内包 Master cook-roux:Green
【異物】
パブへと入った途端、三人に視線が集中した。見知った顔ばかりの町、その片隅にあるパブにとって珍客の登場はどんなツマミよりも好奇心をそそる。
ウルチャムはどこを見ても誰かと視線が合いそうで、なんだかこそばゆく、床に視線を向けていた。踏むたびにぎしぎしと鳴る板張りの床にはところどころ染みがある。周囲の客に悪意などはまるでなかった。
ゴッドスピードは一直線にカウンターへと向かう。店主であるちょび髭のバーテンダーがどこか上目遣いに彼を見返した。
「すまないが、マスタークックル氏に会いたいんだ」
「マスタークックル? ……いやぁ、具体的な居場所は知りませんや」
ウルチャムが小さく咳払いをする。嘘だという合図である。
「そうか、ならば……知っている人物に心当たりは?」
「へえ……」店主はちらりと入口付近に視線を合わせた「そうですな、ボンヤスが知ってるって話でさぁ」
「その人物はどこに?」
「部下のカケージが知ってると思いまさぁ」
「その……人物はどこに?」
「新入りのモンマットが知ってるでさぁ」
ゴッドスピードはうなり、
「その人物はどこに?」
「そこにいますや」店主は顎を上げて入口付近を示した「あの茶色いハットを被ってる若造でさぁ」
「……ありがとう」
モールは眉をひそめた。しかし小馬鹿にしている素ぶりはない。店主は淡々と氷を砕き始めている。
三人は入口付近、窓際の席にいる二人組の傍に立った。
「邪魔をして申し訳ない、モンマットさんかい?」
「そうに違いない」ハットを被ったままの若者が歯を見せて笑んだ「俺はこの町の事情通なんだ」
「こいつの話は長いぞ」
相席しているのは屈強な体躯の老人である。顔は長髪の白髪で半分しか見えない。
「もしや、あんたがマスタークックルか?」
「違う」老人は即答する「捜すだけ無駄だぞ」
「氏に会いたいんだ。居場所に心当たりは?」
「さあて」モンマットは腕を組み「ないこともないが、相応に人を通してもらわないとな」
「そうか……ならばボンヤス、あるいはカケージという人物に心当たりはないかい?」
「ボンヤス? あの驚くべきボンヤスだって?」モンマットは目を丸くしてみせた「ああ、なんてこった! 思い出しちまったよ、あのとんでもない逸話を……!」
「どうかなされたのですか?」
ウルチャムがついそう尋ねてしまったばかりに、モンマットはその饒舌を遺憾なく発揮してしまうことになる。
「ボンヤスの旦那はこの町の守護者さ。これまで何度アウトローを撃退してきたか! だが危ない局面もあった。それは十一年前のことだ、あのときは本当にヤバかったさ、敵は当時ここいら最悪の悪党団といわれたハンマーダイン、構成員は二百人を超えるんだ、そんな奴らが大挙としてこの小さな町に攻めてきたんだ! 俺も戦いたかったがいかんせんガキでな、地下室で膝を抱えて嵐が過ぎるのを……いや、マスターとボンヤスの旦那が掻き消してくれるのをじっと待っていた……」
モンマットの話は長かった。しかし安易に遮ると心象を悪くし、ひいてはマスタークックルの情報も得られないかもしれない。ゴッドスピードはそう考え、ひとまずは黙って話を聞く姿勢をとるつもりである。そしてそのうち、客の幾人かが彼らに椅子を差し出した。話はさらなる長期戦へともつれ込むことは必至である。
「……そのときだった、不意を突かれたんだな、数多の銃口が彼らに向いていたんだ、だがそこはマスタークックル、マスターシールドでそのすべてを受け止めたんだ、しかし! さらなる新手がすぐ側に現れ、その忌まわしき銃口はもっとも近くにいたボンヤスの旦那に向けられたんだ。そしてなんと六発さ、放たれた弾丸の数じゃないぜ、旦那は六発もの弾をその身に受けちまった……!」
ウルチャムは息をのみ、
「六発も……!」
「そうさ、六発もくらっちまったんだ、しかもすべてが胴体にだ! 普通なら即死だよ、しかしボンヤスの旦那は倒れなかった、くらいながらも反撃し、マスターも怒りの銃撃を奴らに浴びせた、ズババババン! 奴らはバタバタと倒れたそうだぜ、あまりの猛威に気後れしたんだろうな、そして、ついにハンマーダインは壊滅したんだ……!」
「す、すごいですね……!」
「ああ、だが話はまだ続くんだ、いいかい、銃弾ってのは体内に侵入したあと、まっすぐに貫かない場合も往々にしてあるんだ。体内で曲がり踊り、それゆえに被害が大きくなるんだな。しかし、旦那の体内はまるで聖域だった。弾丸は内臓を貫くことなく体内を走ったんだ、六発ともだぜ? 信じられるか、凶暴たる弾丸は旦那の中で大人しくする以外に到達点はなかったのさ! 旦那は六つの銃創がありながら平然としていたらしい。そう、顔色ひとつ変えずに銃弾を再装填していたと聞く」
「そのようなこと、あり得るのですかっ……?」
「ゆえに驚くべきボンヤスなんだよ。体内に聖域をもつ男、死に嫌われたこの町の守護者、だが真に驚くのはここからだ、その後、旦那は手術を受けた。体内の弾丸を摘出するためだ。だがな、その際にスキャンをした医者は驚愕したらしい。弾丸の通り道を確認したところ、それは全体でB、そうさ、ボンヤスの頭文字さ、その形を描いていたというんだからな……!」
「そんな!」
「信じられねぇのも無理はねぇ、しかし真実なんだ!」
ウルチャムは感嘆とし、モンマットは幾度も頷く。ゴッドスピードとモールは互いに顔を見合わせた。
「なるほど……逸話は分かった。して、そのボンヤスという人物はどこに……?」
「ボンヤスの旦那と会うには静寂たるシロシーキさんと仕分け人メーリッサーを通すしかねぇな。古馴染みの用心棒と秘書なんだ」
「……カケージという人物が知っているのでは?」
「シロシーキさんは……ああ! その存在が霞みたいなんだ」モンマットはまた逸話を展開し始めた「気づいたらそこにいる、そこにいたと思ったらもういない。足音がしない、匂いも、脳波すら発していないのかもしれねぇ」
「それは……」ウルチャムはうなる「亡くなっていませんか?」
「それほどまでに静かな脳波なのさ。検査をしても、あまりに静かで分析できねぇと聞く」
「そんなことが……」
「元は殺し屋だったらしい。しかしマスターに敗れ、今では足を洗っている。先の戦いでだってかなりの貢献をしたとされているんだ」
「暗殺術、ですか……。ですが今は町を守るために使っているのですね」
「そうさ、殺した数より守った命の方が多いに決まってんだ」
「ならば……救いはありますね」
ウルチャムが話に強く食いついており、ことはいっそう長くなる見込みがあった。だが、ときにはこういうことも必要かもしれないとゴッドスピードは思い直し、静観する姿勢に移る。
しかし、モールはそろそろしびれを切らしていた。煙に巻こうとしているのではないかという疑惑があったからだ。こいつらはマスタークックルに会わせまいとしている……。
「それで、その影の男はどこにいるんだよ?」
「あんた、俺の話を聞いていないのか? あんたが見つけるんじゃない。必要なとき、シロシーキさんがあんたを見つけるんだ。霞に気づいたとき、霞はとっくに漂ってたのさ」
モールはうなり、
「じゃあ、カケージってやつはどこにいるんだ?」
「カケージさんは難しいよ、そのうち仕分け人たるメーリッサーが……」
「待て、とにかく居場所だ、居場所を……」
「仕分け人の居場所を仕分けるってのか! はははっ、こいつは傑作だ!」モンマットは膝を叩き「いいか、仕分け人は仕分けることが仕事だ。それがなぜそこにあるのか、あるべきなのか、必然と邂逅の番人なのさ。だから彼女を彼女と分かるためにはその原理を紐解かないとならねぇ」
「さっきから何の話をしてんだあんた……?」
「まあ待て、ゆっくり話を聞いてみよう」ゴッドスピードはモールを制し「興味が湧かないなら向こうで飲んでいてもいいさ」
迅速な任務の遂行か、それとも酒か。モールの中で天秤が揺れた。しかし現状、急ぐ仕事もないゆえに酒が優勢となる。
「……お、そうかい? じゃあ任せちゃうよ」
モールは颯爽とカウンターへと向かい、ビールを注文した。モンマットは肩をすくめる。
「まあそうだな、居場所ってんなら嗅ぎ回るジョーリオか、いけすかねぇ野郎だが、奴ならばあるいは……」
「各人の居場所を知っていると?」
「……だが奴はクサい。秘密原理隠蔽主義者たるチャラーゾマのスパイらしいからな。それと関連する場所に潜んでいやがることだろうぜ……」
「秘密、隠蔽? なんだそいつは……?」
「スパイなんだよ。メーリッサーは泳がせているそうだが、奴らは甘くねぇと聞く。恐るべき均衡のもと、この町は成り立ってんのさ……」
ウルチャムは息をのみ、
「恐るべき、なのですか?」
「奴らはとにかく秘密主義なのさ。何か重大な秘密を隠してんのか、それとも秘密にすることそのものが目的なのか……とにかく怪しいんだ」
「ミステリアス、ですね」
「そう、オカルティックともいえる。しかし、この町にはあの双頭の蛇がいるんだ、暴いてくれるさ」
「それはいったい……?」
「二人組の探偵なんだ。実際の肩書きは警察官なんだが、探偵という方がしっくりくる人たちでさ、カケージさんはその片割れなんだ」
「先ほど出たお名前ですね。お会いできるのでしょうか?」
「難しいんだな、それが。最近は軍警事務真所にいると思うが、忙しいからとりあってくれないよ」
「事務、真所だって?」
「ああ、事務哲学の場でもあるから、普通の事務所と同じではねぇんだ。学問的なんだよ、先駆的なんだ」
「なるほど……しかし会えないって、それほどまでに忙しいのかい? 少しの時間でいいんだが……」
「違う違う、彼は頭の中が忙しいんだ。人間図書館カケージはいつも情報の海に埋没してるから話しかけたって答えてくれやしないさ。メンタルアポとらないと」
「メンタル……?」
「彼の精神的時間は俺たちの認知と異なるからな。外界と繋ぐにはそこで帳尻を合わせないとならない。だがまあ……そうだな、相棒たる鉄のマクレンさんと、マスタークックルなら……すぐにでも繋ぐことができるとは聞く」
「ならば……」
「マクレンさんは気分屋だし、面倒臭がりでもある。確実に耳を傾けてもらうには土産を持っていかないとダメだ」
「土産とは……具体的にどのような?」
「ベストなのはスムージーワインだな。特殊な製法でスムージーなんだ」
「……ほう」
「しかしスムージーワインを手に入れることは難しい。あそこを見ろ、カウンター席の端にいる太った男、あいつは打算的なカーキ、あのビッター夫人の弟なのさ」
反応の薄さにモンマットはうなり、
「おや、ビッター夫人を知らない? 不屈の追跡者ビッターの逸話は各地に残っていると思ったんだがな」
ウルチャムの瞳がまた輝き、
「逸話とは、どのようなお話なのですか?」
「始まりはとあるコミュニティ、ビッター夫人が元いた町でのことだった。ある日、その町にトラックがやってきたんだ。よくある移動販売だな。で、その店は主に医薬品を取り扱っていたんだ。そして目玉商品が強壮剤でな……」
モンマットの話はさらに続いた。ウルチャムは聞き入り、そのうち老人が二人に飲み物を注文する。
「……しかし、あるときを境に急激な副作用が発生したんだ。活性化の代償だろう、体が悲鳴を上げ始めた……いや、崩れ始めた。死者も続出したよ」
「そんな……」
「実に……恐ろしい話だ。阿鼻叫喚の地獄だったと聞く……。ビッター夫人はそのときまだその薬を使用していなかったので助かったが、家族には被害が出た。それゆえに同志を募ってその販売業者を追ったんだ、実に十年近くもな……」
「十年……!」
「ゆえに不屈の追跡者なのさ」
ゴッドスピードはウィスキーをかたむけ、
「して、その業者は何者だったんだ?」
「結論からいえば未だ不明だ。それでも支社らしきところと薬品を貯蔵している倉庫はいくつか壊滅させたらしいがな、枢機的な部分はこれからなのさ。ここには彼女が率いる追跡隊の本部がある、マスターが資金、技術的な援助をしてるんだ。そのうちまた動き出すだろうぜ」
「よし、我々も覚えておこう」
「ああ、そいつは頼もしい、期待してるよ! ところで弟のカーキだが……」
そうだ、そういう話だった。いつの間にかゴッドスピードも彼の話に聞き入ってしまっていたことに気がついた。
「カーキは件のワイン製造者と親友なんだ。ワインの申し子たるチェイクさ。あいつのコネがあれば貴重なワインとて売ってくれるかもしれねぇ」
「ほう、どうやったら取り入れられる?」
「そもそもあいつがこのパブへ来るのはさ、見ろよ」モンマットは給仕の少女を指差す「画家ならば描くべきキャシュリーヌだ、彼女が目当てなんだよ」
おさげの少女が皿を下げている。なるほどかなりの器量よしと遠目からでも分かるほどだった。
「なるほど」
「だから、彼女の頼みなら断れないだろう。しかし彼女には最愛の人がすでにいるんだなこれが。だから気のあるそぶりはしたくないはず、助力を得ることは難しいな。画家ではないがキャシュリーヌに愛されたバニーカンを説得できれば話は別だが、バニーカンは今、この店を修理するので手一杯のはずだ」
ウルチャムは思わず周囲を見回す。確かに、パブを満たす談笑に混じり、かすかにトンカチの音が聞こえる。
「しかしそうなるとあの店主、ミルクマニアのビョールだよ、彼にとっちゃ面白くないだろうな。このパブはとっくにボロボロで、すぐにでも直して欲しいはずだから」
「では他の……」
「修理屋はここじゃ特別な仕事なんだ。誰でもいいってわけじゃないし、みんな予定が先まで詰まってる」
「そう、なのか……?」
「だが案ずるな、ここには……」
「俺はやらんぞ」老人がパイプを揺らした「ここの修繕はバニーカンの仕事だ。俺も歳だからな、若手を育てたいのさ。それが長期的にはこの町のためになる」
「あんたは……」
「バスターピップルがその気になればなぁ」モンマットは肩をすくめる「あいつにも修理屋たる資格がある」
「ピップルって、まさか?」
老人が黙って指差した先だった、いつの間にかオートキラーが座っている。
「……あいつは、何なんだ?」
老人は笑み、
「見たままだ。奴は半壊状態でこの町にやってきた。手足がほとんど破損していたが、それでも破壊の権化たる片鱗を見せていたよ」
「……だろうな。しかしなぜ放置している? 被害が出ているようだが」
「もはやパワーはない」
「なくても、銃や刃物で容易に人は死ぬぞ」
「奴もまたこの町の一員なんだよ。いろいろと破壊しているが程度の問題だ。この町の住人ならば、それを受け入れなければならない」
「ならない?」
「ここはそういうところだ」
ゴッドスピードはピップルを見やるが、現状、キラーは暴れていない。
老人はパイプを置き、
「破壊も対立もあるべき現象だ。受け入れなくてはならない」
「人死にがでたらどうすると聞いている」
「でないように皆が皆に気を遣い、それにはピップルも含まれる。いいか、困難な内容だろうが、俺は根源的な話をする」
「……ああ」
「誰も殺されなければ殺人者は生まれない。殺人者を生み出さないようにするためには誰も殺されてはならないのだ」
「それは、そうかもしれんが……」
「奴が誰かを殺したとき、奴が悪になってしまう。だからこそ俺たちはみな協力し合い、それを阻止している」
「……理解できん。なぜ、そのような危険を冒すんだ……?」
「奴がいなければ平和だと? そいつは違うな。排除は根本的な解決にはならん。重要なのは内包だよ」
老人はピップルを見やる。
「奴の破壊力が減衰し切っていることは我々にとって幸福だった。仲間として受け入れられたことそのものに僥倖があるんだ。奴を内包し、我々一人一人が強くなればさらなる脅威を内包できるようになるだろう」
「理屈は分からんでもないが……」
「俺はこう考えている。この事態、この世界の有様は……個々が大きく弱体化、衰退したことにあるのではないかとな。人間は弱くなったんだ。そしてロボットたちを内包し切れなくなった。それは人間社会の敗北といっていいだろう。だから俺たちは自らを鍛え直している」
ゴッドスピードはうなり、
「……思想はまあ、素晴らしいのかもしれんが……奴はそのうち仲間を呼ぶかもしれないぞ」
「キラーが襲撃してきたとき、ピップルは俺たちと一緒に戦ってくれるだろう」
「……冗談だろう?」
「最近はたまに仕事を手伝ってくれるようになった」
「やはりそうなのですかっ?」ウルチャムは身を乗り出す「ワーカーとキラー、その変化は非可逆的ではないとっ?」
「そうだ、それらに明瞭な差はない。ゆらいで、行ったり来たりする」
ウルチャムは目を輝かせ、ゴッドスピードは眉をひそめる。
「だから、奴は戦ってくれるんだ。そう信じている」
「……この町の人々はみな、納得しているのか?」
「ああ」
ゴッドスピードは老人をまっすぐに見つめ、
「……やはり、あんたがマスタークックルだな?」
「違うといったはずだぞ」
「店主の視点だ、あんたを尋ねたときにこの辺りを一瞬、見ていた。そして若者と老人がいるとなれば、まあ大方は老人の方だろう」
「なのに追及もせずこいつの話に付き合っていたのか?」
「まあ……彼女が興味深そうに聞いていたんでな」
ウルチャムははにかみ、
「面白かったです」
「そうだろう?」モンマットは踏ん反り返る「俺はおしゃべりなモンマット。まあ観光案内のようなもんだ。このマスターズを代表する人々を紹介している。それこそがこの町を知ってもらうもっともいい手立てだからな。調査の名目で下調べしに来る奴らは俺を無視して、結果なんの成果も得られず帰るハメになってるもんだが、あんたらは違ったみてぇだな」
「しかし、俺はもう違う」マスタークックルだった男はグラスを傾ける「昔、そう呼ばれたことはあるが、今はただのファードルだ」
「……名を捨てたのか?」
「誉れに装飾され過ぎたのでな。理想を内包できるのは社会であり、個人ではない。いや、むしろそうあるべきではない。どんな偉人も称えられ過ぎれば愚者に堕ちるものだ」
モンマットは首を振り、
「でもあんたは今でもトップマスターだよ」
「そんなものはないと何遍いわせるんだ」ファードルは不機嫌そうにまたパイプを咥える「みなが等しく強くならなくてはならない。だからこそこの町はマスターズという名を冠しているのだ」
「でもこの町はあんたがつくり、維持してるだろ」
「俺は何でも屋として要求に応えているだけだ。功績があるとすれば住人すべてにそれはある」
「……俺たちはあんたと話をしに来たんだ」
「なんのだ?」ファードルは首を傾げてみせる「俺に何かを尋ねてここを知ったつもりになるのは間違いだぞ」
「そういう調査だったというだけの話さ。そして本来ならばあのキラーを破壊するところだが……どうやら余計なことらしい」
「そうだな」
「だが、少し立ち寄ったに過ぎない俺にもわかる。あんたは紛れもなくマスターだよ」
ファードルは呆れたように鼻を鳴らし、モンマットは幾度も頷いた。
【警戒解除】
調査は無事に終了した。モンマットに見送られ、三人がパブを出ようとしたところでウルチャムの肩を叩く手がある。ピップルのものだ。
「あなたは……あなたもここの住人なのですね」
ピップルは肯定も否定もせず、彼女に大きな瓶を手渡す。中には真っ白い液体が入っていた。
「これは……ミルク、ですか?」
ピップルは頷き、黙ってパブへと戻っていく。ゴッドスピードはふと微笑み、
「よし、いくか」
その後はウルチャムの希望通りに買い物をし、日が暮れる頃には彼らはマスターズを後にすることになる。
その車両をじっと見つめるのは狙撃銃を構えたオートキラーたち、彼らは車両の離脱を確認し、ゆっくりと銃を下ろした。