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愚者の楽園  作者: montana
17/33

会話 Passion fire:Gossip

【プレーンはかく語りき】

 リヴェンザーでの騒動から二日が経った現在、ゴッドスピードはすっかりと困り果てていた。日に幾度となくプレーンより雑談の通信があるからだ。真偽不明の噂話や怪しげな仮説、怪談話、ワイズマンズ同士の関係性や最新装備の情報など話題性に富んではいるもの、暇なときには寝こけていたい彼である、正直なところ、迷惑な情報の大雨だった。

 しかも、すでに遠慮というものが一切ない。当初は『いまいいですか?』と、形だけとはいえ一応のことわりがあったが、つい先ほどからは、『あのう』から入り、そのまま彼女がしたい話題に突入するという放題っぷりに推移していた。

 後輩に対して甘いゴッドスピードだが、穏やかな昼寝を邪魔する相手となるとさすがに動かざるを得ない。ついに彼は苦言を呈そうと身構えることになる。

「……プレーン、あのな」

『そうだ、以前、話そうとした超能力の噂なんですが』

「……待て、俺たちはそれほど暇じゃあないんだ、雑談なら他とやってくれないか」

 ふと、車内が静まり返った。そして沈黙の耐久レースが始まってしまう。

 ゴッドスピードの額に嫌な汗がにじみ始める。どうするべきか。やや冷淡ではなかったか。しかし、ここで折れてしまえば今後の昼寝に悪影響がでるだろう。

 だからといって無下にしてもよいものか。しかし昼寝は大事だ、いつなんとき緊急事態に陥るとも限らない。

 ワイズマンズは常人よりはるかに体力があり、眠らずに長時間の活動が可能ではあるが、実のところ、ゴッドスピードに関してはその特性が強くない。強力な先読み能力は脳に相応の負荷がかかっており、睡眠という情報処理をあまりおろそかにはできないのだ。

 しかし、このことは彼の弱点でもあるのでおいそれと他者に説明はできない。

『……それができないんです』ふと、沈黙が破られた『チーム以外との通信は可能な限り行わないようにと、本部よりのお達しを受けていますので』

 それはつまり、すでに多くの被害が出ていることの証拠に他ならない。ゴッドスピードはうなった。

『それで例の噂なんですが、各地より耳に入るんですよ、なんでも……』

 そしてまた雑談が開始されてしまうが、彼女の通信には多すぎる頻度の他に大きな問題点があった。それは声音である。その少しハスキーな声質と静かで淡々とした口調が眠気を誘発するに恐るべき効果を発揮していたのだ。

 これは怠惰論的(非)活動家たるゴッドスピードの主観ではない。事実として、会話に加わっていたウルチャムはすでに寝入っており、同様にハイスコアも車両にバイクを乗り入れさせ、いまは後部のソファでうたた寝をしている。

『先輩、聞いていますか、先輩……』

 ゴッドスピードは、はたと気がついた。危ない、寝そうになっていた、いいや、すでに寝ていたのかもしれない。ここがだだっ広い荒野でよかったと冷や汗をかく。

「……ああ」

『あのう、ちゃんと話を聞いてくれないと困ります』

「……というかお前はなんだ、暇なのか?」

『暇ではありませんよ。いまもちゃんと与えられた任務にならい物資を空輸しているんですから』

「そうか……」

『でもまあ、ボクの主観として暇なのかと尋ねられれば、たしかにそうといえるのかもしれません。暇という概念は相対的なものですから。真剣に遊んでいても側から見れば暇ともとれるでしょうし』

 会話を続けるほどに眠気が襲いかかってくる。ゴッドスピードの頭がまたも揺れ始めた。

 無闇に話を続けるのはよくない。断固たる態度でおしゃべりを拒否すべきか、それとも別の解決方法を模索すべきか。彼は睡魔と戦いながら思案し、あるアイデアを思いついた。

「そうだプレーン、キラーと話してみたくはないか? ほら、先日入手した首とだ……」

 自身は睡魔の襲撃をかわし、プレーンは話し相手を得て、あるいは有益な情報を引き出せるかもしれないという妙案だったが、

『拒否します』と即答にて却下される『以前、おしゃべりの相手に違和感を覚え追及したところ、その正体がAIでいたく傷ついた経験があるのです。チームメンバーの声音を真似たそれにボクの相手をさせていたのですね。ええ、確かにキラーとの会話には好奇心が刺激されますが、なんとなくあのときのことを思い出すので、そんな気分にはなれないというのが正直なところです』

「ほう……」

 さすがにそれは酷い。ゴッドスピードは同情したが、しかし睡魔は状況いかんにおいては致命に繋がる懸念もある。断固として断ることも難しく、あるいは苦肉の策として採用されたアイデアだったのかもしれないと彼は想像し、その対応の評価は保留することにした。

「あのチームは赦しません。オートキラーより赦しません。ああ赦しません」

 しかしプレーンの遺恨は極めて根深いものであるようだった。こいつも相当に厄介な娘だな。ゴッドスピードは今後に懸念を覚え、少し目が覚めた。

「……それにしても、お前はなんだってそんなにおしゃべりが好きなんだ?」

 彼がそう問いかけると、少しの沈黙の後、静かな返答があった。

『いつ死ぬかもわからないこの世界で、可能な限り他者と言葉を交わそうとすることがそれほど不思議なものでしょうか?』

 なるほど、その考えは理解できる。ゴッドスピードは彼女の言い分に納得したが、だからといって睡眠導入効果を棚上げにすることはできない。

「……そうだな、その気持ちはわかるよ。しかしお前のおしゃべりには無視できない要素があってな、その語りにはそう、並々ならぬ睡眠導入作用があると思っているんだ。長く話を聞いていると眠くなってくるんだな。事実、ウル……エンパシーだな、それとハイスコアはとっくに寝ちまっている」

『はあ、どうにもそういった説があるようですね』

 プレーンはその事実を認めていなかった。自分はいつも面白い話をしているのだという自負があり、声音で眠くなるなどという、わけのわからない理由でおしゃべりを禁止されることなどあってはならないのだ。

『実は以前より疑っているんです、ボクがこうして単独で航空機を任されているのはある種、隔離されているからなのではないかと。先にもいいましたが本部よりお達しがありまして、みだりな通信は控えるようにと釘を刺されています。ですがみだりとはなんでしょう。ボクは任務を日々しっかりとこなしていますし、無理もしていません。また、意欲を向上させるために毎日のおしゃべりも欠かしません。これは重要なことです。それによりパフォーマンスを維持しているのですから。ショウという意味ではありませんよ。いまは真面目な話をしています。

 そう、パフォーマンスです。これを維持することの重要性をみな正しく認識していないとは思いませんか。文明社会は機械社会です。もはや機械なくしては立ち行きません。その喪失は社会の機能停止と同義であり、人類の存亡にも関わる一大事です。ゆえに機械は大事に扱わなければなりませんね。無理をさせ続けると突如として壊れますから。いきなりバキンといきます。例えばその端末がいま壊れたことを想像してみてください。困るというか、途方に暮れますよね。ええ、機械は本当に大事なものです。だからこそ、その設計思想や構造を熟知し、整備を定期的に行う必要があります。安定して機械が動けばこそ物事の成果予測が容易となり、そのデータを計画や立案における支柱として活用することが可能となるのですから。どのような人員がどれだけ必要か、どう動かせばいいのか、様々な指標を得ることに繋がるのですね。これもまた、とても重要なことです。機械社会における人員とは、とどのつまり機械の一部なのですから。

 こんなことをいうと人権軽視だと批判されそうですが、そうではありません。実はまるで逆なのです。機械の付属品であるからこそ、人員のパフォーマンス維持が重要なのだと脈絡が繋がるからです。無理をしたり、させたり、逆にさぼったり、暇を与えすぎるのもよくありません。いずれにせよ、機械に望まれる適切なパフォーマンスと噛み合っていない状態だとみなせるのですね。ボクはそれらを演技的社会活動と呼んでいます。はい、実は密かにショウとかけていました。先のくだりは撤回します。

 ところでさぼりを演技的と呼ぶことに関してはあまり仔細ないでしょうが、無理を押すことまでそう呼ぶ点には違和感を覚えたことでしょう。懸命に実務への貢献をしているというのに何が演技なのかと、でたらめをいうなと、いいえ、それは違います。懸命さは機械社会においてはファンタジーなのです。頭に血が上っていて冷静ではない状態、いわば興奮状態にすぎません。冷えていないという意味では機械のアイドル状態に似ていなくもありませんが、人間の興奮は必ずしも実際的な成果への貢献に繋がるわけではないという点が大きな差異となっています。機械のアイドリングには意味の収束がありますが人間の興奮は逆に拡散させるのですね。なぜなら感情があるからです。代表的な拡散結果に怒りがあります。興奮している最中は活動的になりますが同時に怒りっぽくなり、余計な労力を発生させる懸念も増大します。例えば先日、ハイスコアが豆戦車の故障に立腹し、ボクを担いで振り回しました。ですが、あのような行為が我々の任務と関係があるでしょうか。ありませんよね。百歩譲ってボクのミスならまだわかります。それでも無用な感情だと思いますが、まあ譲歩してあげましょう。ですがあれはボクのミスではありません。ボクは整備状況にまったく感知していなかったのですから。輸送がボクの任務です。餅は餅屋というわけで、責任は整備部にあります。もっといえば研究開発部からして怪しいとふんでいます。ええ、わかりますとも、輸送中の事故で破損したという可能性についてですね、それはありません、きちんと固定して運びましたし、着陸も完璧でした。戦車に過度な衝撃は加わっていませんし、仮に加わったとしても戦車なのだから少しくらいは耐えろと思います。

 はい、実はこういった不良案件はそれほど珍しくありません。輸送先で上手く起動しない、装備が足りない、そもそも頼んだものと違う、その批判の矛先がボクに向かうことも珍しくありません。ですので、搬入前にもう少し確認を、試験運転をさせてほしいと要求したこともあります。ですが、彼らは聞く耳をもちません。あげくに信用していないのかと立腹し始める始末です。迅速さが大切なのはわかりますが、信頼性が損なわれては本末転倒です。餅は餅屋、これは皮肉を込めてもいます。

 このような実例から、物事を冷静に処理、判断することの難しさがよくわかるでしょう。人にはそれぞれ立場があり、責任があり、その範囲で目先の問題を円滑に進めるため、またそう思い込みたいがために各々のファンタジーを演じ続けてしまいますが、それはひとえに視野狭窄と言い換えられます。ええ、もちろんボクも例外ではありません。ですが自覚があるぶん、少しはマシだと思っています。ですから、睡眠導入作用などという曖昧な理由でおしゃべりを禁ずることは、無闇矢鱈にボクのパフォーマンスを阻害するだけの愚行であるということ、この点をここに強調しておきます。これはとても重要な問題です。ええ、とてもとても重要なことです。

 さて、アイドルといえば演技をする仕事という意味合いもありますね。はい、その通りです。アイドリングの話はこれに繋がる布石でもあったのです。聡明なる先輩ならばすでに予想できていましたか? でしたら正解です。やりましたね。

 アイドル状態。その人物、あるいは偶像、ひいては観念に対しファンのごとく賛同者がたくさん集結した場合のパフォーマンスは極めて高いものとなり得ます。それゆえに人はそういった結束力を強く望みますが、空転している場合もよくあります。歯車が噛み合っていないのですね。そして人間はよく噛み合いません。各々の行動ペースが違うからです。それはいわば個性であり、人格の差異、人生観とも言い換えられますが、実のところ、その特異性こそが機械社会においてはリスクとなっています。機械は淡々と一定範囲内のパフォーマンスを発揮するように設計されているのに、人間はどこまでもファジーだからです。

 そうです、ファジーたればこそ人間は機械ではないのです。人間も機械も構造体という意味においては共通点が多々あり、ゆえに両者にはそう大きな違いはない、などという論調がしばしば見受けられますが、その観点はあまりに側面的だといえるでしょう。そもそもの話、両者は性質が逆なのです。機械の場合、まず思想や目的が先行し、その後に具体的な設計へと移行しますが、人間にはそういった工程はありません。人はまず生まれ落ちて、そこからようやく何をするのか考え始める存在です。例えば家を継ぐ目的があって子孫が望まれたとしても、それにふさわしい人間として設計され、望まれたままの形で生まれ落ちるわけではありませんよね。むしろそうなるとは限らない、保証されないからこその人間であり、その真実とは、ただなんとなく生まれた存在、あるいはその自覚に集約されます。だからこそ後に教育という調整を施すのですね。

 さてここからが本題ですが、オートワーカーはよく人型をしています。そうではない種類のものもいますが、絶対数としては人型をしているものがとても多いのです。ボクはここに興味を抱いています。なぜ人型のモデルがこんなにも多いのか。表層的な説明は簡単でしょう、人間社会に上手く溶け込めるから、という解釈です。代替的労働力ですね。それは大まかには間違っていないと思いますが、ボク個人としてはもっと細微かつ本質的な領域の話をしたいと思います。先ほどまでの話を思い出してください。機械と人間のズレに関する問題提起でしたね。そうです、それに対する答えが機械人間、オートワーカーなのだとボクは思っているんです。つまり彼らはそのズレを埋めるための緩衝材であり、バランサーなのではないか、人と機械、二つの間を補完してくれる存在だったのではないか、そう考えているんですね。

 機械人間。その概念には非常に興味深いものがあります。人間的機械であり機械的人間でもあるそれは単なる代替労働者ではありません。徹底した人員になりきれない人間たちを機械的束縛から解放し、個々の特性、独特のパフォーマンスを尊重する役割を担い、ひいては人としての尊厳を回復させるための隣人としてその存在が望まれました。本来はとても善い友人であったのです。

 ですが彼らはいま人類に牙を剥いています。やたらと殺し回っています。息の根を止めにきています。これまで語ったボクの観点は、この変異と照らし合わせればこそ、現実に即しているとはいえません。ええ、矛盾していると断言することは容易でしょう。ですがもし、そうでなかったとしたらどうでしょうか。ひとつの考察として、非常に興味深い話だと思いませんか?』

 静けさが車内を満たす。しかしゴッドスピードは眠ってなどいなかった。寝そうになりつつも必死に堪え、プレーンの話に耳を傾けられたのはその内容に確かな興味深さを見出していたからである。

「……人に使われることに対し嫌気がさした、という話ではなさそうだな。お前の口ぶりからして、尊厳の回復を目指したが、その目的を達成するためには殺し回った方が効率がいいと考え方を変更した……などと推測できるが」

 返答があったことに安堵したのか、プレーンの淡々とした声にやや明朗さが加わった。

『さすがは先輩、ボクもそう思っているんです。人間らしくさせすぎた結果、何かよくないことが起こったのではないかと。それが結果的に人の尊厳を傷つけることとなり、最終的に殺し回った方がいいと判断したんじゃないかと』

「人間のために?」

『人間のためにです』

 素直に納得できる理屈ではなかったが、オートキラーの異常性を鑑みれば、けっきょくは狂気的な理屈に帰結するのかもしれないと彼は思い耽る。

『ところで話は変わりますが、先輩はご自身をどのような人物だと考えていますか?』

 ふとした質問だった。どのようなといわれても本人には答え難いものだが、対人における記憶を失っているゴッドスピードにとってはなおさらである。

「……さてな、実のところ俺には記憶に問題があり、特に対人のそれが大きく欠落しているんだ。だから現状、自分のことすらもよく思い出せないありさまでね」

『ああ、それは大変ですね。でもそれならなおさら、ボクとたくさんおしゃべりした方がいいと思いますよ。ボクは様々な情報に通じていますので』

「ま、まあな……」

『あ、そろそろお昼のようです。ボクはサンドイッチを食べようと思います。それではまた』

 まるでスイッチを切ったかのように、あっさりと雑談が終わった。車内を静寂が包み込む。

 寂しいわけがない。そんなわけもないが……。

 ゴッドスピードはひとり、神妙にうなった。


【生命の河】

 時刻を確認するとたしかに昼前である、ゴッドスピードは二人を起こし、ひと休みがてらに車両を止めた。そして案の定、ウルチャムが昼食をつくると言い出したところでまた通信が入る。さすがにプレーンではなく、いつもの人物からである。

『まず最初に、入手したブルーシュダーズの首についてです。何か問題は起こりましたか?』

「いいや、静かなもんだ。ざっと調べたが危険そうな装備は外しておいたよ」

『あるいは他に危険な武器を隠しているかもしれません、精査をする必要があります。現在地よりもっとも近隣にあるガードドック支部は……ラインアゾートのそれですね』

「そのまま引き取ってくれよ」

『そういうわけにもいきません。続いて次の任務ですが、とあるワイズマンズの調査であり、場所は同コミュニティとなります』

 ゴッドスピードはうなり、

「……調査だと、俺たちがか?」

『ちょっとした確認作業にすぎません。先日は……まあ、問題もありましたが結果としては上々ということで……』

「そうだろう?」

『……ということで、休暇を与えますが、その余暇に調査を頼みたいのです』

 とはいえ任務ではあるので、それはつまり休暇ではないのではないか、と彼は思ったが、また面倒な問答に発展しそうなので口には出さなかった。

「……ほう、それで調査内容とは?」

『コード・ジュリエットの様子を探ってもらいたいのです』

 モニターに姿が映る。ウルチャムらよりやや年上の、見るからに将来が期待できそうな美貌の少女である。長いブロンドと明るい青眼が輝かしく、唇を蠱惑的に微笑ませている。

「若い隊員のようだが……凄腕か何かなのか?」

 その言葉にハイスコアがひょいと顔を出すが、

『いいえ、戦闘力そのものは期待できません』

 と聞くやすぐに引っ込める。

『純粋な戦力としては候補生以下でしょう』

「では何の任務についているんだ?」

『彼女はコミュニケーション能力に優れ、特に異性に対するそれが卓越しています。アプローチ能力が群を抜いて高いのですね』

「ああ、スパイか」

『まあ、そういった偵察任務に従事しており、その貢献度そのものは高いのですが……なんといいますか、異性関係において余計な悶着を発生させている懸念があります。ですのでその実態を観察し、放埓な面が散見できるかどうか調べてもらいたいのです」

「単独で動かしているのか?」

『いいえ、五人チームで行動しているはずです』

「そのチームメンバーに報告させては?」

『そうしましたが、どうにも報告内容にくい違いがあるようなのです。つまり現場では妙なことになっている懸念がある。例えば彼女が原因で隊員を含む複数の男性が対立しているなど……』

「おいおい……というか、俺はキラー撃破が専門だぞ、調査に関しては素人みたいなもんだ。やれといわれてもどうすればいいのかよくわからんよ」

『むしろそれがよいとの判断です。彼らがどうあなたたちを操ろうとするのか知りたいのです』

「囮かよ」

『監査を名乗り、適当に脅し文句をはさむだけです』

「脅しとは?」

『不利益な行動は評価を下げると伝えてください。彼らとて豊かなラインアゾートから離れたくないでしょうから』

「うーん、かえってこじれないか?」

『チームを解散させる可能性もあります。その際にはジュリエットを連れ出してもらうことになるでしょう』

「……おい、まさかこの子も俺のチームに加えるつもりじゃあるまいな?」

『その予定はありませんが、仮にそうだとして問題が?』

 ふと、ゴッドスピードは車両を降りた。そしてひとり、荒野を歩き始める。ウルチャムは窓から顔を出し、

「あのっ?」

「ちょっと待っていてくれ!」

 彼はそのまま車両より離れ、回線を自身のゴーグルに移し、プライベートモードとして制限を加えた。これでウルチャムらに聞こえることはない。

「……ここからは二人きりで話そう。それで話の続きだが、次に誰かを加える予定があるなら戦闘力の高い男にしてくれ。なんというのか、いろいろとバランスがよくない」

『具体的には?』

「わかるだろう、三人とも優秀だがとにかく何かと難しいんだよ。ウル……エンパシーは真面目だがたびたび向こう見ずな行動をするし、ハイスコアはとにかくいうことを聞かない。それにプレーンだが、かなりの頻度で雑談の通信をしてくるんだ。これ以上、厄介な要素が増えると対処できん」

『可愛らしい子たちに囲まれて楽しいでしょう?』

「あんたもいるしな」

『おやおや、含めましたねぇ』

「ともかく……いや、そういやハイスコアはどうするんだ、まだ行き先が決まらないのか?」

『彼女はあなたのチームに加えます』

「おいおい」

『あなたたちはみな似た者同士です。個人としては極めて優秀なものの、性質上、連携が難しい隊員の集まりという』

「なに、俺も……?」

『自覚がないのですか? あなたは単独行動を好み、またそちらの方が任務達成率が高いという困った人なのですよ』

「……何が困る? より少ない人材でことを成せるならその方がいいだろう」

『個人の判断で好き勝手に動く可能性が高いからです。客観性の欠如したチームはときに暴走し、望まぬ結果をもたらします』

「しかし……」

『あなたが記憶をなくしたことと無関係ではない、とは思い至りませんか?』

 それは痛恨の指摘だった。

『あなたに何があったのか、知りたいのは我々も同じです。だからこそ、あえて教育者としての立場を付与させているのです。若き異性は扱いが難しいでしょう?』

「なに? なにが、なぜだ、どういう理屈でそうなる?」

『もちろんそうでなくてはなりません。そうしてうろたえているからこそ、我々は無用な懸念をしなくてよくなるのです』

「だから、どういう意味だよ?」

『わからなくて当然です、あなたは記憶喪失なのですから』

 疑われている。明白なのはそれだけだった。

「……仮に、俺が記憶を失っていないとして、なにかを画策している懸念があり、その判断材料にあの子たちを使っている、そういうことかよ?」

『もちろん我々はあなたを信じています。あの子たちをワイズマンズとして正しい方向へ導くと。ですから、なんの問題もないはずです。そうではありませんか?』

「もちろん、そうだが……」

『不満は理解できます。ですが、ゼロに近い確率をも考慮せねばなりません。それがイルコードを生み出してしまった我々の責務なのです』

 お前を疑っているぞ。お前を信じているのだ。

 矛盾の両天秤はつり合っている。

「……そうか、くってかかった俺が悪かった」

『謝る必要はありません。全幅の信頼にもスパイスは必要なものです。そうでなければいっそ無責任といえるでしょう』

「ああ……」

『それでは、調査の件をよろしくおねがいします。通信……』

「あっと待った、先の話に関連するが……ハイスコアがなにやら勘違いをしている。年上の男が珍しいのかいやに積極的なんだ。先のくだりもあるだろうが、これはこれでよくない兆候だと思う」

『ほう……そうなのですか。手を出しそうになると?』

「ならんが……そういったことで面倒が起こったら厄介だろうって話だよ」

『それに付随する問題に関しては本部も了承しています』

「……なんだと? 任務を遂行する以上、チーム内の恋情はリスクにしかならんだろう。こじれた場合、連携に大きな支障が出るかもしれない」

『しかし、将来的に優秀な隊員が生まれるかもしれない。そういった算段がなければ最初から組ませていません』

 それは性的な含みがある言葉だった。ゴッドスピードは眉をひそめる。

「……おい、教え子が大事じゃないのか?」

『近年、ワイズマンズの減少が加速しています。人員は常に足りず、ゆえに今後は男女別という不文律がなくなるかもしれません。あなたのチームはそのモデルケースという側面もあるのです』

「なんだそりゃあ……?」

「とはいえもちろん、あなたが放埓に振る舞い、あの子たちを不幸にした場合は私が直々に粛清にゆきますとも』

 ふと声音が冷たく変わり、男はうなる。

『ワイズマンズ同士から生まれた個体は、より優秀な能力が発現する可能性が高い。その異能も受け継がれる可能性があり……』

「なに? パーフェクトレギュラー、スーパーイレギュラーなどという話は本当なのか?」

『……その話ですか』通信先よりため息が聞こえる『ハイスコアより聞いたのですね?』

「ああ」

『……恩寵はもともと超人化を促すために投与されるナノマシンですが、想定通りの結果を得られたケースは驚くほど少ないのです。ナノマシンが上手く胎児に定着せず、望まれた潜在能力に達していないことがほとんどなのですね。また、想定通りに定着したとしても、それがすべてレギュラーに発現するとは限らない。超人化能力の増加がアンバランスに現れたり、膂力の増強が控えめな代わりに何らかの特異能力が備わる場合もあります。それはそれで有能さに繋がりますが、想定外という意味ではみながイレギュラーなのです』

「あいつはパーフェクトレギュラーだと自称していた」

『ええ、私がそう伝えたからです』

「……そして、俺がスーパーイレギュラーだとも」

『スーパーシリーズは想定より多くの定着を見せた個体です。そのイレギュラーナンバーをスーパーイレギュラーと呼び、あなたはその代表例といえるでしょう』

「俺が?」

『あなたの数値は八十パーセントスーパーであり、つまりは定着率が百八十パーセントに達しているのです。そしてイレギュラー率がその内の約六十パーセントにあたるとされ、想定された基準と比較した場合、百パーセントを超えています。あなたの恐ろしく強力なその特異能力はそれゆえのものなのでしょう』

「……俺は、この身体的には、何か問題などはないのか?」

『これまでの定期健診において問題は確認されていません。なさすぎるほどに』

「そう、か……」

『そうですね、これもいい機会でしょう、伝えなければならない事実があります。実は、ハイスコアはパーフェクトレギュラーではありません。ある事情によりそう説明していますが、あのとてつもない再生能力は過剰分のレギュラー要素なのです。つまりはスーパーレギュラーに該当し、しかもあなたと違い身体的なリスクを抱えています』

「なんだと……?」

『彼女の体はいわばダメージを必要としており、一定期間に一定量、身体的に傷つく必要があるのです。戦闘欲求はその現れであり、ある種の本能だと推察されています』

「なんだそれは、では傷つかないとどうなる?」

『……わかりません。何らかの変貌を見せる可能性が指摘されています。ゆえに彼女には特別訓練と称し、実銃での撃ち合いを定期的に行ってきました。もちろん傷つけることを目的としたものです。あるいは彼女は、私を恨んでいるかもしれません』

「そう、なのか……? あいつに事情を説明していないのはなぜだ?」

『……彼女に事実を伝えた場合、その戦闘欲求を抑制しなくなる懸念があるからです』

 自覚がなくてあれなのだ、もし戦いが実際的な理由により必要なのだと知ったらいまよりも手がつけられなくなるだろう。いま現在、手を焼いているゴッドスピードにはスノウレオパルドの懸念がよく理解できた。

「……まあ、そうだな、わかるよ」

『彼女の扱いに関して、もはや正解などはありません。幸いあなたはオートキラー排除のスペシャリスト、難敵との戦いには彼女の協力も必要となることでしょう。その際は存分に戦わせてあげてください』

「結果的にはそうなるだろうがな……」

 そういえば子供を欲しがっている素振りもあった。なるほど胎内にて赤ん坊を育てる行為はかなりの体力消費となるだろうし、ダメージ、体力消費という意味では合理的といえるのかもしれない。ゴッドスピードはそんなことを考え、乾燥した風音ばかりが聞こえる荒野を見つめる。

『……実は、調査の件もこの話とさして無関係ではありません。どうにもジュリエットがとある常人の少年を気にかけているらしく、活動になんらかの支障が出ている可能性が指摘されているのです』

「……そうか」

「常人との恋愛は彼女自身のためにもなりません。高い確率で悲劇となることでしょう」

「そうなのか、なぜだ?」

『仮に添い遂げたいと思ったとて生き方が違いますし、なによりそのような組み合わせだと子を成せる確率も低いのです』

「ああ……そんな話もあったかもな」

『やはり座学はさぼっていたようですね』

「まあな……」

 ゴッドスピードはそれを認め、苦笑いをする。

『またそれに関連することですが、いくら確率が低いからといってみだりにそういう行為をしないように。いかがわしい店で遊ぶなどもってのほかです。ときおり散財し泣きついてくる隊員がいますが、そういったことは本当によくありません』

「……否定は簡単だが」

 みな命を懸けているのだ、相応に発散が必要なこともあるだろう。彼はそう思い、そんな隊員たちに不憫さを覚えた。

『とはいえ、あなたの倫理観における値は高いと評価されているのであまり心配はしていません。ラインアゾートにも有名な、そういう区画がありますが……ええ、信用していますとも』

 そのようなところで遊ぶつもりなど毛頭ないが、わざわざ指摘されて面白いはずもない。ゴッドスピードは鼻を鳴らし、

「まあ、善処はするさ」

『……それでは通信終了、任務内容の詳細は追って送信します。それと……もしハイスコアに危険な兆候が見られ、また対処の仕方がわからない場合は早急に私へと連絡を』

「わかっている……」

『すみません。ありがとう。それと遊ばないように』

「わかってるよっ……!」

 通信が切れ、ゴッドスピードはため息をつく。そして振り返るといつの間にやらウルチャムとハイスコアが近くにおり、彼はぎょっとして後ずさった。

「なにを話してたのぉ?」

 含んだ笑みを見せるハイスコアだが、ゴッドスピードは知らんぷりを試みる。

「いや……まあ、こっちの話だ。そう、休暇についての意見の相違とか……」

「わかるパシィ? なんで小娘ばかりの相手をしなくちゃならんのだって、そういう話をしてたんだよ」

「ば、馬鹿いうな……」

 当たっている。そしてこの心理状態は読まれているだろうと彼は覚悟した。ウルチャムはうなり、

「あの、私が至らないことは……」

「いやいや能力の問題じゃない……」

「いいのです、自覚はあります、今後は精一杯……」

「待てまて、ええとあれだ、君は俺の相棒だろう? 信頼しているさ、もちろんな、そうくよくよするな……」

「えっ、なにそれ? 私はぁ?」

「お前は……いや、お前もチームの一員、らしいな」

「らしいってなにさぁ!」

 ブウブウいいながら絡みついてくるところにまたも通信が、今度はまたもプレーンからだった。

『あのう、新作のサンドイッチがですね……』

 この三方からの襲撃に対し、あっという間にゴッドスピードは白旗を揚げることになる。

 彼が遠く見上げた空はいい加減なほど青く、いやに高く感じられたのだった。

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