孫に会いたい
ふと思うてしもうた。わし、幕府の仕事引き継ぎできんまま来てしもうたのう。わしとしては幼名竹千代だっただけに、竹千代に継いでもらいたいと思うておった。
じゃから斎藤利三の娘、福から「竹千代にしてください」と言われた時、幼い頃の自分を重ねてしもうた。もう諱も呼んでええじゃろ。400年も経てば知り合いもおらんじゃろ。
光秀は凄いやつじゃったが、あのクソ禿ネズミ多肢症親指2本野郎に山崎の戦いで敗れてしもうたからのう。わしとしては坂本を中心に据えた光秀の天下も見てみたかった。
じゃが、それは敵わんかった。じゃからせめて戦国の織田のクソアニキを共に支えた仲間としての義理じゃ。本能寺のときはわしとて手が震えてしもうて、何もできんかった。
じゃから、せめてお前の家臣である、斎藤利三の娘を乳母にしてやった。アイツとの縁を忘れたくないからのう。悪いヤツではないのじゃ。ただ、戦国で生きるにはあまりにも真っすぐじゃった。
「おじいちゃん?」
「おう。瀬名起きたか」
思い出してしもうた。竹千代も大きゅうなって、12かのう。病弱じゃったと福が言っておったが、息子夫婦の問題じゃろうて。
「朝飯は何じゃ?」
「おじいちゃん、自分でも料理できたほうがいいと思う」と瀬名に言われた。たとえ、瀬名の苗字がハミルトンだろうとアイルトンだろうと瀬名は瀬名である。
この前見てしもうたんじゃ。「えふわん」なるわけのわからん速いやつが走るやつを。どうやら瀬名の親がえふわんなるものが好きらしい。
鈴鹿といえば桑名の近くじゃのう。平八郎の、いや忠勝の領地じゃったはずじゃ。アイツもわけわからんほど強かった。
キズを負わんのは強いし、蜻蛉切も強かったのう。じゃが、信玄が来た三方ヶ原でキズを負わんのじゃ?さすがにかすり傷ぐらいは負うじゃろう。殿を務めてくれたのは嬉しかったが、酒の席で酔うていらんこと吹聴してないか、わしは不安じゃぞ。まぁ、わしより先に浄土に行っておるから心配ではないが。
浄土で余計なことしゃべって信長のクソアニキとわしの悪評広めておったら蜻蛉切ごとへし折ってやる。康政はまあ、ほら、のう。
酒井の忠次はわしより上じゃったからとっくに浄土じゃ。後は、直政はキズが祟ったとかじゃった気がする。もう何十年も昔のことじゃ。そもそも400年も年が経っておる。
「おじいちゃん?」と瀬名が覗き込んで来たので、「おう。聞いておる。戦国では料理などできる暇もなかった。草があれば草を食い、ひどいときは死人じゃった」と回想する。
瀬名は「そうだよね。私、料理もっと頑張ろう。戦国だろうと令和だろうと、昭和だろうと、生きる術って大事だもんね」と拳を突き上げていた。
「やはり、瀬名の料理はうまいのう。オンリー飯ライク浄土なのじゃー」
「流行ってるの?」




