第6話:白き霧の村と、眠れる水の祈り
迷いの森の試練を終え、次に向かうは《水の精霊》の地――アーシャの里。
シュワルツたちは、北西に広がる霧深き湖のほとりに位置するという“隠された村”を目指していた。
「この先に本当に村があるの?」
リシェルが眉をひそめる。
見渡す限り、乳白色の霧が漂い、足元すら見えない。
「アーシャの里は《白き霧》に守られてるの。外からは見えないけど、紋章を持つ者なら導かれるはず」
エルが手を伸ばし、淡く光る杖を霧の中へとかざす。
その瞬間、霧がすうっと割れていった。
まるで、見えない扉が開いたように。
「すごい……」
現れたのは、湖に囲まれた静かな集落。
水路が家々の間を流れ、青く透き通った水が風鈴のような音を立てていた。
「ここが……アーシャの里……」
シュワルツは思わず息を呑む。
そこには、他の村にはない静謐と神聖さがあった。
水に生き、水に祈り、水と共に暮らす人々の気配――
そして、湖の中央には、一際大きな“祈りの神殿”がそびえ立っていた。
「この村、ちょっと好きかも」
リシェルがぽつりと呟いた。
「空気が優しい。きっと、ここに《水の精霊》が……」
シュワルツの手の甲に刻まれた赤い《火》の紋章が、ふと淡く脈打った。
それに反応するかのように、彼の視線が神殿の奥――
湖の底に続くような“深き階段”へと導かれていく。
「……呼ばれてる」
そのとき、神殿から一人の少女が現れた。
「ようこそ、旅人たち。あなたが“火の紋章”の持ち主……ですね?」
その少女は、透き通るような白髪と、水晶のような瞳を持っていた。
「私はルナ。この村の“水の巫女”です」
「巫女……?」
「はい。水の精霊に仕える者として、代々この里で祈りを捧げています。そして今、あなたに伝える使命があります」
ルナは静かに、しかしどこか切実な口調で語った。
「水の精霊は今、深き湖の底に眠っています。あなたが“火の紋章”を得たように、次なる《称号》を得るには、“水の試練”を越えなければなりません」
「試練……って、また戦うってことか?」
リシェルが肩をすくめる。
「それは、あなた方自身の“心の深淵”と向き合う試練」
ルナの言葉に、シュワルツの胸がざわめいた。
心の深淵――それは、あの夜からずっと自分の中に沈んでいる痛みだった。
母を失った夜。
そして、伝えられなかった言葉。
「……やるよ。俺は、前に進まなきゃいけないから」
シュワルツの決意に、ルナが微笑む。
「では、その剣と共に進んでください」
シュワルツの腰に佩いた古剣が、再び淡く揺れる。
その時だった――
剣の柄に刻まれた《印》が、水の巫女の前で青白く発光した。
「その剣……」
ルナの瞳がかすかに揺れた。
「まさか……《初代・選ばれし者》の遺剣?」
「えっ?」
「伝承では、五つの試練を超えた者が持っていた“聖なる剣”に、似ている気がするんです。もしそうなら……あなたは“選ばれし魂”の継承者かもしれない」
シュワルツの胸に、ズキリと痛みのような感覚が走った。
この剣は、どこからともなく導かれたようにして自分の手に収まった。
なぜ、この剣が自分のもとに?
(それとも……俺は、前にもこの世界にいたのか?)
不意に、剣の奥から低い声が聞こえたような気がした。
――目覚めよ、魂の継承者よ。
その声と共に、彼の手の甲に“新たな光”が灯った。
青――《水の紋章》。
「……これが、水の精霊の導き……」
「でも、まだ試練は終わってない」
リシェルが前に出る。
「その紋章、“もらった”だけじゃ意味ないんでしょ?」
ルナは静かにうなずく。
「これから、湖の底――《深淵の祭壇》にて、“水の守護”と対峙していただきます」
その試練は、シュワルツにとって“痛み”そのものと向き合う戦いになる。
でも彼はもう、逃げない。
心の奥に、灯り始めた誓いの火があるから。
そしてその夜。
湖に月が沈むころ、シュワルツたちは“深淵”へと足を踏み入れた――