10)チョットだけ【オニ】
「おのれー」
今日も又戦闘機に追いつけずに離されていく凛道は、ジャンボジェットの尾翼につかまりうつ伏せ状態で愚痴をこぼす。音速越えは果たしてもマッハ2には届かない。今日も又音速に届かない速度のジャンボジェットの尾翼で休憩していた。疲れるはずのない体で休憩を必要とする程度には精神状態は荒れ狂っているのだった。
こういう時はお山に戻ってみるか。お山に戻った凛道は洞穴にはく製が一体もないことに絶望した。いったい何があったのか、ただでさえ荒れ狂っていた心がもはや外にまで広がる。随分と小さくなった【オニ】が主格と交代したかのようにその姿を地球上に表した。身長は10ⅿほどだろうか?2本の角は金色。肌は藍色、人相は全くの別人。なまはげが逃げ出すのは確実だろう。着ていたボロボロの子熊の皮はご都合主義よろしくで腰回りにへばりつく。3度、3度だけ地面に腕を振り落とすとその先の爪が大地を大きくえぐる。結果その小さなお山は跡形もなく平地になる。ふもとからそれほど離れていない住宅地には土砂が降り注いだ。
この魂に封じられてからオニは考えるということを学び始めていた。遠巻きながらもこの地を交代制で見張っていた警察だけが土にうずもれて3人が死亡した。離れた地点に一人ずつ合計3人だった。オニはその三つの何かを食べるしぐさを見せた。死んだ時に体から乖離するあれだ。
生物に何の興味もない創造主もどうなるのか、見届けていた。
三つの魂を摂取し終えた時、10メートルの巨躯は霧が晴れるように霧散した。 平地と化した大地の中央に、ぽつんと全裸の少年が立っている。
「……美味いなぁ。俺も、本当はこうありたいものだよ」
少年――凛道の口から漏れたのは、人格のない魂の残骸がこぼした、独り言のようなものだった。
藍と黒川は、第一報を受け取ると二人同時にお山へと向かう。変わり果てた山の姿と、その中心に立つ全裸の少年を見て絶句した。 藍が、震える手で泥だらけの「ある物」を拾い上げる。それは、化け物の腰にへばりついていた、あのボロボロの子熊の皮だった。
「……間違いない。どれほどデカくなって、山を一つ消し飛ばしたのか、このゴミ(毛皮)だけは離さなかったのか」 「執着心が、凛道くんそのものです。主任……これ、どう報告すればいいんですか?」 「『異常な地滑りにより、監視員3名が殉職。遺体は損壊が激しく回収不能』だ。……それ以外に書きようがない」
藍は溜息をつき、全裸のまま「ふぁあ」と欠伸をしている少年に、予備のブランケットを投げつけた。
翌日から、凛道に奇妙な変化が現れた。 魂を食ったことが影響したのか、あるいは単純に中学生としての成長期が重なったのか。 風呂上がりに自分の股間をまじまじと眺めていた凛道は、脳内の壊れた辞書を更新した。
「……お。鉛筆から、マジックペンくらいにはなったな。普通ってどれくらいなんだろうな」
以前の「鉛筆」と呼ばれた幼い状態から、日本人の平均という、実にリアルなサイズへと成長を遂げていたのだ。本人はそれを「システムの拡張」程度にしか思っていなかった。
この「下らない成長」は、凛道の心境にも妙な落ち着きをもたらした。 満員電車に乗っても、「俺のマジックペンが潰れるだろ」と、以前よりずっと人間臭い理由で周囲を牽制するようになった。
夏休みに入ると空中を「歩く」や「止まる」の練習を始めた。全くできない状態から「速足で2歩進む」ができるようになった頃に今なら勝てそうな気がする。と空を走りだしてはジェット戦闘機を探す。見つけても追いつけもしないことに腹を立て、気を静めるためにまた「歩く」や「止まる」の練習を始める。
だがそれは精神的に未熟な凛道にはいら立ちを募らせるばかりであった。怒りが天元突破するとオニに体を乗っ取られる。オニがにやりと笑い、こうするんだとばかりに戦闘機に追いつきコックピットの運ちゃん、もとい、パイロットに手を振ってその巨体で戦闘機を振り切る。今度は戦闘機が日本の領空域に突入しても追い続けた。それを知ってか知らずにか、オニは凛道が発見した触覚だけを遠距離で使うという行為を戦闘機のエンジン部分に音速で突入させて戦闘機内部で衝撃波が起きるという惨事を起こす。オニの存在などその当事者と連絡先で聴取していたものだけだったため、日本の領空に悪魔が出た。熊ではない悪魔だと日本語ではなかったのはちょっと残念だった。政府がどう対処すればいいのかと頭を抱えていた時に某国でも同じことで頭を抱えていた。
何もない平地となったお山に着地するとオニは射精に近い感覚に没頭していた。凛道バージョンのビクビクとなるあれだ。オニにとっては快楽を伴っていたことの証左であろう。よほど満足したのだろうかオニはすんなりと体を凛道に渡した。もちろん全裸だ。どうにもあそこのサイズがイレギュラーでも起こしたかのように凛道の1㎝伸びた159cmボディーにはバグでしかないようなそれがだらしなくぶら下がっていた。オニの10m時のサイズではなかったことがある意味セーフだったのかもしれない。
ウクライナとの戦争が始まって1年もたたずに水面下でウクライナと日米同盟という難局に白旗を上げたのは奇跡といってもよかった。官房室経由で総理官邸に足を延ばした凛道とあの国の大使。総理大臣の周りにはあちこちの官僚がまるで罪人を取り囲むかの様に並び、時計回りに総理、米国大使、某国大使、凛道、といった4者の極秘会談が行われていた。凛道はすでに英語ならば学習していた。結局は凛道の「貴様の頭が木っ端微塵になるが引き継ぐ者の指名はして置け」一時は険悪な空気となったが、凛道の「俺はこの国の国民ではない、アリス国の全権委任大使だ。大使館はみすぼらしいがな。ちょうど我が国は国土を持っていない。北方にめんどくさい状態になっている島がいくつかあると聞いた。そこから侵略しようか。何なら宣戦布告を行うがどうだ」次の瞬間、この場に小さな銃を持ち込んでいた亡国の官僚を名乗った者の頭が破裂した。
”ズバッ”そんな音が鳴り響いた中「少し座標を間違えた」と凛道が言う。力加減は人間でも出せるギリギリの威力ではあるが、速度は違った。凛道は6感を掌打にみたててそいつの頭の中で音速を超えた。結果、頭の中で衝撃波が生まれた。
「今ならこちらの話は水面下で終わらせる事ができるが西でも東でも戦線を抱えるというのは貴国にとっては造作も無い事かね」
「わかった、ここでの話は全面的に認めよう。ただし、絶対にこの場での話し合いを黙っていて貰えるのならばだ。後は本国の大統領にも伝えねばならない」
「フン、40秒で支度しろ俺は帰る」
、
夏休みが終わった学園では、10月の体育祭11月の文化祭に向けて、クラスが準備で色めき立っている。凛道は、適当な返事をしながら、心の中で平地になった山を思い出していた。
「有栖川君、ちょっといいかしら」
教室に入らずに車いすの美少女が良く通る声で凛道を呼び出す。
「このまま生徒会室まで付いて来てくれないかしら」
そういうと車いすを移動させた。型どりだった。器用にも3段階の大きさに変化させる凛道のそれに女子一同は言葉もない。「文化祭の景品は3種類から選ばせましょう」そう言ったのは眼鏡を取り出して至近距離からそれを眺める書記であった。
生徒会の言い分に簡単にうなずいたのは連戦の辛さをまだ知らないからだろうか、それとも体がそういう風にできているからなのか文化祭の日まで凛道の頭の中の記憶野にだけ残った。
看板だろうが、標本だろうが、この星の人間たちは、箱に収めるのが好きだ。生徒会女子組は体育祭を男子組に丸投げで事に当たった。特に3種の凛道君の造形には力を入れた。ついで当選者の帰りにボディーガードを付けるなどといった事まで、徹底した。
「……まあ、壊れるまでは、箱の中にいてやるよ」他の誰もがその意図を汲み取れずに準備に猛進して行った。




