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愚者の楽園  作者: montana
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黒翼 Passion fire:Revenger

【王の器】

「そろそろジラスも眠る頃合いだ」グラフス・アルターゼは血の色をしたワインを傾ける「均衡が崩れ始めるぞ」

「くだらない争いだよ」フィランディル・リガリスはため息をついた「第一義として、このラインアゾートの存続がなによりも優先される。僕たちはいつまでも内輪揉めをしている場合じゃないのに……」

「だからこそ君主が常に必要であり、そのためには争いも必然ではある。しかし問題はその器かどうかだな。そちらの次期当主は誰だ、カノオンか?」

「さあね、僕は感知していない」

「カノオンがやったのか?」

「わからない……」

「お前ではないことは分かっている。ならばカノオンかヴューラしかいないが、ヴューラはあの通りだし、取り巻きも練度が低い。大層なことをしでかせば足がつくはずだ。確か昨日より集会のために一族が集まっているのだろう? そのような噂を聞かないか?」

「ないし、聞きたくもない」フィランディルはうなる「……たしかに兄さんからは冷たい雰囲気を感じるのかもしれないけど、暗殺なんてするひとではないよ」

「まあ、あれはよく外に出る変わり者だったからな、単なる暴漢の仕業かもしれない。しかしカリスマはあったし、時期が時期だ、もし奴の仕業ならお前だって同様に危険ということになる、気をつけろよ」

「大丈夫だよ、心配いらない」

 グラフスはため息をつき、

「……それで、あの小娘とはまだ懇意なのか?」グラフスは眼を細める「あれはやめておけ、魔女だぞ」

「彼女はそういうのではないよ……」

「売女との噂もある」

 そのとき、フィランディルの目つきが鋭くなる。

「そんなひとではない」

「そうかな、あれはあちこちに媚びを売り、関係を変化させる魔女だ、私たちの敵だぞ」

「違う!」フィランディルはテーブルを叩いた「彼女は、本当はとても純粋な……」

「ふん、最近も痛い目に遭ったようだがな、いわく暴行を受けそうになったとか」

「なんだって?」

「知らなかったのか? 容疑者はすでに逮捕、拘留されている。ガードドッグらしいがな、不幸な奴だ」

「そんな……」

「ことはこれまでよくあっただろう。それで何人失脚したと思う。さんざんじらし、売り渋り、ここぞというところで被害者を装う。最悪の女だ、もう関わるな」

「違うんだ、そんなんじゃ……」

 グラフスは夜の湖畔めいた、静けさと重さをもった瞳で眼前の少年を見据える。

「……派手で綺麗なものに目を奪われることもあるだろう。しかし王たらんとする者なればこそ、素性の知れぬ妖精などに心を奪われてはならないのだ。お前が真に目を向けるべきは大衆なのだからな」

 フィランディルは大きな目を泳がせ、しかし観念したのかグラフスと視線を合わせる。

「本当に重要なのは一見、凡庸でつまらなく見えるごく普通の人々なのだ。彼らこそ社会を支える強固な地盤、真に得難い人類の財産であり、目を向けるべき主な対象である。健全な社会の維持とは常々とても退屈でつまらないものだが、むしろそうであればあるほど価値があると知れよう。ときには楽しげな妖精の祭りもいいが、心を奪われてはならん。王であればこそ、分別と理性をもつのだ」

「彼女は軽薄な妖精などではない、誰よりも純粋なひとなんだよ……。ただ超然としていて、周囲とうまく噛み合わないだけなんだ」

「仮にそうだとしてもお前の手には余るだろう。他にいい女なんてのはいくらでもいるさ。なんなら紹介してやろうか?」

 フィランディルは眉をひそめ、

「……余計なお世話だよ」

 グラフスは鼻を鳴らし、

「いいか、今だ。今こそが好機なのだ。理想に眼を向けよ、次の王になるのは誰なのか、誰がなるべきなのか」

 そして彼は真っ直ぐに眼前の少年を指差す。

「お前だ、お前こそが次の王だ、このラインアゾートをよりよい社会にしたいのだろう? ならばお前が王座に収まるのだ。そしてアルターゼとリガリスが真に手を組み、この地を人類復興の理想郷としようではないか」

 フィランディルはうなり、

「でも、争いは嫌いだ……」

「やむを得まい。それもまた、運命だ」

 そのときグラフスの背後より黒服が接近し耳打ちをする。

「……そうか、分かった」

 グラフスはナプキンで口を拭い、席を立つ。するとすぐに黒服たちが彼を囲み、防備の陣形を形成した。

「そろそろゆかねばならない。美味かったろう? 王は美食をも知っておかねばな」

 フィランディルは視線を上げ、

「……なぜ、僕をそれほど持ち上げるんだい? どうしてカノオン兄さんではいけないの?」

「妥当さだ。ある立場において、妥当さは重要な資質なのだよ。奴は妥当ではない」

 いまいち納得できない少年を残し、グラフスは颯爽と歩き出した。そして隣の黒服を見やり、

「……シューベット貿易に関し、新たな情報はないのか?」

「いいえ、現状はまだ」黒服は静かに答える「奇妙なほど綺麗ですね」

「洗え、確実に何かある。チェイサー出身の会社は大抵クロいのが相場だ。そう、アウトローとも関わりがあるかもしれん」

「ですが、あのような小娘の調査に人員を割くのは……」

「そうだな、時間もない。あるいは消した方が早いか」

「それはさすがに危険と存じ上げます。あの娘にファンは数多い……。目は多く、足は確実につくでしょう。それよりもいっそ受け入れてはいかがですか? 上手く扱えば戦力になるかと」

「論外だな、あの女狐は真実とは程遠い」

 グラフスたちは通路より裏口から出て、寸分違わぬタイミングで入ってきた車両に乗り込んだ。

「私たちは真実の徒であり、それ以外は必要ではない。そしてそれゆえに王座とも無縁である。王と真実が相容れないのは歴史が証明しているからだ。我々は純粋な力でなくてはならん。嵐の中で王を守る力」

「ストームゼロ、それでもあなたこそが太平の世の創造者と我々は考えています……」

 そして車両は静かに動き出す。グラフスは小さくため息をつき、

「……ガーゴイルについての情報を集めろ。凄まじい戦闘力のアーマードだと聞いている。可能ならば入手し、量産化したい。内政も問題だが、やはりオートキラーの脅威は圧倒的だからな」

「それですが、例の取り引きは……あの小娘がお膳立てをしていたようです」

「なんだとっ?」グラフスは目を大きくする「やはりか、ブラッドシンと繋がりがあったのだ、罠の可能性が極めて高い……!」

「あるいは存外、素直なのかもしれません。我々に対しては……」

「フィランディル派だからか、しかし信用するには遠く及ばんな……! あるいは我々こそが狙いなのかもしれん、ゆめゆめ気を抜くな!」

 あちこちに媚を売る女狐め、ついに牙を剥いたか。

 しかしまあいい、これを機に消してしまおう。フィランディルはいたく悲しむだろうが……それもいっときのことだ。我々が打撃を被ろうが、ラインアゾートの行く末を考えるならば今のうちにやっておいた方がよい。

「よし、ストームツー、そろそろ準備をしろ。ブラッドシンを含め、平和に仇なす敵性因子を排除していかねばならん」

「しかし」ストームツーと呼ばれた黒服はうなる「我々はフィランディル側です、あの二人が本当に愛し合っているとするならば、あるいは……」

「あれが愛しているのは権力だ。この私にすら媚を売る節操のなさには吐き気がする。フィランディルへの愛情とて真っ赤な嘘だろうよ」

「もし本当にスパイならば……いえ、もはや確定でしょうが、ともかく相当な手練れですよ、役に立つかもしれません」

「そして最後に裏切るだろう」

 グラフスは虚空を睨みながら、アリス殺害により受ける被害を計算し始めていた。


【取引現場】

 三人娘は取引現場である巨岩地帯へいち早く到着していた。車両は岩石に隠すように停め、プレーンの航空機に積まれていたステルスシートを被せ、現状、視認はもちろん大抵のセンサーにもかかりにくい状態になっている。

 欠けたドーナツ型に巨岩が取り囲むその地形は演習内容を秘匿するのに便利で、上部においてもスキャン防止の電磁バリアー発生装置が備わっていた。これはオートキラーが彼らの戦術を学習しないようにするための措置である。

「なんかまだ誰も来ないけど」ハイスコアは辺りを見回し「本当にここなんでしょーねー」

「そのはずです」ウルチャムは頷く「待ちましょう」

「というかさ、そもそもスノウレオパルドから指示を受けること自体がおかしくないー?」

 発言の意味がよく分からず、ウルチャムは首を傾げる。

 本来ワイズマンズはみな対等であるが、実際的にはランクによって、より上位が指揮系統を兼任するという形になっている。ゼロナンバーの枢機院が大まかな戦略や復興計画を掲げ、本部の職員や一桁ランクの隊員を介して具体的な指示が細分化していくこの体系になんら不思議はないはずだ。ウルチャムはそう思い、

「……どこか、おかしいのですか?」

「ほら、普通なら14の人からくるのにさ」

「……14、ですか? どうして14の方なのでしょう? ええっと……」彼女は端末をいじり「コード・セグメントという方みたいですが……」

「ああ……あれだよ、インテグラルから聞いたんだよ、カレのこととか。なんか単独や少数での行動を好み、そっちの方が有能だってんでなんでか14の人が代わりにやってるらしいよ」

「代わりに……?」

「……えーと、なんか各小隊をまとめるリーダー役みたいなの。ほらカレってランク7じゃん? 本来スノウレオパルドみたいにあれこれ指示する立場でもあるらしいよ」

 嘘ではないが、彼女にしては妙に正直ではない。しかしウルチャムは追及しないことにした。

「……なるほど、スピードさんはいかにもそういうことが好きではなさそうですものね」

「そーそー、めんどくさいとかいって昼寝しそう」

 それは間違いないとウルチャムは同意する。有事にはとても頼りになるが、日常だと昼寝したり映画などを鑑賞するばかりでテコでも動こうとしないのだ。

「だからその指示役を代わりに14の人がやってたんだって」

「そうだったのですか」

「そうはいっても、配置なんてよく変わるものですよ」プレーンはゴーグルをいじる「さて来たみたいです、今のうちに隠れておきましょう」

 なるほど遠目より車両の一団がやってきている。軍用車両が相当数並び、砂煙を上げながらラインアゾート方面より接近しつつあった。

「けっこう大所帯だなー」ハイスコアはうきうきしながら体を揺らす「楽しそう!」

 一団が巨岩地帯へと到着するやいなや、大量の兵士たち迅速に降車していき、それぞれ指定の配置だろう、強襲や狙撃に有利なポジションへと収まっていく。

 三人娘はあえて戦術上有利とはいえない下方の岩陰に隠れていたので彼女らの方へとやってくる兵士はいなかった。大抵が巨岩の上に陣取り、中央部へ向けて銃を構える形となっている。

「けっこうな数だねー……見つかったらどうする……? いっそ暴れちゃわない……?」

「殺害は絶対にだめですよ……」プレーンはうなる「……見つかったら急いで撤退です……どうしようもない場合はあくまで軽傷の範囲で撃退させることです……」

「あんた……私を猛獣かなんかだと思ってるでしょ……?」

「……あっ、見てください……!」

 軍用車両の一台よりジュリエットの姿が、その隣には軍服を着た背の高い壮年の男、ジュリエットはなにやら楽しそうにくるくると回っているが、男の方は一切の反応を見せていない。

「……ジュリエット確認!」ハイスコアは嬉しそうに歯を剥いた「さーて、どんな感じにぶっ飛ばそうかなー!」

「無闇に接近してはいけませんよ……」ウルチャムはうなり「……あら? また一台、車両が近づいて来るようですね。軍用のものではないようですが……あれが取り引き相手でしょうか?」

「違うんじゃない? ラインアゾート側から来たし、バスターアーマーを運んでるにしては小さ過ぎるし、通りすがりの旅人……って、来た来た、あっちがそうだよ」

 ラインアゾートと反対側より、大型車両の一団が砂煙を上げてやって来ている。あれこそが取引相手だろう。

「さーて、ちゃんと取り引きするのかなー、それともドンパチ始めるのかなー」

 騒動が起こったらどさくさに紛れてジュリエットをぶん殴ってやろう。ハイスコアはうきうきしながらその時を待つのだった。


【概念の檻】

 ジラス・リガリスは高額の医療処置で人一倍生きたし、望むならばもうしばしの延命も可能だったが、半年前よりナノマシンの投与や機械化部分のアップグレードを中止していた。

 老いても健康だった大樹も、今となっては腐りつつある倒木のごとくであるが、命の終わり方としては自然に近いともいえる。

「……死というものは、現象である……」

 ジラスは天井を見つめながら呟いた。

「……現象として認識すること、すなわち概念とは、逆説的に、絶対的な理解不能の実在を示唆してしまう……。例えば死、その概念においてこそ人は安堵を奪われ、それが宿命でありながらも、永遠に恐れることとなったのだ……」

 彼の傍に座るジュリエットは憐憫の眼差しを向け、

「……怖いのね? じじさま……」

「いいや、私にとってこれはもはや現象ではない……。私そのもの、そうである実感がここにある……。ゆえに、むしろ穏やかなものだよ……」

「じじさま、ご無理をしないで……」

「……おまえがしていることもまた、現象ではない……。それゆえにおまえは恐れを抱かない……。しかし、みなはいずれ、おまえを恐れることとなるだろう……」

「……いつかはね。私も少女のままではいられないし」

 ジラスはジュリエットを見やり、

「愛ゆえにか……」

「ええ、そう」

「私も、おまえをすっかり愛したかった……。しかし、おまえは悪でもあるがゆえに……そうすることはできなんだ……。悪魔のような、かわいい孫のような、妖精のような……」

 ジラスはそこでふと笑み、

「……しかし、ネックレスの趣味は少し悪いな」

「ええっ? うそっ……?」

 ジュリエットは目を丸くし、ジラスは小さく笑った。

「いいだろう、好きにしなさい……。おまえに合わせよう……わたしはお前のじじさまなのだからね……」

 ジュリエットはひとつため息をつき、

「……ありがとう」

「しかしおまえは悪だ、邪悪な子だ……。犠牲は数多く出ることだろう……」

「……そうね」

「しかしそれでもおまえに頼ろう、ラインアゾートは繁栄の森でなくてはならぬ……」

 そう、私は悪だ。

 けっきょくすべて自分のためにそれをする。例え殺されようとも、彼を愛する自分のためにそれをするのだ。

 ジラスとの会話を思い出しながら、ジュリエットは眼前の男と対峙した。

 一目で分かる。あれも邪悪だ、邪悪な存在だ。

 彼女の目にはその男がとてつもなく異様に映った。身なり正しく、端正な顔つきをし、一見して物静かな紳士に見えるものの、その目はまるで洞窟に潜む人食いの獣のようだった。その周囲の数人、いかにも凶暴そうな風貌の取り巻きたちも、ひとつひとつの挙動が彼を意識し、気を遣っている。

 夜の貴公子と呼ばれているその男は、情報通りならばブラッドシンの頭領らしい。ジュリエットは目を細める。

「ご希望のガーゴイルだ」

 トラックの一台、その荷台が展開し複数機のそれが現れる。最先端フルプレート甲冑、常人を瞬く間に超人にし、その厚みからは想像もできないほどの防御性能を誇る超高品質の個人兵装、その一種がこの赤黒く輝くガーゴイルだった。

 ジュリエットは怪しく笑んだ。そうだ、あれが欲しかった。やはり軍力は根源的なルールの一つだ。あなたを守るためには今後、これが絶対に必要になってくるだろう。

「それで、お代は? まだ聞いていないけれど」

 奇妙だった。方々のコネで接触に成功し、しかしここからが大変だと身構えたものの、彼らは代金を保留し、そのうち商品を届けるとだけ返してきたのだ。

 これは本当に奇妙なことだった。大金になるほど安易に用意できるものではない。いきなり提示されてもないものはないのだ、それで支払いが遅れたり、そもそも支払えない額だった場合、それまでの手間のぶん損するのは向こうの方だろう。とても割りに合わない。

 となれば取引はただの口実だと見るのが妥当だろう。ブラッドシンは最悪の戦闘集団として知られている。交戦そのものが目的であってもなんらおかしくはない。

 ジュリエットの額に汗が滲み、その様子を横目にグラフスは鼻を鳴らした。

 シューベット貿易がたまたま掴んだコネクションでブラッドシンと接触し、取引を持ちかけることに成功したとの情報を得たのが数日前。そしてその後すぐに、シューベット貿易の経営者であるモリソンからアルターゼ軍に警備の要請があった。

 グラフスにとって意外な展開である。怪しい貿易商が凶賊との取引を自ら開示してきたからだ。どういう意図があるのか彼にはわからなかったが、さらに不可解な展開へと事態は推移していく。

 それはもちろん、モリソンの娘、アリス・シューベットが代表者として姿を現したことである。危険な取引に小娘を寄越すのは極めて不自然、それはつまりアリスがどこかのスパイであるという疑惑に対する、明確なアンサーだった。

 しかし、この少女が何者であろうともグラフスの思惑は変わらない。ブラッドシン側につくならば即射殺、そうでなくてもここで流れ弾が当たる予定なのだ。つまり戦闘は前提だった。

「代金はそうだな……」ふと、夜の貴公子が口を開いた「君たちがこれを受け取ることそのものかな」

 やはり異様な返答だった。タダで渡すなどあり得ない、包囲されていると気づいて穏便な姿勢に変えたのか、あるいは……。ジュリエットは息をのむ。

「……馬鹿げているわ、タダなんて。あなたたちにどんな得があるというのよ?」

「貯金は多いに越したことはないね。異論はないだろう、多いに越したことはない」男はひとつ頷く「しかしそれは逆説的に利益に対して蒙昧であることを示唆する。そして君もその類らしい。そうだ、貯金は多いに越したことはない」

 何をいっているの、こいつは。思惑も言葉も理解できない。ジュリエットは眼前の男にいっそうの不気味さを覚える。

「ではこれだとどうだろう、人骨欲しさに殺人を繰り返す者の益を知ったところでどうなるというのか」

 わからないが、どうでもいい。

 お前はここで死ぬのだから。

 そしてそれは私も同じかもしれない。ジュリエットは隣のグラフスを見やった。見返した男の目は疑念と敵意に満ちている。そしてその視線はゆっくりと、彼が対峙する男へと移った。

「ブラッドシン……よくも堂々と姿を現せたものだ。殺戮部隊であり武器商人……いや悪意ある譲渡者か」

 グラフスはゆっくりとスーツのジャケットを脱ぐ。

「いずれにせよ……貴様らはこの世界の敵だ!」

 その瞬間、ガーゴイルたちが動き出した。グラフスは45口径を取り出す。

「やはりなっ!」

 銃を構えた瞬間、地面からオートキラーが現れた。人型だが妙に四角い、未知の機体である。グラフスの徹甲弾もまるで通じない。

「なにっ?」

 キラーたちは夜の貴公子を取り囲み、盾となりつつ両手の機関銃から弾丸を発射し始めた。

「キラーなのかっ?」

 グラフスは巧みにジャケットを振り回しては弾丸をはたき落とし、一瞬で背後に控えさせていた装甲車の陰へと隠れる。

「ストームゼロ!」隊員が駆け寄ってくる「ご無事ですかっ?」

「この程度、問題などない。しかしキラーか、さすがに予想外だが戦闘自体は望むところだ。さあ我がストームメンよ! 世に仇なす悪鬼どもを撃滅せよ!」

『ラジャー!』隊員たちは同時に叫ぶ『キル、キル、ゴー!』

 ストームメンの猛烈な一斉掃射が始まり、瞬く間にキラーたちは破壊されていく。

 しかしその時にはもう、夜の貴公子の姿は消えていた。


【急速接近】

 突如として交戦が開始された。ハイスコアは飛び跳ね、

「ラッキー! じゃあちょっとジュリエットを……」

 そして動き始めた瞬間、プレーンの体術、蟹挟で尻餅をつく。

「わっ、なんだよー!」

「キラー撃破のために動くならばまだしも、ジュリエット狙いではダメです。軍に敵性ありと思われるかもしれませんから」

 たしかに、そういうことになったらまたカレに怒られるかもしれない。ハイスコアはうなった。

「あっ、そうです、私が行って止めてきます!」

 と、ウルチャムが動いた瞬間またもプレーンの蟹挟が襲いかかり尻餅をついてしまう。

「はわっ、なんですかっ?」

「ダメです、そこでキラーが攻撃を止めたら関係が疑われて話がこじれますから」

 そうか、そういう風に思われる懸念はある。ウルチャムは自身の軽率な行動を恥じた。そして二人はプレーンを見やり、

「じゃあ、どーすんのよ?」

「どうしたらいいのでしょう?」

 プレーンはうなり、

「静観するしかないでしょう。録画はしましたし、最低限の任務は果たしています。それに彼らはとても強いようなので加勢しなくても大丈夫そうですよ」

 そうして三人娘はしばし岩の物陰より戦場を覗き込むが、ふと離れていく人影を発見する。

「あっ、ジュリエットです!」

 どこに仕込んでいたのか、ジュリエットは背中にシールドを担ぎながら、慌ててその場を離れていくところだった。

「うわ、またまたラッキー! ちょっとぶん殴ってこよ!」

「ダメですって」

 今度は蟹挟をするりと避け、ハイスコアは猛烈な速さで駆けてゆく。

「ああ……行ってしまった」

「お、追いかけないと! 大怪我でもさせたら大変です!」

「しょうがない……うん?」

 そのときだった、レーダーに反応が、それは猛烈な速度でラインアゾート方面へと移動しているようだった。

「なんだこの速度は……?」

 そして遠目に飛行物体の影が通り過ぎていったそのとき、通信が入る。

『緊急事態発生。即刻ゴッドスピードとエンパシーを引き合わせよ。どのような手段を行使しても構わない』

 その言葉にプレーンは事態を察する。

「しかし、ここからは距離が……! あれが以前いっていた航空機ですねっ?」

『そうです、ともかく彼を救うのです』

「ならばどうしてエンパシーをここへ……!」

『確かめる必要があったのです』

「先輩の命を懸けて、ですか……!」

『そうです。確かめなければならない』

 ウルチャムは運転席に飛び乗り、

「プレーン! 問答をしている場合ではありません!」

「くっ……!」

「急ぎましょう!」

 二人は急遽、車両を発進させるが、二人とゴッドスピードの距離はあまりに遠かった。


【復讐の狼煙】

 また留置室に戻され寝こけていたゴッドスピードだが、その瞬間、飛び起きていた。

 ただごとではない! 理由は分からないが、きっと恐ろしいことが起こる、そんな予感がする! 心臓が激しく脈打ち、冷や汗が流れ、不吉な予感が彼の胸中を支配していた。

「よう」

 牢の外には複数人がいた。みな拳銃を手にしている。

「ジラスのお気に入りに手を出したんだってな」

 身なりこそいいもののチンピラの雰囲気だった。留置所の廊下にこのような輩たちがいて当然なわけもない。

「まあなんだ、生きるか死ぬかはお前次第だが……」

 ゴッドスピードは真剣にその音を聞いていた。かつり、かつり、と奇妙な音が近づいてきている。ごく小さな、硬質的な足音。ややすると、彼がいる牢の前に蜘蛛のようなロボットが、かつり、かつりと歩いてくるのが見えた。

 そしてその蜘蛛がふとゴッドスピードの方を向いた、その瞬間のことだった。彼の周囲一帯より黒い影が溢れかえる。

「こっ、これは……!」

「いまさら驚いたのか?」男たちは笑う「まあいい、とりあえずあれだ、さっさと認めろや。それとも……」

 影はあまりに多いが薄い、まだ間に合う!

「早く逃げろ! ここはまずい、吹き飛ぶかもしれん!」

「なにぃ?」男たちはきょとんとし「そういう命乞いは初めてだな」

 そうしてまた一斉に笑うが、次の瞬間にはゴッドスピードが鉄格子の扉を蹴り抜いていた。

「なっ……何だお前っ?」

「ここから離れろっ! 死にたくなければ、すぐさま逃げるんだっ!」

 ゴッドスピードは蜘蛛型ロボットを踏み砕き、飛ぶように駆け出した。やや遅れて後方より銃声が轟いたがすでに彼の姿はない。

 さてどうする、迅速に、すぐさま一人でも多くここから避難させなくては。

 限りなく少ない時間内にて考えついた作戦は挑発だった。彼は中指を立てながら、

「おいおい駄犬らしいクソみてえな警備じゃねぇか、自由になっちまったぞ、おらおらかかってこい!」

 通路、廊下、オフィス中で挑発を繰り返し、当初はきょとんとしていた警官たちも事態に気づき、一斉に彼を追いかけ始めるが、壁をも駆けるゴッドスピードを捕らえられる者はいない、彼は難なく正面より外へ出ることに成功した、その直後である。

 頭上から不吉の影が真っ直ぐに降ってこようとしていた。くる、狙撃か! ゴッドスピードが跳躍したその瞬間、上空より細長い光が一筋、地面に黒い真円の穴を残した。

 その攻撃に警官たちは慌てて足を止め、勢い余って転倒してしまう。ゴッドスピードは振り返り、

「テロだっ、すぐここから離れろ! 近くの市民も退避させろ! 時間がないっ、早く立って逃げろ、逃がせっ!」

 光線による狙撃は小物の犯罪者が逃げ出すこととは比較にならないほどの大事である。警官たちは顔を見合わせた後、慌てて退避と避難行動に移り始めた。

 しかし、ゴッドスピードにはわかっていた。この光線は俺のみを狙ったものだ。ならば人を巻き込まないよう、さっさとここを離れなければならない。車両を使うか、いやこの混雑ならば走った方が早い!

 ゴッドスピードは全力で疾走し始め、また照射され始めた光線を背に、市民を巻き込まないようジグザグ移動で、しかしより最短距離を望んで風のように街を突っ切った。車両行き交う道路を横切り、ガードレール上を駆け、花壇を走り、並木を駆け上って跳ぶ、各所から悲鳴が上がり、小規模の交通事故も発生したが、狙撃が極めて高い精度がゆえ、光に焼かれる市民は今のところ出ていない。

「くそっ、何なんだいったい、だがそろそろだ!」

 そしてドームの外壁へと到着し外へ、戦闘車両がある駐車場へと急ぐが目的のものはそこにない。

「なにっ?」

 ウルチャムらが移動のために使用しているので当然ではあるが、しばし連絡の取れる状態になかったゴッドスピードが知る由はない。

「あいつら、どこへ行ったんだっ?」

 そのとき、大量の影が降り注いだ。それは先ほどまでとは比べ物にならない照射量を予言しており、次の瞬間、まるで雨のごとくそれは現実のものとなった。

「くそっ……!」

 ゴッドスピードはまた駆け出し、さらなる攻撃の激化を懸念した。あるいはミサイルなどを用いた攻撃もくるかもしれない、ドーム内より人口密度は低いものの周囲にはまばらに人がいる、影響範囲の大きい攻撃が来れば巻き込んでしまうかもしれない。

 どうする、得物もない、周囲の車両をハックするにもゴーグルや端末がない、どうすれば……。

 そのとき、とある航空機が彼の視界に入った。駐車場の端に着陸しているそれはフグのように丸々としており、一見してプレーンのものだと分かる。

 こいつは僥倖だ! ゴッドスピードは航空機へと駆け出し、そのAIに向けて叫ぶ。

「ワイズマンズ7、ゴッドスピードだ! ドアを開けろ、そして照射される光線をなんとか防げっ!」

 その声に応じて航空機のドアが開き、同時に煙が吹き出した。レーザーチャフ、光線拡散霧が展開されたとき、光学兵器の威力を大幅に減衰させることが可能となる。

「よしっ、俺が乗ったら即座に飛び立て!」

 そう叫びながらゴッドスピードは空いたドアより飛び込み、航空機は同時に走り出していた。

『ゴッドスピード確認。ですが許可のない離着陸は本コミュニティにおいて敵性行為と見なされる可能性があり、推奨できません』

「かまわん、緊急事態だ! このまま飛び立て!」

『了解』

 そしてすぐに航空機は飛び立ち、そのままコミュニティより一直線に離れていくが、その後すぐに猛烈な数の飛来物が彼を追いかけてきていた。誘導ミサイルだ、やはり来たか!

「ミサイルチャフだ! 全速力で逃げ切れっ!」

 チャフをばら撒きながらさらに加速上昇、飛来物はぎりぎりのところで航空機のすぐ横を通り過ぎていき、乾いた大地へと着弾しては下方に炎の海をつくった。

『先輩、生きていますね!』プレーンからの通信である『航空機の強襲を確認、こちらへ向かってください!』

「なんだとっ? そんなことをしたらお前らを巻き込むだろう!」

『逆です、エンパシーが鍵なのです!』

「なにっ? ではこれはキラーなのかっ?」

『そうです、どうにも先輩を狙っているらしく……』

 そのとき、それは起こった。

 ラインアゾート方面より大きな爆発反応が検出されたのだ。位置からして、先ほどまでゴッドスピードがいたドームである。

「おいっ! ドームで大規模な爆発が起こったぞっ?」

『……ドームとは』

「さっきまで俺がいたドームだ!」

 直後にまたもミサイルの襲来が降り注いでくるものの、またチャフと加速でぎりぎり難を逃れる。

「ともかく不確定要素が多い、そちらには行けん!」

『駄目です、こちらへ来てください!』ウルチャムだった『上手くいく可能性がある限りは実行に移すべきです!』

「軽率な判断はできん! それより敵機を撃墜しなければ!」

『その機体では不可能でしょう』プレーンだった『しかも先輩はボクよりきっと操縦が下手ですし、エンパシーの提案がもっとも妥当かと思います……というか誘導しますね』

「なにっ?」

 システムはプレーンに最優先の権限がある。ゴッドスピードの意思を無視し、航空機の後部ハッチが開き、貨物を捨て始め、さらに武装もパージし始めた。

『迎撃システムを除きすべて捨てます。軽い方が回避も容易ですので』

「おいおい、巻き込まれたらどうするんだよっ?」

『大ピンチですね。ですがそれだけでもあります』

『わわっ、なになに?』ハイスコアだった『でっかい戦闘機? こっちへ来るの?』

『そうです、ジュリエットなど後回しにして迎撃準備を、先輩を援護するのです』

『あたぼうよ! 私のタイガーならやれるぜい!』

 プレーンが誘導する航空機は先ほどより遥かに軽妙な動きでミサイルを回避していく。

「くそっ、お前たち……闇雲にもほどがあるぞ!」

『先輩の後輩ですから』

 やがて目的地の巨岩地帯が見えてきたそのときである、通信が割り込んできた。

『ゴォッド……スピィイイイイ……ド』

 それは、まるで砂を噛むような不快な雑音、呻きにも似た声音だった。

『またしても……聖者を奪うかァアアア……!』

 そして、あまりにどす黒い、憎悪にまみれた、地獄の響きでもあった。

 ゴッドスピードは気圧され、息をのむ。

「……お前か、この攻撃は、何者だっ……?」

『死の、世界……! 我々の世界は、終わったはずだ……!』

 ゴッドスピードにとって、意味するところはわからない。しかしどこか聞き覚えのある声ではないか。そう思ったとき、また激しい頭痛に見舞われる。

『貴様が生きているならば、私もまだ、眠れない……! 我々は共に消え去るべきなのだ……!」

「……くっ……! お前は、いったいっ……?」

『記憶をなくしたとて、過去の痕は永遠に消えはしない……! せめて墓に埋まれ、咎に怯えつつ、地の底に隠伏せよ……!』

「なっ、なんだとっ……? なぜ、記憶のことを知っているっ……?」

『私は、貴様など認めない……!』

 そのときだった、ゴッドスピードの上空を巨大な戦闘機が通り過ぎていき、それから猛撃はぴったりと止んだ。


【獣に追われて】

 ミスをした。息を切らしたジュリエットは舌打ちをする。

 爆破には成功したものの、タイムラグが明らかな違和感を生み出してしまっていた。

 そもそもキラーのくせになぜ最初から大量にミサイルでも撃たないの、殺戮機械ならばドームごと吹き飛ばしてもいいだろう。まさか、みだりに殺さないという情報は本当だったのか。

 まあいい、いずれにせよ逃げ出したゴッドスピードの仕業にすることは容易だ。今日は一族会の日、屋敷には奴らが集結しているはず、病院で寝込んでいるじじさまを除けばすべて爆殺できたはずだ。

 ことの大きさを踏まえれば容疑だけでも充分、これでガードドッグはあのコミュニティにはいられない。そしてじじさまの容認のもと私がリガリスを引き継ぐのだ……。

「やっほ、調子はいかが? いるんでしょ、出てきなよ!」

 いつの間にか、近くにハイスコアがいる。そっと覗き見すると、片手に巨大な機関砲を手にしているのが見えた。

「いるのはわかってんだよねー。なんかでっかいやつどっか行っちゃったし、またあんたを狩ることにするから!」

 どんな計画にもイレギュラーは存在し、それが致命となっても不思議はない。しかしそんなもの、今じゃなくてもいいでしょうよ。

 ジュリエットは今更ながらに後悔していた。虎を余計に挑発するべきではなかったのだ。

「なんか向こうで爆発が起こったんだってさー。カレを殺そうとしたのはあんたでしょ? わかっちゃうんだー、直感力っていうかさー」

 猛烈な射撃音とともに周囲の岩が発泡スチロールのように崩れていく。

 わかる、あれは脅しではない、本気で殺すつもりだ。

 後先考えない人食い虎め!

 ジュリエットは起死回生の策を練るが、ハイスコアを説得できる材料は何もない。今はただ、ゴッドスピードの到着を待ち望んでいた。

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