修飾 Passion fire:Approach
【ビッグ・テン】
大陸には十の超大型コミニュティがあり、それらは通称ビッグ・テンと呼ばれている。そしてその一つがラインアゾート、人口一千万人を超える地上の楽園である。
ならばこそ安住を求め、この巨大都市へと向かう人々が後を絶たないが、その結末の多くが悲惨なものとなっていた。周辺を闊歩するオートキラーの脅威もそうだが、より実際的な問題はコミュニティ周辺に潜むアウトローたちである。ここで待っていれば獲物が勝手にやってくる。そう考える輩たちは楽園の周囲に狩場を張り巡らせ、旅人たちを発見次第、襲っているのだ。
そのような状況にあるなか、ヤスターズ一家はとてつもなく幸運だった。ラインアゾートへと向かう道中、たまたま近くを走るガードドッグの車両を発見したからだ。
さしもののアウトローたちも番犬たちにはおいそれと手出しはしない。ガードドッグは歯向かう無法者の存在を決して赦さないからだ。調子づいて彼らに手を出し壊滅させられたチームは枚挙にいとまがなく、熟練のアウトローチームほど一定の距離を保とうとする傾向にあった。
ゴッドスピードらはヤスターズ一家とともに周辺の危険地帯を何事もなく通り抜け、ラインアゾートに接近しつつあった。多数の巨大な武装ドームが密集し、上空には無数の無人機が徘徊、地上では戦車を筆頭に、戦闘車両が規則正しく並び、陣を敷いている。夕日を背景に鎮座するその様子には相当な威圧感があり、さながら巨大要塞の風格がある。
「す、すごい防備ですね……!」ウルチャムは思わず前のめりになる「不用意に近づいて大丈夫なのでしょうか……?」
「いきなり攻撃されることはないさ」
上空より無人機が数機、ゴッドスピードらに接近していた。来訪者に敵性があるか調べるためだ。とはいえそんな確認作業は一瞬で終わり、無人機はエスコート機に早変わりする。
『無事にたどり着けるなんて! アウトローの襲来がなかったのはあんたたちと一緒だったからだろう! 本当に助かったよ、ありがとう!』
一家の、感謝を全身で表現する姿が微笑ましく、ゴッドスピードたちは手を振り返した。
「助けになれてよかった。今後ともガードドッグをよろしく」
戦車群が目前となったところで無人機が停止、今度は警備軍による確認作業が始まるが、これにも手間はかからない。ゴッドスピードたちは先へと促される。
対してヤスターズ一家はそうもいかなかった。全員が車両から降ろされ、車内を兵士たちが調べ始めている。市民を騙ったアウトローである可能性を疑われているのだ。その様子を横目に、ゴッドスピードは車両を発進させる。
外からはいかめしく見える戦車の森だが、内部は存外に穏やかな雰囲気だった。ところどころに屋台が設置されており、そこでは兵士たちがたむろし笑い合っている。
「なんだか意外と……気楽な雰囲気ですね」
「この規模の戦力なら大抵のキラーやアウトローは軽くひねり潰せるからな。強者の余裕といったところか」
しかしそれは希望的観測の域を出ていないだろうと彼は思っていた。例えば強力な戦闘力を誇るキラー部隊が上空より直接ここへと投下されたらどうだろう。撃墜に失敗したぶん乱戦は必至、兵士たちは誤射を恐れるがキラーはそうではない。一気に陣形が瓦解し、その隙を狙ってアウトローが参戦する、そしてリヴェンザーのような惨状になることは想像に難くなかった。
けっきょくは高度に組織立った作戦行動に出ないキラーの愚かさに救われているのだろう。あるいはプレーンの仮説のように奴らなりの意図でもあるのか。ゴッドスピードはそんなことを思いながら車両を進めていった。
鋼鉄の厳戒地帯を抜けるとドームは目前である。ジュリエットを含むスパイチームが滞在しているのは富裕層の集まる四番ドームだが、その前にガードドッグ支部へと向かわねばならない。
支部はキラーの襲撃に対し迅速に対処するため、ドーム群よりやや外れた場所、それも地下に存在していた。入り口はぽつんと設置されたハッチ、そこへと近づくなり通信が入り、地下施設への道が開かれる。
斜面のトンネルを降りていった先は広い倉庫のような場所だった。そこでは各部屋という仕切りがあるわけではなく、出入り口付近に戦闘車両が停められ、奥の方では机や棚が雑然と並べられているのみである。
「やあどーも、話は聞いてるよ」
ワイズマンズ52、コード・モールは髭面をほころばせて三人を迎えた。そしてキラーの首を前にすると、よりいっそう嬉しそうな表情を見せる。
「こいつが例のやつか!」
「ああ、武装を隠し持っていないか調べてほしいんだ」
『武装は君が外した分で全てだ』
ふと首が喋ったことにモールは驚き、
「へえっ? わりと普通に会話できるんだなっ?」
『必要ならば』
「なるほど、ぱっと見ヤバそうな装備は残ってなさそうだ」
「どのくらいで終わる?」
「なんかな、本部よりいくらか注文があるんだよ。ちょっとかかるかもな」
「なに? 聞いていないな」
「いつもそういう感じだろ」
ゴッドスピードはうなり、
「……注文とはどのような?」
「そいつは見てからのお楽しみだ。手が空いてるのですぐにでも作業にとりかかれるが、それでも数日はほしいな」
「ああ、ちょっとした任務があるから急ぎはしないよ」
ゴッドスピードは周囲を見やる。奥には大量の機械部品が山のように積み上げられ、人影が複数人、端末や機械部品をいじっている。
「あそこの彼らもワイズマンズ?」
「いや、ここには俺とあと一人だけ。他は普通のガードドッグだよ」
ワイズマンズは大方ガードドッグでもあるが、ガードドッグの多くはワイズマンズではない。番犬の九割以上は常人で構成されており、その一部のチームをワイズマンズが指揮する形が通常である。
首をモールに預け終えた一行は、四番ドームへと足を向ける。周囲を軍隊が守っている安心感からか、ドーム外に張り巡らされている舗装道路は車両で混雑しており、市民の興味はもっぱら前の車両がより早く先へと進むことばかりに集中されている。
「うーん、どうにも目的のドーム周辺は混み合っているらしいな。きっと中も渋滞しているだろう。車両はドームの外へ停めて、少し歩こうか……」
「はい、そうしましょう」
なにより裕福層が集まるような場所では戦闘車両もかなり目立つことだろう。そのようなことを考えていたゴッドスピードだが、ふと、あることに気がついた。
「……そうか、このままじゃあ、だめかもしれんな」
ウルチャムは目を瞬き、
「ど、どうかしましたか……?」
「目標は高級ホテルに滞在しているという。そういった場所を根城にしているということはドレスコードも気にしなくてはならない。向こうは俺たちを歓迎しないだろうからな、相応にふさわしい格好を用意しないと接触するにも苦労することだろう」
「ええっと、この服装では入れない場所があり得ると……?」
「そうなんだ。場の空気を壊すからか、ともかく悪目立ちするであろうことは想像に難くない。二人とも、フォーマルな服なんてものは……持っていないよな?」
「フォーマルとはどのようなものですか?」
「ドレス、ジャケットとか……?」
少女二人は顔を見合わせ、うなる。
「存在は知ってるけど……」
「着たことはありませんよね」
三人はうなり、ゴッドスピードはいつもの人物へと通信を始める。
『ふあい』
「なんだその応答は……。それで、ラインアゾートに着いたが……目標は高級ホテルにいるんだよな、相応に身なりを整える必要があるんじゃないか?」
『むふ……そうか、失念していまふたね』その声音から、スノウレオパルドは何かを食べているようだった『わかりました、現地にて衣服を購入してください。すぐに専用の電子通貨を送金します』
ややしてアゾーディアの入金が確認される。この電子通貨はほぼラインアゾート専用のものであり、他のコミュニティでは使用できないか、距離レートに沿って価値が大幅に下落する。距離レートとはつまり、ラインアゾートより遠いほど価値が下がるという意味である。その理由はもちろん、移動距離が大きいほど危険に晒されるからであり、信用が損なわれるためだ。大陸共通といえるほどの影響力をもつ貨幣はオンリーコインのみである。
とはいえ、いやにすんなりと金をよこしたな。ゴッドスピードはそう思い、今度の任務が意外と片手間ではないのではないかと懸念した。
「……よし、じゃあ、まずは服を買おうか」
「えっ、買ってくださるのですか……?」
「そう、任務に必要だからな」
「うわー、ラッキー!」
ウルチャムとハイスコアの瞳が輝いた。着飾ることをよく知らない少女たちでも、何が嬉しいかはわかっているのだ。
そして車両をドーム外の駐車場に置き、三人は四番ドームの中へと入っていった。
【麗しき淑女たち】
ドーム内は非ドーム型コミュニティにおける街並みとほとんど変わりがない。カペルタと同様の技術が使用され、天井には夕暮れが投影されており、ときおり降る雨も水道水と同質である。つまり人工雨なので天気予報はわずかな誤差もなく百パーセント当たることになる。このようなコミュニティでは『午後の雨が止むころ』などという待ち合わせ時間の指定が、とくに若者を中心に使用され、同タイトルの映画は大ヒットを記録している。
街並みも小洒落ていた。落ち着いた石造り風の街道をカラフルな木造風の建築物が彩り、ときどき中空に商品の映像が魔法のように投影されている。街ゆく人々は、とくにカップルたちは、幻想に身を委ねては夢を見ようとしていた。
「わあ、なんだかきらきらしていますね……!」
ウルチャムは幸福感を覚え、目を輝かせた。
「手持ちがあるからな、多少のわがままなら聞いてやれるぞ」
「いえもう、充分です!」
「遠慮しなくても……」
そのときふと、ゴッドスピードは懸念めいた感情を覚えた。彼女は遠慮しているのか、無欲なのか、あるいは欲がすでに満たされているのか。
「どーしたの? 行こうよっ」
ハイスコアに背を押され、はたと気がつく。
「あ、ああ……」
三人は最寄りの服屋を検索し、足を踏み入れた。戦闘服姿の彼らに店員たちは一瞬、凍りついたが、背の高い痩せ顔の男性店員は果敢にも接近を試みる。
「ええっと……本日はどのような?」
「すまない、身なりでわかるだろうがフォーマルな服がなくてね、適当に見繕ってほしいんだ」
「ああ、ええ、なるほどぉ」
奇妙だが客は客、男性店員は深く考えないことにする。
「それではこちらへ……」
三人は各々、担当する店員に任せるまま試着をしていく。専用のスペースに立つと次から次へと衣服を着た自身の姿が映し出されていき、ごく短時間でゴッドスピードの試着は終わることになった。
選ばれたのはグレーのスーツにシャツとネクタイは両方とも黒というスタイルで、革靴も同じく黒い。
なるほど、いいじゃないか。よくわからないなりにゴッドスピードはその組み合わせに満足した。
「うん、これにするよ」
「はい、かしこまりました。ではこちらで了承のサインを……」
ゴッドスピードが証を残した直後より、店内にて望みのスーツが制作され始める。機械の手により迅速に裁断され、縫われ、ものの数分で商品が完成するのだ。
彼が出来たてのスーツ一式を受け取り、着替え終わったところでひょいとハイスコアが現れる。
「おお、かっこいいじゃん……!」
彼女は白いジャケットにイエロー系の花柄ワンピース、そしてポップな革靴、さらに明るいグリーンのキャップを被っている。
「そうだろう? ……それに、お前もよく似合ってるな。かわいいよ」
ハイスコアは大きな目を瞬くと、喜びに頬を染めて思い切りはにかんだ。
「これは、なんだかスースーしますね……」
ウルチャムはディアンドルを意識した雰囲気のドレス姿で、足元はヒールが高めの革靴、手にはレースの長い手袋をはめている。馴れない靴に足運びがややおぼつかない様子である。
「わ、パシィもかわいい!」
「そ、そうでしょうか……?」
ちらりと視線はゴッドスピードへ、
「うん、似合うよ、かわいらしいと思う」
白髪の少女は頬を染め、ハイスコアと手を合わせて笑い合った。
とはいえ、三人並ぶとちょっと変な組み合わせではある。彼らをコーディネートした店員たちはいまさらながらにそう気づいたが、もともと妙な客であるし、まあいいだろうと互いに頷き合った。
そして変身した三人は目的のホテルへと足を向けるが、その道中ふと、ハイスコアがウルチャムの髪に触れた。
「そーいやさ、イメチェンはいいんだけどさ、なんかザンバラじゃない?」
「はい? ああ……えっと、そうですか?」
「ちゃんとカットしてもらった方がいいよ。理髪店へ行こう?」
「まあ、そのうち時間があれば……」
「いや、いま行こう。代金はもちろん俺が出す」
「えっ、でも……」
贖罪の意図を多分に含んだ提案ではあるが、そもそもの話、戦闘において毛髪が長いことは多く、有利に働かない。ゆえに断髪の指示は適正であったといえるだろう。むしろ、訓練期間に長髪であったことの方が不可解といえる。
しかしながら、彼には自覚があった。指示の合理性はたまたまそこにあった都合であり、断髪の要求はほとんど彼の感情によるものであったと。
どうしようもなく、不吉な予感がしたのだ。髪は切らせた方がいい。それが、この子を守りきることにつながると。
「まあ、俺が指示したからな」
「あ、悪いとは思ってるんだー」ハイスコアは笑む「まあ妥当だとは思うけどね、基本的に長髪は利点にならないから」
「ええ、ですから、支給されたお金を使う理由には……」
「まま、それも人情よ」ハイスコアはひとり合点する「素直に受け取っときなさい。私はそうするよ」
「お前は……必要あるか?」
「はああ? ありますけどっ?」
「まあ、これから向かう先は高級ホテルだからな。三人とも整えないとならんか」
「でしたら……ええ、了解しました」
「こまけぇことはいいのよ、人情よ人情」
そして三人は近場の理髪店に入り、万全の状態になる。
「うーん、人情……」
ハイスコアは錨のような形をした後ろ髪を撫で満足、ウルチャムもそこはかとなく嬉しそうである。しかし、ゴッドスピードには自分の髪型も含め、違いがよくわからなかった。
「よし……まあ、準備は整ったか」
ジュリエットが滞在しているとされる高級ホテル、ロイヤルアゾートは四番ドームのほぼ中心地に鎮座しており、その周囲には緑豊かな気品のある公園が広がっている。
周辺を歩く人々の身なりもよい。一見して紳士に見える腕章つきの男たちは警備員だろう。もし戦闘服でこの辺りを歩いては追い払われる可能性が高かった。ゴッドスピードは安堵のため息をつく。
「なんだか、すごいですね……!」
進んだ先に宮殿とビルディングの融合を果たした建造物があった。
手前には広々とした敷地、中央には巨大な池があり、ときおり水がダンスをしている。
「さて、ここからは淑女に振る舞えよ」
ハイスコアは頬を膨らませ、
「私たちは普段から淑女ですぅー!」
三人は宮殿へと足を踏み入れる。大理石の輝くロビーは行き来が面倒なほどに広々とし、長さ数十メートルもある受付カウンターの前に立つ紳士淑女はもちろん、誰もが富裕層のいでたちをしている。
「あ、さっそくいたっぽい、あれじゃない?」
ロビーの先はラウンジとなっており、なるほど足を組んで座っているブロンド少女の姿が見えた。しかしその隣の席には青年が、そして向かいには男、彼らは真剣な面持ちである。取り込み中なのは間違いない。
「よし、いくか」
割り込むには気が引けるものの、勝手がわからない場所を長時間うろつくのもよくないと考え、ゴッドスピードはさっそく接触を試みる。
「やあ、久しぶり」
ジュリエットの、澄んだ青い瞳がちらりと彼をとらえた。
「あら? あなた……どこかで?」
稀有な美貌の少女は長いまつ毛をぱたぱたと動かすが、次の瞬間には目を丸くする。
「あ、まさか……!」
「話があってね、少しだけ、いいかな?」
「なんだ君は?」男はゴッドスピードを睨む「いまは取り込んでいるんだ」
「アリス、まさか彼も……?」
「ちょっと、待っててね!」ジュリエットはすっくと立ち上がり「一瞬だけ!」
そして純白のドレスをたなびかせながら、麗しさに完璧な歩みで男性らに対し死角となる柱の影へと移動していく。そしてゴッドスピードが追いつくなり、目つきを鋭くさせ、小声でまくしたてた。
「……あなた、資料で見たことがあるわ、ゴッドスピードでしょう、どうしてここへ、主力アタッカーでしょうに、何の用なの、いきなり、困るじゃないの……!」
「通りがかりにおつかいを頼まれたんだよ。単刀直入にいうが、態度に難ありと見なされている」
「通りがかりって、あなた行方不明、死んだって情報すらあったのよ? ああ……なんなの、いったい……」
ジュリエットは潤った唇から嘆息を漏らし、
「……それでなに、私の態度? ああ……でもね、人間関係は常に流動的で複雑なものなの、本部はわかりやすい答えしか望まないから」
「ならばわかりやすく報告すればいい」
「いったでしょう、複雑なのよ、忙しいの、いまは帰ってくださらない? いうこと聞いてくれたら後でそれなりに……」
ジュリエットが微笑み、男のネクタイを指先で撫でたそのとき、
「はいはい、いいから外で話そ」
ハイスコアがジュリエットの背中を押し始める。
「ななっ、あなた誰よ、外って、どこへ行くのっ……?」
「どこってうちの車両とか……」
「はあっ? やだやだあんな無骨できったないものに乗りたくない、ちょっと話の途中だから待って待って……」
ゴッドスピードはうなり、
「やめておけ、彼女は任務中らしい。では後で待ち合わせをするとしようか。断るならまた押しかけるぞ」
ジュリエットは桃色に輝く唇を噛み、
「わかったわよ……。そうね、一時間後、七時にレストランで待ち合わせましょう。場所は……」
約束をとりつけ、少々のいとまが浮いた三人は辺りをぶらつくことにする。近くの雑貨屋を覗いたり、ソフトクリームを食べたり、ガンショップで火器を吟味しつつ時間を潰し、一時間後、待ち合わせ場所へと足先を向けた。
目的のレストランは大通りより外れた一画にあったが、すでにクローズドだった。三人が眉をひそめていると、
「おまたせー」
毛皮のコートを羽織ったジュリエットが、先ほどとはうって変わった明朗な調子でやってくる。
「おい、店が閉まっているぞ?」
「閉めたのよ、ここはうちの拠点でもあるから」
店内はシックな雰囲気の木造風である。大きな柱時計があり、テーブルにはグリーンのクロスがかかっている。面倒が嫌いなゴッドスピードは着席するなり本題へと切り込むことにした。
「先にもいったが、俺たちは君らの調査に来たんだ。いわく、報告を怠ったり、それぞれの解釈に食い違いがあるという話だが」
ジュリエットはうなり、
「観察結果は観察の仕方によって変わるもの、情報もこちらのアプローチの仕方によって変化するのよ。そういうところからして本部はわかっていないのよねー」
「そもそも、君らは何の任務をこなしているんだ?」
ジュリエットは小さく鼻を鳴らし、
「……このコミュニティは大まかにアルターゼとリガリス、二つの勢力によって成り立っていてね、それらは何かと対立しているのよ。だからその余波でコミュニティが危機的状況に陥らないよう、動向をスパイしているってわけ」
「俺たちに都合のいいよう操作しているの間違いだろう?」
ジュリエットは笑み、
「あらそう、根拠は?」
「ここへ入る際のチェックがすぐに終わったし、この服を購入する金額も即座に用意されたからな。ついでの任務にしては大盤振る舞いすぎる」
当然されるべき推察か。ケチな本部の動きとしてはなるほど異常な行為とすらいえるだろう。ジュリエットは笑みを深めた。
「お察しの通りよ。感謝してよね」
「あの、なにか、強い心配事がおありなようですが……」
わずかな沈黙の隙間に、ふと、ウルチャムの問いかけが通った。ジュリエットは笑みを崩さず、
「……なんの話?」
「いえ……強い懸念がおありなようですから……」
ゴッドスピードは頷き、
「あるようだな。任務で問題が?」
「……なんなのいったい? 憶測でものを……」
「いってはいないのさ。彼女は洞察力に長ける。妙な駆け引きは無駄だぞ」
ジュリエットは改めてウルチャムを見やった。そこにいるのは白髪の儚げな少女、ゴッドスピードと一緒だということはおそらくアタッカーだろう。
ドレスを着た無垢な兵士、か。ジュリエットは目を細め、
「……そう、どのくらい正確なの、その読心術は?」
「かなりの精度とはいっておく」
「いえ、あの、それほど信頼されては……」
「まあ、少なくとも参考にはなるようね……ええ、もしかしたら役立つ面もあるかも」ジュリエットは肩をすくめる「実はね、リガリスの現当主が高齢で隠居するらしいのよ。それで、後継者争いが始まっているのね。ことと次第によってはこのコミュニティのバランスが大きく損なわれるかもしれないわ」
「ほう?」
「よりマシな人格をもつ者を次期当主にすべきとは思わない? ええ、ある人物を手助けすることが平和に繋がると思っているわ。でも、その人の立場は弱い。あなたが何か感じたとするならそのことでしょうね」
はぐらかしているだけなのかもしれないが、一応は事前情報と一致する。その人格者とやらに彼女が惹かれているのかもしれない。
「……チームリーダーはなんといっている?」
「そんなものはいないわ。強いていうなら私かしら」
ジュリエットは長い足を形よく組んで断言をする。
「指示系統が曖昧だと?」
稀有な美貌の少女は黙って笑んだ。
「というか、食事は?」ハイスコアは周囲を見回す「もしかして本当に閉めちゃってるの?」
ゴッドスピードはうなった。リーダーがいないのなら当然、共通観念もないだろう。報告内容がちぐはぐになるのも自然といえる。
「……話の経緯からメンバーは複数人いるらしいが、ワイズマンズなのか?」
「GDオプショナルよ。雇いの情報屋ってところね」
「なんだそれは?」
「怪しい連中をあえて雇い入れて監視しているのよ。一石二鳥でしょう?」
「……制御できているのか? むしろ情報が漏れているかもしれないだろう」
「それが私の戦いなのよ」
所属が異なれば細部の事情など耳に入ってこないものだが、それにしても初耳の話だった。ゴッドスピードはうなる。
「ねー、お肉、ステーキ食べたいんだけど! すっごいぶ厚いやつ!」
「……じゃあ、食事にする?」
「あのう」
そのときだった、聞き覚えのある声にゴッドスピードが驚き振り返ると、いつの間にやらそこにプレーンが立っていた。
「おっ……? お前、どうしたっ?」
「それはこちらのセリフです。どうしてボクだけ除け者扱いなんですか?」
「いや……お前にはお前の任務があるんじゃないのか?」
「そこです」プレーンは頷く「先輩たちは半ば休暇状態にあるのに、どうしてボクだけ任務中なんですか? そもそもなぜ、他チームへの物資を運んでいるんですか? ボクはゴッドスピード隊ですよね」
「それは……そうらしいが」
「そうですよ。ボクだけ別枠扱いなら同じチームに所属させる意味がありませんよね。ボクのおしゃべり対象を一定枠に制限する建前としてチームへの所属を命じたのに、休暇は与えないなんて筋が通りません。……という言い分にて理路整然とスノウ先輩に追及した結果、ボクも半分休暇状態になったと同時に、この任務への参加を命じられた次第です」
「……なるほど」
「それで……」
「いえ、ちょっと待ちなさいよ!」ジュリエットは飛び上がる勢いで立ち上がる「あなた……そんな格好でこの辺りをうろつくなんて正気なの?」
プレーンはパイロットつなぎを身につけ、ヘルメットを被り、火器を背負ってもいた。
「はあ、衣服はこの類しかありませんから」
「むしろ背負っているもののことよ……! ああ、ここで待ち合わせてよかったわ、知り合いに見られたら私の素性が怪しまれるところじゃない……! あなたどういう教育しているのよっ?」
「い、いや……彼女は最近入ったばかりでな……」
「べつに見られていませんよ。そういうのは得意なので」
プレーンはヘルメットを脱ぎ、黒髪のショートカットがあらわとなった。そしてその顔を見て、ゴッドスピードたちは固まる。一見してわかる美貌だったからだ。
「先輩、ボクにも服を買ってください」
「あ、ああ……」
ワイズマンズには美男美女が多いとされる。彼らと融合しているナノマシン、恩寵が黄金比率の定義にそって設計されているからだ。
それにしたってなかなかやる。ジュリエットはほぞを噛んだ。
「銃はここに置いていきなさいよ……! ヘルメットもね!」
急遽、ゴッドスピードとプレーンは二人きりで衣服を買いに行くことになる。ハイスコアは眉をひそめるが、いまは食事が最優先である。
「それにしても……お前が服を欲しがるとはな。そういうのに興味がないクチかと思っていた」
「ボクだけ仲間外れな感じが不服なだけです。服がないだけに」
「そうか……」
そして先ほどの店へとプレーンを連れていくと、また店員たちは微妙な表情を見せるが、素材がいいせいでそのうち夢中となり、あれこれと服を選び始め、暇なゴッドスピードはそのうちに居眠りをし始めた。
「あのう、先輩、先輩……」
揺すられ起こされた先に立っていたのは、落ち着いた青のパーティドレスを身にまとった淑女だった。肩から腕にかけての部分は花模様のレースとなっており、足元は淡い黄色のヒールである。そして金色の小さなイヤリングが輝いていた。
「お、おお……」
「似合いますか?」
「ああ……似合う、な……」
そのとき、わずかにプレーンが笑った、ようにゴッドスピードには思えた。
「こういった、装飾重視の衣服も意外といいものですね」
「……そうだな、じゃあ、戻るか」
道ゆく人々が振り返る。彼らに視線が集まっている。青い夜と暖かい街灯に輝く二人の姿はまるで映画のワンシーンだった。道端の演奏者は彼らのために優雅な一曲を奏で始める。
「……本当ですよ、なにもないところからものを出せるとか」
「なんだそれは? 妄言としか思えないな」
「ですが、そもそもないことが間違いかもしれないでしょう? 自身の知覚がまったくもって正しいとどうして信じられますか?」
「それはそうだろうが……具体的なメカニズムはどうなっている?」
「わからないから魔術的なんですよ」
「魔術ねぇ……」
その雰囲気とは裏腹に、当事者たちの会話に色気などはまるでない。もちろん寄り道などするはずもなく、最短距離でレストランまで戻っていった。
「へえ……なかなか、やるじゃない」
さしもののジュリエットも、ドレス姿のプレーンを前に緊張がはしった。誰が仕立てたのか、ここまでの仕上がりはなかなかない。
「……ワイズマンズに綺麗な子は多いけれど、あなたは相当な逸材かもしれないわね」
「それはボクが常に高水準のパフォーマンスを維持しているからでしょうね。普段からの積み重ねが健やかさとして発露された結果といえるでしょう。ええ、日々のおしゃべりが心身の健康を約束しているのです」
ジュリエットはうなり、
「それだけにその中身が惜しいわねぇ……。おしゃれなんかにはまったく興味がないでしょうあなた」
「そんなことはありませんよ。服装が与える情報はしばしば……」
そしていつものように長話が始まり、ジュリエットはあくびを噛み殺すのだった。
【不透明な夜】
気品のある赤のカーペットが続く。ジュリエットのチームメンバーが待つ部屋へ向かうため、五人は絢爛たる装いの廊下を進んでいた。
ウルチャムは口を半開きにしたまま周囲を見回し、ハイスコアは指の背で壁を叩いては強度を確かめ、プレーンは廊下より自身のドレスを気にしながら、そしてゴッドスピードはいかにも面倒そうな顔つきでジュリエットについていく。
「1157、ここよ」
豪華な調度品に囲まれたリビングに四つ、ゴッドスピードらを待つ顔があった。ジュリエットは手を自身の胸元に当て、
「先ほど紹介した通り、私はアリス・シューベット。そしてこちらから祖母のエリザベッタ・シューベット、お父さまのモリソン・シューベット、弟のマイケル・シューベット、そして彼は友人のオラン・メキスよ」
「アストロ・ロウマンだ。よろしく」
ゴッドスピードは諜報チームのメンバーたちと挨拶を交わしていく。表層的にも友好的に見えるのはエリザベッタとモリソンのみで、残る若い男性二人はどこか訝しげな目つきである。
「ロウマンさん、あなたはお父さまの知人で、昔お世話になった間柄という設定よ。そしてあなた……あなたはなんといったかしら?」
「ボクはプレーンですよ」
「ええと……」
「プレーン・エアプレーンです」
ジュリエットはもちろん、他の四人も、そしてゴッドスピードすらも眉をひそめたが、誰も深くは追求しなかった。
「まあ、あなたは彼の恋人役ね」
「はあ?」ハイスコアは眉をしかめ「なんでこの子が? 私でいいじゃん」
「あなたじゃちょっと若すぎるから。プレーンは比較的背も高いし、違和感が少ないわ」
「いや、答えになってないし」
「それにちょっといろいろ疎そうだから、ゴッドスピードと常に一緒にいてほしいの。これは任務よ、私に任せるんでしょう?」
「ブウウゥ……!」
「ええと、ボクが不案内とはいったいどういうことでしょうか」
ジュリエットは面倒そうに手の平を回す。
「あなたたち三人は最近知り合った私の友人ってことにするから。家族構成などは別途に情報を送信するわ、ちゃんと頭に叩き込んでね」
「はい、善処します」
ウルチャムは敬礼をするがハイスコアは不満顔、プレーンも無表情なりに得心のいかない様子である。
そしてゴッドスピードには不安があった。プレーンと二人きりで行動するとなると、延々と続くおしゃべり地獄が懸念されるからだ。
「……よし、プレーン、俺のいうことをちゃんと聞くんだぞ」
「恋人とは具体的にどうするんですか? いえ、情報は仕入れていますが、閲覧の優先度が低かったので」
「少なくともおしゃべりし放題の対象ではない」彼氏役は事前に釘を刺す「まあ、一緒にいればいいさ……」
「浮気だ! 浮気!」
指差すハイスコアをウルチャムがなだめるが、そのうち瞳に殺気が浮かび始める。ジュリエットはうなり、
「……あなたたちの部屋は別途、用意してあるから。二人ずつの相部屋ね」
「はああ? なんでよ、四人部屋でいいじゃん! マジ浮気だよ!」
「そもそもそういう関係にないだろう……。細かいことで騒ぐな、これも一応は任務なんだぞ」
「ぐるるるぅ……!」
「……必要になったら呼ぶから、それまでは遊んでいていいわよ。でも、こちらから呼ばない限り私たちには近づかないこと。これは絶対に守ってね」
「えっと」ウルチャムは首をかしげる「接近を禁止されては私たちの任務遂行に問題が……」
「ないわね。ショッピングでもしていたら? はい解散」
ジュリエットは手を叩くが、はいそうですかと納得するわけにもいかない。
「彼女の言う通りだ、君の邪魔をするつもりはないが、接近しないとは約束できない。俺たちはつまり、あんたらを監査する役割を担っているんだからな。そのことについてもっと危機感を抱くべきとは思わないか?」
「あなたたちが?」ジュリエットは鼻で笑う「素人に何ができるっていうのよ?」
「その顔を変形させたら任務続行も不可能になるんじゃない?」
ハイスコアだった。妙にあっけらかんとした言葉だったが、対人の経験が豊富なジュリエットはそれが冗談ではないと察し、後ずさりする。
「おいよせ……今日はもういい、あてがわれた自分の部屋へ向かい、休んでいろ」
「そうしましょうスコア、ほら、行きましょう……」
ウルチャムは怒れるハイスコアを連れ、部屋を出ようとするが、
「浮気したら殺す、相手の女を殺す……!」
威圧的な言葉が残り、室内は重たい静寂に包まれる。
「……なんなのあれは? まるで野獣じゃない」ジュリエットはうめく「あなた、ちゃんと調教しておいてよ」
「スパイのくせに泣き言をいうじゃないか」
「ハイスコアはその名の通り、歴代最高得点者でしたよね」ふとプレーンが口を開いた「しかしそれはたかが候補生時代での評価です。ボクは実のところかなり強いので負けませんよ」
「なんの話だ、やめないか……」ゴッドスピードもうめく「つまらない諍いをするな、みな命を預け合う仲間なんだぞ……」
ジュリエットは笑み、
「さっさと任務を終えた方がいいのではないかしら?」
わざと仲をこじらせ操るつもりだったが、あんな野獣がいたのでは事を上手く運べないかもしれない。
強行作戦部とていうほど間抜けではない、か。ジュリエットは小さく舌打ちをした。
「まあ今日のところは挨拶だけということで、お騒がせして申し訳ない……明日からよろしく」
無闇にこじれたのはジュリエットの思惑だろう。部屋を後にしつつ、ゴッドスピードは嘆息する。
「……面倒な任務だな、俺たちは監査する立場だが諜報に疎く、ここの情勢にも同様だ。つまり彼らの思うままに操られるだろう。そんな状態でろくな状況把握はできないと思うが、本部は何を考えているのか……」
「コード・ジュリエットの噂は多く耳にしました。本部にもファンがいるとか。かなり影響力がありそうです」
「なんだと? そうなのか……」
「監査に諜報部の人員を送ってもそのファンに邪魔される懸念があるのでしょう。ボクらのようなアタッカーは指令系統が違いますから妨害も受けにくい」
「……本部のお仲間と結託して何かをしているって? なんだ、唐突にきな臭くなってきやがったな」
二人にあてがわれた部屋はロイヤルアゾートにはなく、やや離れた場所にある比較的安めなホテルのツインだった。
ジュリエットたちの部屋と比べれば押入れのようなものだが、ゴッドスピードにとっては充分だった。彼がベッドに腰かけ、ひとつ息をはいたところでハイスコアから通信が入る。
『私だけど今どこっ? 駅で合流しよっ?』
「駅? 俺たちはもう部屋に着いているぞ」
『えっ? なにそれっ?』
案の定、異なるホテルであった。しかもウルチャムらのそれはドームの端、相応に遠い場所にあるため、まだ移動中である。
『あいつ、殺す……!』
「やめろ、そういう手口なんだ。お前を怒らせ、俺たちの任務をぶち壊す腹づもりなんだろう。というかな、どうであろうとも何も起こったりせんよ。一緒に泊まるのがお前だろうが、ウルだろうがな」
『なにそれぇー!』
「はいはい、じゃあ切るからな、部屋で大人しくしていろよ。それと、ウルにお前を大人しくさせておけと伝えてくれ」
『もおお、なにさぁー!』
そして通信を切り、ジャケットを脱いだところでまたゴッドスピードに通信が入る。
『よろしいですか?』
その声は諜報チームの一人、エリザベッタのものだった。
『いろいろとお話がありましてね』
「ああ……」ゴッドスピードはうなり「なんだ?」
『私はワイズマンズ41、コード・フェイス。名前はもちろん、この夫人の姿もかりそめのものです』
「ワイズマンズは他にもいるのか?」
『いいえ、ジュリエットと私だけです。他の三人はワイズマンズどころかガードドッグですらありません』
「オプショナルとやらか」
『ジュリエットより聞きましたか。ええ、表面的にはフリーの情報屋、スパイといったところですが、インペリアル・サーヴァントの人員と私はにらんでいます』
「それは……?」
『各コミュニティの枠を超えた……そうですね、いうなれば世界政府でしょうか』
「なに……世界?」
『彼ら自身がその自覚を抱いているかはわかりませんが……私の任務はその実態を掴むことなのです』
「へ、へえ……?」
何気ない質問からの壮大な返答である。しかし、ゴッドスピードは面倒を避けるためにそれ以上の質問をしなかった。
『あなたたちはジュリエットの様子を見に来たのでしょう?』
「ああ、現場が混沌としているかもしれないとのことでな」
『……私たちは組んで一年になりますが、彼女の影響は思いのほか大きいと実感しています。正直、手を焼いているのです』
「なにかそう、異性関係で悶着があるとか?」
『かなりこじれていますね。ですが本部はその現状に興味がありません。とにかく、各自の報告に食い違いがあることが気に入らないらしいのです』
「でも、それぞれの立場的にそれは当然なんじゃないのか? むしろその差異から分析できることも多いだろう」
『ええ、それはその通り。ですが本部はあくまで不満であるという態度を崩しません』
「なんだそれは? 妙だな」
『同感です』
「そんなわけのわからん状況に門外漢の俺たちが介入してもよくなることはなさそうだが」
『エンパシーの資料を見ました。共感能力が高く、心理洞察の能力がずば抜けて高いとか』
ウルチャムのプロフィールにエンパシアの記載はなく、読心術はあくまで恩寵の特殊能力であると表現されている。
「ああ、ジュリエットは彼女の能力が気に入らないらしいな。さっそく引き離しにかかった」
『そうやって周囲の人間関係を操ろうとするのです。さきほどのは警告でしょう。わざとわかりやすく仲をこじらせたのですね』
「……人間社会においては大きな力だな。それで、私情にて動いているらしいが、どこぞの誰かを気にしているとか」
『ええ……そうらしいのですが、具体的に誰をどうしたいのかがわからないのです。なんせ彼女のまわりには人が多いですから』
「リガリスだったか、当主争いに参加しているようだが」
『そう口にしていますが……もちろん嘘かもしれませんし、本当でも干渉のしすぎです」
「ジュリエットを外すように進言したらどうだ?」
『それにはリスクがありますね。彼女は本部にもコネがありますから、変に手出しをすると反撃される恐れがあります。調査にあなた方が選ばれたのは諜報部との関係が希薄だからでしょう。普段の任務においては彼女の力が及ばないゆえ、強く出られる』
プレーンの推測通りであった。ゴッドスピードは肩をすくめてみせる。
「……まあ、あんたの懸念はわかったが、具体的にどうすればいいんだ?」
『それは追い追い……そろそろこの密談も気づかれる、これにて失礼します……』
唐突に通信が切れ、ゴッドスピードはうなる。不慣れな任務に不明な状況、コード・フェイスとて正しいとは限らない。本部の動きすら奇妙である。
加えて、眼前に問題児もいる。広くはない部屋で二人きり、彼女は端末をいじりながら、何の話をしてやろうかと吟味している。
「……よし、今日はもう休むか」
「では、お休み前におしゃべりをしましょう」
しないとは突き放せないので実質、回避不能である。ゴッドスピードはややして、睡魔の支配下に堕ちてしまった。
「うーん……」
そのうち彼はソファに倒れ込み、遠ざかろうとする意識を追いかけ始める。プレーンはその様子をじっと見つめ、
「……眠いんですか?」
「ああ……」
「まあ、夜ですしね。夜は眠くなるものです」
「ああ……」
ふと、プレーンは音もなく、彼の近くへと移動した。本当に眠り始めているのか確かめたくなったのだ。
ゴッドスピードはすでに寝息を立てている。入眠を確認した後も、プレーンはしばらくそうしていた。他者の寝顔を観察するいい機会だと考えたのだ。
それはこれまで必要としなかった情報だが、今夜に関してはその限りではなかった。