第3話:燃える風と、剣の記憶
ティレナ西の街道。
空は曇り、重たく垂れ込めた雲が今にも降り出しそうだった。
「この先に、盗賊団が潜んでるって話だよ」
リシェルは軽やかな足取りで先を進みながら、後ろを振り返った。
その背中には双剣。風の精霊に選ばれた者らしく、身のこなしはまるで空を裂く疾風のようだ。
一方、シュワルツは少し遅れてついていく。背中の黒銀の剣がずっしりと重く感じられた。
「緊張してるの?」
「……少しだけ。戦うのは、はじめてだから」
「ふふ、なら教えてあげる。最初の戦いで一番大事なのは“守るべきもの”を思い出すこと」
「守るべき……もの?」
「そう。誰のために、何のために剣を振るうのか。それがある人は、強いよ」
その言葉が、静かに心に響いた。
――母さんに、会うために。
その想いを忘れない。それが、今の自分の“剣を握る理由”。
やがて、森の入口で空気が変わった。
木々の間に張られた粗末な罠。そして、火の気配。
「……見つけた」
リシェルの目が細くなり、すぐさま飛び出した。
「待って!」
叫ぶ間もなく、リシェルは風のような速さで敵陣に飛び込む。
刃が空を切り、風の精霊が彼女の身を包むように舞った。
「こいつらか、賞金首ってのは!」
「女か!? ひとりか!? 囲めッ!」
男たち――盗賊団がわらわらと現れる。
粗雑な鎧と鉄片を繋げたような剣。訓練された兵ではないが、数だけは多い。
「……俺も、行く!」
シュワルツは走り出した。
背の剣を抜いた瞬間、空気が震えた。
《ギィィィィィィン……》
金属の唸りと共に、剣の柄に刻まれた《精魂の紋章》が淡く光りはじめた。
そして、シュワルツの視界に一瞬、幻のような映像が映った。
――赤い髪の青年。剣を振るい、炎を裂く姿。
「誰だ……!? これは……」
だが、それが誰であるかを考える暇もなかった。目の前に盗賊が迫る。
「があッ!」
男の剣が振り下ろされる。反射的に剣を掲げて受け止めた。
ガッ、と金属音が響く。
「な、なんだ……この重さ!」
盗賊の腕が跳ね返され、次の瞬間、シュワルツの剣が赤い軌跡を描いた。
《炎纏剣》――!
柄に刻まれた“火”の紋章が燃えるように輝き、剣身から炎が立ち上がる。
「……う、わっ……!?」
思わず後ずさる盗賊。その隙を突いてリシェルが一閃。
「ナイス!」
「あ、ありがとう……でも今のって……」
「スキルだね。きっと、精魂の紋章が反応して、“火”の力を借りたんだ」
リシェルは羨ましそうに微笑んだ。
「普通は何年もかけてようやく一つの精霊に認められるのに……シュワルツ、やっぱあんた、特別だよ」
その言葉に、シュワルツは胸の奥が熱くなるのを感じた。
自分の中の何かが、目を覚まそうとしている。
それが恐ろしくもあり、嬉しくもある。
戦いが終わる頃には、盗賊団は散り散りに逃げ出していた。
◇
「よくやったな、二人とも!」
ギルドに戻ると、依頼達成の報告に拍手が送られた。
シュワルツは、自分が小さく頷いているのを感じた。
“剣を振るう意味”――少しだけ、分かった気がする。
「これから本格的に動くなら、ギルドに登録しておきな」
受付の女性にそう促され、彼はギルドカードを受け取る。
名前:シュワルツ
所持紋章:火(覚醒中)
スキル:炎纏剣【初級】
カードに刻まれたその内容が、彼の“旅の始まり”を静かに示していた。
「母さん……俺、ちゃんと進んでるよ」
少年は新たな仲間とともに、五つの試練の道を歩み出す。