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【オニ】を内包した不思議な老人の魂  作者: 桃井ルルール
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2)別の星では

地球の存在点の遥か彼方、地軸すら揺るがぬ盤石な安定を誇る惑星。  そこでは、地球とは全く異なる地獄が完成していた。頂点捕食者たる『恐竜』。彼らは単なる巨大な爬虫類ではない。死の間際にその死因を同種へ伝播し、次世代でその攻撃を学習し3世代目へと繋げ、最終的には無効化する――生物学的な究極の「学習と適応」を繰り返す、進化の獣であった。


逃げ惑う人類を救ったのは、理の網の目を潜り抜け、二度連続で人間として生を受けた一人の『天才』だった。  彼は恐竜の適応能力を見抜き、絶滅させるのではなく「撃退」に留めるという綱渡りの共生を提唱する。文明はロボット工学とサイボーグ技術を極限まで押し上げ、人類は鋼の肉体を得て、ついに偽りの平穏を手に入れた。


だが、真の脅威は外ではなく内にあった。  満たされた文明が生んだ毒――「妬み」と「嫉妬」。それはついに、同種間での核ミサイルの応酬という最悪の結末を招く。


 閃光が惑星を包み、文明が灰に帰したその時、人類は思い知らされた。  彼らが忘れていたのは、恐竜という種の恐るべき執念だ。死の灰が降り注ぐ中、生き残った恐竜たちは、核の熱線すらも「無力化」した異形の怪物へと進化を遂げ、生存者たちのコミュニティーを蹂躙し始めた。


 化石燃料という資源を持たず、核さえも通用しない絶望的な環境。  その廃墟の中で、なおも抗い、知恵を振り絞る『天才』たちの存在。VR(仮想現実)の繭に包まれた人類は、もはや荒廃した惑星の表面を直視することを止めていた。彼らが生きる世界は、遥か彼方の記憶にある「21世紀初頭の地球」を模したかの様に見える偽りの平穏。そこには飢えも恐竜も存在しない。  だが、その安寧を支える現実のシェルターでは、二人の狂気的な天才が、文明の在り方を決定的に変えようとしていた。


 一人は、惑星の核から全方位を網羅する「絶対座標」を導き出した数学の鬼才。これにより、物理的な距離を無視した物流の最適化が可能となった。  そしてもう一人は、アンドロイドを超越する究極の個体――『ヒューマノイド計画』を完遂させた、ある種の狂人である。


 二十年の歳月をかけて完成したその機体は、金髪碧眼、透き通るような肌を持つ完璧な女性の姿をしていた。しかし、その内部構造は最新のエネルギー理論を無視した、あまりにも「前時代的で執拗な設計」に基づいていた。


 「効率など、美学の前では塵に等しい」


 天才は、その完璧な肉体に、あえて「燃料注入型」という制約を課したのだ。  エネルギーの補給路として用意されたのは、生体組織と見紛うほどに精巧に作られた口、膣、そして肛門。その三箇所の粘膜状のポートから直接、特殊な高エネルギー流体を流し込まなければ、彼女は駆動しない。


 しかし、ここに致命的な問題が生じる。  この天才が設計した「究極のヒューマノイド」が要求する特殊燃料は、この惑星のどこを探しても、成分表にすら存在しない未知の物質であった。


 彼女は完璧な美しさを湛えたまま、ただの「動かぬ偶像」として、静かにその三つの孔を晒していた。


月日は流れ、かつての若き天才も今や老齢の執念に突き動かされる男となっていた。  彼が心血を注いだのは、惑星内では精製不能な未知のエネルギー『ホワイトマター』。それを手に入れるためだけに、彼は宇宙空間に巨大な精製設備を強引に構築した。。    数年の歳月を費やし、ようやく得られたのは、期待した純度には程遠い、純度10%の希薄な液体。しかし、男の歓喜は止まらなかった。彼は震える手で、その不完全な燃料をヒューマノイドの口へと流し込む。外気に触れさせぬよう、彼女の喉の奥へと直接。  「……動け。動いてくれ」  だが、現実は残酷だった。起動した彼女の動作は鈍く、理論値の足元にも及ばない。最新の量産型アンドロイドが軽やかに行う動作さえ、彼女には重労働だった。


 「彼女こそが、すべてのアンドロイドの頂点に立つリーダーとなるはずなんだ!」  男の叫びは、誰の耳にも届かなかった。  人々は、もう一人の天才が作り上げた「20光年先まで繋がる絶対座標」に夢中だった。その座標を頼りに、効率的なアンドロイドたちが宇宙の果てから莫大な資源を運んでくる。その輝かしい成功の前で、希少で高価な燃料を食うだけの「動かぬ人形」に、誰も価値を見出さなかった。


 空飛ぶ恐竜が制圧する空を越え、物資を宇宙へ運ぶコストも限界に達していた。  VR世界でさえ、彼の「ホワイトマター液状化実験」へのリソース割きは拒絶された。    ヒューマノイド計画は、事実上の頓挫。  男は、沈黙したままの金髪碧眼の機体を抱きかかえ、文明の進歩から取り残された暗い研究室に、一人取り残された。


それは、退屈した知的生命体たちが始めた、ただの「遊び」のはずだった。  VR世界の頂点に君臨するプレイヤーたちが、アンドロイドの肉体を通じて現実の恐竜を狩る「アンドロイド・ダイブ」。その熱狂は瞬く間に広がり、一人の「変人」が、誰も到達し得なかった禁忌の領域に足を踏み入れる。


 転移座標の連続使用。  数学の天才が構築した道筋を、遊びの延長で極限まで踏み倒したその移動は、ついに宇宙の絶対法である「光速」の壁を突き破った。


 その瞬間、創造主の観測網が真っ赤に染まった。  「――看過できぬ」  星々の運行を乱し、因果律を歪めるノイズ。創造主にとって、その惑星はもはや美しき観測対象ではなく、宇宙というシステムを破壊しかねない悪性のウイルスへと変貌していた。


 無慈悲な一撃。  超科学を誇った文明も、核耐性を得た恐竜たちも、蓄積されたVRの記憶も、すべては一瞬にして宇宙からその姿を消した。魂さえ残さずに消滅した。


 だが、その焦熱の最中。  創造主の琴線が消えゆく情報の断片に触れ。それを掬い上げた。  かつて見たことのない、歪んだ執念の産物。金髪碧眼の女性型ヒューマノイドの設計データと、それを動かすために考案された、この宇宙に存在しないはずのエネルギー『ホワイトマター』の論理構成。


 「生物……。これほどまでに醜悪で、これほどまでに執拗か」


 創造主は、手元に残されたデジタルな「彼女」の像を見つめる。その女性型ヒューマノイドによく似た男の子を生物として作り上げる。ついでに女性型にもアンドロイドとしてのアップデートにあたる処置も終えたが、こちらはヒューマノイドである。  それは、いま輪廻の列に並んでいる、あの「災厄を飲み込んだ老人の魂」と、対になるべき唯一の器であった。


『おい、目覚めよ。ほんのひと時だけ、貴様の意識を目覚めさせよう』


「……あーん、どこだここ? 天国ってやつか? 死んだら無に帰す派だったんだがなぁ。俺の首の傷はどうなった」


 老人の魂は、自身の姿が形を成さない光の塵であることに気づく。視界などないはずなのに、なぜか「そこ」に在るものが、網膜に焼き付くよりも鮮明に理解できた。


『ああ、間違ってはいない。ここに生きた人間などおらぬ。……動かない人形があるだけだ』


「どっから話しかけてるんだ、これ。姿が見えねえぞ」


『我はどこにもいない。話しかけているのではなく、言語以外の手段で貴様の魂にわからせているだけだ。そこに二体の人間が並んでいるだろう?』


 魂が向いた先に、静止した「肉体」が二つあった。  一つは、目を疑うほどに美しい、金髪碧眼の女。肌は陶器のように滑らかだが、どこか無機質な、あの惑星の遺産――ヒューマノイド。  もう一つは、それより遥かに小さく、しかし密度を感じさせる体躯の「人間の子供」だ。


「こいつらも死んだのか? えらく綺麗な死体だが……」


『違う。女の方は別の惑星で作られたヒューマノイドだ。男の方は、我が創った。我は生き物を作ったのは初めてだが、そこの子供は丈夫に創り直してある。見た目は「人」であろう?』


 創造主の意志が、老人の魂を包み込む。  その子供の肉体は、単なる幼い体ではない。日本列島を飲み込むほどの「オニ」という災厄を封じ込め、なおかつ、その圧力をホワイトマターの循環で中和し続けるための、神の工学の結晶。


「……趣味が悪いな。なんで俺にこんなもん見せるんだ。俺は、ただ静かに消えたかっただけなんだが」


『消えるなど許さぬ。貴様にはその男の体を与える。再び「理」の内側へ戻ってもらう。理由は知らなくていい』


 創造主の宣告は、有無を言わせぬ絶対的な重圧となって魂にのしかかった。  女の姿をしたヒューマノイドが、陽炎のように揺らぎ、デジタルな情報へと還元されていく。それは老人の魂に不可視の鎖で紐づけられ、異次元の深淵へと格納された。


「今の貴様から必要最低限の経験値と雑多な記憶だけを残して、『地球』へ行ってもらう。……貴様の人生が、平凡であることを願うよ」


「あんたが……そんなことを願うのかよ」


「ああ。貴様らのいう『神』なら観念体だが、我にとっては生き物同様、どうでもいい価値しかない。……貴様にとって因縁の場所は、いまや深く掘り返され立ち入り禁止エリアになっている。その近くにでも放り出す」


 創造主の声が遠ざかる。   「貴様が成長し、課題をクリアするたびにロックが外れ、強くなるだろう。……忘れるな。そのヒューマノイドにはエネルギーが必要だ。貴様の体内で作られる白い液状の物質――それは空気に触れれば消滅し、子種もない。だが、彼女はそれを『粘膜』から摂取せねばならん。未来永劫の平穏を願うよ。さらばだ」


「おい、待て! 白い液体って……まさか……ッ!」


 叫びは、物理的な衝撃にかき消された。


 ――。  ――。



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