5話 異世界side 「ユーたんリコたん活躍見てたー?」
勇者自身は当然のことながら、勇者に見初められパーティに加えられた者にも畏敬の念は集まる。選ばれし存在には、やはり選ばれし者が集まるという理屈だ。
だからルリララを襲った傭兵達には厳罰が下る。街に来たばかりで彼女を知らなかった、などでは済まされない。『勇者至上』とはそういうことだ。
「ルリララ、話があるけどいいか?」
「なんだ勇者様」
エリシア城を出発して、ここはガタゴトと揺れる馬車の中。
腰巻を座布団代わりにし、骨を並べて尖り具合の点検をしているルリララに、優汰は声を掛けた。
「ユーたんもしかしてルリたんに告白するの!?」
「街で傭兵に襲われてた時のことなんだけど」
ヴァイスの茶々を無視して話を続ける。
「もっと穏便に出来なかったのか」
「穏便って、例えばなんだ」
「それは、話し合いとか……」
「ハッ!」
ルリララは鼻で嗤った。
「あんな連中に話し合いが通じるわけねーって。勇者様はお人好しが過ぎるっての」
「だけど街中で暴力沙汰なんて」
「殴って解決するのが一番楽だろう。それとも何か、アタシは黙って路地裏に連れ込まれろと? 冗談きついよ」
「そうじゃなくて……」
優汰は何かを言い返そうとしたが、止めた。
ルリララの反論はもっともだ。傭兵達には明確な悪意があった。もし絡まれていたのが気弱い女性だったら? 周囲に怪我人が出ていたら?
それらを考慮すると、ルリララの行動はむしろ讃えられるべきだろう。優汰も十分に理解している。ただ言わずにいられなかった、それだけだ。
沈黙。少しだけ気まずい雰囲気に包まれる。
馬車に揺られてもう六麻は過ぎただろうか。そろそろグヌヌェット村が見えてくる頃だろう。
優汰と莉子はいそいそと防具を身につけ始める。2人が着用するのは、獣皮を蝋で煮込んで硬化させたもの。いわゆるハードレザーアーマーと呼ばれるものだ。
金属鎧と比べ軽くて動きやすく、いざというときに逃走しやすいという利点がある。やや防御力に不安があるのと、臭いが強烈なのが玉にキズだが。
「コレ、臭いがキツいんだけど」
「申し訳ございません、我慢して下さい勇者様」
さっそく莉子から文句が出たが、同乗していた兵士はすまなそうに説得した。闘って勝つよりも、逃げてでも生き残ることのほうがずっと大事。それが2人の装備一式を用意したジルハの考えらしい。渡された武器もショートスピアやショートボウなど、軽くて扱いやすいものばかりだ。
「しょうがないって莉子、うおっ!?」
「ユーたん舌噛むよ」
とつぜん車体がガツンと跳ねた。急停止をした際に慣性で、思いっきり前に引っ張られて転ぶ。日本の整備された交通に慣れている優汰と莉子にとっては、あまり乗り心地の良いものではないかもしれない。
「痛っ、どうしたんだ」
「魔物さんだよ」
よろめきながら立ち上がる優汰に、ヴァイスはいつもの口調で答えた。
格子窓から外を覗く。すぐ目の前には粘土のような皮膚を持つ、奇怪な魔物が3体。そして骨ばった猿のような魔物が10体以上。優汰たちのいた世界の、どの動物のフォルムにも該当しない不気味な生物だ。その姿形から、目が離せない。
「どうだいユーたん、初めて魔物を見た感想は」
「いや……」
優汰はうまく口にすることが出来なかった。地球上の、どの生態系にも当てはまらない『魔物』という独自の種族である。純粋な悪意の結晶で、闘うために生まれてきたのだろう存在。その魔物たちは例えようもなくリアル且つグロテスクで、原初だった。
「おい莉子、大丈夫か?」
「うん……」
ルリララは心配げに莉子の背中をさすっている。なにやら相当に参っているようで顔は青い。
「ねえ、やっぱり今からでもお城に……」
「なんだ莉子」
何かを言いかけたがまた押し黙ってしまう。いつもの彼女らしくない歯切れの悪さだ。
「とりあえず片付けちゃおっかー」
「優汰、アタシ達の闘いよく見とけ。莉子は奥で大人しくしてろ」
そんな莉子の様子を察してか、やや気遣う様子でルリララは声を掛ける。
そしてヴァイスと一緒に幌の隙間から外に出た。よほど自信があるのかたった2人だけで、兵士の誰も連れていかずに。
「――――はっ!」
まず飛び出したのはルリララ。尖った骨を逆手に持ち、粘土皮膚の魔物たちに突進していく。
魔物はすぐさま爪を振りかざした。泥っぽい身体からは想像もつかない程に素早い動きだったが、ルリララにとっては静止状態と変わらない。一瞬のうちに次々と、魔物たちの手や足や角が切り刻まれていく。
背後をとって突き刺し、飛びあがって空中で身体をひねり、流れる動作で魔物を切り裂く。その様はさながらソードダンス。速さも鋭さも、傭兵とやりあった時の比ではない。数秒も経たないうちに、彼女の周りはぐずぐずの肉片だけとなった。
一方のヴァイスは剣を抜いたものの、ダランと腕を垂らしたまま構えの姿勢もとっていない。彼に襲い掛かるのは骨猿の魔物が10体以上。鋭い爪を振りかざし引き裂かんとしている。その獰猛かつ醜悪な姿を、ヴァイスは冷たい目で見据えた。
「時間もったいないし、さっさと消えてね。 ――――・・・・・・」
ヴァイスは詠唱を始める。魔の素養を持つ者にしか聞こえない特殊な声で。
持つ剣が冷気に包まれていく。なにかの比喩表現ではなく、氷塊が次々と剣を包み込んでいるのだ。辺りの気温が急激に下がって、木々の枝葉に霜が降りる。
巨大な氷柱の様になった剣を静かになぎ払う、それだけで勝負はついた。剣から発せられる冷気の波動で、骨猿の魔物たちはあっという間に凍りつき、砕け散った。
「ふん、全部片付いたな」
「ユーたんリコたん活躍見てたー?」
一瞬で終わった。比喩でも誇張でもなく、本当に一瞬で。
眺めていた優汰は声が出なかった。
ヴァイスとルリララがあまりにも強すぎて、唖然としてしまった。強い強いと聞いていたが、いざ目の当たりにすると何の言葉も出てこない。
正直なところ、優汰は2人の実力について半信半疑だった。ヴァイスの動きにくそうなローブにゴチャゴチャした装飾品と、ルリララの軽装備というには肌の露出が多すぎる衣装。どちらも優汰からすればおよそ戦闘用には見えない格好だ。
だが違った。これこそがヴァイスとルリララにとって、もっとも戦闘スタイルに合った装備なのだと、優汰は強く認識する。勇者パーティとして相応しい実力を、2人は十二分に兼ね備えている、それをしかと目に焼き付けた。
武器を納めて馬車に戻ってくる2人を、優汰は少し尊敬のまなざしで眺めていた。
「それじゃあここで、ヴァイス君のクイズコーナ~」
馬車に乗り込むやいなやヴァイスは、緊張感の欠片もないのんきな声で喋り始めた。ついさっきまでの戦闘の空気が一変する。ついでにまなざしが曇る。
「このコーナ~では~今さら他人には聞けない、魔物のあんな常識やこんな生態を、クイズ形式でどどんとお伝えしちゃうよ!」
「おい、いきなりクイズって」
「では第1問」
構わず続行する。ついでによく解からない決めポーズも。
「あの魔物たちはそれぞれ<土魔>と<石魔>っていう名前なんだけど、さてどっちがどっちか解かるかな~?」
ビシッと指さすヴァイス。イヤリングが彼の魔力に反応してチリンと音を立てた。
優汰は少し考えてから答える。
「粘土みたいなのが<土魔>で、猿みたいなのが<石魔>か?」
「大正解! どうして解かったの」
「なんつーか、見た目がそんなかんじだったから」
質感とでもいうべきか。土っぽかったから<土魔>で、ごつごつしてたから<石魔>ではないかと優汰は判断した。
「うんうん勘が鋭い。例外はあるけど、魔物の名前はだいたい<○○魔>みたいな感じで表わされるから。有名なのが<剣魔>とか<盾魔>とか、あと<甲虫魔>とか。この辺は名前から姿が想像つくかなー」
命名とは得てしてそういうもの。外見やら習性やらで、魔物たちの名称はごく単純に決められていったらしい。だが単純ゆえに特徴を表している。名前とはたった数文字、されど数文字なのだ。
「あと厄介なのが<悪霊魔>だな」
ルリララが会話に割って入ってきた。黒髪の上で、ぴょこぴょことネコミミが踊っている。
「そいつにゃ殴ったり斬ったりが全く効かねえ。魔法じゃねえと倒せねえんだ。そのくせ火炎ブレスとか吐いてきやがるからな」
「普通じゃどうしようもないから、出会ったら必死で逃げだせ! って厳重注意されてる魔物だったかな。まあ僕なら魔法剣で一発なんだけどー」
魔物の中でもより危険度の高いものには頭に『悪』がつく。例としては先程のほかに、石魔よりもより固くて凶悪な<悪石魔>、巨大な人喰い巨人である<悪食魔>、圧倒的なパワーでもって全てを破壊する<悪乱力魔>など。
ここでいう悪とは、文字通り悪しき憎むべき存在という意味だろう。名前は言霊となり、いずれ書物に書き留められ人々の心に恐怖として根付いていく。
「んじゃ次は、ああもう着いたね」
目的の村付近に辿りついたようだ。御者が手綱をブンと鳴らし、馬をおとなしくさせる。
格子窓の向こうは、一見すると民家や小さな畑が点在しているのどかな村だ。しかしよく目を凝らすと、魔物らしきものが闊歩しているのが見える。それもかなりの数。
「2問目以降は帰りのときね、んじゃユーたんリコたんは僕についてきて。もちろん忍び足でね」
馬車を木々の影へ移動させた後に、迷彩柄のシートをかぶせて紛れさせる。優汰はまだ顔色の悪い莉子のことを不安に感じながら、そっとヴァイスの後に続いていった。