理不尽 Happy life:Burst
【怒りの矛先】
のべ十八台トラックは車両前面を外側に向け放射状に停められており、背面にある入り口はすべて広場に相当する中心部へと向けられている。そこには簡素なテーブルや椅子が煩雑に置かれており、住人たちの憩いの場となっていた。レトロフリークなラジカセ風の音響機器が立体映像とともに軽妙な音楽を奏で続けている。
ハイスコアは早々に住人と打ち解け、笑い合っている。愛想をよくして悪いことはない、ゴッドスピードは彼女を好きにさせておくことにし、まず、代表者らのもとへ向かうことにした。もちろんウルチャムも同行する。
「これは……折りたたみ式のお家になっているのですか?」
「そうらしいな。一台で十人くらいはなんとか住めそうだ」
「私たちの車両も展開したら楽しいのに」
「まあ戦闘車両だし、強度などの問題で複雑な機構とは相性が悪いんだろう」
何気ない会話である。しかし、両者は緊張をまとっていた。住居のひとつ、その玄関先でドニル代表が待っていたが、その雰囲気は陰惨そのもの、嫌な予感を抱かずにはいられなかったのだ。
「……こちらです、どうぞ」
代表に招かれ、折りたたみ住居のひとつへと二人は足を踏み入れる。
「わあ……すごいですね、素敵なお家です!」
その明朗さとは裏腹に少女は戦慄していた。まるで悪霊が潜んでいるかのような空気の重さである。無理にでも明るく努めなければ押し潰されてしまいそうだった。
「そうだな、居心地がよさそうだ」
内装そのものは木目が優しい、暖炉のあるロッジ風である。素朴だが温かみのあるその意匠は少女にとっても好ましいものには違いない。
「はい! とても……」
そのとき少女は、簾に隠れた部屋の奥に何人かの人影を認めた。彼らは黙々と作業をしている。銃器の手入れだ、彼女はそう直感した。
「さあ、こちらで話しましょう」
ドニル代表は革のソファへと二人を促し、着席するやさっそく本題へと切り込んだ。
「依頼内容はあのアウトローたちの排除です。手段は問いません」
やはりか。ゴッドスピードは眉をひそめ、
「……なぜだ? 護衛に失敗したからか」
「奴らは自作自演で護衛役と襲撃役に分かれ、我々を騙そうと企てた疑いがあります。そして住人二名と……」代表は咳払いし「ともかく、そのたくらみに巻き込まれ、犠牲となりました」
やはりその類の問題か。男と少女は顔を見合わせる。
「証拠などはあるのか?」
「そんなものはねぇがな」オライル副代表は鼻を鳴らす「タイミングが明らかにおかしいんだよ。なぜ、奴らと契約した二日後に他のアウトローまでもがやってくんだ? こんなだだっ広い荒野でよ」
「偶然というには被害が大き過ぎたのです」代表はため息をつく「我々には言い訳を聞く余裕はない」
「証拠がなければ動けない……といいたいところだが、確かめる術はある。彼女は人の嘘を見破る術に長けていてね、それで奴らの腹を探れるとふんでいる」
「嘘を……?」副代表は怪訝な目でウルチャムを見やる「……それで、もしその子がシロだと見なしたらどうするんだ?」
「奴らに強制する理由はなくなるな。違約金を支払って出ていってもらえと進言させてもらうだけだ」
「おい、保安官のつもりか、俺たちはそんな話をしたいんじゃねぇんだよ。金を払うから悪党どもをぶちのめせといってんだ!」
「だから、悪党だと判断できない場合は手を下せないといっている」
二人の視線が交差するが、先に外したのは副代表の方だった。
「はっ……ほらいったろう、こいつらはロボット解体専門なんだよ」
「しかし、クロとわかれば排除していただけるのですね?」
「そうだな、逆に賠償金を支払う気分にさせてやることはできる」
「いいえ、できれば消していただきたい」
一瞬で空気が冷える。ゴッドスピードは眉をしかめた。
「……なんだと?」
「ええ、回りくどい言い方はよしましょう。全員、抹殺していただきたい」
「馬鹿な、俺たちは殺し屋ではない」
「二千五百万、口外無用、どうでしょう」
凄まじい金額である。ウルチャムはどこまでも鋭利で、冷たい殺意を認めた。
「……受けられません。お二人も亡くなったことには同情いたしますが……」
「……結婚間近の二人でした」代表が静かにいった「ジョーイとエラリス……。しかも……」
そこで沈黙し、副代表が代わりに続ける。
「……彼女は身籠っていた。我々は彼らを心より祝福していたんだ。未来を楽しみにしていた。だから、どうしても赦せねぇんだよっ……!」
ウルチャムは息をのみ、ゴッドスピードはじっと何もないテーブルを見つめる。
「……話は、わかった。だが……」
「大変だったねー」
いつの間にか、ハイスコアがいた。ポップコーンの入った大きなカップを抱いている。
「一応、確認しておくけど、赤ちゃんも死んじゃったんだよね?」
代表は錆びた機械のようにぎこちなく、幾度も頷いた。
「そっかー……。じゃあ、うん、いいよ。やってあげる」
そういってポップコーンを食むハイスコアだったが、ゴッドスピードの一喝がとどろく。
「馬鹿野郎、何をいってやがる!」そして代表に向き直り「答えはノーだ! 奴らの仕業なら撃退はする! だがいずれにせよ殺しなどしないっ!」
そして立ち上がるなりハイスコアの腕を掴み、引っ張っていく。
「あらら、ちょっとこぼしちゃうからぁ……」
そのまま住居を出て物陰へと連れ込み、壁に突き離した。
「……おいっ、ふざけているのかっ! 金で殺人など赦されんぞっ……!」
「誰が赦さないの?」ハイスコアはポップコーンを食みつつ「あのチームが来たせいで二人と赤ちゃん死んだのは事実でしょ」
「まだはめた事実は判明していないだろう!」
「そんなことは関係ないよ。死んだ責任を追及するなら矛先は一つしかないんだよ。それだけなんだ」
「いいか、武装者たればこそ、俺たちは死傷者を最低限にする責務があるんだ! 最初の手段に流血を選ぶならばそれこそアウトローとなんら変わりがないだろう!」
「ここの人口は百二十四人、あのチームは二十七人、全面戦争に突入した場合、被害は二十七人以下にならないと思うなー」
「……全面戦争だと? 馬鹿な……お前の印象だろう!」
「そうだよね、パシィ?」
やり取りを静観していたウルチャムだが、暗い面持ちで頷く。
「ほらね、ここで私たちがあっちの味方したら怖いことになると思うなー」
「そんな、ことが……」
そこまでの事態に発展する可能性が高いというのか。にわかには信じ難いが、ウルチャムの反応は無視できない。
「……ともかく、だ。奴らに聞いてみないことには話が進まん」
「うーん、どうしてもっていうなら問答無用でボコボコにして、あのケバいトラックとかも叩き潰して荒野に放り出すとか、その辺が落としどころじゃないかなー」
「……奴らの仕業ならな」
「どっちでも同じだって、筋の問題じゃないんだよ。もっと根源的な何かの話」
だとしても、だからこそ、それを否定しなければならない。
それがゴッドスピードの選択である。
「……行こう、ウルチャム」
「はっ、はい……」
二人は早足でパブへと向かう。
胸中のざわつきは大きくなるばかりだった。
【筋と矜持】
たむろしているチームメンバーたちの視線を浴びながら、二人はけばけばしい色のパブへと入っていく。室内は青いライトで薄暗く、激しい音楽が響いていた。しかし来訪者の姿を認めたアマンダの指示で音量は下げられていく。
「待ってたよ、かけな」
ガラスのテーブルを挟み、ガードドッグとチームリーダーのアマンダが対面した。その周囲をいかつい男たちが取り囲む。
「単刀直入にいえば、あんたらに出ていってもらいたいらしい」
アマンダはパイプをふかし、
「はっ、契約書があるんだよ、こちとら命張ってんだ、不義理を貫くなら相応に違約金を支払ってもらいたいねぇ!」
「二名、死亡したようだが。しかも片方は妊婦だったらしい」
その言葉に、アマンダは目を細める。
「……それはさ、仕方のないこともあるよ」
「襲撃者の死体はないらしいが、あんたたちの仲間で死亡したのは?」
「いないね。あんた、あたしらがハメたといってんのかい?」
「疑うのは当然だろう。タイミング的に都合がいいという意見があったが、その点には同感だ」
「……信用してもらえないかもしれないけどね、あたしらの仕業じゃないのさ。たしかにウチには荒くれ野郎も多いけど、これでもわりと真っ当にやってる方なんだ」
「そうだ、俺たちゃ小細工なんざしねぇ」
「体張ってよ、ここを守ったんだぜ」
「死人は出ていないが重傷者は幾人かいるんだ、向こうで寝てるぜ、会うかよ?」
そう証言する取り巻きたちを見やり、ウルチャムは頷く。
「みなさん、本当のことをおっしゃっていると思います……」
最悪の展開だ。ゴッドスピードはうめいた。
「……念のため聞くが、本当にあんたたちの仕業ではないんだな? 二人の死はあくまであんたたちと縁もゆかりもないアウトローの仕業だと」
「そうさ、誓ってもいいよ」
ウルチャムはまた頷く。
「……そうか、信じるよ」
「信じられないのは……って……」アマンダは目を丸くする「なんだい、ずいぶんあっさりしてるね……」
「この子は嘘を見破る能力があるんだ。とはいえ住人の怒りは凄まじいらしい。一触即発の気配がある。せめて違約金は諦めてくれないか?」
「それはおかしくないかい」アマンダは眉をひそめる「あんた、本当は信じてないんだろう?」
「いいや、信じている。この相棒をな」
その言葉に、ウルチャムは目を大きくする。
「彼女は他者の感情がよく理解できるんだ。だからこそ、現状に強い懸念を抱いている。ここの住人は本気であんたらのせいだと思っているし、極めて激しい敵意を抱いてもいる。死んだ二人は相当に愛されていたらしい、生まれてくるはずだった子供もな。すぐに出ていった方がいいと提言する。今後は何が起こっても不思議ではない」
アマンダはじっと眼前の男を見すえる。
「……あたしにもわかるよ、あんたが嘘を吐いてないってのはね。でもさ、違約金なしってのはどうしても納得いかないねぇ……」
「そもそも、ここの住人は契約に納得していたのか? 無理やりに締結させたとか、そういうことはないのか?」
ウルチャムは少し考えた様子を見せたが、首を振った。
「べつに殴って書かせたわけじゃないからね、納得の上じゃないか」
「……だとしてもいまは満足していない」
「水掛け論だねぇ」
「私からもお願いします。住人のみなさんは私たちに期待をしています、あなた方をこらしめると。その希望で怒りはぎりぎり抑えられているのです。ですが私たちがあなたたちの肩をもった場合は……」
アマンダはうなり、
「……つまり、どうあがいてもあたしらの敵に回ると」
「はい、そうなります。それがもっとも安全な落としどころだと思うのです。お気に召さないのは理解できますが……」
「俺があんたら全員とケンカするってところでどうだ? 全員と一度にやってもいい。俺が勝ったらあんたらはオケラで出ていく。あんたらが勝ったら違約金を……俺たちが払う」
「馬鹿なことを」
「それだけヤバそうだといっている。俺たちの共通観念として、住人を傷つけないという点が挙げられるはずだ。あんたたちがアウトローではないというのならなおさらにな」
アマンダはパイプをくわえたまま思慮にふけり、ややして大きく煙をはいた。
「……駄目だね、ウチもなにかと入り用だ。このまま契約を続けるか、違約金を頂くかだ。ケンカなんかもちろんやらない。あのグレンを簡単にのしちまうとは、束だろうが勝てるか怪しいもんだ」
「頼む、本当に危険なんだ」
そこからは静寂が部屋を満たした。
ゴッドスピードは返答を待ち、アマンダは黙々と煙をふかす。
取り巻きたちも神妙に、リーダーの言葉を待っている。
しかしふと、ウルチャムが小さくため息をついた。
「……テメエら、ナシをつめてきな! 契約続行か、そうでなきゃ違約金を支払うか、とっとと決めさせんだよ!」
「なにっ、やめろっ! それは最悪の選択だ、待て、時間をくれ、俺たちが立て替えられるかもしれない……!」
「それは筋が違うねぇ……! あたしらはすでに体を張った、それでどちらにどれだけ犠牲が出ようが呑み込むのが道理ってもんだ! オウッ! ぼやぼやすんなっ!」
どたどたとメンバーたちがパブを出ていく。ゴッドスピードらも慌ててそれを追っていった。
【バースト・ダンス】
「おいっ、よせっ!」
ゴッドスピードは焦っていた。どうする、説得を聞くつもりはまるでないらしい。ここで殴り倒すか、しかしそれでは……。
ガードドッグが各地で有利な立場でいられるには当然、日々の努力があってのことである。強力な武装組織である彼らが道理や倫理を重んじなければ、彼自身がいったようにアウトローとなんら変わりがないのだ。
アマンダが筋を遵守することでアウトローの汚名を否定しようとするように、ガードドッグもまた理由なき力を振るうことは赦されない。
考える時間が必要である。しかし、状況の悪化はあまりに急激だった。チームメンバーの動向を察した住人たちが一斉に集まり、彼らの行く手を阻んだのだ。双方、対峙の状況である。
「待ちな、うちの代表に何の用だゴロツキども」
その男はライフルを所持していた。目つきも普通ではない。そしてなにより、男の前に黒い影がいる。これは本気だ、ゴッドスピードは両者の間に割って入った。
「やめろ……落ち着け、冷静になるんだ」
「何の用かと聞いているだけだ」
しかしチームメンバーたちも臆するわけにはいかない。ここで引き下がってはなめられるばかりだからだ。
「なに、契約の話だ。破棄するつもりなら違約金をもらいてぇ」
「それを得る資格があるとでも」
「邪魔だ、失せな。撃てもしねぇくせによ」
「どうかな」
男はライフルを構える。
「よせ、彼は本気だ……!」
黒い影が笑い出した。周囲にもちらほら影がいる。危険な状況は明らかだった。
「どうかしましたかな?」ドニル代表とオライル副代表が揃って現れた「おやビリー、はりきっているじゃないか」
「ああ、仇をとりたくてな」
「わかるよ」
最悪なことに、代表らも銃を手にしていた。住人をなだめるつもりは毛頭ない。暗黒の力が解放されようとしている。
「それで、何の用ですかな?」
見るからにまともではない代表の様子にさしもののチームメンバーたちも狼狽する。まさかここまで本気とは思っていなかったのだ。そしてその異様な空気に他の荒くれ者らも集まってきた。アマンダも姿を見せる。
「待て……! ここでやりあってどうなる! 特にあんたら、保護対象を攻撃してどうするというんだ、落ち着け、穏便に話し合うんだっ……!」
「こっちにも面子があるんでねぇ……!」アマンダの声が響く「脅されておめおめ逃げ帰ったなんて噂でも立てられちゃあかなわないのさっ!」
そのとき、広場中に音楽が響き渡った。ラジカセ風の機器から軽妙な音楽が流れ始める。
「あっ、この曲好きなんだー! ハッピー、ハッピー今日もいい日、私は自由、素敵な未来、ハッピーライフ!」
ハイスコアが楽しげに踊っている。
視線が集まっている。
こんなときに何をしている。ゴッドスピードは眉をひそめたが、あるいは妙策なのかもしれないと思い直した。ああして、張り詰めた空気をほぐそうとしているのかもしれないと。
しかし、その解釈はあまりに楽観的だった。
「さあ、そろそろ始めよっか!」
狼煙である。開戦の合図だ。不吉の影が激増し、住人たちが一斉に銃を構えた。地獄の釜が開かんとしている。
「ハイ、スコア……」ゴッドスピードは息をのんだ「……ウルチャム、あいつを止めろ……」
「えっ……?」
「何を使用してもいい、黙らせろ!」
極めてシンプルな指示だがウルチャムはかえって混乱し、行動に移せなかった。ただ、呆然と親友を見つめるばかりである。
そんな視線を、ハイスコアは受け止めた。
そして心底、嬉しそうに笑む。
恐ろしい顔だった。猛獣が笑うとしたら、ああなるだろう。
彼女は私と戦いたがっている。
遊びではなく、ほんとうに。
ウルチャムは純粋に恐怖した。ハイスコアの名は伊達ではない。圧倒的な実力者、戦闘能力者である。それが自身に戦意を向けてきたのだ。しかもその感情には強く好意が混じっている。
それは少女がこれまで知らぬふりをしてきた心情だった。混じり合った友愛と戦意の情、ハイスコアは私を特別視している。それはとても嬉しいが、嬉しくない。
「ウルッ! 動けっ!」
そうこうしているうちに一羽の黒い影が飛び立たんとしていた。ゴッドスピードは拾った小石を鋭く投げ、ライフルを持つビリーの手を弾く。銃声が鳴り、弾丸が空を舞った。
「急げっ! ハイスコアを止めろっ……!」
次に動いたのはドニル代表とオライル副代表だった。彼らはこの戦いを止め得る最後の砦だったはずだが、殺意にまみれた眼が照準を定めていた。狙いはアマンダである。
しかし銃撃は成功しなかった。ゴッドスピードの小石がなんとか間に合ったのだ。外れた弾丸はチームの車両に当たり、甲高い音をたてた。
「……オウッ! やっちまいなぁっ!」
チームメンバーたちに殺意が伝播する、と同時にである、各住居から武装した住人が姿を現わす、家具を地面へと放り投げ始め、一応の防壁を形成していった。段取りがよく、計画があったことは明白である。
「ウルチャム! 何をしている! ウルッ!」
何をしている、何をしなくてはならないのか。
彼女に与えられた任務はあまりにも明白である。
ならば動かないと、被害を最小限にしなくては。
動け、動け! 動かないと!
「ス、スピードさん!」
ウルチャムはシュリガーラよりキャットパンチを外し、ゴッドスピードに投げ渡した。あまりにとっさの行動だが、
「助かるっ! やれるのか、ウルッ?」
「はっ……はいっ!」
住人たちはみな血走った目で銃を構えている。
不吉の影が踊っている、笑っている。
「生かして帰すなっ!」
「ジョーイ、エラリス!」
「そして生まれてくるはずだった赤子のためにっ!」
「血で贖え、外道どもっ……!」
ゴッドスピードはキャットパンチで銃を持つ手を弾いていく。ゴム弾とはいえ生身への直撃となると無事では済まない。少なくとも痛みでその場にうずくまらせる程度の時間稼ぎにはなった。
「おいっ! 俺たちを攻撃するのかっ!」
「ふざけるなっ! てめぇらも死ぬかっ……!」
住人の怒りがガードドッグに分散された。それは望んでの行動だったが、さしもののゴッドスピードも保護対象に狙われる経験は少なく、戸惑いは隠せない。
「……冷静になれっ! このままではみんな死ぬぞっ……!」
「だからアウトローをボコボコにした方がマシだっていったのになー!」
ハイスコアは動き出し、近くのチームメンバーに襲いかかった。一瞬で手足を粉砕する超速連打、大の男たちを十数メートルも吹き飛ばしていく。
「スコアッ!」
そのとき、ウルチャムがハイスコアの前に立った。
「やりすぎです! スピードさんの指示に従いなさい!」
ハイスコアはため息を吐きながら飛んでくる銃撃をかわし、ミニナイフを放った。それは銃撃者だったチームメンバーの腕に突き刺さる。
「パシィ、穴倉生活は終わったんだよ? 自由にこの大地を駆け回り、そして世界に影響を与える日がきたんだ」
猛獣のような少女は発達した犬歯を見せ、体を隆起させる。
「力があればなんでもできる! 何をしてもいい! いいえ、しないとみんなに遅れちゃうよ!」
「いっている意味がわかりませんっ……!」
「うーん……じゃあ言い換えるよ」
ハイスコアはまた銃撃をかわし、ミニナイフで返す。その対象は先ほどまで仲良くしていたはずの住人だったが、彼女はそれを承知である。
「そのままじゃずっと私に負け続けるよ。戦績ではもちろん、恋でもね!」
ミグロは車両に寄りかかり、軽機関銃の弾帯を装填しつつあった。あれは化け物だ、さっさと片づけなければならない。
しかし、めざとくそれを発見したハイスコアが身構え、次の瞬間には車両のフロントガラスを突き破っていた。
「あれ、勢いあまっちゃった」
そのまま車内よりドアを蹴飛ばし、ミグロは弾かれ吹き飛ばされる。
「危ないなぁ、あなたの腕じゃどうせ私に当てられないし、他の人巻き込んで血の海にするじゃない」
ハイスコアは落ちている軽機関銃を拾い、いともたやすくへし曲げた。
「私は別にいいんだけど、ほら、きっとカレ、本気で怒っちゃうからさ」
「お、お前は……」
言いきらないうちに蹴り飛ばされ、ミグロは何メートルも吹っ飛び、動かなくなる。
「すっごい手加減したんだから死なないでねー」
周囲のチームメンバーはみなじりじりと後退していった。あの力は明らかに普通ではない、とてもまともではない。
驚きがあったのは親友であるウルチャムにとってもである。あれほどの膂力があったとは。
「スコア、あなたは……いったい」
「超人だよ」
「超人……」
「ワイズマンズのほとんどが半端に発現した超人もどきなの。つまりはどれも失敗例」
「失敗……ですか」
「で、私が稀な成功例」
「あなたが……あなただけが?」
ふとハイスコアはゴッドスピードを見やる。
「でもさー、なかには想定されてない力を得た例もあるらしくってさ、そういうのをイレギュラーシリーズっていうらしいの」
ゴッドスピードは広場を駆け回り、銃器を手にとる住人やチームメンバーたちにゴム弾を見舞っている。そのため皮肉にも彼がもっとも優先される排除対象となっていた。
「邪魔をするなっ!」
住人によるサブマシンガンの乱射、ゴッドスピードは住居の壁を蹴り上り、ゴム弾で反撃しながら屋根の上へと姿を消した、その直後にチームメンバーの散弾が宙を切る。
双方の怒りを一身に受けることで攻撃の手を集めていたが、当然すべての殺意を引き寄せるには至らない。住人、チームの双方より銃撃に倒れる者たちが現れ始めていた。どれもまだ死亡していないが、とどめを刺さんと向けられる銃口が光る。
「いけないっ!」
ウルチャムはアサルトライフルを構える住人にエレクトリックイールの一撃を加えた。男は倒れ、体を痙攣させる。
「ちょっとちょっと、私との勝負はどうしたのっ?」
速い! ウルチャムの眼前に一瞬でハイスコアの影が現れ、閃光のような連打が襲いかかる。ウルチャムはそれらをなんとか受け流し、やむなく足払いで返すがまたひらりとかわされる。
「スコアッ! いまは鎮圧が最優先です!」
「ぜんぶ一緒にやる方が楽しいに決まってるじゃない!」
ハイスコアは手足を振って踊り、そして背中の重機関銃、キリングタイガーを手にした。その凶暴なる破壊の化身が咆哮すると、一瞬でチームのパブは無残な姿と変わり果てる。
「テメェエッ!」怒髪衝天であるアマンダがショットガンを構える「あのクソアマを殺れっ……!」
しかし重機関銃が向きを変え、周囲の車両を吹き飛ばし始めたので反撃どころではない、メンバーたちはむしろ巻き込まれまいと退避にかかる。
「スコア、いけませんっ!」
ハイスコアに向けエレクトリックイールを撃つがそれはひらりとかわされ、逆にコードを掴まれた。しかしウルチャムはそれを好機と読む。スパークタッチでコードを握ればさらに通電が可能という拡張性を知っていたからだ。
「あちちっ!」
ハイスコアは感電し、その隙にちょうどアマンダの散弾が連続して襲いかかった。しかし超人はとっさに防御姿勢を取り、直撃に耐える。
「なっ……なんだって……?」
ハイスコアが奪った革ツナギには防弾処置が施されている。その上、超人たる彼女の耐久力は常人のそれをはるかに凌駕していた。散弾銃の直撃など、さしたる脅威ではないのだ。
「まあ、リーダーが適任だよね」
ハイスコアは身構え、十数メートルの距離を一瞬でつめるどころか勢いあまってパブの壁をぶち抜いた。その身体能力に驚愕したアマンダはいったん退避しようとするが、また壁を突き破りそれが襲いかかる。
「おっ……お前は……!」
あっという間に距離をつめたハイスコアはアマンダからショットガンを奪い、その上腕を掴んで、握り潰した。
「ぐあっ……ううぅっ……?」
アマンダは苦痛にうめくが、事態はそれにとどまらなかった。次にハイスコアはその怪力で彼女の前腕をひきちぎったのだ。
アマンダは地面に転がり、吹き出す血潮を前に驚愕の悲鳴を上げた。そしてさらに恐ろしい光景が続く。ハイスコアはちぎったその前腕で、アマンダを殴打し始めた。
狂気の沙汰である。振り回している前腕より血が飛び散り、辺りに赤い曲線がいくつもできた。とてつもない痛みと異質な恥辱にアマンダは枯れたような悲鳴を上げて這いずり回る。しかし殴打はそれを執拗に追いかけた。アマンダはどんどん赤く染まっていく。悲鳴は懇願となるが、ハイスコアはその一切を意に介さない。
正気の沙汰ではない。我を忘れて戦っていた者たちも次第にその状況を理解し始め、銃声は徐々に少なくなっていった。そしてゴッドスピードも事態を認識し、絶句する。ウルチャムは縮こまり、顔を覆い隠している。〝それ〟らにお願いを続けている。
その残酷な光景に広場の誰しもが凍りついていた。この争いの渦中にあっても、なぜ、そのようなことになっているのか、理解が追いつかなかった。
「ハッピー、ハッピー今日もいい日、ハッピーライフ……」
ハイスコアは殴打を続けながら歌い続けている。
しかし、戦いは終わっていた。
目の前の悲惨に住人の忿怒も萎え、チームメンバーたちもあの少女に似た不気味なものが恐ろしくて動けなかった。
そしてようやく、その凄惨な行為を止めに入ったのはゴッドスピードである。
その瞳は怒りというより、哀しみに満ちていた。
【収束】
あくまで結果のみで語るならば、死者ゼロで戦いを収束させたことは素晴らしい実績といえた。腕を引き千切られたアマンダだが、そうされる前に上腕が握り潰されたことで出血は抑えられ、また意外なことに住人側の厚意により輸血、治療が施された。それにより、なんとか一命をとりとめることに成功する。
他にも怪我人は多数出たが、幸いなことに致命傷を負った者はいなかった。もっとも多い症状がゴム弾による打撲や骨折で、これはゴッドスピードによるものである。現在、コミュニティからは殺気が嘘のように消えており、怪我人をいたわる深い慈愛が包み込んでいた。
しかし、それだけではない。ある種、畏怖によく似た感情が深まりつつあった。それはハイスコアに向けられたものでもあったが、そればかりではないようにウルチャムには感じられた。
「人は友人や家族、国家や信仰を背負えばこそ、その命をかけて戦うことができる」
遠ざかるコミュニティを見やり、ゴッドスピードは彼なりの答えを伝える。
「しかし、戦いとは常々きれいなものではない。血や肉片が飛び散り、それを浴び、死体の山ができあがる様子を目の当たりにして人はようやく気づくんだ。これは聖なる戦いではなく、何かよくわからない不気味なものによってもたらされたものだと」
暗黒の力……。ウルチャムはパーツ・ショウでの言葉を思い出す。彼らはハイスコアを通し、自身よりわき出したどす黒いものに怯えたのではないか。分け隔てなく治療をしたのも、恐るべきその魔を払拭したいからではなかったか。
「違約金はなしだ。だが、先日のこともデビルズリップのせいでないと納得する。双方、それで納得したらしい」
「……これ以上、争わないにしても、やはり決別するのでしょうか……」
「どうかな」ゴッドスピードは努めて微笑んだ「契約関係は終わったようだが、意外とな、これから仲良くやっていくのかもしれないよ……」
それはあまりにも楽観的な意見だったが、彼自身にも必要な言葉だった。ウルチャムは並走するバイクへと視線を移す。
「……まさか、あんなことをするなんて……」
ゴッドスピードはうなり、
「……あれがあいつの本性か、それとも場を収めるための演技なのか……それはわからない。だが、あいつには気をつけるべきだろうな。部隊壊滅の話にしてもどこまでが本当なのか」
ウルチャムは知っていた。あの子は決して残忍などではないと。いつもきらきらとしていて、楽しげで、むしろ優しいと。
しかしその感覚はあの血染めの光景とまったく合致していない。どちらを信じるべきなのか、彼女にはわからなくなっていた。
「なあウル、今度からウルって呼んでいいかい?」
「……はい? あ、ええ、はい。もちろん、構いません」
「ウル……あいつは、昔からああなのか?」
「いいえ……! たしかに奔放な面はよくあったと思いますが……あのようなことをしたことは……」
「そうか……」
「スコアは明るくて、楽しそうで……成績だっていつも一番で……」
ウルチャムは涙ぐむ。ゴッドスピードは彼女に慈愛の視線を向け、その先にあるハイスコアの姿を捉えた。彼女は楽しげに歌っている。
「あいつには素晴らしい才能があるんだろう。そしてそれを発揮する意思力もある」ゴッドスピードはうなる「だがとても傲慢だ。哀れなほどに……」
その言葉で、溜まっていた涙がこぼれ落ちる。ウルチャムの胸中には複雑な痛みがあった。
「どうしたのっ?」
ドアが叩かれ、ウルチャムは窓辺を見やる。
ハイスコアが笑っていた。いつもの、心地よい笑顔だった。
「気にすることないよ、お互いまだまだ発展途上だしさ! パシィならかなりいい線いけると思うんだよねっ!」
そしてバイクは加速し、ゴッドスピード側に回り込む。
「でもーお、やっぱり私のプランが正解だったと思うんだよねー! 問答無用にあのチームボコボコにしてさー! 荒野に置き去りにでもしてさー!」
それではあのチーム全員が野垂れ死ぬかもしれないし、生き残ったとしても報復にあのコミュニティをつけ狙うようになるかもしれない。それになにより、彼はそのことについて議論をする気にはなれなかった。そんなことより、あの不可解な少女を理解し、歩み寄ることの方が重要ではないか。同じことを繰り返させないためにも。
「……お前の名前は何というんだっ?」
「えっ、なにがっ?」
「ガードドッグとしての名前だ!」
「私はハイスコアだよ! この名前がいいの! それよりさ、次はどこ行くのっ?」
「さあなっ、任務次第だ!」
「もっと強い敵倒したいなー! あ、ランク一桁になったら正式にお付き合いしてね!」
ハイスコアのバイクは加速していく。
ようやくあの狭い檻から自由になれたし、外の世界にはより広大な自由が広がっている。だからいまよりもっと自由になる必要があることは彼女にとって明白なことだった。
そして、その邪魔をするものは何であろうと赦さない。ハイスコアは通信を開始する。
「調子はいかが? ハイスコアだよ。任務完了したー」
『ご苦労だった。どのように収束したのかな?』
「一応、みんな生きてるよ」
『ほう、それで代表は納得したのかい?』
「うん、もういいって。報酬も振り込まれるはずだよ」
『そうか、ならばいい』
「それよりさ、もっと強い相手用意してよ! カレに私の凄さ見せらんないじゃん! というか今回、悪者みたいになったしさー!」
『ブラッドシンの兵隊はお気に召さなかったかな』
「ガワは高性能だけど中身が弱かった! あんなのに負けるなんて高ランクでも弱いんだね!」
『戦闘能力ばかりが評価に影響するわけではないからな』
「そうだけどさー、弱いのは論外じゃない?」
『よし、ではとても手強い相手を用意してあげよう』
「うん、頼むね、アゴニーさん!」
通信を終え、ハイスコアは次の強敵に心を躍らせた。
そしてまた歌いだす。
「ハッピー、ハッピー、私は自由、ハッピーライフ……」
眼前には荒野と無限の可能性が広がっている。
ここは愚者の楽園、そして彼女は完全なる適合者だった。