第三話 はじめまして
開け放たれた扉から、応接室の中の様子が見えた。
決して贅沢な装飾がほどこされているわけではなかったが、質のよい家具が揃えられていた。
派手な色でなく、落ち着いた様子の部屋から、屋敷の持ち主であるジャスティアの性格がうかがえる。
「さぁ、中に入って……皆さん、彼女が目を覚ましましたので、簡単にですが食事にしましょう」
そう言うとジャスティアは別の扉から厨房へと向かった。
「……さて、始めまして。無事に目が覚めてよかったわ~。アタシの名前はサーシャよ。それでこっちは」
「妹のマーシャだよん。よろしくねーん!!」
よく似た姉妹はふふふと含み笑いをして少女を見つめた。
「「あなたのお洋服を作らせてもらうわ」よーん!!」
少女は目を丸くして二人を見つめ、顔を綻ばせた。
「あ、笑った。笑うとさらに可愛い顔してるのね。私の名前はユノ・テリシスよ、よろしくね」
黒々として美しい髪の毛を後ろで三つ編みにした女性が微笑んだ。
「あ、あの、俺、ハルトって言います!!よろしくお願いします!!」
「馬鹿、お前が緊張してどうする!!まったく……俺はロイ・メタルハートだ」
黒髪の青年が慌てて自己紹介し、白髪混じりの金髪の男性がたしなめる。
ユノとハルト、ロイの服装が同じようなところから見て、三人は同じ組織にいるのだろう。
(そう、あのときのわたしと同じように。)
甦る記憶。
厭な臭い。迸る忌まわしきもの。
威圧的な、あの瞳。
「――ッ!!」
少女はいきなり激しい目眩を感じてよろけ、ソファーの縁にぎりぎり掴まって耐えた。
視界の端に皆が立ち上がるのが映る。
「大丈夫?」
ユノが手を伸ばすが、少女はそれを断って小さなソファーに座り込んだ。
頭を押さえ、無言で悶絶する少女を皆は心配そうに見守った。
やがて、少女は顔をあげると辺りを見回して、
「――――ごめんなさい」
初めて、か細くではあったが鈴のような声を発した。
ハルトがぴゅぅっと口笛を吹き、直後にロイに軽く殴られた。
「いった、隊長、痛いです…」
「駄目ね、ハルトはすぐ調子に乗るんだから」
「えええ、ちょ、ユノさぁん……」
ユノにも言われ、散々なハルトである。
そんな様子を見て安心したのか、少女がまた口を開いた。
「わたし、あの、あ……ありがとうございました」
たどたどしく、しかし言葉を発する喜びを味わうように、少女は言った。
「ごめ、んなさい。だいぶ昔に名前を捨てられてしまって、名前がありません」
「名前がないのん?」
すっとんきょうに聞き返したのはマーシャ。
少女は一つ頷くとまた黙ってしまった。
「随分と辛い過去を過ごしてきたようだな」
ロイがソファーに身を沈め呟く。
「だがもうそんな過去は思い出さなくてもいいさ。この街は色々な者が暮らしている。差別を受けることもない。名前だって考えてやることくらい造作もない」
「アタシたちだって、〈人間〉ではないけれど、この街はとても居心地がいいのよ」
「サーシャの言うとおりねーん!!マーシャもこの街が大好きよん」
だから、と姉妹は続ける。
「「あなたもここでなら自由に生きられる」わーん!!」
そんな皆の様子を見ながら、少女は心の奥底で、他人を拒絶していた。
(わたしといたら、どんな目にあうかわからないのに)
それはただの冷たい拒否と、傷つけたくないという優しさがおりまざった感情だった。
「―――さて、皆さん、夕飯が出来上がりましたよ!!」
突然の声に、皆が驚いて振り返った。応接室と食事をする部屋を繋ぐ廊下にでる扉からジャスティアが笑みを浮かべてこちらを覗いていた。
「こちらです。ついてきてください」
皆が立ち上がるのを待ってジャスティアは歩き始める。
立とうとしない少女を姉妹がなんとかなだめすかし、一同は食事をとった。
「ごめんなさい、私、料理だけはどうも苦手で…」
と申し訳なさそうにするジャスティア。「パンとチーズとスープくらいしか用意出来なくて」
それでも温かいスープは肌寒い夕方には心地よく、とろけたチーズはパンとの相性が抜群だった。
少女も、ちびちびとではあったが食べた。
「料理、苦手なんですね」
「そうなんですよ。あと、早起きと掃除ですかね」
「それでよく独り暮らしできてたねーん……」
「私も不思議です」
「「さすが…」」
苦笑する姉妹と、首を傾げるジャスティアの会話。
「……なー、ユノ。お前好き嫌い多くないか…スープに対して手厳しいぞ…」
「べ、別にそんなことないわよ!!嫌いではないわ。体が受け付けないのよ」
「アレルギーか?」
「いいえ。飲み込もうとしてもできないのよ」
「好き嫌いじゃんっ!!」
ハルトのスープボウルに人参やら何やらを移しながらユノが唇を尖らせる。
「た、たいちょぉ……なんとか言ってやってくださいよ」
「……好き嫌いはよくないぞ、ユノ」
「もー、隊長まで!!」
黙々と食べるロイだが、話を振られればきちんとかえす。
(みんな、いいな。あったかい家族みたい。本当に仲がいいのね)
少女は憧れの混ざった眼差しを向けて、パンをちぎっては口に運ぶ。
するとユノが少女の方に振り向き、
「あら、あなたちゃんと食べてる?あんまり減ってないようだけど…」
「……って何気なくその子のお皿に人参移すのやめろよ…」
「あっ、ばれちゃった?」
(やっぱり、仲がいい。すてきな、街)
温かい光景であった。
初めて投稿する作品なのでいまいち操作方法がわからず…(笑)
時々章とか変わってくる可能性があります。
あまりお気になさらずに…
こうするとできるよーっていうアドバイス頂けたら嬉しいですw