苦労
例の料理は本当に食べなくてよかったと思うが、
身代わりになった円方に対して罪悪感を感じるのも事実だ。
「円方、大丈夫か」
「まだ気分悪い」
「いや、本当にすまんかった」
「うん、とりあえずほっといてくれ、口開くと出そう」
あの液体の正体は、黒い炭酸飲料を煮詰めたものらしい。
溶けていたものが出てきただけ、と思ったら間違いだ。
底のほうは溶けていたものが出たあと、焦げてくるのだ。
結果、苦さと甘さと香料、そしてねばついた食感が残る。
嫌がらせ以外の何物でもない。
その後円方は何かに気づいたような顔をして、独りでにどこかへ行った。
というか、あれから前宮の姿が見えないのだが…
もしかして食べさせられることを恐れて逃げたのだろうか。
僕がいうのもどうかとは思うが、卑劣だ。
扉の開く音が聞こえた。
入ってきたのは今までにないほどすっきりとした顔の円方だった。
日は沈みかけていた。
「寝る所を貸してもらえるんなら今のうちに行っとかないとな。
そろそろ殺人犯が動き出すかもしれない」
ということで、限りある荷物を持って、豪邸に向かった。
玄関口を出たら、右に前宮が居た。
夜鬼の宣言どおり、土に埋められていた。
――豪邸入り口
「話には聞いていたが…でかいな」
「もうじき佐々さんもくるんじゃないでしょうか」
噂をすれば影がさすというものだが、ちょうど佐々さんが正面階段から降りてきた。
「ずいぶん遅いお帰りで」
「あ、どうも俺は夜鬼裕二といいます、タメ口でもよろしいでしょうか」
夜鬼裕二。
自称スルースキル検定二級である。
「別にいいわよ、こっちも必要に応じてタメ口きくから。
で、そこの人達は?」
「円方です、よろしく!予想以上にメイドさんですね!」
「前宮です!よろしく、さささ!」
「なぜいきなりあだ名なのかとか、なんで服に土が付いているのかとかはあえて聞かないでおくわ」
それより間張さんの名前を聞いておくべきではないのか…?
「とりあえずこちらへどうぞ。逞様がお呼びです」
――二階・会議室
そう言って案内されたのは堅苦しい雰囲気たっぷりの部屋だった。
で、中になんかいる。
「よくぞ来てくれた」
巻き毛。声は少し低くしているが、どう考えても丘本だ。
「これより第一回緊急会議を始めるで」
それに低い声で呼応したのはやはり夜鬼だった。
「あなたが丘本理事会長ですか」
「え……ああ、そうや」
「私はこの地区を担当している臨時教授の夜鬼だ、よろしく頼む」
「ああ」
ふたりは互いに握手を交わした。
それ以外の人は目を丸くしていた。
まあ、僕は見慣れているからなんともないのだが。
だが、丘本が驚くのはここからだろう。
「らしいから入って」
急に元の声に戻る。
夜鬼裕二。
本気を出せば二オクターブぐらい声を低くできる。
なんとも微妙な空気の中、これからのことについて話すことになった。
が、昼から特に新しい情報も得られなかったため、
目新しい話題といったら魔法のことぐらいか。
「そういえば、魔法のことは原樫から聞いたか?」
「ああ、それなんやけど…佐々のはわかりやすいんやけど俺のがわかりにくくてな。
目つぶったときに人の頭があるあたりが赤く見えるねん」
「何に使えるんだろうな、それ」
「で、さささはどんな魔法なんだ?」
真剣な雰囲気の中、あだ名で切り込めるのが前宮の利点でもあり、欠点だとも思う。
「わりと役立つかもしれへんで。
佐々。」
そういって丘本は手を叩いた。
「はい、どうされましたか」
すぐに佐々が入ってきた。
漫画とかでしか見られない光景が今目の前で繰り広げられていることに少し感動する僕だった。
「こいつは記憶力が完全になったとか。
極端なんでいいから試してみ」
「佐々、今から言う数字を覚えろよ。
20304815424786821273515
はい、言ってみろ」
「20304815424786821273515」
「なるほど。ちなみに思い出す能力のほうは?」
「そっちも完全だと思います」
「じゃあ、円方が話している最中に俺は何回足を上げた?」
「四回」
「完璧だな。
魔法の話を聞くついでで殺人犯を見つけようと思っていたんだが…
腐敗させられるような魔法を持ってて犯行をしそうな奴いないからな。
犯行の可能なやつはこの中にはいない、ということか」
「ちょっと待てよ夜鬼、丘本の魔法の証明ができてないじゃないか」
「ん…ああ、確かにそうだな。
まあでも、あくまで持論だが、天然パーマに悪い奴はいないぞ」
そんな直感で判断されてもな。
一応検証はしておくべきでしょう、と美沙原が言う。
「冗談はさておき、ちゃんと考えはあるんだ。
お前らが戦ってきたときこいつはやってきたわけだが、なんで来たかわかるか?」
「音を聞きつけて、とかではないでしょうか」
「違うな。
第一、大きい音が出るような戦闘はしてないし、そんな騒がしくしてたわけでもないだろう。
機械が壊れている中で侵入者がいることに気づけたんだ。
そういう魔法だ、っていうことはわかるだろ。
それがどうやったら腐敗させられるような魔法とつながるんだ?」
「ぐぬぬ...」
「さすがやな、俺の助手にしてやってもええで」
「お断りだ」
夜鬼裕二。
推理ゲームの真犯人を冒頭で言い当てることが多々ある。
「まあ、そういうわけで、この中には犯人らしき奴はいない。
安心して休めるってわけだ。
ということで、部屋はどこのを借りれるんだろうか」
「ああ、三階から図書室あるって聞いてるやんな。
別の階段から登ったところに泊まるのに丁度いい部屋あんねん。
案内したげて」
「はい、かしこまりました」
この台詞もなかなか聞けるものではない。
「ついてきてください」
そういって着いたのは、まんまホテルだった。
――三階・廊下
「なんかこういう変わった構造の部屋って結構な頻度で推理ものに出てくるよな」
「わかる、しかも大抵トイレがないんだよな」
そういう観点で見ているのは夜鬼ぐらいだろう。
「トイレはあっちのほうにあります」
それに生真面目に返す佐々さんも如何なものなんだろうか。
「部屋は好きに決めてください。
鍵は渡しますから、絶対になくさないでください」
「図書室行くかもしれないんで貸してください」
円方って本読むんだなあ、というか
ここにフラグが立った。
さて、部屋はすぐに決まった。
階段に一番近い301は円方。一番が好きらしい。
302は美沙原。本人曰くラッキーナンバーだそうだ。
303は前宮。余ったところで階段に近いところがいいらしい。
304は僕。まあ、余ったからだが。
305は夜鬼。トイレに近いからだそうだ。
飛んで310は間張。静かなのと端がいいらしい。
「じゃあ、晩御飯が用意できましたので、食堂に案内しますね」
――二階・食堂
「さあ、お召し上がりください」
そういって用意されていたのは旅館に泊まったときに出てくるような立派な料理だった。
十種の野菜の前菜、光り輝く吸い物、肉は霜降り。
皆言葉を忘れてがっついていた。
二人を除いて。
「佐々さん、一応非常事態だから食料の消費をおさえたほうがいいのではないでしょうか」
美沙原と佐々さんだ。
「いえ、使ったほうがいいんです。
料理の質が下がると逞様の機嫌がかなり悪くなりますから」
「でも生き延びることを考えたら…」
「それを決める権利はあなたにはありませんよ。
この家の持ち主である以上私達には従ってもらいます」
「…そうか」
それから一口食べてからというものの、美沙原も一言も話さず食べ始めた。
外は常闇だった。