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愚者の楽園  作者: montana
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抗戦 Wiseman's:Fightback

【救援要請】

 いくら語りかけても言語らしい形の返答はなかったが、男はそれでも構わないと気を取り直していた。理解はできなくとも返事のようなものはあるし、虚しいひとり遊びではないと思えたからだ。

「わかっているさ、正確なやり取りができないってことは。それでもあえて聞こう、どこへ向かうのが一番いい?」

 答えらしきものはやはり言語のていを成していない。とはいえ、そこに疑問があった。不明瞭なのは発声か、それとも認知にあるのか。男は確かめることにする。

「そうだな、いまからぐるぐると回るから、最高に素敵な方角へ向くほど高音にしてくれよ」

 そして男は車両を旋回させ始める。すると音階が上下を始めた。そこで彼は意味が通じていると確信する。

「そうか、言葉はわかるんだな!」

 伝わった意図と、起伏の激しい音階の上下に男は笑う、笑って回り続ける、泣く子が笑うかのごとく。

「よし、こっちってことだな!」

 甲高い声が響く先、北へ向けて進み始めたそのときだった。突如として声は止み、音も意味も明瞭な声が男の耳へと入る。

『緊急通信、ワイズマンズ7、ゴッドスピード、応答せよ』

「なにっ?」

 思わず急ブレーキを踏んでしまい車両は横滑りをする。停車後の空気は静寂に満ち、男はごくりと息をのんだ。

『聞こえていますか、ゴッドスピード……』

 先ほどのものとは声音がまるで違うが、同一人物のものらしい。男は恐る恐る返事をした。

「あ、あんたは……?」

 そこで神妙なる一寸の間があり、なんらかの過ちをおかしたのかと男は懸念したが、ようやくといってよいほどの後に返事がある。

『……私はワイズマンズ3、スノウレオパルド。候補生訓練施設がオートキラーの襲撃に晒される懸念があります。こちらへ急行してください』

「ワイズ、マンズ」

『そうです、あなたもその一員です』

「そう、俺はワイズマンズだ」男は確認するように口に出した「これまで多数のオートキラーを撃破してきた」

『ええそう、その通りです』

 それにゴッドスピードという名前にも覚えがあるような気がしたが、本当に自分のことなのか、男は確信できなかった。

「……それで、救援要請だと?」

『そうです。私の管轄する施設です。わかりませんか?』

「わからない……いろいろと記憶があやふやだ、ついでにこの車両も調子が悪いらしい」

『……ええ、イルコードより通知がありました。その件については話し合いが必要でしょうが、いかんせん今は緊急事態、ともかく位置情報を送ります。戦闘は可能な状態ですか?』

「まあ、おかしいわりにできそうな気はしている」

『では急いでください、候補生たちはまだ未熟、あなたたちが間に合わなければ相当数の被害が出ると予想されます』

「候補生……」

『十代も半ばほどの子供たちです。助けが必要なのです』

「助けが……」

 必要ならば動くべきと男の思考は直結された。そう、オートキラーを破壊し、危機に晒される人々を救うことが俺の使命だったじゃないか。状況はいろいろとおかしいが、その点にだけはすっかり得心できる。

「よし……わかった、了解だ、やれると思う」

『そうしてください、どうか急いで……!』

 そして通信が切れ、すぐに位置情報が送信されてくる。ここからさして遠くはない。数時間後には到着できそうだった。

 助手席には二つの武器が置いてあった。ひとつは黒く、もうひとつは銀色の銃器。それらにはしっかりと覚えがあり、使い慣れた彼の武器に違いなかった。

 しかし、男は同時に不可解さを覚えていた。銃はいい、しかし、そこにそれらがあるのはなんだかおかしいような気がしてならない……。

 考えるほどに頭がぼんやりとしてくるので彼はいったん、そのことは棚上げすることにした。今はとにかく急行せねば。

「よし、いってみるか……!」

 男はどこからか湧いてくる使命感のみを頼りに、候補生たちを救うべく、西へと向けてアクセルを強く踏み込むのだった。


【襲撃】

「よおしガキども! 初陣だ、気張れよ!」

 身長二メートルを超える大男だった。ワイズマンズ11、ビッグピラー。その体躯を活かした重装備は生半可な攻撃を通さず、またその巨体が駆る大口径の銃器はあらゆる敵の重装甲をも粉砕する。激戦の渦中には必ず存在し、また生還してきた強者中の強者である。

 彼はワイズマンズにおける個人兵装、バトルスーツの中でも最高強度を誇るジャイガンティックに手を加えた、通称ギガスを装備している。本来ならばパワーアシスト機構を備えているジャイガンティックだが、故障による行動不能とクラックによる暴走を懸念した彼はアシスト機構を排し、装甲を追加した上に、止血やある程度の治癒補助、痛み止め効果のあるメディカルジェルを増量するという措置を行なっている。それはつまり装備の重量を肉体のみで支えることになるわけだが、人類最高クラスの膂力を持つ彼の巨体は充分な機動力を保証する。

 深緑の巨人を目にした悪党には逃げるか死ぬか、二通りの未来しかない。

「君たちはこれまで厳しい訓練をこなしてきた。いつも通りにやればやられはしないよ」

 ワイズマンズ5、セットマスター。金髪青眼の優男、しかしその実力はワイズマンズにおいても屈指を誇る。模範の名の通りあらゆる面において高水準を保つ彼には惜し気もなく最新装備が与えられる。

 現在、装備しているバトルスーツはアーミーウルフ。比較的スタンダードな性能をもつウルフ系においてもやや特殊な試作モデルであり、複数のバトルドローンを制御し、コンビネーションで敵を撃破するというコンセプトモデルだが、肝心のドローンが調整不足で前線には出せない状態にある。しかし不測の事態は戦場につきもの、模範者はただ現状のベストを追求するのみである。

「瞬殺、瞬殺だ! すべての武器は瞬殺するためにある!」

 ワイズマンズ19、ファルコン。その迅速な作戦行動には定評があり、百人規模の凶悪集団を数人かつ短時間で壊滅させた伝説を持つ男でもある。

 超人的な動体視力を有し、弾丸すら視えるとは彼の弁。彼専用のバトルスーツ、ハヤブサに身を包み、その瞬発力は数十メートルの距離をも一瞬で詰めることが可能、白兵戦の猛者としても知られている。

「加えて、ゴッドスピードが駆けつける予定です。協力し合い、この困難を乗り切りましょう」

 マーマこと、スノウレオパルドの言葉を聞いたビッグピラーの目が見開かれる。

「ゴッドスピードだとっ、やはり生きていやがったか!」

「もちろん」

「はっ、しぶてぇ野郎だ!」

 彼は嬉しそうに笑うが、ふと真顔になる。

「……だが、あのウィッシュがやられたと聞いたが? 俺を参加させなかったからだ!」

「あなたとは相性が悪いとの判断です」

「知ったことか! どのみち奴らは総出でも……」

「言い合いをしている場合かな」セットマスターが割って入る「負けぬまでも被害ゼロは難しい戦いだ、集中しよう」

「同意します。一人も失いたくない」

 スノウレオパルドは整列している候補生たちの前に立つ。そして一同の顔を眺め回した。

「あなたたち、準備はできましたか?」

 候補生たちは勢いよく呼応する。友との別れに渋る彼らも戦いに挑む覚悟はできている。

「およそ三十分後に敵兵、オートキラーの部隊が本施設へ到達します。各々、バトルスーツの調整は済ませましたね」

 候補生はみなスマートパピーを装備している。これは拡張性に特化したバトルスーツだが基本的に訓練用、それぞれに合わせた調整が施されているものの基本的な性能は低めである。

「敵戦力の行動予測、ハイスコア」

「はいー」ハイスコアは手を挙げる「敵部隊は高確率において威力偵察と推察できまーす。最悪の場合、航空戦力によって周囲を旋回しつつ爆撃し、その後に歩兵を大量に投下、当該施設へと侵入を開始する……というのがキラーの本気モードっぽいのですが、今回のはなんか運搬車両三台規模らしく、しょぼい雰囲気ですー」

「というように……」

「敵戦力を軽んじてはいけませーん!」ハイスコアは慌てて言葉をつけ足す「オートキラー相手に過信は禁物であります!」

「……そうですね。対処法として有効と思われる戦術を提示しなさい」

「本施設へと誘い込み、迎撃する戦術が最善というかそれしかないです。なぜなら外に出たところで遮蔽物は少ないですし、ここへ誘い込めれば我々に地の利がありますのでー」

「よくできました。ではパターン6にて迎え撃ちます。総員、指定位置へ移動!」

 候補生たちは迅速にそれぞれの持ち場へ動き出した。この施設は地下に存在し、円柱状を成している。出入り口は四箇所、百二十度ずつに配置されている三か所の通路と一カ所の大型エレベータである。

 この作戦ではあえて通路のみを解放、敵を誘い込み、迎え撃つ戦法をとる。地下へと降りる階段の踊り場にて牽制、その後、逆ドーナツ型に防壁が展開している地下一階へと誘い込み、一気に叩く作戦である。遮蔽物のない空間を中心部へ向けて移動せねばならないことは敵戦力に対してかなりのリスクを強いることになるだろう。

「でも唐突に爆撃機とかが飛んできて攻撃してくるかもよ」

「そう……だなぁ、そうなったら生き埋めになるかも」

「うぇー! それは嫌だ」

 候補生の少年たちはそのような懸念に駆られるが外壁の強度は折り紙つきである。硬軟多重に積み重ね形成されている特殊装甲を容易に貫通できる兵器はごく僅かな数に留まる。

「お前ら授業聞いてなかったのかよ。キラーたちは無闇に施設を破壊しないって習ったろ」

 これは統計的な事実だった。オートキラーの行動原理は不可解な点が多く、環境を変化させるという戦術的段取りを踏むケースは稀とされている。それは戦争行為をするにあたってまるで片手落ちだったが、今のところ、その不完全な戦術は続行されていた。

 しかし、そういった未熟な点を補ってあまりあるほどにキラーの戦闘力は脅威とされている。メンテナンスの状態にもよるが、その耐久力、攻撃の精密性は人間をはるかにしのぐ場合があり、圧倒的な地形の優位性も勝利への保証には結びつかない。

 では何をもってワイズマンズは機械兵士に立ち向かうのか。胎児の頃から超人化技術を施すことは必然ではなかったか。

『敵勢力、三方に分裂! 予想通り、各経路より同時に侵入を開始すると考えられる! 総員、戦闘開始は近い、集中せよ!』

 候補生たちは一斉に呼応する。

『コード・エンパシー、第一経路、踊り場へただちに移動せよ!』

「はっ、はい!」

 通信より、少女は指定されていた持ち場より離れ、解放された三つの経路の内の一つである第一経路、その先にある階段の踊り場へと向かうことになった。

 ビッグピラーはヘルメットのマスク部分を下ろし臨戦態勢となる。重装甲たる深緑の巨人に続くはハイスコアとグレース、そして彼らに追いつく形で少女が合流した。奇しくもなかよし三人組が集まった形となる。

「なんだおい、嬢ちゃんばっかじゃねーか!」

 ハイスコアは頬を膨らませ、

「ブゥ! 性別は関係ないと思うけどっ?」

「そりゃあそうだが、スノウめ、何を考えていやがる……」

 グレースは微笑み、

「もちろん最適な采配について、でしょう」

 本当にそうなのか少女には疑問だった。ワイズマンズにおいて屈指の強者であるビッグピラー、いつも余裕を残し優雅に振る舞うグレース、そして史上最高の候補生であるハイスコアと揃い踏みの中、本施設最下位の自分は場違いのようにも思えたからだ。

 しかし指揮をとるのは他でもないマーマ、疑うなんて馬鹿馬鹿しい。あれこれ考えないでただすべきことをするしかない。

「……緊張しているのか?」

 決意している最中、不意に話しかけられ、少女は慌てふためいた。

「はっ、はい……。私は本施設最下位ですので、足を引っ張らぬようにしたいと思いまして……」

「そうかね、スノウはお前のことを褒めていたぜ」

「そ、そうなのですかっ?」

「ああ。だから大丈夫だ。むしろ怖ぇのはまるでビビッていないこの嬢ちゃんの方だぜ……」

「えーっ、なにそれー!」ハイスコアは頬を膨らませる「ブウッ!」

「自分でいった通り小規模だからって気を抜くんじゃねぇぞ、ゴッドセンドが混ざっているかもしれねぇんだからな」

 オートキラーは修復ないし改造を自らの手で行う。つまり、武装はおろか身体パーツに至るまで頻繁に換装されているのだ。そのため、何かの拍子で偶然にも高性能の機体へと変貌することもあり、それはゴッドセンドと呼ばれている。

 また、それに付随する案件として見た目通りではない兵器を使用する懸念もあった。大砲を背負っているのでロケット砲だと思われたが実際の機構は拳銃弾を発射する程度でしかなかった、などといった報告ならば仔細ないが、例えばそれが分離変形し、上空よりレーザーを射出してくるなど意表を突く戦力を発揮した場合には対応が遅れ、被害が拡大する可能性が高くなる。

「よおし、迎え撃つぞ!」

 踊り場ではすでに防壁が展開されており、機関砲の設置も済んでいた。そしてグレネードランチャーが三つ、用意されている。

「姿が見えたらとにかく撃て! 間違っても俺に当てんじゃねぇぞ……って、邪魔だ邪魔!」

 当然のように機関砲を構えるハイスコアだったが、押しのけられてまた頬を膨らませる。

「ブウウ! さっきからなんなのっ、私にばっかりいちゃもんつけてさっ!」

「うるせぇ! お前もモチ係だ!」

「ヤダー! つまんなーい!」

 ハイスコアは全身で非難を表現し、ビッグピラーは呻いた。手を焼く相手はいつも年頃の娘だ。どうしても愛娘の面影を重ねてしまい、強く出られない。野郎ならば拳で容易に片づくのだが。

「これは実戦なんだぞ……怖くねぇのか?」

「え、なにが?」

 そのとき、戦いのドラムが鳴り始めたことに四人は気づく。硬質的な足音が迫ってきていた。

「いやいい、歩兵が来る。やるぞ、気を抜くな!」

 入り口となるハッチは事前に開けてある。施設の破壊に疎いオートキラーだが、さすがに侵入を拒むものに対してはその限りではなかった。出入り口が破壊されるとその後の修理期間も含め、秘密施設の存在を露呈させる可能性が高まる。そのためノーガードが最善とされるケースはそう珍しくない。

 足音がさらに近づく。キラーはとかく安易な方法を選ぶ傾向にあり、解放された入り口を訝しむ気配は微塵もない。

 初めての実戦である、少女はグレネードランチャーを構え、息をのんだ。犬を模した意匠の黄色いヘルメット、そのフェイスガード部分を降ろし、眼前では各種パラメータ付きの視界が展開される。

 オートキラーは通称メデューサと呼ばれるレーザーやフラッシュによる目潰し攻撃を頻繁に使用することで知られていた。人型ならばこそつい顔を見てしまう。そんな習性を利用するため、機械兵士は顔に独特な文様をペイントする個体もいる。

 超人化されており、常人より遥かに高い耐久力があるとはいえ装備はするにこしたことはない。ワイズマンズが装備するヘルメットやゴーグルには例外なくメデューサ対策が施されている。

 階段をぞろぞろと人影が降りてくる。そしてその姿を視認できるということはすでに間合いだった。キラーの先制攻撃、強烈なフラッシュが断続的にたかれるが対策が万全の四人に怯みはない。

 そして防壁の裏に映った姿、少女にはそれが一瞬、人間に見えた。人型であり、身体中に土色の布を巻いているからだ。内部機構は防塵フィルムによって保護されているものの、衣服の効果を認めているのだろう、塵を嫌い、何かをまとうキラーは珍しくない。

「オオラァアアッ!」

 機関砲が咆哮し合金の喚きが辺りに響き渡る。キラーは損壊をまるで意に介さず、倒れても再度動けるならば即立ち上がり、躊躇なく味方を盾にし、足元にあれば踏みつけて前進する。そのすべての行動に躊躇はなかった。

 少女たちは指示通りに接着弾を撃ち続ける。それらは立て続けに空中で炸裂し、内容されていた接着剤が辺りにばらまかれる。そしてそれを浴びたキラーたちはくっつき合い、あてもない金属の塊と化していった。

 しかし、今度はその塊が階段から転がり落ちてくる可能性が高い。踊り場に留まり続けることは危険であった。

「よおし、固めたな! 第一経路、後退するっ! 戻り次第、指定の位置へ着けよ!」

 この接着作戦には重要な意味があった。障害物が散乱している通路を何を用いて、どの程度の時間で突破してくるのかが問題となるからだ。戦闘力は武器の威力や装甲の厚さ、機動性ばかりで測られるものではない。むしろ対応力こそがその部隊の練度を決め、練度は乗算で武装の性能を高めるのだ。

 地下一階に構えた陣はあくまで同等レベル以下の戦闘力を想定したものであり、敵兵の実力によっては迅速に地下二階へ移動し、また別の地形を利用し戦わねばならない。スノウレオパルドは陣営中央にあるモニターより、各経路の状況を注視している。一秒の判断が直接的な被害に繋がりかねないからだ。

 ビッグピラーを中心に、第一経路出入り口より現れるキラーを迎え討たんと候補生たちは銃を構えていた。そこに通信が入る。

『第二、第三経路が突破された。敵兵力、想定範囲内と推察。予定通り第一区画において迎撃する。各自、迎え撃て!』

 施設の床は強力な磁力にて制御されており、キューブブロックが自在に防壁へと変化するものの、基本的に訓練用の設備なので圧倒的な火力の前には分が悪い。とはいえ、今回の襲撃規模ならばかろうじて対処可能とスノウレオパルドは予測した。

 持ち場に戻った少女は息をのみ、敵兵を待つ。じっと待つ。そのうち頬がかゆくなり、肩で擦りつつ待つことしばし……経験の浅い彼女にも違和感が拭えなくなるほどの時間が過ぎた。第一経路からは未だ一体として敵兵が現れない。

「……どうした?」ビッグピラーは眉をしかめる「こっちは遅ぇな」

 先ほどより左右後方から射撃音や爆音が鳴り響いている。しかし、彼らの方からは一向に何者も姿を現さない。

「おい! 第一より出てこねぇーぞ!」

『通路上にていくらか姿は確認できますが、侵攻に積極的ではないようです。コード・エンパシー』

 またも突然の指名に少女は驚く。

「はっ、はい!」

『第二経路側に向かい、迎撃に参加しなさい』

「はい!」

「なっ、おい!」

 少女は移動を開始し、ビッグピラーはその背を見送る。

「……おいスノウ、どういうことだっ? なぜあの嬢ちゃんだけをっ……?」

『機密に抵触しますので、答えられません』

「なんだそりゃあ?」

 ビッグピラーの脳裏に疑問の木霊が響くが、前線においてこの思案は邪魔だとすぐさま思い直し、前方に集中し直す。この迅速な思考の切り替えは彼の肉体以上に存命を支える柱だった。無闇なこだわりは死期を早める。

 グレースも深くは考えなかった。ただ、前方に現れた敵兵を最速で撃破する。これこそがいますべきことのすべてだと理解していたからだ。

 しかしハイスコアだけは、いつまでも少女の去った方向を見つめ続けていた。


【救えし者は幸いなり】

 男は車両を緊急停止させた。目的の施設は秘密基地の性質をも有し、地下に存在するとのことであったので、場所はわかっていても入り口の発見には手こずるものと思われた。しかし、いまは明白な目印がそこにある。

 それはオートキラーの運搬車両で、その姿には彼にもよく覚えがあった。またそれに関連して航空機の存在を懸念したが、周囲にそれらしい姿は確認できない。

「……おかしい。解放された経路は三箇所らしいが、車両が集まっているのは二箇所のみだ。ずいぶんとずさんな攻め方だな」

 その独りごちるような問いかけに対し、車両より返答はあったものの発音はやはり不明瞭である。

 車両が停まっている二箇所はまったく選択肢に入らない。オートキラーがそこに集結していると予想するのは簡単であるし、なにより不吉の影がひしめき合っているからだ。残る一箇所にも影の姿はあるが、他と比べればほとんど安全といってよかった。

 オートキラー戦に必須のゴーグルを装着し、銃を手にする。そして車両を降りて、辺りをさまよう黒い影に気づかれないよう、男は可能な限り身を屈めて荒野を進んでいった。気は抜けないが問題はない。彼は注目を集めることなく第一経路へ続くハッチへと辿り着くことができた。

 動くほどに身体中の傷には障ったが、同時に心地よい熱さを男は感じていた。行動するほどに己というものが腑に落ちてくる。オートキラーの破壊は俺の専売特許だ、俺にはできる、不幸を退かせられる。奴らを破壊し、それだけ人を救えるのだ。


「人を救うのはね、いいってことじゃないんだよ」


 そのとき、脳裏にそんな言葉が響いた。


「いいことってすべきことでもあるでしょう? じゃあ、できない人は悪いってことにも通じちゃうじゃない。みんな事情があったり、余裕とかなくてできないだけかもしれないのに」


 その言葉は、どこか覚えのある声でもあった。


「したいことなんだよ。誰だって簡単にできるならいっぱい人を救いたいに決まってるんだ。でも、なかなか上手くいかないから哀しいの」


 そうだな、と男は思う。できるならば俺もそうしたい。


「できる人は幸せなんだよ。だから私は幸せになりたいの。もっと、もっとね。もちろんあなたと、みんな一緒に……」


 それは、いわば人類に向けた幸福への祈りだった。

 そしてそのときすでに、男は自身に宿る強大な力とその名前をすっかりと取り戻していた。

「こちらゴッドスピード! 到着したぞ、すぐに援護へと向かう!」

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