標からしてそろそろのはずだぜ……何もないが……いやっ……?」
車両が減速していく。大岩が多数転がっている一帯に人影がぽつねんと立っていた。マイルは目を細め、
「……あれか?」
「だろうな。他の反応はないが万一もある。用心しろよ」
車両はするすると人影へ近づいていく。ボロ布を被った人影は機械人間だった。キラーかワーカーかは判別がつかないものの、武装は見当たらない。
こういうときに率先して前へと出るのがマイルである。危険はなんでも傭兵任せでは勘が鈍くなる一方なのだ。
「やあ、きみは……夜の貴公子さまの? 記者のマイル・シーカーだ」
返事はなく、突如として岩が持ち上がり、下層へと進む道が現れた。このような地下施設はマイルたちもたくさん見てきた。建造したのはオートワーカーである。
車両は内部へと侵入していく。灯りもない斜面が数分続くが、やがて視界が開けてきた。
「なんだ、ここは……?」
経験豊富なマイルですらそう呟くほどにその地下社会は奇怪だった。廃墟と、ギラギラ光る地帯と、妙に装飾過多な地帯がまだらに存在し、統一感がまるでない歪な風景である。空は大まかにいって緑色をしていた。
「……狂った場所だぜ」後部座席より、傭兵のダヘランが吐き捨てるようにいった「そこらに装甲車が……っと! 危ねぇ!」
突如として武装車両が彼らの前を塞いだ。そしてラフだがところどころ鎧った格好の、いかつい連中が現れる。
車両にこもっていても舐められるだけだ。自分たちはここの主に呼ばれたいわば客、それにあいつらの格は低いに違いない。マイルたちは車両を降りることにする。
「やあ」
マイルの明るい挨拶に対し、返事はない。
「僕はマイル・シーカー、取材をしにきたんだ」
「聞いてねぇな」
例の男はここいらの頭目らしい、その客人への失礼などアウトローであるからこそ命懸けなはずだ。しかしチンピラたちはニヤニヤとしながら彼らを見下している。どうにも本当に知らされていないのか、あるいは我々が試されているのか。マイルはマタカーに目配せをし、軽率な行動をしないよう諌めた。
「じゃあなにかい、貴公子さまの不手際だって?」マイルは肩をすくめてみせる「そういいたいのかい、あんたたちは。俺たちは招待されたんだぜ〝普段通りに〟」
そのとき、途端にチンピラたちは笑みをなくした。
「そう、か? そうか、いや、勘違いしてたよ、ああ、俺は!」突如としてチンピラは自分の顔を叩く「俺は! いや、すまねぇ、勘違いだ! ああ!」
チンピラは自身の頬を叩き続けた。異様な手のひら返しである。アポを取る際に伝えられた合言葉の破壊力は絶大に過ぎた。
「……そうかい? じゃあ行っても?」
「ああ……あの」
「うん?」
「俺たちのことは……」
「何もなかった。いや、君たちは歓迎してくれた。そうだろ?」
「ああ、そうさ! ええっとそう、あの大通りを真っ直ぐだよ、ストレート、真っ直ぐ! どうぞ、向かってくだせえ!」
そしてチンピラはたちはそそくさと去っていく。
この対応に、マイルはむしろ緊張した。なるほど手下に、末端であるほどに冷酷な対応をするボスは多いものだが、あの反応はいささか過敏に過ぎる。夜の貴公子は相当に恐れられているのだろう。
大通りには数多のチンピラたちが巣くっていたが、もはや誰一人として邪魔をする者などいない。それどころか停めていた車両を急遽発進させて姿を消すほどである。
「えらい歓迎だな」マタカーは楽観として笑う「チンピラにしちゃお行儀がよくてけっこう!」
つまりは相応に規律があるということだろう。ある意味ではやりやすいが、同時に頭目の命令は絶対を意味する。万が一、逆鱗にでも触れた瞬間、すべてのアウトローを敵に回してしまうだろう。
しかしそれでいい。そのリスクあっての物種だ。マイルは少なからず興奮を覚えていた。
「なんだぁ? クソみてぇなところなのに、あれだきゃずいぶんとご立派じゃねぇか?」
「人影もあるな」
大通りの突き当たりには巨大な貨物エレベータが大口を開けて鎮座している。そして、そこにぽつねんと黒いタキシード姿の男が立ってもいた。
「ああ、降車せずともけっこうですよ、そのまま行ってください」毛髪以外毛のない、つるつるとした肌の、嫌らしい笑みを浮かべた男だった「拠点は上でしてね。あのお方は地下があんまり好きではないのです」
「このまま上まで?」
「ええ、岩山の上です。ここから一気に上がれるんです。輸送機で運んでもよかったのですが、ここを見てもらいたくて。かわいいでしょう、ここの子たちは」
「はあ……」
そして貨物エレベータは上昇していき、やがて到着した先は岩山の頂上付近であり、岩だらけの山道、尾根に沿ってそれが百メートルほど続いていた。先ほどの男がまた現れる。
「ここからは歩きでお願いいたします。道が狭く滑落するかもしれませんからね。ほら、向こうに小さーく……赤い扉があるでしょう? あそこです。出入りは自由ですので、気兼ねなくどうぞ」
岩しかない灰色の景色。ひたすら冷たく凶暴な風が吹いている。マイルたちはすぐに小走りとなって緩やかな山道を進んでいく。のんびりしていると凍えるかもしれないほどに寒かった。
「いいのか、番犬を呼んどかなくてよ。来るまでに多少はかかるぜ」
「頃合いを、みてだ」
赤い扉までたどり着く。出入り自由とのことで当然、鍵はかかっていない。ついに拠点へと入るのだ、マイルは緊張とともに多少の躊躇をしたが、この寒さはいかんともし難く、警戒もそこそこに内部へと入っていく。
【ブラッド・アーティスト】
短い通路の先はホールような広間だったが、そこに入った瞬間、四人はぎょっとした。三メートルほどの背丈がある巨体、人型のロボットが座っていたからだ。甲冑のような形状をし、緑と銀色の意匠で彩られている。傍らには盾と剣のようなものがあり、一見して騎士のようだった。
「悪いことはいわん、引き返せ」固まっている四人に対し、その個体は声を発した「生きては帰れんぞ」
半ば放心していたマイルだが、その機敏のある言葉に無理やり思考を引き戻した。返事が遅れると失礼にあたり、失礼はこういった場所でこそ危険を招くからだ。
「……あ、あなたは……?」
「お前たちがいうところの、オートキラーだよ」
キラー、ということは人間が操縦しているわけではない。なのに言葉を発し、我々に語りかけてきたのか。人間に向けて言葉を話すキラーは極めて稀である。マイルは息をのんだ。
「しかし、私は無闇な殺生を好まん。我が名はグリーン・ナイト。聖者を守る騎士であることに誇りをもっている」
「騎士……」
「ただし、聖者を愚弄する者たちには容赦はしない。凄惨なる死を与える所存である」
「……それは、夜の貴公子さまのことですか?」
その問いに騎士は答えない。
「悪いことはいわん。すぐに踵を返せ。約束を反故にすることになるだろうが、私が取り持ってやろう」
「……お気持ちはありがたいのですが」
「そうか。しかし、進めば死ぬことになるぞ。こう思っているのだろう、取材を受けているのだから記者は生かして返さねば意味がないと」
その通りである。マイルは頷いた。
「だが、彼は自身の風評などに興味などない。取材などどうでもいいのだ。来るものは拒まないというだけのことに過ぎん」
異常なことだった。キラーが話しかけ、しかも我々の安否を気にしている。それゆえに、だからこそ彼の言葉が真実に思えた。そしてこの取材が彼の生涯、最大の仕事になると直感し、マイルはむしろ高揚してきてしまっていた。
「……お気遣い、ありがとうございます。ですが、私はジャーナリストですので」
「中央の通路をまっすぐにゆきたまえ」
そして騎士は沈黙した。マイルたちは一礼し、先へと進む。
それにしても奇妙な場所だった。岩山の内部はやはり岩ばかりだが、金色の梁が部屋や通路を形成し、ところどころに絵画や彫刻が並んでいる。粗野なようで絢爛、きらびやかなようで原始的な雰囲気である。
騎士の助言通りに通路を進んでいくと、突き当たりの扉のすぐ隣、通路の片隅に葉巻を吸っているタキシード姿の男がいた。彼はマイルたちを一瞥する。
「あの……こんにちは、夜の貴公子さまに……会いにきました。マイル・シーカーです」
「どこかにいるさ、好きに探し回りたまえよ」
男は陰鬱な調子で煙を吹く。
「自由に歩き回ってもよいと?」
「ああ」男は乱暴に頷く「馬鹿な奴らだ、こんなところにまで来るとは。ここが単なるお住まいだとでも思ったのか? 彼が豪華な部屋で紅茶をすする男だとでも?」
「ええっと……」
「ここは死地だ。礼節や常識など捨てろ。不条理と暴力の世界にいると思えよ」
「あなたは……いったい? どうしてここに?」
「私もまた夜の貴公子だったんだ。だが今は単なる世間知らずのボンボンだよ、いつ殺されるとも知れないね。ここにいるのは……意地に近いのかもしれない。プライドがあって、外の普通人になれず、こうして死線の側でダラダラしているのさ」
「夜の貴公子……とは、いったい?」
「鉄の生命体だよ。支配者……というよりは生態系の中心だ。ここはお住まいでも隠れ家でも基地でもない。ある生態系の実験室みたいなところさ」
男は顔を上げる。憔悴し、無精髭を生やしており、頬がこけてもいた。
「さあ、いけよ。せいぜい長生きするんだな。もし生き残っていつかかわい子ちゃんに会ったら……私のことをよろしく伝えてくれ」
「かわい子ちゃん?」
「マルルという女性だ。私はビオ・コネット、今では君のことをよく考えるようになったとね」
男は顎で先を示す。
「さあ、いけよジャーナリスト。ルブランにもよろしく」
マイルたちは訝しみながらも先へと進んでいく。
そして突き当たりのドアを開くとまた広間、幾人か人間がいるがどれも普通ではなかった。血だらけの者もいれば、薬物中毒なのか、虚ろな目で宙を見つめている者もいる。ゴミやドラム缶が散らばり、まるで最低なスラム街の片隅のようだった。明かりも薄暗く不安定で、ときどき点滅をしてもいる。
先ほどの広間とはまるで趣が異なる。世界が途切れているような錯覚に陥った。しかし感想などはない。マイルたちは左右に扉を確認し、ひとまず左の方へと向かうことにした。傭兵のマルリーが先行し、銃を片手にひっそりと扉を開いた。
次の部屋は小さかった。中央に赤い椅子、そこには首のない死体が座っており、首は死体が抱いていている。その額には『悲しみ、驚くほどの!』と血文字で書かれており、幾人かの、よれた紳士たちがそれを鑑賞し談笑をしていた。
「おいっ……」
紳士たちはちらりと四人を見やると、くすくすと笑い、そしてまた談笑を再開する。
「夜の貴公子さまはどこだ?」
マタカーの問いかけにも答えない。マイルは先を促した。あれは狂人の類であり、発する言葉も無意味と断じるに容易だったからだ。
「なんだ、おかしな奴らの吹き溜まりか?」
傭兵たちはもちろん、マイルもさして動じていない。こんな時代である、残酷な死体や心が壊れた者など珍しくもないのだ。それにこういった不気味なオブジェはとどのつまり威嚇であったり、もしくは内面的かつ嗜虐的な問題によって発生しただけのものであり、いずれにしても過大に評価をする必要はないのだ。大抵は見た目ほどに意味はなく、恐れる必要もないことを四人はよく知っていた。攻撃性だけに注目し、必要とあらば殺す。これだけ念頭にあればよい。
「イカレ野郎どもの宴ってことはだ」マタカーはにんまりとする「なるほど好きにやってもいいってわけか」
「そういうこったな」
「だがキラーにはなるべく攻撃するなよ。さっきの野郎はクソやべぇからな」
むしろ実際的に恐ろしいのはオートキラーの方である。先ほどの緑の機体は明らかに危険な対象だった。ああいった独特な意匠のものは大抵が圧倒的な戦闘力を保有しているのが常なのだ。それにあれは騎士だとか、聖者がどうとかいっていた。つまり強力かつ頭のおかしなキラーだということだ。マタカーにとってはあれこそが最大の恐怖だった。
「マイル、番犬を呼べ。もし出口があそこだけならあの緑の奴と戦闘になるかもしれねぇ。あいつはヤバい。戦いたくねぇ」
「そう、だな」
マイルは端末を取り出し、刺さっているキーを抜いた。四人は頷く。
そしてマタカーを先頭に、次の部屋へと移った途端のことである。彼に凶刃が襲いかかった。無骨な刃物をもった、顔一面に十字のペイントをほどこした男からの一撃である。
マタカーはライフルで受け止め、賊を転がした。十字ペイントの男はすぐに立ち上がり、奇妙な笑みを浮かべては弾んでいる。典型的な錯乱、興奮者であり、傭兵は無表情で足を撃ち抜いた。
男は砕けた足とともに地面に倒れたが、まだ笑っている。
「なあ、夜の貴公子って知ってるか? どこにいる?」
「ど、どこにでも、いるよ? ひひっ」
マタカーは頭を撃ち抜いた。情報源としての価値がないと判断した際には即殺である。マイルにも特に感想はない。銃声を聞きつけ集まってくる者もいなかった。
「やはり問題ないみたいだな。いっそ全部殺して回るか?」
「つーか、こいつが貴公子さまかもしれねーけど?」
「たしかに。分からなくなったら皆殺しにするしかねーな」
そのとき、黒服の男が部屋に入ってきた。煙草をのんでいた男とは別の者である。銃を複数、身につけている。
「何だお前らは? サムダをやったのか?」
「お前は」傭兵は銃を構える「夜の貴公子って知ってるか?」
「ああ……どこかにいるさ。どこかにな」
「どんな野郎なんだ?」
「長髪の物静かな男だよ。見れば分かるさ。よく執事のグルーメンがついてもいる」
「そうか。あんたは? どうしてこんなクソに?」
「ここは豊かだからな。単に、いつでも殺されかねないというだけで」
「危険だというのに、なぜ残っている?」
「さあ、な……豊かだからじゃないか? 衣食住には困らない。オートワーカーがすべて用意してくれる」
「豊かだと? 見たところボロボロだぜ」
「そういう場所も必要じゃないか? 安全なところにこもっていても飽きるだろう。あんたたちだって危険を覚悟でここへと来たんだろう?」
男は笑いながら出ていき、四人は顔を見合わせる。
「つまりは、何してもいいってことでいいのか?」
「そうみてーだな」
「楽でいいな」
お前たちも大概だな。頼もしいがイカレ具合じゃここの奴らより上かもしれない。マイルは苦笑いをした。
実際、この不条理な猟奇空間においてもこの傭兵たちは危険人物だった。暴力が本当にすっかり肯定される場所だと知るや否やそのタガが外れるには早く、踊る狂人を撃ち、泣き喚いて暴れる狂人を撃ち、死体を食う狂人を撃って、食われていた死体もついでに撃ち、まともそうに見えても、武装しているという理由で先制攻撃に出た。
狂気を闊歩する傭兵たちは徐々に大胆に扉を開けて進むようになり、過剰反応した者を待ち望んでいたかのように撃ち殺していった。どうせこいつらは狂っているし、悪党の手先だ。四億のついでに掃除してやろう、弾丸はまだたっぷりとある。
半ば遊びで殺しまわっていたといっても過言ではない。マイルはときどき苦言を呈したが本心などではなかった。狂人は俺の記事を読まないし、理解もできんだろう。そんなものはいなくてもよい。
血が、黄金が、肉が、骨が、機械が、絵画が、岩が、高性能コンピュータが、臓物が、扉が、死体が、それらが渾然となって、やがて四人にある理解を与えつつあった。ここはそう、思ったほど悪い場所ではないのではないだろうか。
大丈夫だ、人は平等に死体となれる。
「さあ、がんばるのです!」
「おがんばりなさい! もっと念じるの!」
四人はある部屋に到達した。円柱状の巨大な水槽に、それは浮かんでいた。
たくさんの人体パーツが中を漂っている。
「ああ、惜しい! それはアレック君の前腕です! ちゃんと自分の腕を回収しないと!」
「いえ、アレック君の前腕が欲しいのではなくて?」
「盲点! そうかもしれませんな! でも、アレック君はソーイ君の前腕なんか欲しくないかもしれない」
「いえ、いっそ足が欲しいのかも」
「まさか? そこまでの境地がありますかっ?」
「どうでしょうね、ほらあそこ、首に直接足首がついている」
「あっ! そんな! 頭と足首だけでいいなんて! なんという無欲さ!」
「みんなに体を分け与えたいのかもしれませんわね」
「無償にもほどがある愛!」
水槽に浮かぶ人体はまだ生きている。切断面にはうっすらと金属板がついており、その面同士で接続が可能な構造である。漂う人体たちは、脳波によって水流を操作し、自分の体を再構成するために懸命に念じ合っている。
そしてその様子を見ながら、ローブの老人と紫色のキラーが一生懸命に応援をしていた。
傭兵たちはもちろん殺すことにする。
なんというのか、水槽を割ってみたくなったのだ。