迂鈍
「ここに来てから魔法が使えるようになった。」
原樫はそれを聞いて様々なことが頭を駆け巡った。
自分は試したのに出来なかった。
それに対し、夜鬼は魔法を出せ、それが有効的に使える。
つまりこれって、夜鬼が主人公で自分はただの良き友人というだけの立ち位置。
もしこれが漫画とかアニメだったらすぐ殺される、そんな立ち位置ではないか?
そんなことを考えていたが、しばらくした後にこれだけ言った。
「マジか」
「落ち着け、目が泳いでるぞ。とりあえず、そんなことより今夜をどう凌ぐか考えないか?」
「あ、ああ。無警戒で寝るのもあれだしな、見張りを交代制で回すか」
「じゃあ、そうしよう。
俺、今めちゃくちゃ目が冴えてるからそっちが先に寝てていいぞ。
眠くなったら交代な」
「わかった」
若干悪く思いながらも、横になると原樫は一瞬で眠りについた。
警察らしき人々が道を歩いているのが見える。
サイレンが大きく鳴り響いて、しばらくしてから鳴り止んだ。
(速報です上近畿区内の――)
(で猟奇殺人事件――)
(被害者は当時小学校三年生の村鷺――)
(はまだ見つかっておらず――)
突然テレビの電源は切れた。
「…また夢か」
僕が小学校三年生のころ、テレビで放送されていたニュースだった。
学校は近く、同年代ということもあり、かなり印象に残っていたんだが…
「捕まらなかったな、結局」
夜鬼が心を読んだようにそう言う。
「寝言が聞こえてた。気をつけろよ」
何をどう気をつければいいんだろうか。
「あれから眠気が全くといっていいほど来なくてな。貫徹だった」
普段どういう生活をしているのだろうか。
昨日聞きそびれた質問でもするか。
「そういえば、ここどこかわかるか?」
「うーんと、全くわからんな」
自信満々で言う。何故。
「食料とかは大丈夫なのか?」
「それに関しては全く問題ない。集会所らしきところに寝床から何から全部ある」
「おい、昨日なんでそこを紹介しなかった」
「なんとなく」
夜鬼裕二。
気分屋である。
「それじゃあ、そこに行こうか。瞬間移動するから俺に乗ってくれ」
「掴まるだけとかじゃだめなのがいやに現実っぽくて嫌だな」
とはいいつつも僕はわくわくしながら背中に乗った。
瞬間移動するときの見え方はどんなものなんだろうか。
どこかのアニメで見たように視界が歪むんだろうか。
「いくぞ、しっかり掴まっとけよ」
それを聞いて、強く握る。
まばたきをしたその一瞬で周りの風景はいつの間にか変わっていた。
なんていうか、こういうところも夢がないな。
着いたのは横長の一軒家。
表札には、緑村集会所、と書かれていた。
「入るぞー」
そう言う夜鬼についていき、広い部屋につくと中には同年代くらいの人が何人かいた。
「おお、帰るの遅かったな。なにか収穫は?」
うつぶせになっていた男がそう言うと、
夜鬼はいきなり大きく息を吸った。
「ボロい小学校があった、あと、こいつ小学校のころの同級生、インターネットとかからの雑学は無駄に覚えるくせに社会とか覚える種類の勉強が苦手っていうちょっと変わってる人だ、ちなみに超能力はないっぽい」
お得意のマシンガントークだ。
だがそれ一息で言う必要あったんだろうか。
あと、お前に変わってるとは言われたくない。
夜鬼裕二。
小学校6年生の時に数学検定1級に満点合格するというくらいの脳を持つ天才。
また、親戚に武道を教えている人が多いらしく、居合と剣道などの武芸にも長けている。
そんな感じでチート性能の男だが、すごい変人である。
休み時間中に唐突に踊り出す(しかも誰も知らないものを)、
夏休みの自由研究はオイラーの定理を証明したものをプリントで提出するだけ、
シャーペンは使わず鉛筆を絶対使う。
とりあえずやりたい放題やっているが、誰にも迷惑をかけない。
そんなヤツである。
原樫が天才なら、こいつは奇才というべきだろう。
うつぶせになっていた男は飛び上がって自己紹介を始めた。
「円方瞬、十三歳、サッカーが三度の飯より大好きで、勉強は雑巾のにおいより大嫌いで全然できない、ここにきてから空中をすごい速さで跳べまーすなので移動とかに役立つかも」
対抗心はかなりあるようだ。
「間張 奈野香。」
その隣の漫画を読んでいる人はそう言いながらも決して目線をこっちに移さなかった。
「本当に間張なのか?」
円方が寒いダジャレを言うと間張さんは舌打ちで返事した。
「えーと、美沙原 純です。
純って呼んでください。
勉強は月並み、ここにきてから空中に浮く水玉をあやつれます。」
そう言ったのは壁に寄りかかって座っていた男だった。
唯一初対面の人に敬語を使う美沙原は少し大人びて見える。
「それより、あいつはどこいった。また物陰に隠れて驚かそうとしてるとかじゃないだろうな」
そう言う夜鬼には少し苛立ちの表情が見て取れた。
「暇だとか言って、抑止を振りきって外に行きました。いつ帰ってくるかはわかりません」
「…あとで一発殴っとくか」
この中で原樫だけはその人物を見たことがなかったが、その人格は容易に想像できた。
「探しにいくのも面倒だが、あいつの魔法は役立つからな…」
「それよりも夜鬼、僕こんなに魔法使える人いるなんて聞いてないんだけど」
「そりゃ、言ってないからな」
それはそうだが。
しばらくした後、夜鬼はこう結論づけた。
「待つか」
「じゃあ夜鬼、食料とかの場所とかを教えてくれないか」
「あ、そうだな。すっかり忘れてた」
原樫は、こいつこんなに抜けていたかな…?などと思いながら夜鬼についていった。
台所。
なかなか機能は充実しているようで、見たこともないような道具も目に入る。
自分のものでもないはずなのに、夜鬼は得意げに説明を始める。
「これは電子レンジだな。見た感じ普通のやつとそんなに変わりないように見えるが、横のボタンを押せば、かなり専門的な設定を行うことができるから、これで料理とかを作れば、プロ並の料理ができるはずだ、そして…」
そこまで話したときだった。
「誰か!誰かきて!」
扉を勢い良く開ける音と同時に何者かの悲鳴が聞こえた。
玄関までいくと、これもまた同年代くらいに見える男がひざまずいていた。
「お帰り、前宮。どうした」
そう言う夜鬼は何かのドッキリかしょうもないことだろうな、と思っていることが顔に表れている。
しかし実際は違った。
「これは、本当のことだ、嘘じゃない。いまそこに…そこに…」
それからしばらく間があった。
その前宮と呼ばれている人物が何度も言葉を反芻しているのがわかった。
そうしてつばを飲み込み、次に出た言葉は原樫が思っている以上のものだった。
「死体があった」