2話 異世界side 魔法剣士
灰色の空。ボロボロの廃墟。
その中心に、1組の少年少女。
2人を取り囲むかのように、無数の屍が転がる。
少年は泣いていた。少女は抱きしめて慰めていた。
2人の間に言葉はいらない。世界は少年少女、ただそれだけの為に存在していた。
「到着~」
「うう、何度やっても酔う……」
元気いっぱいの莉子と、ふらふら状態の優汰。
2人の目の前に広がる光景は、さっきまでの優汰の部屋とは打って変わって巨大な空間だ。
無機質で大きな壁には、なにやらびっしりと見慣れない文字や絵が彫られている。描かれているのは炎を吐くドラゴンや天高くそびえる御神樹など、およそ優汰たちの地球には存在しえないものばかりである。
足元には巨大な絨毯が敷かれており、ドーム型の天井には豪華なシャンデリアが飾られている。そのどれもが淡く発光しているのは、空間に存在するモノ全ての素材に魔力が込められているからだ。
ここは『封印の間』である。異世界から訪れし勇者を受け止める場所。優汰と莉子は、手に握った石<クリスタルオーブ>の力でここにワープしてきたのだった。
「私達、この大きなクリスタルに引き寄せられてるんだっけ」
莉子は部屋の中心を指さす。そこに鎮座しているのは、2人の身長を軽く超えるほどの巨大なクリスタルだ。宙に浮かぶそれは宝石ではなく、純粋なる魔力の結晶体。赫々たる聖光の輝きは一切の邪悪を寄せ付けない。
「あのでっかいのと、クリスタルオーブが同調してるんだよな」
「アレ、持って帰ったらどの位の値がするかな?」
「いや窃盗だから、持って帰ろうとするなよ」
2人は封印の間を出て、長い螺旋階段を上っていく。
「414段、415段……あっ解かんなくなっちゃった」
「数えなくていいだろうが」
胸を弾ませスキップで進む莉子と、手すりを持ちながらのんびり彼女についていく優汰。
じきに終わりが見えてくる。上り切ったその先は、それまでの暗い景色から一変して唐突に、真っ白な空間が2人の眼前に現れる。
そこはステンドグラスの彩光が眩しい大聖堂だった。優汰たちが立っている場所からは、向こう側の壁が霞んで見えるほどの広大さだ。
沢山の人がいる。なにかの偶像へ熱心に祈りをささげる者、神の教えを述べている者など。莉子が手を振るとほどなくして、壇上で演説をしていた年老いた男が、2人のほうへ小走りで向かってくる。
「ようこそおいで下さいました勇者さま!」
優汰の手を握りしめ、むせび泣いて2人の登場を喜ぶ老人の名は『ヨルタ15世』。このエリシア王国の、ひいてはこの異世界における1大宗教である、ヨルテス教の教皇たる立派な人物である。
であるのだが彼はとてつもなく腰が低い。ふた回り以上も齢が離れている優汰と莉子を前にして、土下座をせんとするばかりの姿勢を取っている。
「ふたたび降臨して頂けるその瞬間を、老生はずっと待ち続けておりました!」
「ヨルタさん」
そんな中、莉子がぽつりと一言。
「ヒゲ、剃れば?」
周囲の空気が固まった。
「いや、貴方のヒゲってなんかムサ苦しいし」
「……承知致しました」
ヨルタ教皇は腰の曲がった外見に似合わぬ素早い動作で立ち上がる。そして聖堂内に響きわたる声で厳命を放った。
「皆の者、勇者様の勅命じゃ! 今この瞬間より髭を伸ばす行為の一切を禁ずる! 破りし者は厳罰を下そうぞ!」
「いや、ちょ、ちょっと待って下さい!」
2人の僧兵を呼びつけようとするヨルタ教皇を、優汰が必死で制止させようとする。
「ガルバ、ゴルバ。剃刀と手鏡を国民全員に支給せい! おっと優汰様いかがなされました」
「今のは莉子の冗談ですから! ヒゲは伸ばしていても、全くこれっぽっちも問題ありませんから言い直してください!」
優汰は必死にヨルタ教皇を説得する。そうこうしている間にも、聖堂に設置された屑籠は、切り落とされた信者達の顎髭で溢れそうになっている。
「じゃあそろそろ外に行こう優汰」
「ほったらかしにするな! 発端は莉子だろう!?」
単に『大聖堂』とだけ呼ばれるこの建物の、正式名称を知る者はほとんどいない。何故なら大聖堂とは、この地において唯一無二の存在であり、他と区別などする必要が無いからだ。
ヨルテス教。エリシア王国には遥か昔、異世界より舞い降りた少年がいたという。のちに魔王を倒し英雄となった彼の名前がヨルテス。平和を取り戻した後もこの世界の様々な国を渡り歩き、魂が還るその瞬間まで人々を救い続け、教えを説き続けていた。
また彼は生前に、いつ新たに魔王が現れてもいいように、<クリスタルオーブ>に秘められし魔力を使って、勇者の素質がある者を異世界から召喚する術式を作りだした。優汰達もその術式によって、1週間ほど前にこのエリシア王国に召喚されたのだ。
そんなヨルテスや、歴代の勇者たちの功績を讃えて作られたのがこのヨルテス教である。
生きとし生けるもの全ての幸せをドグマとするこの宗教には別の側面がある。それは『勇者至上』。ヨルテスの没後に、彼を狂信する者達から発生したこの考えは、少しずつ人々を変質させていった。
「にしても本当にヒゲ切っちゃうとはねー。やっぱ流石だわ」
「真面目なんだよみんな。あんまり人をからかうのはよせ」
世界を導いて下さる勇者様こそ至上の存在である、勇者様のためならどんな犠牲も厭わない。長い年月の果てに、ヨルテスが広めた教えはあらぬ方向へと進んでいった。
勇者様の願いとあらば、髭などいくらでも滅しましょう。死ねというのなら、喜んで腹を切りましょう。そのような過剰な思想を抱く信者は、実はこの世界には決して少なくない。
この世界には様々な『ヨルテス教』があるのだ。原初のヨルテスの教えを守る者、勇者至上こそ全てだという者。
「この国は、後者なのかなー」
「知らねえよ、んっ」
未だざわめきの絶えない大聖堂を出ようとした優汰と莉子は、見知ったある人物を発見した。
「ヴァイスか。昨日ぶりだな」
「イエーイ、ユーたんリコたん久しぶりー!」
ヴァイスと呼ばれた青年は陽気にそう返した。この人物、本名をヴァイス=D=ヴリガンティという。職業は魔法剣士。彼の軽快な口調を前にすると、誰もがつい気を緩めてしまうことだろう。唯一とある少女からは蛇蝎のごとくに嫌われているが。
「いっつも思うんだけど、ユーたん達の世界の服って変わってるよねー」
「お前が言うか。てか鏡見ろ」
ユーたん、もとい優汰がそうぼやくのも無理はない。ヴァイスの姿はとにかく派手で人目を引くのだ。ルーンが縁取られた豪奢なローブを纏い、帯に差した剣には複雑な文様が施されている。みじかく切り揃えられた銀髪から覗く耳にも、意匠を凝らした高価そうなイヤリングが付けられている。その他ミサンガやロケットやロザリオなど、つま先からてっぺんまで全身くまなく、異常にものすごく際立った装いなのだが、それらは見事さまになっていた。
ヴァイスが優汰たちの前に姿を見せたのは、初めて召喚されたその日のこと。勇者様に誠心誠意仕えたいと言って、半ば強引にパーティへとねじ込んできたのだ。
「ところでユーたん。風の噂で聞いたんだけど、大聖堂で凄いこと言ったんだって?」
「噂っていうかたった今、お前の目の前で起こったんだがな」
「いやーびっくりしたよ。まさかおヒゲ禁止令を出すなんて」
「あれは莉子が言ったんだ!」
「ユーたんの鬼畜! いやーん苛められちゃうキャア助けてー!」
「うるせえ!」
すらりとした長身に中性的な容貌で、さらに華麗な衣服を鮮やかに着こなしているヴァイス。どこかの国の王子様と言っても通じるであろう外見と、圧倒的に人々を惹きつける魅力を兼ね備えた優美な青年である。
ただし喋らなければの話だが。ヴァイスは人をからかったり場を茶化したりする発言がかなり好きである。優汰や莉子はそれを、出会った初日から知ることとなった。
親しみやすいと言えば聞こえはいいがどちらにしろ、残念なイケメンという呼称がこれほど似合う人物もそういないだろう。良くも悪くもエリシア王国でとても有名な人物なのだ。
「それじゃお城に行こう」
莉子はあくまでマイペースである。今から向かうのは兵士の詰め所だ。
「まさかユーたんは王宮のヒゲまで……!」
「あのな」
優汰がぼやこうとした瞬間。
突如、広場から怒声が響いた。
評価と感想を待ってます。