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1話 地球side 「いっせーのーで、で飛ぼうね」

「起きろ優汰ゆうたぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!」


 けたたましい大声が、安らかに眠っていた優汰の耳をつんざく。彼にとっては平日朝の恒例行事であり、また目下の悩みでもある。


「起きた起きた。だから後3分待ってくれ」

「どうしたの。ハッまさか布団の中でお漏らしの処理するの!」

「んな訳無いだろ莉子」


 どうしてお漏らしの発想に行きつくんだ、などとぶつくさ言いながら起き上がる優汰。フワァと欠伸をしながら頭をぽりぽり掻く。寝癖の付いた茶髪がピンと跳ねた。


「全くもう少し穏やかに起こして、ってなんだその格好!」

「いや折角だしサービスカットしようかなと思って」

「サービスって、お前ちょっ寄ってくるなー!」

「どしたの優汰?」


 今の莉子の服装は、下は高校指定の膝が隠れる位の暗色スカート。なのだが上半身のほうは真っ白なタンクトップのみで、しかも桃色のブラジャーがうっすら透けてしまっている。

 更には起き上がった優汰の眼と、莉子の豊満な胸の高さと位置がほぼ一緒という事態に。距離にして約10cm、思春期の少年にとって刺激の強すぎる光景だ。


「じーっと見てるけど、私の胸元になにか興味を引き立てるモノでもあるの?」

「胸元がだよ……」


 反論が弱弱しいのは、視線が釘付けになっているからだろうか。男子高校生のさがとはいえ、あまり他人に見られたくない姿である。


「んじゃ軽いコントはこの位にして、そろそろ朝御飯食べよっか」

「軽くなかったぞ今の、むしろ重かったぞ」

「ところで優汰」

「なんだ?」


 莉子は三つ指をついてしずしずと座り込んだ。


「お帰りなさい優汰、ご飯にする? お風呂にする? それとも、ア・タ・シ☆」

「別に帰宅してねーし。つかその格好でやるとシャレにならん」

「それともこの浮気相手の人肉ハンバーグ!? 証拠写真もあるのよ!」

「怖っ! いきなり修羅場のドロドロ展開になったぞ。なんだこの昼ドラ」


 やおら立ち上がり、とつぜん血走った演技を始める莉子。ポケットから取り出したのは、目にモザイクの入ったカップルの写真。しかも彼氏のほうは、コラージュで優汰の顔に置き換えているという徹底ぶりだ。


「とにかく起きたから。朝ご飯食べに1F降りよう」

「起きたって、身体のどの部分が?」

「全身だよ! 他のどこが起きたっていうんだ」

「それなら悪いけど、先に降りててくれないかな」

「何でだ?」


 莉子は照れながら、胸元を隠す動作をする。


「上着羽織るの。えー優汰は恋人を透けブラで家中歩かせる趣味あるの?」

「お前が勝手に脱いだんだろ! つーか突っ込みすぎて朝から喉が枯れてきた!」


 なんだかんだ言いながら階段を降りてきた2人。既に朝食の準備は出来ていた。ご飯に味噌汁、あと漬け物。

 作ったのは莉子である。ここは優汰の家なのだが、単身赴任をしており揃って不在の両親に代わって、向かいの家に住んでいる彼女が何かと世話を焼いているのだ。莉子はほとんど優汰の家で1日を過ごしていて、とうぜん合鍵も作ってある。

 2人は小さい頃からずっと幼馴染みであり、つい最近に恋人同士になった。中学2年生だった頃に、莉子のほうから告白をしたのだ。


「優汰、ちゃんと手を合わせてから食べて」

「ふぃふぁはきまふ!(いただきます!)」

「よくできました」


 笹山ささやま 優汰ゆうたは近所の三先高校に通う男子高校生である。細くて櫛通くしどおりがよさそうな栗毛色の髪は、最近散髪に行ってないせいか少し伸びている。上背はそこそこあるが全体的に線が細めで華奢だ。顔立ちもやや幼げであり、歳の割にどこか頼りないイメージを受ける。


 もう一方の結木乃ゆいきの 莉子りこは目が覚めるようなとびきりの美人だ。パッチリとした輝く瞳にすっと伸びた鼻梁、可憐な口元から覗く綺麗な歯。

 体格はスレンダーでやや痩せ気味だが、胸から腰、太腿にかけていく身体のプロポーションはとても魅力的。豊かでボリュームのある桃色の髪は、優汰の家へ来る前にきちんとセットされている。


「お味噌汁のダシはどう? 私の髪も一緒に少しだけ煮込んでみたんだけど」

「美味しいけど、次からは止めような」


 食べている間も他愛のない会話のキャッチボールは続く。莉子はたまに突拍子のない発言をして優汰を困惑させるが、2人とも表情は穏やかだ。そんな様子からも優汰と莉子が、長年の付き合いであることが見て取れる。お似合いの恋人同士といえなくもない。

 食器を片付け終わって、ふと時計を見るとAM7:40。そろそろ出発しないといけない時間になってきた。優汰は急いで部屋に戻って制服に着替える。玄関に行くと、既に用意を済ませた莉子が準備体操をしていた。


「さあ全力ダッシュで走るよ。しっかり準備体操して身体ほぐさないと」

「いや寧ろその時間が無駄だろ。歩いていっても間に合うって」

「それだと『曲がり角でごっつんこ、異性との運命の出会い』のフラグが立たないじゃない」

「そんなフラグは無い」

「あっそれだとパン咥えてる方がいいな。ちょっとそこのスーパーで食パン1斤買ってくるね」

「だからフラグは無い! つーか1斤は買いすぎ! 俺達ちゃんと朝ご飯食べたし!」


 なんだかんだ騒ぎつつ、しばらくすると普通に歩いて登校する2人。横に並んで歩いている莉子は、つい先程までとは違って清楚そのもの。優汰の家では積極的にしゃべっていたが、基本的に外ではおしとやかな性格で通しているのだ。

 やがて通学路の河川敷のほうに辿りついた。下のほうで、サラリーマンくらいの男性たちが草野球をしている。2人は特に気に留めていなかったが、バッターの打った球が大きくファウルボールになってしまった。


 そして、そのボールが彼らのほうへ一直線に飛んできた!

 そしてボールの行く先はちょうど莉子の顔面!

 優汰は無視してそのまま歩く!

 そしてボールを素手でやすやすと受け止める莉子!


「悪いけど、ボール投げ返しは優汰がやって?」

「お前が投げても届くだろ。実際俺より力あるし」

「儚げでか細い女の子になんてことゆーの」

「弓矢の名人なのによく言う」


 優汰はコキコキと肩の関節を鳴らしたあと、莉子に手渡しされたボールを、キャッチャーの男性に大きく振りかぶって投げ渡す。ボールは放物線を描きつつ、寸分の狂いも無くミットの中心に吸い込まれていった。


「よっ、さすが投げやりの名人!」

「槍投げだ! いい加減な人間みたいじゃないか」


 彼らは1週間ほど前から、ある秘密を共有している。


「エリシアでもそれだけの活躍できたらいいのに」

「確かに活躍の機会はまだ無いけど、自分で言うのもアレだが俺そんなに弱くないぞ」

「うーん、今のレベルだったら勇者の付き人クラスだよ。たぶん冒険途中で死ぬ間際『なあ、俺の無念を晴らしてくれよ……』とか仲間に言ってそう」

「そんな役回りしたくねぇなあ」


 優汰はナイト、そして莉子は弓使い。


「冗談だって、頼りにしてるよ」

「ったく、学校遅れるぞ」

「どうせだったら、ずっと私だけのナイトでいて欲しいけどなー」

「何だよそれ。お前と一緒にやってきてるだろ」

「学校まで全力ダッシュ! 遅れたほうは昼ごはん奢り!」

「待て、って本当に待てお前足速すぎる!」


 一気にスピードを上げる莉子。それを必死に追いかける優汰。

 彼らは実は、異世界で勇者をしているのだ。




「ねえ優汰、今日の晩ゴハンは何食べたい?」

「あー昨日は魚だったから、肉系のガッツリした奴が欲しいな」

「じゃあハンバーグとかどうかな?」

「おっ美味そう」

「ありがと、じゃあ晩ゴハン楽しみにしててね!」




 高校の近くの商店街辺りに差し掛かったところで2人は減速した。しれっとした表情の莉子に比べて、優汰はゼエゼエと息を荒げている。それでもすぐに落ち着くのはやはり若さゆえか。

 校門をくぐり、下駄箱の前に来るとさっそくクラスメイト達が話し掛けてきた。


「おはよう結木乃さん! あとおまけの優汰」

「誰がおまけだ」


 つづいて莉子の隣の席の女子。


「莉子おはよー。あれ笹山君居たの?」

「いちゃ悪いか」


 教室に入ると体育委員を務めている活発な女子が。


「なんで莉子は笹山君なんかと付き合ってるの? ハッまさか脅されてる!」

「脅してなんか無いし」


 席に座ろうとすると、今度はオカルト研究部の怪しい女子が。


「どうして笹山君はまだ生きてるの?」

「なにその発言怖い」


 なぜか話しかけてくる全員がやたらと優汰にだけ冷淡なのだが、それには理由があった。

 莉子は三先高校で1番可愛いアイドル的な存在である。学年どころか全国模試のトップに名を連ねるほど成績優秀で、中学校時代には女子バスケ部で全国大会にまでいくほどスポーツ万能、それに品行方正で誰にでも優しく接している。なので性別問わずたくさんの生徒に好かれていて、むしろ意識していない人を探すほうが大変なほどだ。


 対する優汰はスタイルにしても顔立ちにしても決して悪い方ではないが、傍にいる莉子が圧倒的に可愛過ぎてどうしてもかすんでしまう。殆どの生徒からは、どうしてこんな微妙な奴が莉子の彼氏なのかと不思議がられている始末だ。

 そんな連中の冷やかしを面倒くさそうに対処していく優汰。やがてチャイムが鳴り、授業が始まった。休み時間に授業で解からないところを聞こうとするが、莉子の周りの女子達にやんわりと妨害されてしまう。

 午前の授業。昼食、午後の授業、そしてようやく放課後。HRが終わったと同時に、お笑い好きの男子が話しかけてくる。


「また明日な、結木乃さん! あとついでの優汰」

「誰がついでだ」


 教室を出たすぐのところに、女子バスケ部の部長をしている女子の先輩が。


「莉子さん~部活見学してかない? 笹山君はさっさと帰ってね」

「扱いの差が酷過ぎませんか」


 昇降口にて、オカルト研究部の怪しい女子。


「どうして笹山君はまだ生き残ってるの?」

「また言われた!? ってか俺死相でてるの」


 またも学校中の生徒に色々言われながら学校を出た2人。帰りのついでにスーパーへ寄って、夕飯の材料などを買っていく。


 やがて今朝と同じように優汰の家に戻ってきた。ひき肉や玉葱などが入った買い物袋を台所に置いた後、いったん莉子は自分の家に寄る。彼女の家は道路を挟んだ向かい側にあるのだ。


「じゃあ着替えてくるね」

「こっちは用意しとくから」

「優汰に覗かれると興奮しちゃうかも……」

「覗かないから」


 自室に戻った優汰はラフな格好に着替える。綿パンに長袖Tシャツ。ついでに軽く部屋を掃除。そうこうしている内に莉子も用意を済ませて家から出てきた。いつもみたいに勝手知ったる様子でチャイムも鳴らさず玄関を開け、そのままパタパタと2階に上がってくる。

 莉子も動きやすい恰好だ。トレーニングしやすそうな白いウェア上下を着ていて、ピンク色の髪はリボンで結んである。


「おまたせ。じゃあそろそろ行こっか」

「ああ」

「いっせーのーで、で飛ぼうね」

「解かったよ」


 2人の少年少女は声を合わせ、手に握った宝石に魔力を注ぎ込む。その瞬間、世界は七色に歪んだ。


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