第6回 パリの暮らしの実態を知りたい方へ
本題:パリの住人の日記 Ⅰ
出版社:八坂書房
著者:不明
訳者:堀越 孝一
値段:2800円+税
お薦め度 1or3
一言紹介
「超ニッチな作品に対する考察本」
内容…
この本の原典となる『日記』は1405-1449年のパリにおける日記の形を記録した、作者不明で原本が現存していない作品である。
そんな『日記』の写本の1つである『スウェーデン女王蔵書1923番写本』を底本として、堀越 孝一による完訳及び解説本。
『パリの住人の日記 Ⅰ』はその名の通り1巻、1405-1418年までを訳し、それぞれに注釈を入れたものであり、全3巻を予定しているとのこと。
しかしこの文章を打ち込んでいる時点では残りの2巻の発売日は決まっていない。
難点&お薦め…
一市民の日記ということで内容はかなり地味で、さらに文章も解説も独特で、物語性やエンターテイメント性を求める人には決して薦められない。
というのも原文が数行しかないのに、その文章に対する訳者の注釈が見開き2ページ以上続くことも多く、その内容も読者をおいてけぼりにしている感じもする。
たとえば『サンタンドゥル十字の徽章』(P65)という言葉(原文ではlacroix standrieu)に対し50行にもわたる、考察が延々と書かれている
しかしそんな注釈の端々に筆者がこの作品に惹かれている様子が垣間見える部分があり、同時に思ったことを自由に漏らした感じの文章がそこかしこにちりばめられている。
(3)いいですねぇ、この細密描写! 生活感覚があふれている。臨場感といいますか、権兵衛はたしかにそこにいた。(P273)
(1)これは、もう、どうにも訳しようがない。lachar dun bon mouto leboeuf xxxviij ftokaitiru、これはたぶん「羊の上肉一頭分、牛一頭分」ということだろうと思う。 まあ、とうぜん牛は並みでしょうねえ。(P350)
しかしながら、注釈・校中をきちんと読み進めていくと、本文よりも多くの情報が手に入るので、重要な資料だったりもします。
また、巻末と表紙にはパリの地図が描かれています。
当時の雰囲気をどうしても知りたい!という人にのみ勧められる1冊です。
間違ってるかも知れない補足…
『スウェーデン女王蔵書1923番写本』とは…
その存在が確認されている現時点で最初所有者はフランスの人文学者Claude Fauchet(1530-1601)で、彼の蔵書として確認されている。
それが時代と共に回りまわってスウェーデン王家に売却され、スウェーデン女王クリスティーナ(Kristina)へと寄贈されたことをちなんでか『スウェーデン女王蔵書1923番写本』と呼ばれている。
スウェーデン女王クリスティーナについて…
彼女は睡眠時間を削り読書をしたり、芸術品を収集するわ、王位即位(1650年)してから翌年に「退位します」と言い始めたり、その数年後にも議会で「やっぱり退位する」と宣言。
そしてそれまでに収集していた芸術品をもってローマへ旅行したかと思いきや、カトリックえ改宗し(父親が新教徒だった)、豪遊した日々を送る。
かと思いきや、突然スウェーデンに戻って「私には女王としての財産権があるはず」と良い始めたり、かなり破天荒な生き方をした女王。
そんな彼女が寄贈した『1923番写本』の全訳に挑み、さらには先駆者であるAlexandre Tuteyによる校中本『Journal d'un bourgeois de Paris』に対しても考察を交えつつ、そちらとの照合を容易化する工夫も凝らされている、好きな人にはたまらない1冊である。
逆を返せば好きな人以外には決して薦められない1冊である、続刊はよ。
この原典となる『日記』の筆者について、同著者 堀越 孝一が『「スゥェーデン女王蔵書1923番写本」の筆者について』という題で考察した文章がCiNiiにて閲覧することができるので、興味がある方はぜひそちらにも目を通していただければと思います。