雪ちゃん
小学校何年生の時だっただろう。
二年生か、三年生か。
とにかく、まだランドセルが重かった頃の話だ。
その年、俺は初めて「ホワイトクリスマス」というものを体験した。
そりゃそうだ。
だって俺が住む埼玉は、12月に雪が降ることなんてめったになく、混雑を嫌う親父はイベントの日には出かけない親父だった。
そんな親父が、珍しくクリスマスイブにスキー場へ連れて行ってくれたのだから。
まだ関越自動車道も完全には整備されておらず、上信越自動車道なんて当然まだない時代だ。
埼玉の自宅を夜中に出て、親父はひたすら山道を走り続ける。
子供だった俺は途中で寝たり起きたりを繰り返し、気がつくと窓の外が白くなっていた。
車の窓から外を見ると、そこには白樺の林。
葉のない白樺の林に大量の雪が積もっていて、朝日が反射してきらきらと光っている。
「あっ、雪だ! 白樺だ!」
そう叫んだことは、今でも妙にはっきりと覚えている。
山道をしばらく走ると、スキー場へ到着した。
俺は埼玉育ちのくせに、道楽親父が三歳の時からスキーを滑らせてくれたので、結構滑れる。
しかし、国体の選手だった親父と一緒には滑れない。
そんな幼稚園児か小学低学年がいたら、ニュースになってしまう。
ということで、俺は親父の飲み仲間が経営している馴染みのスキー学校へ放り込まれる。
完全にスキー学校という名の幼稚園か学童か、そういう扱いだ。
ちなみに昼飯は、常宿が日中はスキーヤー食堂になるので、そこで宿のオジサンに
「カレー食べたい!」
「カツ丼食べたい!」
「お蕎麦食べたい!」
「アイスが食べたい!」
「ジュースが飲みたい!」
と食べたいもの、飲みたいものを言えば出てくる。
あとで親父が全部払ってくれるので、全く問題ない。
親父たちは夜通し運転していたのに、すぐにスキー板を履いて、早々に山頂行きのリフトに乗って行ってしまった。
俺は一人でスキー学校に行くと、「はい! 滑ってみて!」と言われて、軽く十メートルも滑ると、「はい! 上級者ね!」と大人クラスに入れられる。
周りの大人はびっくりしているが、俺はいつものこと。
このぐらい滑らないと、たまに一緒に滑ってくれる親父とは滑れない。
そこで雪ちゃんと出会った。
名前は「雪」。
……だが、真っ黒だった。
雪みたいに白い女の子を想像する名前だが、実際の雪ちゃんは真逆だった。
雪の白さに映える色。
真っ黒だった。
スキー焼けで。
ゴーグルの形だけ白く残った、スキーヤー特有の逆パンダ顔。
だから「雪」というより、むしろ「夏」だった。
雪ちゃんも俺と同じ上級者クラスだった。
子供は俺と雪ちゃんだけだったので話しかけると、同学年だった。
でも、その頃の俺には、その逆パンダ顔が妙に格好良く見えた。
今年初滑りの俺は、まだそこまで焼けていないのが少し恥ずかしかった。
雪ちゃんは上手かった。
子供なのにスピードを怖がらない。
急斜面でも平気で突っ込んでいく。
インストラクターのお姉さんが、
「飛ばしすぎ〜!」
と叫んでいるのに、全然聞いていない。
そして俺も一緒に猛スピードで追いかける。
「二人とも飛ばしすぎ〜!」
子供だから体重が軽い。
だから、うまく滑らないとスピードは出ない。
相当巧い。
女の子で、しかも同学年では初めてだった。
それもスキーウェアから見て地元の子ではない。
びっくりしながらも、転べば大事故みたいなスピードで二人で斜面を滑り降りていた。
昼になると、常宿の食堂で一緒にカレーを食べた。
食堂にあるダルマストーブの近くに、濡れた手袋と上着を掛けて、一緒に食べる。
食堂の窓は湯気で真っ白。
それだけではない。
午前中のレッスンが終わって食堂に向かっていると、降り出した雪が激しくなって、外も真っ白になっている。
濡れた手袋の匂い。
ストーブの灯油の匂い。
濡れた靴下。
ランチに頼んだトンカツをつまみにビールを飲みながら、大声で話す大人たちの声。
昭和のスキー場には、独特の熱気があった。
まだスキー場が白いワンピースみたいなウェアだらけになる前の時代には、ああいう独特の雰囲気があった。
「明日も来る?」
雪ちゃんが聞いた。
「来る!」
俺は即答した。
すると雪ちゃんは、
「じゃあ勝負ね!」
と言って笑った。
次の日も、その次の日も、一緒に滑った。
スキー学校だけではなく、レッスンが始まる前も、終わった後も。
どっちが速いか競争したり、わざと難しいコースへ行ったり。
子供だから、名前以外ほとんど知らない。
どこに住んでいるのかも知らない。
学校も知らない。
でも不思議と、それで十分だった。
帰る日。帰るギリギリまで一緒に滑っていた。
帰る準備ができて、スキー場まで呼びに来た親父を見つけて、
「また来年! かな? 年が明けたらまた来ると思う!」
そういうと雪ちゃんはニコッと笑って、
「うん! またね!」
雪のような真っ白な歯を見せながら言った。
その後、何度スキー場へ行っても、雪ちゃんには会えなかった。
名前しか知らない。
写真もない。
連絡先もない。
昭和の子供の出会いなんて、そんなものだった。
今でもスキー場に行くと思い出す。
真っ白な世界を、誰よりも自由に滑っていった、真っ黒な雪ちゃんのことを。




