第13話:封じられた記憶と紅蓮の幻影
五つの紋章が揃った夜、シュワルツたちは麓の村に宿をとっていた。
深夜。月は雲に隠れ、空はただ青黒い闇に沈んでいる。
シュワルツは一人、剣を抱えて裏の森にいた。
「……お前は、何を隠してる?」
膝の上に置いた剣――五つの精魂の紋章を宿したそれは、静かに光を帯びていた。
火、水、風、地、空。五色の光が剣身に脈動するように巡っている。
けれどその中心に、明らかに異質な“もう一つの印”が浮かんでいた。
それは――紅蓮の輪郭を帯びた、六つ目の紋章。
「お前は、誰の剣なんだ?」
答えはなかった。だが、シュワルツの瞳に、奇妙な光景が映った。
――炎。
大地が焼かれ、空が焦げるような灼熱の景色。
その中心に、少年が立っていた。顔は見えない。ただ、涙を浮かべながら、剣を構えていた。
「母さんを……母さんだけは、守る……!」
少年の叫び。
その声は――幼い、シュワルツ自身のものだった。
「……俺?」
記憶の海が、波のように彼の胸を打つ。
彼は知らなかった。母が倒れる以前――幼い頃、自分が一度“命を賭して”母を救おうとしたことを。
『そのとき、お前は選んだ。代償として、この剣を宿すことを』
心の奥で、誰かの声が囁く。
『この剣は、お前の願いの具現。失いたくないという強い想いが、形を得たのだ』
――失いたくない。
その気持ちが、記憶とともに再び蘇る。
シュワルツは、目を閉じた。剣の柄を、強く握る。
「なら、もう一度……守るために振るう」
その瞬間、剣に宿っていた紅蓮の紋章が、淡く光を放った。
剣身に、もう一つのスキルが浮かび上がる。
《スキル解放:紅蓮刻印》
使用条件:五精魂の紋章を宿す者。
効果:過去に抱いた“最も強い想い”を武器に変え、精霊の力を借りずに自らの魂を燃やす。
「魂を……燃やす、か……」
力の代償は、心身の崩壊。
だが、それでも――
「母さんに、ちゃんと“ありがとう”を言いたい。それが、俺の旅の終わりだ」
その決意が、新たな力を剣に宿らせる。
やがて空が白み始めた。
東の空に一筋の光が差し込み、夜の帳を押しのける。
その中で、剣は静かに光を鎮めた。
「……リシェル。みんな、起きてるか?」
「もちろん。寝てるわけないでしょ、あんな光見せられたら」
森の入口に、リシェルとティオ、ミナが揃っていた。
「シュワルツ……お前、何か思い出したんだな?」
ティオが言う。
シュワルツは頷く。
「少しだけ。でも、それで十分だ。俺は、この剣と一緒に戦える」
「じゃあ――行こうか」
リシェルが言う。
その時、剣の先が、空に向かって淡く光る。
“行く先を示すように”。
それは、死者の泉への導き。
五つの精魂試練を越え、最後の扉を開く“旅の核心”が、ついに始まる。
――そして、すべての想いが交錯する場所へ。