第4話:蒼き瞳の少女と、閉ざされた門
ティレナの冒険者ギルドは、朝から賑わっていた。
依頼掲示板の前に集まる冒険者たち、受付で報酬を受け取る者、地図を広げて作戦を練るパーティ……。
その喧騒の中、シュワルツは窓辺の席に座っていた。
「……火の紋章、か」
手にしたギルドカードの端には、小さく“火”を象徴する赤の紋が刻まれている。
前回の戦いのあと、自分の中に何かが目覚めた感覚があった。
《炎纏剣》というスキル。
あの剣が自動的に力を放ち、戦いを助けてくれたあの瞬間――
(あのとき、確かに“剣”が反応した。あれは……偶然なんかじゃない)
「なに考えてるの?」
リシェルが背後からひょいと顔をのぞかせた。
彼女の風を帯びた双剣は今日も腰に提げられている。
「……昨日の戦いのことを、少し」
「うん、すごかったよ。あの剣の火力、普通じゃない。しかもあなた、精霊からの加護を受けたみたいだったし」
リシェルが言うには、精霊から“紋章”を得るには、試練を通してその資質を認められねばならないという。
だが、シュワルツはそれを受けた記憶がない。
「……でも俺、何もしてない。ただ、剣を握っただけで」
「もしかして、その剣……普通の武器じゃないんじゃない?」
リシェルの一言に、心がざわつく。
その時――
「邪魔、どいてくれる?」
冷たい声がした。
声の方を振り向くと、一人の少女が、こちらを真っすぐ見ていた。
蒼い瞳。白銀の髪。小柄な体に不釣り合いなほど大きな杖を抱えている。
年は十六、もしくはそれより下かもしれない。
「ご、ごめん……席、空けるね」
リシェルが驚いた様子で立ち上がると、少女はため息をついた。
「……別に、怒ってるわけじゃない。あんたたちの話が聞こえただけ」
「聞こえたって……」
「“精霊の紋章”と“剣が光った”ってやつ。それ、あたしが探してたものと関係あるかも」
少女はすっと手を伸ばし、自分の杖の先を見せた。
そこには淡く光る《空》の紋章――青い精霊の証が浮かんでいた。
「……精霊使い……!」
シュワルツは思わず息を呑む。
それは希少な存在であり、通常は精霊との“契約”を結んだ者しか持たぬ能力だった。
「名前は?」
「……シュワルツ」
「ふうん、じゃあ同行させてもらう。あなた、放っておくと死にそうだし」
「同行……? え、ちょっと待って!?」
あまりにも自然な流れで仲間に加わろうとする少女に、リシェルも困惑する。
「理由は一つ。精霊の紋章を持つあんたに近づけば、“試練の門”が開くかもしれないから」
「試練の門……?」
少女は静かに頷いた。
「ティレナの北、“迷いの森”の奥に、閉ざされた門がある。“五大精霊に選ばれし者だけが通れる”って噂」
その門の奥には、精霊試練への道があるという――
つまり、五つの称号を得るための第一歩だ。
「試練の門を開くには、精霊に“選ばれた証”……つまり、紋章が必要ってことか」
「その通り。あたしも《空》を得たけど、まだ四つ足りない」
少女は淡く微笑んだ。
「それを一緒に探す“仲間”が、必要なの。悪く思わないで」
不器用ながら、真剣な眼差し。
リシェルが苦笑しながら言った。
「ふふ、なんか可愛い子が仲間になったね。名前、聞いてもいい?」
「……エル。エル=ヴァルミナ」
「エルか……よろしく、エル」
そして、シュワルツは手を差し出した。
戸惑いながらも、エルはそれを握り返す。
こうして三人目の仲間が加わり、“精霊試練の門”への旅が始まる。