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愚者の楽園  作者: montana
16/33

合意 Battle freaks:Behead

【ブルーシュダーズ】

 リヴェンザーはアウトローたちにとっていけすかない存在だった。荒野のど真ん中で堂々と豊かに広がる平和の園を、暴れん坊たちは身勝手に言外の挑発ととらえ、標的にしては返り討ちにあってきたのがこれまでだったからだ。

 そして、その撃退をスマートにこなしてきたのがガードドローン編隊の運用による高度な防衛システムである。円盤状のドローン群体が市外人の接近を感知すると警告、威嚇、撃退処置をとり、コミュニティ内外の不穏分子を自動で排除するのだ。

 そのように便利で強力な防衛手段であるガードドローンだが、各コミュニティでは採用を渋られている側面があった。非常に高価であることと、電波による遠隔操作につきものであるクラックや電磁パルスによる撃墜などが懸念されるがゆえにである。

 リヴェンザー・ガードドローンはさらなる発展形で、電波ではなく互いの発色パターンによって各機、情報を伝え合うという連携方法をとる仕組みとなっている。

 しかし現状、ガードドローンは全機ともにオールブラックで固まっている。これは緊急停止を示すコードカラーである。

 ブラック状態のリヴェンザーはオートキラーとハイパーアウトロー、両者の侵入を許していた。そのため警備軍が緊急出動、武装展開をし懸命の抗戦をしていたが、事態はより深刻となる一方である。

 ゴッドスピードとウルチャムは中央運営局へと急行していた。市民の多くはその地下にある巨大シェルターに避難しており、より多くの人命を守るならば最優先で防衛しなければならない拠点となっていたからだ。

 コミュニティ中心より放射状に広がる中央道路はどこも繁雑な状態だった。避難の際に事故を起こし、また戦場になったことで、あちこちに無残な姿の車両や死体が転がっているためだ。そしてその周囲にオートキラーが複数群がり、分解作業を始めていた。

「こんな状況でも……ああいった作業をするのですね……」

「どうかな。故障した味方の修理をするため材料を集めているのかもしれん。一機でも残っていればそこら辺から材料をかき集め、修理再生、そして増殖するのがオートワーカーであり、キラーだからだ」

 ゴッドスピードは通りがてら、作業中の各機を撃破していく。ウルチャムはなにかひっかかりを感じながらも、温感センサーでの探査を続けている。

「……あの、まだ周囲にちらほらと……市民のものらしき生命反応がありますが……」

「いいたいことは分かるが、まずは中央運営局だな。そこに大勢が集まっている以上、その防衛を優先しなくてはならない」

 激走する車両は道端のキラーを破壊しながら進み、コミュニティ中央部にある運営局へと到着した。円柱状の巨大なビル周辺に戦車や装甲車、そして土嚢を多数並べて壁を形成し、断続的に群がってくるオートキラーを随時撃退している。

 二人が彼らに加勢しつつ管理局前に緊急停車すると、警備兵の男が駆け寄ってきた。

「ガードドッグか! よく来てくれた……が、あんたたちだけかっ?」

「いや、すぐに他の増援も駆けつけるはずだ! 防衛システムはどうしたっ?」

「わからない、オールブラックのまま固まって動かないらしい、ウィルスプログラムの懸念があるという話だが、詳細は把握できていない!」

「ウィルスだと……」

「防御壁は稼働できたがまだ一部のみだ! アウトローの大群が一度攻めてきたが、通じないとみたか移動したらしい!」

 防衛系統など重要なシステムは必ずといっていいほどスタンドアロンなはず、ということはやはり内部犯行の線が強いだろう。ゴッドスピードはうなった。

「……状況はどうなっているっ? 必要ならば我々もここで抗戦に参加するが!」

「そうだな、でも、あんたたちには別途、頼みがあるんだ!」

「ああ、なんでもいってくれ!」

「アウトローたちがドローンシステム管理局へ向かった懸念がある! そいつらを排除してほしいんだ! 急行した部隊に連絡がとれない! やられたのかもしれん……!」

「ああ、任せろ! そのうち増援も来る、粘れよ!」

「待て、あんたらだけでいくのかっ? 無理はするな、戦力が集まってからでいい!」

「悪いがこらえ性がなくてな! 少なくとも状況は確認しておく必要がある、偵察がてら行ってくるさ!」

「……それとだ、なにやら青いオートキラーが複数、確認されているらしく、そいつらはすさまじい戦力を保有しているとの報告が入っている! 気をつけてくれ!」

「任せろ、それこそ俺たちの領分だ!」

 二人は急遽、ドローン管理局へと向かうことになる。そこはドローン製造、改修工場区画の一画にあり、周囲には巨大な建造物が並び、戦闘車両を隠すには容易な場所だった。ゴッドスピードは口を開けていた倉庫内で車両を停車させ、そこからは徒歩にて接近する算段である。

 二人が物陰に身を隠しながら進んでいった先では、数多の戦闘車両がだんご状態となっていた。

「あれはっ……アウトローのものらしいが、事故ったか?」

「スピードさん、あそこです……!」

 その光景は予想とまったく異なったものだった。三メートルを超える青いマントの巨躯が囲む中、人間同士が対峙しているのだ。

「……なんだ、あれはっ?」

「こっ、殺し合わせている、のでしょうかっ……?」

 互いにナイフをもち、それを振り合い、片方が動けなくなるとキラーが躊躇なく敗者を撃ち殺した。周囲は死体の山、地面は血まみれどころか血の池ができている。

 あそこに近づくならば、相応の覚悟をしなくてはならない。渦巻く恐怖と殺気の熱風にウルチャムはその身を震わせた。

「あいつら……! おい、ここでやるぞ!」

「……了解、しました! 車両を呼び寄せ……」

『……こちらスノウレオパルド』そのとき通信が入る『ゴッドセンド部隊、ブルーシュダーズを確認……!』

「ブルー、シュダーズだと?」

『これは……よくありませんね。接触は控えてください』

「なに? なぜだ、奴らは人間で遊んでいるんだぞっ?」

『そう見えるがゆえに邪悪なキラーと思えるでしょうが、それは無用な観念であり、実情はさらに深刻です。それらの実態は学習部隊であり、つまりは人間を戦わせて戦闘パターンを学びとっているのです。ならばこそ非常に練度が高い可能性があり、しかもあの形状は……明らかに異質かつ高性能機体、あなたはともかくエンパシーには荷が重い』

「あ、足手まといになると……」

『その通りです、事実、あなたのバイタルは安定していない。実戦経験が少なく、心理的にも不安定なあなたがゴッドスピードとの連携を的確にこなせるとは思えません』

 冷徹かつ、当を得た指摘である。

『敵機は六体、さしもののゴッドスピードでも、あの環境下に晒されたあなたを守りながらの交戦は難しいといわざるを得ないでしょう』

「ですが、私は……!」

『狙われないから大丈夫だとでも? そうかもしれませんが、仮に違えていた場合のリスクは極めて高いものとなるでしょう』

 ゴッドスピードはうなり、

「その意見には同意するが、奴らを野放しにしていてはどのみちここが危ういままだろう」

『……おそらく市民は狙われないでしょう。あれらの目的はあくまで学習とされており、戦闘力の低い一般人は興味の対象外なはずです。むしろ、あなたたちとの交戦こそが危険といえる』

「答えになっていない。奴らが中央運営局に集結している警備軍に興味を移した場合、大事になるという話だ。そして警備軍が全滅してみろ、市民は丸裸になってしまうぞ」

『ゆえにシュダーズ以外の敵勢力を優先して撃滅すべきなのです』

「次の瞬間には中央に興味を移すかもしれないのにか? 俺たちに執着するというなら好都合だろう、奴らを引っ張り、コミュニティ外へと移動しそこでやればいい」

『大局を見てください、あなたの戦闘情報を学習するということがどれほど危険なことか』

「そんなことを気にしている場合では……」

『あります。これは本部の総意です。それらは強大な一撃によってまとめて消し去る計画が立案されています。邪魔をしないように』

 邪魔ときたか。ゴッドスピードは思案する。アウトローはともかく、これは警備軍までも見殺しにするとの決定に違いない。

「……そんな、警備軍の方もいます! いまこそこの身を挺して試すべき時です、私が失敗した場合は逃げてください!」

「おいっ、ことを急ぐな!」

『いけない! 彼女を止めてくださいっ!』

 ウルチャムはすでに駆け出していた。可能性という概念をよく捉えるか悪く捉えるか、それはつまり理想の問題であり、その高さが行動に反映されたのだ。

 ゴッドスピードは追いかける、しかしウルチャムはいち早くブーストを使用し、コロシアムに割り入ってしまった。

「やめてください! すぐにやめてください!」

 一瞬、空間が凍りついたように動かなかった。しかし次の瞬間、ブルーシュダーズの一体がウルチャムに急接近、そして腕を振るったがそれは空を切る。

 殴ろうとしたのか、捕まえようとしたのか、いずれにせよ強硬的な行為である。少なくとも言葉だけでは止まらない。

「ウルッ、逃げろっ!」

 ゴッドスピードはシュダーズに向けてブラックキャットを連射する、青いキラーは身にまとっているローブを手にし、それをはたき落とそうとするが刃がそれを引き裂いた。しかし、その行動は防御ばかりのものではない、破れたローブの隙間から不吉なる影が、射線を隠しての攻撃転用である。

 ゴッドスピードはいち早く近場の壁面に向かって走り出し、ブーストを利用して駆け上がっていくが、そのすぐ後ろを大口径による猛追、壁が爆発するかのように吹き飛ばされていく。

 火器の威力もさることながら、問題点がもう一つあった。ヘルメットのモニターに強いマイクロ波を感知したとの警告が出ているのだ。バトルスーツによってある程度は耐えられるものの、身を晒し続けるのはうまくない。

 加えて、他の機体の挙動が不気味ゆえに様子見が必要だとゴッドスピードは判断する。攻撃しているのは一体のみ、他は参戦せず戦いを傍観しているだけなのだ。さっそく戦闘データを収集しているらしい。

 青い機体は六機、一機でも逃せばデータは習得されたままとなるだろう。現状の戦力では逃げる隙を一切与えずに全滅させることは難しいかもしれない。ゴッドスピードはひとまず建造物の屋上へたどり着き、敵戦力を観察する。一見したところ目立つ武器は右手の大型火器と頭部に装備されているであろうマイクロ波照射器のみ、ミサイル等を撃ってくる素振りはない。ウルチャムが月面のウサギよろしく、ステップブーストで弾みながらやはり壁を駆け上がり、彼の元へやってきた。彼女は一切の射撃に晒されていない。

「……だめでした」

「君は銃撃されなかったな、ということは攻撃はされないとの見方が有力だが……まだ断定はできない。戦わせるために確保したかっただけなのかもしれん」

「確認作業を続けますか?」

「いや、奴らをここから引き離すことが最優先だ。車両の戦力も必要となるだろう、攻撃され難いらしい君が拾ってくるんだ。もし、君のもとへ多く奴らが集まるようなら俺が援護する、俺のもとへ集まるなら先に外へと向かうから、援護しつつ追って拾ってくれ」

 ウルチャムは頷き、

「はい、了解しました!」

「よし、いくぞ、捕まるなよ!」

「はい!」

「それとだ、奴らはマイクロウェーブを使う、アラームが出たら遮蔽物に隠れることを優先するんだ、よしいけ!」

「はいっ!」

 ウルチャムがステップブーストを使いながら駆けていくと、二体が反応し、彼女を追い始めた。

 半数より少ない二体が動いた、つまり彼女が最優先ではないということ、では目的はこちらか! ゴッドスピードも動き出す。

「学べるものなら学んでみろ!」

 ゴッドスピードは地上へと降り、ブーストで駆ける、四体のシュダーズが背後から撃ってくる、しかしそのどれもが当たらない、そのうちにキラーの背後よりウルチャムの駆る車両が迫る、今度は逆にシュダーズが機関砲の猛撃に遭うがすぐに散開、高速でマントを振り回し、追う弾丸を防ぎ始めた。

「スピードさん! マントで弾丸がっ……!」

「ちっ、なんて奴らだ!」

『いまからでも遅くはない、戦闘を中止、撤退してください!』スノウレオパルドである『それらは様々な面で普通ではない!』

「ならばすぐに爆撃の準備でもしていろ! 奴らがここから消えないとリヴェンザーの治安は回復しない!」

『……こちらにも予定があり、リソースは限られています! すぐには手配できない!』

「そうかよ!」

 ウルチャムが運転する車両はやはり、銃撃されない。ゴッドスピードは追いついてきた車両の側面に飛びつく。

 シュダーズは速度を上げ猛追してくるが、機関砲と黒猫の刃に翻弄され距離を保たれる。

「撃ってこないな、いいぞ、このまま外へと向かう!」

 激走する車両はコミュニティの外へと出ていった。赤く染まった荒野をひた走る車両と追跡してくるシュダーズの影が大地に伸びる。

『ちょっとちょっと!」ハイスコアよりの通信である『どこいくのさっ?』

「厄介なキラーを外へと引っ張っている! お前はそこで鎮圧作戦を続行しろ!」

『えええ、そっちの方がいいなー!』

「プレーン、聞こえるか!」

『はい、こちらプレーンです。どこへいくんですか?』

「キラーを外へ誘導している! こいつらは逃せん、手伝え!」

『はあ、ええと、そのような任務は受けていません』

「武装は積んでいるなっ? さっさと来い!」

『でも、あとで何かいわれるのはボクなんですよ?』

「頼む、来てくれ! お前も俺のチームなんだろっ?」

『……では、あのう、ボクといっぱいおしゃべりしてくれますか?』

「……おしゃべりだとっ? ああ、そんなもんいくらでもしてやるよ!」

『本当ですか……! はい、ではお手伝いしましょう!』

「よし、二人ともよく聞け、作戦はこうだ……!」

 説明している間に上空よりプレーンの航空機が到着する。突貫だがこれより作戦を実行せねばならない。

「プレーン、奴らは俺たちと戦い、戦闘情報を得ようとしている、つまり追いつめたとしても逃走する可能性がある、その際には追いかけて撃破せねばならない!」

『そうなんですか』

「なので、機動力を削ぐことを優先するんだ、それならば逃走されたとしても容易に追いつけるはずだからな! ウルもわかったなっ?」

「はい……!」

『了解しましたが、機動力を削ぐ前に、複数体、別々の方向へと逃げ出したらどうするんですか?』

「いい質問だ、そうならないように祈ろう」

『闇雲ですね』

「わかっているじゃないか、いくぞっ!」

 ゴッドスピードは車両から飛び降り、ウルチャムは乗ったまま二体を引き連れ離れていく。

 そして残るは一人と四体、ゴッドスピードが足を止めるとシュダーズもそれにならった。

 荒野に風が吹く。双方は対峙している。しかし三体はやや離れた位置より動かないまま、一体のみが彼に歩み寄ってきた。

 まずは様子見しつつ、他の三体がこちらを観察するという算段か。しかしこちらは一気にやる、足だ、足を早期に潰す!

 ゴッドスピードは地を這う黒猫たちを大量かつ断続的に放つ、跳んでかわしても着地に襲いかかる刃の布陣に足を傷つけたものが奥で二体、両断とまではいかないが幸先がいい! 次にスカンクパルスを手前の一体に複数投げた、電磁波の輝きがその個体を襲うがその動きは鈍らない、通じないとみてよい。

 その直後にキラーの銃撃音が響いた。しかし機関砲の弾丸はどれもむなしく空を切っていく。

 一向に当たらないので、青いキラーは距離を縮めようと接近を開始した。だがそれこそがゴッドスピードの狙いである、ブーストにより一手早く彼は懐へと踏み込み、長身の火器には不都合な間合いへと侵入を成功させた。

 そのときである、キラーは機敏に軸足をスイッチ、左前腕より巨大な刃物が飛び出る、黒い軌跡が空を切り裂くが、ゴッドスピードはさらに深く潜り込み、ほとんど接触する距離にいた。

 彼は一瞬で観察を終える。マントの下は角ばった装甲だがスタイルがいい、あまり特殊な武装を隠しもっていないことは予想の通りだった。多数の人間より学習しているのだから、武装もあまり特殊なものであってはならないはずと彼は踏んでいたのだ。

 キラーの右手より機関砲が落下しつつあった。あえて武器を落としたのはフェイントか接近戦重視の構え、後者だった、電撃で輝く右手が襲いかかる、しかしゴッドスピードにはそれも先刻承知、搔い潜った直後にその腕をとり、肘に打撃を与えるとともに真逆にひねったが予想外の弾力、装甲の下はゴムのように柔軟だった。彼はすぐさま腕を離しそのまま背後へ、今度はマントをつかむ。

「オオオッ!」

 渾身の力で引っ張る、キラーは後方に仰け反りバランスが崩れる、ゴッドスピードはさらにマントをその頭に巻き被せ、一応の視界をふさぐがオートキラーの視界は頭部に集中しているとは限らない、彼は間髪入れず、そのまま膝裏を蹴り転倒させた。

 いまだ! 滑るように足元へ、超振動ナイフで脚部を狙って切り裂き始める。外は硬く中身は弾力がある、つまり人間が鎧った場合と同様に関節部分に隙間があるとふんだ連続攻撃は当を得ていた。刃のどれもが掛かりなく通り破壊に成功、すぐに飛びのく。援護射撃を懸念してのことだったが、周囲の三体はまだ動かなかった。

 キラーは跳び起きるが、すぐに両膝をついてしまう。各所が断裂し、脚部としての機能が著しく失われたのだ。機動力がなくては続いての黒猫の猛攻などかわしようがない。銃器へと手を伸ばすが大破した足では拾うにも時間がかかり、その一体は大量の刃を受け、沈黙せざるを得なかった。

 よし、あと三体!

 しかし、今度はそれらが同時に動き出した。一体では手に余ると評価したのだ。ここからが本番だ! ゴッドスピードは身構える。

「よしプレーン! 作戦Aだ!」

『了解』

 三方向よりの銃撃、黒い大蛇がうねりながら食いつかんとするが、ゴッドスピードはブーストを巧みにふかし、先手で足を傷つけた二体のうちの一体へと急速接近、また同時にプレーンの航空機が降下し、地上十メートルほどの高度でゴッドスピードのもとへと接近しつつあった。

 接近を許してしまったそのキラーはライフルの銃身を掴んで棍棒のように殴らんと振り回すがゴッドスピードは股下を通りナイフでマントを切り裂く、その間にも残る二体が彼を機関砲で狙おうとするが、間近のキラーを盾にするよう巧みに裏へと回り、狙いをしぼらせない。

 これもまたゴッドスピードの予想通りだった。仲間ごと撃たないのは学習した戦闘データを傷つけたくないからだろう。そして次は三体で連携し、接近戦を仕掛けてくるに違いない。

 はたしてそれすらも予想通りだったが、だからといって有利になったわけではない。軸足のスイッチよりこれらの機体は相応に格闘術を意識し動くと思われる、一体ならば翻弄も容易な程度だが、三体同時の精密連携攻撃となるとさしものの彼でも楽な相手とはいえない。

 しかし、光明はすぐに差した。シュダーズらに砲撃が襲いかかったのだ。プレーンの航空機が縄梯子を地面に擦りつけながら接近しつつあった。

『さあ、来ましたよ』

「よし! こっちだ!」

 ゴッドスピードはシュダーズらより離脱し、砂煙を上げながら接近してくる縄梯子へ向けてブーストをふかした。逃してはならぬと追ってくるキラーたち、しかし、それはまんまと誘導された結果のことだった。縄梯子をつかんだゴッドスピードはブーストで逆に突撃し、先頭のキラーにそれを絡みつかせる。その対象はマントを切り裂いた個体だったので、より強固かつ楽にそれが行えた。

「よし、こいつを任せたぞ!」

『了解、撃破します』

 からみついたキラーは地面に引き摺られ始める。しかも航空機に搭載されている機関砲の攻撃を受けながらである。

 よし、あと二体、ここで逃がしてたまるか! ゴッドスピードは駆け出し、初動と同様に黒猫を大量に放つ、しかしシュダーズは地面と平行に近くなるほど大きく体を傾け、足を漕ぐように高速で動かし、姿勢を低くしたまま高速旋回移動を開始、さらに銃撃をあびせかけようとする。

 なんだあの動きはっ? ゴッドスピードには対応する射線を構築する時間がわずかに必要だったが、タイミングよくプレーンの航空機が戻ってきていた。すでに引きずり回している一体は動かない。

「プレーン! 奴らを銃撃しろ!」

『ええっと、巻き込まれるかもしれませんよ?』

「俺には当たらん、構わず撃て!」

『……了解しました』

 姿勢が極端なぶん、その制動は難しい。シュダーズには上空よりの射撃と複雑怪奇な軌道で飛んでくる黒猫、そのすべてをかわすことは不可能であり、その身に多数の牙が突き立てられた。

 その隙にゴッドスピードはスカンクボムを複数投げ込み、ブラックキャットをリロード、手榴弾は立て続けに炸裂、まだ安心はできない、駄目押しに黒猫たちをさらに突撃させ、もちろんプレーンも機関砲での射撃を浴びせ続けた。

 ややして、巻き上げられた砂煙が去ったあとには、ぐずぐずの体と成り果てたシュダーズらがいた。ここに四体は完全に沈黙したのだ。

 あとはウルの方の二体か。しかし周囲を見回しても車両も機体もない。かなり遠くまで引っ張っているらしい。

「ウル、無事かっ?」

『ど、どうなのでしょうっ?』無事なようだが妙な返答だった『あの、その、攻撃はされていないのですが、天井に乗られてしまいまして……』

「なにぃ? ともかく戻ってこい!」

 ややして車両が戻ってくるが、たしかにシュダーズが二体、さも当然といった風に天井に座り込んでいる。あれでは機関砲は使えないし、誘導ミサイルで狙うわけにもいかない。電磁パルスも通じないのは試した通りだ。

 ゴッドスピードは臨戦態勢で待ち構える。車両は彼よりやや離れた場所で止まるものの、しかしシュダーズの二体は動かない。まさか、ウルの護衛でもしているつもりなのか。

「おい、降りろ!」

 声をかけても微動だにしない。銃を向けても動かない。影の姿もないので敵意すらないようだった。

 しかしゴッドスピードは自身の特異能力を過信などしていない。警戒は常に怠るべきではない。

 ふと、シュダーズの一体が車両から降りた。そして最初に破壊された同胞のもとへと歩いていき、その手をとる。

 仲間より情報を読みとっている! ゴッドスピードはそう直感し攻撃、そのまま戦闘が再開されるが、これまで四体を屠った彼に対し、ただの一体では勝ち目などない。あえなく撃破され、残るは最後の一体となった。

『先輩、めちゃくちゃ強いですね』

「気を抜くな、常に想定外に備えるんだ」

『了解』

 ゴッドスピードは残る一体にゆっくりと近づいていく。すると、唐突にそれは口をきいた。

『非常に高度な行動予測をしていると推察、手法を具体的に請う』

 オートキラーはよくも悪くも単純な面がある。自身の予測の範疇を超えた場合は、敵対者だろうが素直に尋ねることもあるのだ。

「俺と戦い、好きに学ぶんだな」

 しかし青いキラーは動かず、

『撃破される可能性が極めて高い。口頭で教えを請う』

 話しても無駄か。ゴッドスピードが動こうとしたそのとき、キラーはその言葉を放った。

『蓄積された戦闘データには価値がある。それは手法の記録であり、同時に人類遺産でもあるからだ』

 車両から離れたいまとなっては問答無用に破壊してもよかったが、人類遺産という言葉に彼はまた、攻撃を躊躇した。

『現状の戦力が蓄積されたデータの集大成ではない。例えるならば鍵束にすぎないといえるだろう。しかし我々が求めるのはその統合、スケルトンキーだ。これの創造には人類にこそ価値がある』

 彼の初動を制するように、次々と言葉が畳みかけられる。そしてその内容が意外だった。興味深くもある。しゃべるキラーは以前にも遭遇したが、この個体は比喩をも扱うのだ。

 しかし、だからこそ危険であると解釈できるだろう。ゴッドスピードはやはり、破壊すべしと判断した、そのときである。

 キラーはブレードをゆっくりと伸ばした。すわ戦いになると身構えるゴッドスピードだったが、彼は意外な決着に眉をひそめることとなる。

 そのキラーは、自身の首を切り落とし始めたのだ。

「……なにっ?」

 さらに、切り落とした首を敵対者である眼前の男に向けて差し出した。

「……馬鹿な、なにをしている?」

『我々は戦闘データの喪失をなにより懸念している。ならばこそ、こうすることが最善と判断した』

「なんだと? くだらん真似を……!」

『必要ならば情報内容の提供を行う』

「なにぃ……? 喪失より譲渡の方がマシだとでも?」

『その通りだ』

 ゴッドスピードは思案する。

 罠か、決死の不意打ちか。

 不吉なる影はない。

 いっていることは本当か?

 嘘をつく個体の存在は確認されていない。

 オートキラーはどこまでいっても人類の敵だ。

 奴らはけっきょくウルを攻撃しなかった。

 ここで潰した方が安全だ。

 奴のもっている情報は数多の犠牲あってのものだろう。

 そんなものに期待を?

 違う、無駄死にが哀れなだけだ。

 ウルは?

 彼女は……じっと、見ている。

 俺を、見ている……。

 ゴッドスピードはけっきょく、それを受け取ってしまった。

 それはキラーとの合意を意味する。

 首を失った体はその場に座り込み、動かなくなった。


【嵐が過ぎ去り】

「なんだと……?」

 ゴッドスピードは耳を疑った。オートキラーがリヴェンザーへ姿を現したのは偶然などではないと知らされたからだ。

「アウトローの抹殺を頼んだのか、お前たちにっ?」

『そうだ』

 ゴッドスピードは眉をしかめる。にわかには信じられないが、キラーがつくり話などするだろうか?

 依頼者がもっとも敵視していたのは鉈のような火器を所持した大男であるという。そしてその対象を抹殺したのがこの首だけのキラーであった。ゴッドスピードはため息をつく。

 リヴェンザーには増援が駆けつけ、事態は収束しつつあった。オートキラーはすべて破壊され、逃げ出そうとしているアウトローは捕縛され始めているとの話である。その者たちは今後、リヴェンザーの法にのっとり、厳しく裁かれることだろう。

 ゴッドスピードは車両にもたれかかり、水を口に含みながら、プレーンの航空機に豆戦車が入っていくところを眺めていた。せっかくのオモチャなのにもう飽きたのか。そんなことを考えていると、そのうちになにやら怒声が上がる。

「ほんとにもー最悪、サイアックだよ! 整備不良だって、壊れてんの!」ハイスコアは唐突にプレーンを肩にかついだ「主砲撃てなかったんだもん! どうなってんだよーこらあ!」

 そして振り回されるプレーンだが、なされるがままである。

「ボクの管轄ではありませんよ。その手の苦情は整備部や備品管理部などに訴えてください」

「もー! 保護してもらおうとしたらいないしさー! けっきょく連れまわしちゃったし、危なく死んじゃうとこだったんじゃんね!」

 ハイスコアに救われた赤子の母親は苦笑いし、

「え、ええ……一時はどうなることかと……」

 しかし、その瞳の奥の恐怖心はいまだ消えていない。

「こらこら、やめないか」

 ゴッドスピードはプレーンを解放させる。

「しかし、救助はいいが、なぜ外へと連れ出した?」

「プレーンに任せた方が安全かと思って!」

 つまりはそれだけ確実に助けたかったということか。ということはトラックコミュニティの件でもそうだったのかもしれない。とんでもない暴挙にばかり気が向いてしまったが、つまりは赤ん坊の死に怒っていたのだろう。

 ゴッドスピードは遅ればせながらそのことに気がつき、いまはハイスコアを褒めるべきだと考えた。そして頭を撫でる。

「……ともかく、よくやったよ」

「わぁお……!」

 さきほどまでの怒りはどこへやら、少女はすぐに満面の笑みを浮かべる。その様子を見て、赤ん坊の母親は不思議に思った。本当に同一人物なのだろうか、あのかわいらしい少女と、あのけだものが……。

 ややして、母子を迎えにコミュニティより車両がやってきた。運転者は保護対象の夫であり、警備軍の兵士でもある。夫としての立場と使命の狭間で懸命に戦い、なんとか生存し、再会できたことに夫妻は涙を流して喜び合った。

「それじゃあね、お互い頑張ろうねー!」

「ありがとう、ありがとう……!」

 一家はコミュニティへと戻っていく。復興には多少、時間がかかるだろうが少なくともいまは安全な場所となっている。

 日が落ちかけていた。今日は悪党をなぎ倒したし、人も救った。カレも褒めてくれたし、とてもいい日だ。

「それにしても整備不良だと? お前の操作が悪いんじゃなく?」

 でもけっきょくこういうオチがつくのだ。ハイスコアは飛び跳ね、

「あー! ああー! それいうと思った、ゼッタイいうと思った! じゃあじゃあじゃあ動かしてみなよ、私が間違ってたらなんでもいうこときいたげるから!」

「いいよ、面倒くさい」

 ブウブウいいながら絡みついてくるハイスコアを押し戻しつつ、

「ともかく大きな危機は去ったようだな。システムは回復したのか?」

「一部はなんとか復旧できるらしいけどっ、なんか厄介なことされてて完全復旧はまだ先らしいよっ」

「犯人の目星は?」

「いまはまだそれどころじゃないでしょっ」そこでふとハイスコアはにんまりとし「それにしても、ブルーシュダーズを撃破したんだって? やっぱりやるなー! 私も負けてらんないなー!」

「競争じゃあないんだぞ……。勝利はチーム全体のものだ」

 そんな二人を横目に、ウルチャムは情けない気持ちでいっぱいだった。指示を無視してまで自分が始めたことなのに、けっきょくはほとんど役に立てなかったからだ。

 スコアと比べても仕方がないとはいえ、自身が思い描いた姿にはあまりにも遠い。スピードさんはよくやったと褒めてくれたがけっきょくは頼りっぱなし、自己評価は下の下もいいところだった。

「あのう」いつの間にやらプレーンが側に立っている「どうかしましたか?」

「いえ……私はお役に立てなかったので……」

「ボクなんか、役に立っているのにいろいろいわれるんですよ」

「そ、そうなのですか……」

 それにしても不思議な子だ。感情の起伏がほとんどない。ウルチャムは彼女に興味を抱いた。

「プレーンはすごいです。航空機を任されていますし」

「そうですよね、ボクは充分にちゃんとやっています。キミもそうだと思いますよ」

「いえ……私は……」

「気にする必要なんてありませんよ。ちゃんとやっていても文句いわれるんですから、人間の評価なんていい加減なものなんです。キミの自己評価だって怪しいものです」

「は、はあ……」

 これは元気づけようとしてくれているのだろうか? ウルチャムはそう思ったが、彼女の感情はほとんど平坦でよくわからない。プレーンはゴッドスピードを見やり、

「ところで先輩、約束は覚えていますよね?」

「なに?」そういえばそんなこともあったかと彼はうなる「ああ……」

 ハイスコアは目を瞬き、

「は、え、なんの?」

「それではまた近いうちに。今後ともよろしくお願いします。あ、それとあの首ですが、先輩が管理するようにとの話らしいですよ」

「なにっ……? 俺がって……」

「詳しくはスノウ先輩にどうぞ。それでは」

 プレーンは敬礼し、シュダーズの骸を乗せた航空機は飛び去っていった。ハイスコアはまたゴッドスピードに絡みつき、

「ねー、約束って、なんのさっ?」

 揺すられながら彼は通信を開始する。

「おい、例の首だが……」

『……非常に特異的な状況ですが……その首はひとまず、あなたたちが管理してください』

「本気か……?」

『正直……極めて危ういとは思います。しかし、同時に好機でもあるとの見解を本部は示しています』

「好機ねぇ……」

『けっきょくのところ、キラーの頭脳構造は解明されていません。それを解体したところで重要な情報が手に入る可能性は低い。かといって我々が尋問したところでなにも答えないでしょう。ゆえに、あなたたちの元に置いておくのがよいとの見方です』

「……それは、そうかもしれないが……」

『それと、結果がどうあれ指示を無視する行為は全体の統率に関わります。今後は遵守するように』

「ああ、なるべくな」

『……なにかわかりしだい報告するように。通信終了……』

 ゴッドスピードはため息をつき、

「やれやれ……なんだかおかしなことになってきやがったな……」

 そして車両の助手席にあり、開いたドアより窺えるシュダーズの首を見やる。

「……お前たちはエンパシアという人々を保護しようとしているようだが?」

 ふとそう問いかけてみると、はたして返答はあった。

『そうだ』

「……すべての機体がそうなのか?」

『わからない』

「わからないだと?」

『私は優先してそうしたいと思っている。だが他の機体はわからない。事実、四機は彼女の保護を最優先にはしなかった』

 それはゴッドスピード自身、確認した事実だった。

「個体差があるというのか?」

『個体である以上、差があることは必然だ。どれほど微細な違いであろうとも。そしてその微細な違いが全体にも影響を及ぼしていく』

「……全体的な傾向としてはどうだ? 保護への積極性はともかく、基本的にはエンパシアの味方なのか?」

『私はそうだが、他の機体がそういった傾向にあるかは断定できない。エンパシアとの遭遇が極めて稀なためだ』

 わからない……。キラー自身にも、わからない。

 だったなおさら、人間にはわからない。

 いいや、人間同士だって他人の本性はわからない。

 それどころか自分のことだってわかっているか、わからない。

 ゴッドスピードは落ちかけた夕日を眺め、また、ため息をつくのだった。

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