壊死
「こりゃひどいな」
細く、白い足。
繊細な手に美しいつめ先。
天使を思わせる綺麗な白いドレスは風に揺られ、優雅に舞っている。
瞳は淀みなく、そして澄んでいた。
この女性を見れば誰もが目を奪われるだろう。
生きていれば。
横たわったその体には血が乾いた赤黒い色があり、傷がつき、辺りは汚臭に包まれていた。
その顔からは苦しみが直に伝わってくる。
その死体に夜鬼は何のためらいもなく触れる。
「まあ、どう見ても餓死とか自殺ではないな。
この痣とか捻った跡からして怨恨による殺害か…
結構えぐいけど皆大丈夫か」
「かろうじて大丈夫です」
そうはいうものの、美沙原は吐きそうになっているのを必死になって抑えているように見える。
「それよりも、なぜ左足だけ腐っているんでしょうか」
「さあな。
というか…こいつかー」
「何か知ってるんですか」
「あー、なんて言ったらいいかな、成績もいいし、見た目もご覧のとおりいいわけだが…」
「嫉み、か」
「あー、それそれ、ここまで出かかってたんだがな」
そう言いながら手を鼻のところまで上げる。
それもう口から出るのでは?というつっこみはあえてしないでおこう。
それにしても、ここまで徹底的にされるほどの動機が犯人にあったということになるが、
果たしてそれは嫉みだけだったのだろうか?
「どーした原樫、そんなに見つめて。タイプなのか? 」
「なんでそうなる」
とはいえ、こういう子が彼女ならいいなあ、などとは思っていた。
「ひととおり見てみましたが、特になんもないですね」
「そうだな、ずっと死体を触ってても何にもならないから、一旦帰るか。
そろそろ前宮も落ち着いた頃だろ」
そう、死体を発見した前宮は錯乱状態になっている。
円方と間張になんとかしてもらうように言ったんだがどうなったか…
「今戻った」
「ユージー!!暇だったよ、遊ぼう」
どうなったんだ。
さっきまで死にそうな顔をしていたはずだったが…?
「その前にするべきことあるだろ」
「あ、ごめんなさい、玄関土足で上がって」
「謝罪じゃない、自己紹介だ」
「え、人増えたの。あ、ほんとだ」
こいつの目が節穴だということはよく覚えておこう。
「僕の名前は前宮 正史。特に言うことないかな」
身長がやたらと低いことは気にしないとして、動揺しやすいとか他にもいうことはあると思う。
「そっちの名前は?」
「あ、僕は原樫です」
「なるほど、よろしくカッシー」
ついでに馴れ馴れしいことも自己紹介に入れるべきだな。
「で、本題だが、死体に関してだ。
状況からして殺人だ。
死体の損傷として大きく見られるのは打撲跡、そして…」
「壊死した跡ですね」
「そう、左足全体に広がった跡だ。
しかし、だ。
あいつを最後に見たのは昨日。
その時にはそんな跡はなかった。
殺害するとしたら、そんな悠長に腕を圧迫したまま小一時間ゆっくりするはずがない。
となると…この流れで魔法だろうな」
「魔法の内容は…細胞を破壊するとかでしょうか」
「それもわからん。
皆の魔法の内容からするとそんな狭い用途の魔法があるとも考えづらいからな。
放射線を出すとか酸素を消すとかそういうものかもしれない」
なんかのんびり推理しているが…
「それってこの辺りに犯人がいるってことだよな?」
「な、なんだってー」
夜鬼がわざとらしく驚く。
「冗談はさておき、」
冗談じゃない。
しかしまあ、他人ごとみたいに感じるのも事実だった。
こんな状況になぜか現実味がわかないのだった。
「犯人の動機がわからない以上、こっちを襲ってくる可能性も否定できない。
そこで、見張りをつけようと思う」
「おー、いいんじゃないか」
「円方、その間危険だからサッカーは禁止だ」
「ちょいまち、いまの取り消し」
「無効だ。それと食事についてだがいくら余裕があると言っても、
ここにあるものだけだといずれ尽きる。
探索して探す必要があるだろう。
ということで、これだ」
夜鬼がそう言って取り出したのはくじだった。
えらく準備がいいな。
ちなみにここまで間張さんは一度も言葉を発していない。
「六本中一本が赤色で見張り役、三本は黒で探索役な。
さあ、引け」
そうして半ば無理やり引かされると、見張り役は前宮になった。
「前宮、一応言っとくが、さぼったら穴に埋めるぞ」
「こんな深刻な状況でふざけると思われるほど信用されてないのか…」
僕は美沙原、円方と共に探索することになった。
「とりあえずあのやたらと大きい建物を探索するか」
「そうしましょうか」
「おっけー」
聞き分けは良いので団体行動には困らなさそうだ。
そして残った二人、夜鬼と間張はただひたすら漫画を読んでいた。
「言っとくがさぼりとかじゃないからな。
ごはんの調理はするからな」
どう考えても楽しているような気はするが、くじで引いたのだから仕方ないだろう。
僕たちは各自倉庫からおやつになりそうなものを持ち、集会所を出た。
――集会所入り口
前宮は月曜日が始まったときのような顔をしていた。
「見張りって言ってもやることないしなー、こんな棒ひとつで不審者に勝てる気もしないし」
――豪邸入り口前
「……でかいな」
「ですね」
「だな」
遠くからはその建物の高さが目立っていたが、近くまでくると敷地面積も尋常じゃないことがわかる。
「入るか」
「ですね」
「だな」
まとまっているのはいいのだが、少しはなにか違うことを言って欲しい。
扉の大きさも月並みではない。
なんなら、開ける壁、と形容してもいいぐらいだった。
「おじゃまします」
そう言って壁を開けると共に腹に響くような重い音がした。
中は不気味なほど静かだった。
「誰かいませんか」
そう言っても、響きさえしない。
「どうしたもんですかね」
「誰もいないんだったら勝手に入っていいんじゃないか?」
玄関らしきものはなく、洋風の構造になっているようだ。
広間が正面にあり、その中央へと足を進めた。
と同時に風を切る音がした。
耳のすぐ横を何かが横切った。
カンッカラカラ…
「前から来ます!」
再び前を向いたとき、"それ"はすでに目の前にあった。