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雪ちゃん

掲載日:2026/05/12

小学校何年生の時だっただろう。

二年生か、三年生か。

とにかく、まだランドセルが重かった頃の話だ。

その年、俺は初めて「ホワイトクリスマス」というものを体験した。

そりゃそうだ。

だって俺が住む埼玉は、12月に雪が降ることなんてめったになく、混雑を嫌う親父はイベントの日には出かけない親父だった。

そんな親父が、珍しくクリスマスイブにスキー場へ連れて行ってくれたのだから。

まだ関越自動車道も完全には整備されておらず、上信越自動車道なんて当然まだない時代だ。

埼玉の自宅を夜中に出て、親父はひたすら山道を走り続ける。

子供だった俺は途中で寝たり起きたりを繰り返し、気がつくと窓の外が白くなっていた。

車の窓から外を見ると、そこには白樺の林。

葉のない白樺の林に大量の雪が積もっていて、朝日が反射してきらきらと光っている。

「あっ、雪だ! 白樺だ!」

そう叫んだことは、今でも妙にはっきりと覚えている。

山道をしばらく走ると、スキー場へ到着した。

俺は埼玉育ちのくせに、道楽親父が三歳の時からスキーを滑らせてくれたので、結構滑れる。

しかし、国体の選手だった親父と一緒には滑れない。

そんな幼稚園児か小学低学年がいたら、ニュースになってしまう。

ということで、俺は親父の飲み仲間が経営している馴染みのスキー学校へ放り込まれる。

完全にスキー学校という名の幼稚園か学童か、そういう扱いだ。

ちなみに昼飯は、常宿が日中はスキーヤー食堂になるので、そこで宿のオジサンに

「カレー食べたい!」

「カツ丼食べたい!」

「お蕎麦食べたい!」

「アイスが食べたい!」

「ジュースが飲みたい!」

と食べたいもの、飲みたいものを言えば出てくる。

あとで親父が全部払ってくれるので、全く問題ない。

親父たちは夜通し運転していたのに、すぐにスキー板を履いて、早々に山頂行きのリフトに乗って行ってしまった。

俺は一人でスキー学校に行くと、「はい! 滑ってみて!」と言われて、軽く十メートルも滑ると、「はい! 上級者ね!」と大人クラスに入れられる。

周りの大人はびっくりしているが、俺はいつものこと。

このぐらい滑らないと、たまに一緒に滑ってくれる親父とは滑れない。

そこで雪ちゃんと出会った。

名前は「雪」。

……だが、真っ黒だった。

雪みたいに白い女の子を想像する名前だが、実際の雪ちゃんは真逆だった。

雪の白さに映える色。

真っ黒だった。

スキー焼けで。

ゴーグルの形だけ白く残った、スキーヤー特有の逆パンダ顔。

だから「雪」というより、むしろ「夏」だった。

雪ちゃんも俺と同じ上級者クラスだった。

子供は俺と雪ちゃんだけだったので話しかけると、同学年だった。

でも、その頃の俺には、その逆パンダ顔が妙に格好良く見えた。

今年初滑りの俺は、まだそこまで焼けていないのが少し恥ずかしかった。

雪ちゃんは上手かった。

子供なのにスピードを怖がらない。

急斜面でも平気で突っ込んでいく。

インストラクターのお姉さんが、

「飛ばしすぎ〜!」

と叫んでいるのに、全然聞いていない。

そして俺も一緒に猛スピードで追いかける。

「二人とも飛ばしすぎ〜!」

子供だから体重が軽い。

だから、うまく滑らないとスピードは出ない。

相当巧い。

女の子で、しかも同学年では初めてだった。

それもスキーウェアから見て地元の子ではない。

びっくりしながらも、転べば大事故みたいなスピードで二人で斜面を滑り降りていた。

昼になると、常宿の食堂で一緒にカレーを食べた。

食堂にあるダルマストーブの近くに、濡れた手袋と上着を掛けて、一緒に食べる。

食堂の窓は湯気で真っ白。

それだけではない。

午前中のレッスンが終わって食堂に向かっていると、降り出した雪が激しくなって、外も真っ白になっている。

濡れた手袋の匂い。

ストーブの灯油の匂い。

濡れた靴下。

ランチに頼んだトンカツをつまみにビールを飲みながら、大声で話す大人たちの声。

昭和のスキー場には、独特の熱気があった。

まだスキー場が白いワンピースみたいなウェアだらけになる前の時代には、ああいう独特の雰囲気があった。

「明日も来る?」

雪ちゃんが聞いた。

「来る!」

俺は即答した。

すると雪ちゃんは、

「じゃあ勝負ね!」

と言って笑った。

次の日も、その次の日も、一緒に滑った。

スキー学校だけではなく、レッスンが始まる前も、終わった後も。

どっちが速いか競争したり、わざと難しいコースへ行ったり。

子供だから、名前以外ほとんど知らない。

どこに住んでいるのかも知らない。

学校も知らない。

でも不思議と、それで十分だった。

帰る日。帰るギリギリまで一緒に滑っていた。

帰る準備ができて、スキー場まで呼びに来た親父を見つけて、

「また来年! かな? 年が明けたらまた来ると思う!」

そういうと雪ちゃんはニコッと笑って、

「うん! またね!」

雪のような真っ白な歯を見せながら言った。

その後、何度スキー場へ行っても、雪ちゃんには会えなかった。

名前しか知らない。

写真もない。

連絡先もない。

昭和の子供の出会いなんて、そんなものだった。

今でもスキー場に行くと思い出す。

真っ白な世界を、誰よりも自由に滑っていった、真っ黒な雪ちゃんのことを。


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