わがまま王女と時の魔女
昔々、ある王国にとてもわがままなお姫さまが暮らしていました。
お姫さまは、誰かに嫌な事をしても謝りもせずに、知らん顔。
誰かに優しくされても、お礼も言わずに、知らん顔。
そんなある日の事、お姫さまは、お城の廊下を歩いている時に、ひとりのおばあさんとぶつかってしまいました。
おばあさんは転んで、とても痛そうに腰をさすっています。
「ここは、私のお城よ。だから、私に、ぶつかるあなたの方が悪いのよ」
お姫さまは、そう言って、おばあさんの横を通り抜けようとしました。
「やれやれ、噂通りのわがまま王女だね。こんな娘が、女王になったらこの国は終わりだよ。そうだ、お前さんには、ずっと終わらない一週間を繰り返してもらおう。そうすれば、そんな不安ともおさらばできるってものだろう?」
そう言うと、おばあさんは魔女の姿になって、杖を一振りしました。
なんと、おばあさんは時間を自由に操る事のできる魔女だったのです。
そして、お姫さまは、きらきらとした光に包まれて眠ってしまいました。
お姫さまが目を覚ますと、お城のベッドの上でした。
変な夢だったなあと、寝ぼけた頭でお姫さまは思います。
若いメイドが起こしに来て、お姫さまの一日が始まりました。
その変な夢を見たあとも、お姫さまの暮らしは変わりません。
月の日が過ぎて、火の日が過ぎて、水の日の事でした。
若いメイドが、お姫さまの大事にしていたオルゴールを、誤って落として、壊してしまいました。
お姫さまはもうカンカン。
泣いて謝る若いメイドを、寒々とした雪の中、お城から追い出してしまいました。
そして、木の日が過ぎ、金の日に過ぎ、土の日過ぎ……、太陽の日の夜を迎えます。
お姫さまは、ふと、今日であの変な夢を見て、一週間が経ったことに、気が付きました。
「そういえば、あの変な夢は何だったのかしら。今日はおばあさんなんて一度も見ていないし、やっぱりただの夢だったのね」
そして、お姫さまは、眠りにつきました。
お姫さまが目を覚ますと、いつものベッドの上でした。
若いメイドが起こしに来て、お姫さまの一日が始まります。
「ちょっと待ちなさい。あなたは先週、私の大事なオルゴールを壊したから、お城を追い出したはずよ」
そうです、お姫さまを起こしに来たのは、お姫さまのオルゴールを壊したメイドだったのです。
「いいえ、王女さま。私はオルゴールなんて壊していません。お城を追い出されてもいません」
「嘘おっしゃい、そこのオルゴールを壊したでしょう?」
そう言って、お姫さまは机の上を指差します。
すると、そこにはお姫さまの、壊されたはずのオルゴールが、変わりなく飾られていました。
「きっと、外側だけ直したんだわ」
お姫さまは、オルゴールのネジを回します。
オルゴールからは、いつもと変わらない、美しい音色が流れ出しました。
「どう言うこと? これはお母さまの形見で、世界に一つしかないのよ」
このオルゴールは、お姫さまの小さい頃に亡くなった、王妃さまが、お姫さまの為に、特別に作らせた一点ものだったのです。
お姫さまは不思議に思いましたが、こうしてオルゴールが無事な以上、メイドに何もいえません。
気のせいと言うことにして、そそくさと遊びに行きました。
月の日が過ぎて、火の日が過ぎて、水の日の事でした。
若いメイドが、お姫さまの大事にしていたオルゴールを、また、誤って落として、壊してしまったのです。
「二度も壊すなんて信じられない! 今すぐ、私のお城から出て行きなさい!」
お姫さまはカンカンです。
「許してください、王女さま。お掃除をする時に、落としてしまったのです。この寒い雪の中、追い出されてしまったら、死んでしまいます。許してください、どうか、どうか……」
メイドは、涙を流して謝ります。
「あなたがどうなろうが、しったことではないわ。今すぐ出て行きなさい!」
お姫さまは、メイドを許さず、寒々とした雪の中、お城から追い出してしまいました。
そして、木の日が過ぎ、金の日が過ぎ、土の日が過ぎ……、太陽の日の夜を迎えます。
お姫さまは、この一週間を振り返りました。
思い返すと、先週とほぼ一緒の出来事が起こっていたのです。
「やっぱり、気のせいなんかじゃないんだわ。あのおばあさんの言っていた事は本当みたい。……だったら、私にも考えがあるわ!」
お姫さまは、悪戯を思いついた時のような笑顔で、ベッドに潜り込みました。
お姫さまが目を覚ますと、いつものベッドの上でした。
若いメイドが起こしに来て、お姫さまの一日が始まります。
「あなた、明日からこなくていいわ。今日中に、荷物をまとめて出て行きなさい」
お姫さまは、おはようの代わりに、メイドにそんな事を言い出しました。
「王女さま、どうしてそんな事をいうのです。私は何も悪いことはしていません」
若いメイドは、今にも泣き出しそうです。
「これからするのよ。わかったら早く出て行きなさい。兵士を呼ぶわよ」
お姫さまは、冷たくメイドを突き放します。
若いメイドは、涙を流しながら、寒々とした雪の中、お城をあとにしました。
「これでもう大丈夫。あとは、一週間めいいっぱい楽しみましよ」
そうです、お姫さまは繰り返す一週間を贅の限りを尽くして、楽しむことにしたのです。
毎日、美味しいものを食べて、飲んで、買い物だってし放題。
だって、一週間経てば元通り。
こんなに楽しい事はありません。
太陽の日が終わる頃、お姫さまは、満足して眠りにつくのです。
ただ、何故かオルゴールは何もしていないのに、音が出なくなっていました。
お姫さまを起こしに来た、若いメイドを挨拶代わりにお城から追い出して、お姫さまの一週間はまた始まります。
今回は、占い師の真似をして、みんなの注目を浴びました。
この一週間の出来事なら、何でも知ってるお姫さま。
百発百中の占いに、みんなは驚き、大喝采。
お姫さまはとてもいい気分。
太陽の日が終わる頃、お姫さまは、満足して眠りにつくのです。
ですが、やはりオルゴールは何もしていないのに、音が出なくなっていました。
そんな事を何回繰り返したでしょうか。
そのうちお姫さまは飽きてきてしまいます。
ある週の始まり、お姫さまはお城の外に、遊びに出かけました。
そこで、同じ年頃の女の子と出会います。
「いいことを考えたわ。次はこの子と友達ごっこをしましょう」
お姫さまは、今まで友達を作った事がありませんでした。
だって、人付き合いは面倒くさいし、気を使うなんて疲れるだけ。
だけど、ここは一週間だけの世界。
傷つけて、ケンカしても、次の週には元通りです。
時には友達として、時には家来のように、女の子と友達ごっこを続けます。
女の子はとてもおとなしい子だったので、お姫さまの言いなりです。
ですが、傷つけるたびに、一週間を繰り返しても、女の子の態度は段々と、よそよそしい物になっていきました。
そしてある時、とうとう女の子は、お姫さまの顔を見るなり、逃げ出したのです。
お姫さまは逃げる女の子を捕まえて尋ねます。
「どうして逃げるの。私は何もしてないわ。あなたと会うのは今日が初めてでしょう?」
「いいえ、お姫さま。私はあなたを知っているの。覚えてないかもしれないけれど、先週もその前の週も、一緒に遊んだもん。そしてこの頃、私はお姫さまの事が怖いの。意地悪ばかりしてくるから」
女の子の答えに、お姫さまはたいそう驚きました。
「あなたは、私のことを覚えているのね。先週もその前の週の事も覚えているのね。すごい! これって奇跡だわ」
お姫さまは、大喜びで女の子の手を取りはしゃぎます。
そして、自分が女の子に取っていた態度を恥じて、初めて謝罪の言葉を口にしました。
女の子はそれを笑って許してくれました。
それからというもの、二人は本当の友達になって、おもしろおかしい毎日を過ごします。
一週間しかない世界でも、二人でいれば、そこは永遠に続く世界のように思えました。
ある太陽の日の事です。
オルゴールが何もしていないのに壊れてしまうという話から、お姫さまがいつもお城から追い出している、若いメイドの話になりました。
女の子はその話を聞いて悲しそうな顔をします。
「そのメイドさんはきっと悪くないよ。お城から追い出してもオルゴールは、壊れてしまうのでしょう? だったら、オルゴールはどうやったって壊れる運命なんだよ。可哀想だから、もうそんな事はやめようよ」
「壊れるのと壊されるのは大違いよ。そもそも、あのメイドが一番初めにオルゴールを壊したせいでずっと壊れるのを繰り返しているんだわ。オルゴールが壊れるのが運命なら、あのメイドが追い出されるのも運命よ」
お姫さまも、女の子も譲りません。
二人の言い争いは段々と激しさを増します。
「そんなの間違ってるよ。あなたみたいなのを、わがままって言うんだよ」
「私がわがままですって? わざわざ仲良くしてあげてるのにえらそうに! あなたなんか大嫌い! 顔も見たくないわ!」
お姫さまの言葉に、女の子はひどく傷つき、大粒の涙を流しました。
お姫さまが、しまったと思ったときにはもう遅く、女の子はお姫さまに背を向けて、駆け出します。
お姫さまは、女の子の背中を、ただ見送る事しか、出来ませんでした。
月の日の朝になり、お姫さまは真っ先に、部屋を飛び出します。
女の子に昨日の事を謝るために、雪の降る街の中、女の子の姿を探します。
そして、いつもの場所で女の子を見つけました。
お姫さまは女の子に駆け寄り、抱きしめます。
「昨日は本当にごめんなさい! 私が、間違っていたわ。あなたは、私の大事な友達よ。だから、どうか許して」
けれども、女の子は戸惑いながら言いました。
「お姫さま、私を誰かと勘違いしているの? あなたと話をするのは今日が初めてだよ」
女の子の言葉に、お姫さまは驚き、目を見開きます。
「嘘よね? 意地悪ならやめて。私が悪かったから。あのメイドの事も許すわ。だから、だから……」
「ごめんなさい、お姫さま。あなたの言っていることが、よくわからないの。……私、もう行くね」
女の子は、お姫さまから逃げるようにその場を去りました。
お姫さまは、肩を落として力ない足取りでお城に帰ります。
「きっと、私が女の子を傷つけたから、罰があたったんだわ。いいえ、それだけじゃない。私はたくさんの人を傷つけて、それに対して何も思わなかった。私は、なんて浅はかだったんだろう」
王妃さまが亡くなって以来の喪失感に、お姫さまは心の奥からこみ上げてくる感情を押さえ切れません。
とうとう、お姫さまは、大きな声をあげて泣いてしまいました。
泣いても、泣いても、涙は止まりません。
悔恨の涙は、お姫さまの凝り固まった心を溶かしていきました。
そして、水の日になりました。
若いメイドが、お姫さまの大事にしていたオルゴールを、誤って落として、壊してしまいました。
若いメイドは、お姫さまに泣いて許しを請います。
お姫さまは、メイドに言います。
「あなたは少しそそっかしいのよ。もう少し気をつけて行動しなさい。……それと、今までごめんなさい。私はあなたにひどいことをしてきたわ。謝って許してもらえる事じゃないのはわかってる。だけど、それでも言わせてほしいの。ごめんなさい」
深々とメイドに頭を下げるお姫さま。
お城の人々は、その様子に驚きを隠せません。
だけど、若いメイドは、笑って一言言いました。
「王女さま、私には何のことだかさっぱりわかりませんが、許しましょう。あなたのしてきたこと全てをね」
若いメイドがパチリとウインクすると、オルゴールは逆再生するかのように、元通りになりました。
お姫さまは驚いてメイドに問いかけます。
「あなたはいったい何者なの?」
そう言って、顔を上げたときには、すでに若いメイドの姿は消えていました。
太陽の日の夜になって、お姫さまはベッドの中で、シクシク涙を流します。
「もう一度、あの女の子に謝りたい。だけど、明日のあの子は、私のことを知らない。私はもう二度と、あの時の事を謝ることができないんだわ」
そう思うと、悲しくて、悲しくて、涙が止まりません。
その時です、突然、窓がひらいて冷たい風が、お姫さまの部屋の中を通り抜けました。
お姫さまは、びっくりして窓の方を見ました。
すると、そこにはあの若いメイドが立っていたのです。
「あなた! 急に消えたと思ったらこんな所で何をしているの?」
「おやおや。王女さま、私が誰かまだわかっていないみたいですね」
そう言うと、若いメイドは杖を取り出して、一振りしました。
すると、メイドはみるみるうちに、魔女へと姿を変えたのです。
「私は、時の魔女。私にとって明日は昨日、過去は未来。王女さま、あなたの魔法は、もう解けました。明日からは、もう時を繰り返すことはありません。これからは、立派な女王様になるよう努力していくのですよ」
魔女はにっこりと、お姫さまに微笑みかけました。
「魔女……? あっ! あの時の!? ……あの時はぶつかってごめんなさい! あの……、一つだけお願いがあるの。私、ケンカした友達と謝りたいの。でも、その子はもう私のことを覚えてなくて、どうすればいいかわからないの」
そして、お姫さまはその時の様子を、詳しく魔女に教えました。
「ふむふむ。あなたの他にも、時間を繰り返している子がいたのですね。……私はその子を知っていますよ、王女さま。私の教え子のひとりでしょう。彼女は優秀なのですが、思い違いをよくするのです。おそらく、あなたとケンカする前に戻ろうとしたのでしょう。しかし、ケンカする前に戻っても今私の目の前にいるあなたと、仲直りする事はできません。あの子もきっと、あなたと同じ後悔をしています。そうですね……、オルゴールを鳴らしながら、眠りなさい。その音色をたよりに、ずれてしまったあなたとあの子の時間を、ぴったり合わせてあげましょう」
お姫さまは、魔女の言うとおりオルゴールを鳴らしながら眠りにつきます。
その優しい音色に導かれるように、お姫さまの意識は闇の中をふわふわと漂っていきました。
月の日の朝になり、お姫さまは目を覚ましました。
年配のメイドが起こしに来て、お姫さまの一日が始まります。
お姫さまは、お城のみんなに挨拶をすませたあと、お城の外に出かけました。
そして、お姫さまは、あの女の子を見つけました。
お姫さまは、ドキドキしながら、女の子に話しかけます。
「こんにちは。私の事……、覚えてる?」
女の子は、びっくりした顔をしています。
「お姫さまは、私の事を覚えてるの? 私とケンカした事も覚えてるの?」
「全部……、全部、覚えているわ! あの時は……、「ごめんなさい!!」」
二人の声が重なります。
「私、お姫さまと仲直りしなきゃいけなかったのに、ケンカした事を無かったことにしようとしたの。そして、やり直したら、お姫さま、私の事覚えていないって、ケンカもしてないって……。私、間違ってた。ケンカをしたら、無かったことにしちゃいけなかったんだ。ちゃんと、謝って仲直りしなきゃいけなかったんだ。ごめんなさい!」
「私の方こそ、ごめんなさい。あなたにひどい事を言ってしまった。明日、謝ろうなんて思って、結局あなたと、はぐれてしまったの。私は、二人の時間がずっと続くものだと、勘違いしていたんだわ。この瞬間を、大事にしなきゃいけなかったのにね。……私と、もう一度友達になってくれる?」
「もちろんだよ、お姫さま!」
そして、二人は手を取り合って、再会を喜び合いました。
例え、この先、この手が離れることがあっても、二人なら、また手を繋ぎなおすことができるでしょう。
さて、それからというもの、お姫さまは、ありとあらゆる人との出会いを大事にして、真心を持って接するようになりました。
やがて、お姫さまは国を治める女王さまになりました。
女王さまは誰からも愛され、王国はいつまでも平和であり続けました。
そして、その女王さまの傍らには、常に、一人の魔女が寄り添うようにいたのでしたとさ。