第3回 パンを「白パンと黒パン」の2種類しか描写していない貴方へ
本題:パンの文化史
出版社:講談社学術文庫
著者:船田 詠子
値段:1150円+税
お薦め度 4
一言紹介
「パン1つで風土を推測・表現できるようになります」
「パン屋にいけばあらゆる国のパンがあるというのに、日本にはパンの文化史に関する資料が全くないではないか!」
という思いが作者を動かし、世界中を旅し、資料を集め、先人達と交流し、ただひたすらにパンにまつわる内容をまとめ上げた1冊。
まずは『パンの分類』からはじまり、『発酵の原理について科学的知見』『粉挽き』『各種のパンの焼き方』『昔ながらのパンを焼くための工程』『その保存方法』『十字模様について』『伝承や祭に関する事』、そして『パン屋に纏わる逸話や法律』などなど、終始パンについて語られる。
パン窯の種類や当時のパン焼きのための工程の時系列、パン種の造り方など、ただのパン作りの本では決して載らないような情報も幅広く記載されています。
個人的なお薦めは童話『ヘンゼルとグレーテル』の魔女をパン窯へ入れるシーンについて
「しかしパン焼きの実際を知らないと読み解けない要素も含んでいる。そのため、これまで多角的に研究され尽くしているかのように見える「ヘンゼルとグレーテル」も、この場面については論じられることがなかったのである。」(P232)
として始まる考証がお薦めです。
また、風土にあった焼き方や調理器具なども解説があるため、ただ悪戯に「やわらかいパン」「かたいパン」を登場させるのではなく、「この地方の風土としては無発酵パンがあってるな」「遊牧生活を送る人だから中華鍋みたいな調理器具にしよう」など、細かい描写に力をいれることができる。
値段が文庫サイズで本文290ページに対して1150円+税別は割高に感じるが、今後紹介する資料の中では比較的安い部類であり、その価格分の内容は書かれている。
惜しむらくは本書ではパンの定義を
1.生の穀物を
2.粉にする
3.水でこねる
4.焼く
5.焼きあがると固形物になる
(P28)
と、範囲を狭めなければならなかったこと。
これによりクネドリーキのように茹でたパンや蒸しパンなどが除外されてしまう。
もちろん筆者はその定義のすぐあとで「焼く・蒸す・揚げる・茹でるなどの調理法」があることについてもきちんと触れている。
そして定義をあえてきつく縛った理由として「このようなヴァリエーションを加え始めると、もう究極の境界ははっきりしなくなる(P28)」としている。
そこまで広げてしまうと、いつまでもたっても内容をまとめきることができないため、(恐らく)泣く泣く前者のような「ごく狭い意味でのパンの定義」(P27)にしたものと思われる。
しかしそうなるとこの本のタイトルは『焼いたパンの文化史』となるべきだったのかもしれない、という無粋な突っ込み。
なお、ただイタズラに「小麦粉で練ったものを茹でる」をパンに分類すると『パスタの定義(デュラム小麦のセモリナ粉と水だけで作ること(パスタ法律580条)』、または「小麦粉製品≒麺」という中国での考え方と競合することになる。
そういった事態を防ぐためにも仕方のないことだと思うが、いつか「無差別級に広いパンの定義」に合わせて造られた「パンの文化史 完全版」が読んでみたいものである。
お薦め度を4とした理由は『焼いたパン』に限定されてしまったというただ1点からだが、それ以外は満足して読めた1冊。