第15話:魂の修練と覚醒の刃
五つの精霊紋章が眠る扉が沈黙したのち、シュワルツたちは再び渓谷を離れ、《緋石山》と呼ばれる火山地帯の麓に戻ってきた。
この地は、かつて《火の精霊》との戦いで敗れた場所であり、彼らにとって“痛み”と“気づき”の原点でもあった。
「……あの剣が、俺を導いてる気がする」
シュワルツは腰に下げた剣を見つめていた。
炎の戦いの際、突然発現したあの紅の輝き。
それはただの武器ではなく、何か“魂”に呼応するような存在だった。
「その剣、君と関係があるんだろ?」
ティオが火打石で焚き火を起こしながら言った。
「たぶん……いや、きっとそうだ。でも、まだ全てを思い出せない。ただ、使ってると……体の奥から熱が湧くんだ」
「それって、共鳴してるってことじゃない? 剣に“心”があるみたいな」
ミナがそう呟き、笑う。
「だったら、“心のありか”を見つけるしかないな」
ティオが立ち上がる。
「この山の中腹に、かつて《火精の修験場》があったって話だ。精霊に選ばれた者だけが足を踏み入れられる、“炎の魂”を鍛える場らしい」
「そこへ行こう。今度こそ、俺は逃げない」
シュワルツが頷く。
――そして、翌日。
彼らは《修験場》の入口にたどり着いた。
苔むした岩の道。空気は熱を帯び、地の底から響くような「ごうっ……」という低音が足元から伝わってくる。
入口には、古びた碑文があった。
『ここに来たる者、己が魂と向き合え』
『偽りあれば、炎は沈黙す』
『真を抱く者にのみ、“精魂の火刃”は姿を現す』
「“精魂の火刃”……?」
リシェルが目を細めた。
「その剣が……俺の剣と、関係があるかもしれない」
そのとき、再び剣が脈打った。
赤く、熱く、まるで“今ここにいる”ことを肯定するかのように。
扉が軋みながら開く。
内部は赤黒く、火の粉が舞っていた。
彼らは慎重にその奥へと足を踏み入れる。
「気をつけて。ここはただの洞窟じゃない。魂を試す、“鍛錬の地”だわ」
リシェルが呟くと同時に、火の中から幻影のような人影が現れた。
それはシュワルツに酷似した少年だった。
だが、その表情は冷たい。
「……俺?」
幻影の少年が、炎の刃を振りかざし、容赦なく斬りかかってくる。
怒り、恐れ、迷い、嫉妬――過去にシュワルツが抱いてきた感情がそのまま形となって襲いかかってくるのだ。
「これは……俺自身との戦い……!」
彼は剣を抜き、応じる。
剣がぶつかるたび、過去の記憶が脳裏をよぎる。
――母の最期。
――伝えられなかった想い。
――精霊に選ばれた理由への疑念。
それらすべてと、彼は今、向き合っていた。
「俺は……俺は、ただ会いたかったんだ!」
「母さんに、もう一度……『ありがとう』って言いたかっただけなんだ!」
最後の斬撃が火の幻影を打ち払う。
その瞬間、洞窟の奥が赤く輝いた。
祭壇の上に、炎の意志が宿るような一振りの剣が現れる。
「これは……!」
シュワルツの剣が共鳴し、赤き焔がその新たな剣に宿る。
すると、彼の腕には再び《精魂の紋章》が刻まれる。
――赤色、すなわち【火】の紋章が、真の意味で彼に選ばれた。
「これが、“精魂の火刃”……!」
剣を握った瞬間、彼の脳裏に声が届く。
――“火の心”を受け入れし者よ。次は“空”を越えよ。
試練は、終わっていなかった。
けれど彼は、迷わず剣を腰に収める。
「ありがとう……今度こそ、戦い抜いてみせるよ」
その瞳には、確かな覚悟の炎が灯っていた。