第12話:空を裂く声と試されし空域
風の村フィルムを後にしたシュワルツたちは、最後の試練の地――天空の浮遊島へと向かっていた。
地の精霊を鎮めたことで、精魂の紋章は四つ集まった。残るはただ一つ、《空》の紋章。
「この“空”の属性、なんだか他と少し違う気がするわ」
リシェルが呟く。
「俺もそう思う。風や火と違って……もっとこう、得体の知れない、見えない何かって感じがする」
ティオも険しい表情で頷いた。
彼らの眼前に、天空に浮かぶ巨大な浮島がそびえている。
《ヴェルセリオ》――浮遊石によって空に浮かび続ける、古代文明の遺産。今は誰も近づかない“空の祠”がそこにあるという。
「本当に……空を歩いてるみたい……」
ミナが感嘆の声を上げる。
足元に広がるのは雲海。そしてその上を通る、透明な橋。
橋を渡るごとに、空気が変わる。
呼吸がしづらく、感覚が少しずつ麻痺していく。
「この感じ……試練の気配だ」
シュワルツは足を止め、目を閉じた。
――その瞬間、剣の柄が淡く青く光る。
《精魂の紋章・空》が反応していた。
次の瞬間、祠の中心部で、光が爆ぜた。
そこに現れたのは、漆黒の翼を持つ透明な鳥――いや、鳥のような“存在”だった。
《空の精霊:クレハ》
「虚空に問う。汝の魂に、何を託す?」
その声は、耳で聞くものではなかった。脳に、心に、直接響くような……感情すら溶かすような響きだった。
「……俺は、母に伝えたい言葉がある。だから、前に進む」
「言葉は虚ろなもの。重さを持たぬならば、空に消える」
クレハが羽を広げた。
その瞬間、重力が消えた。
シュワルツたちの体が宙に投げ出される。
「う、うわああっ!?」「っく……なんて力……!」
空間が歪む。
上下の感覚が消え、敵と自分の位置すら曖昧になる。
「見失うな、自分自身をッ!」
ティオの声に、シュワルツは意識を集中する。
――信じろ、自分の足、自分の剣、自分の想いを。
そのとき、再び剣が光った。
青く、鋭く、虚空を切り裂くように。
《スキル:空裂の刃》
その一閃が、空の歪みを断ち切り、クレハの翼を裂いた。
「見事。言葉が、空を貫いた」
クレハは静かに瞼を閉じ、シュワルツの前に浮かぶ。
「汝に、“空”の紋章を授けよう」
青い光が、そっと彼の胸に刻まれる。
これで五つの紋章がすべて揃った。
だが――
「……ねえ、あの剣……」
リシェルがシュワルツの手元を見て呟いた。
精魂の紋章が五つ揃ったその瞬間、剣の柄に刻まれた模様が、変化していた。
新たな紋章――六つ目の、誰も知らない“未知”の紋章が、淡く輝いていたのだ。
「これは……なんだ……?」
剣は何かを訴えるように震えていた。
剣が、何か“封じていた記憶”を――解き放とうとしている。
「シュワルツ……その剣、ただの武器じゃないわ」
リシェルの声に、彼はうなずく。
「わかってる。……でも、今はまだ答えが出ない」
だが、確実に進んでいる。
母に伝えるための“言葉”を抱いて――。
そして彼らは、最後の目的地《死者の泉》へ向けて歩みを始めた。
そこに待つのは再会か、それとも別れか――
精魂の旅が、いよいよ“核心”へと近づいていく。