第11話:大地の記憶と選ばれし者
リオナ岩山の祠――。
大地の紋章が刻まれたその扉に、シュワルツが静かに手をかざすと、剣の柄に宿る《精魂の紋章》が再び黄色に輝いた。
――ギィィィィィ……
重々しい音と共に、石の扉がゆっくりと開く。中は深い土の匂いが満ちており、まるで地中に抱かれるような静けさに包まれていた。
「なんだか……息が詰まる空間ね」
リシェルがぽつりと呟く。
「空気が……違う。重いんだ」
ティオも肩をすくめながら、剣の柄を握りしめた。
シュワルツは一歩ずつ進む。
その足元で、大地が震えた。
――ズズ……ン。
地の奥底から、うねるような音が響き始める。
「試練が始まる……!」
突如、広間の奥にある台座が淡く光を放ち、そこに一体の巨人のような存在が姿を現した。
その身体は石と土でできており、背には苔が生い茂っていた。
《大地の精霊:ゴウレム》
「汝らは何を求め、我が眠りを妨げる」
その声は大地そのものが語っているかのように、低く、響いた。
「俺は――“死者の泉”へ辿り着くために、五つの紋章を集めている。母に伝えたい言葉があるんだ」
シュワルツは、震える声を押し殺し、真正面から訴える。
「哀しみからの願いか。ならば問おう、人の足元にあるこの“大地”とは、何を意味する?」
「……!」
不意を突かれる問いだった。
だが、シュワルツは答える。
「――支え。生きるために、立ち続ける場所。それが、大地だ」
沈黙のあと、ゴウレムの瞳が優しく光った。
「ならば、その言葉の重さを、受けてもらおう」
次の瞬間、大地が裂け、無数の岩の矢が飛び出す。
「避けろッ!」
ティオがリシェルを庇いながら叫ぶ。
「やるしか……ないわね!」
リシェルが魔法陣を展開するも、土属性の精霊前では威力が通らない。
「俺が行く!」
シュワルツは飛び出した。
剣を構え、ゴウレムの足元へ走り寄る。
「うおおおおおっ!」
だが――その一撃は、分厚い岩の皮膚に届かなかった。
「浅い……!」
その瞬間だった。
――ギィィィン……!
彼の剣が、不意に強く光を放つ。
「なっ……?」
剣の柄に浮かんでいた紋章が、土の精霊の光と共鳴し始める。
剣身に、新たな線が刻まれていく。
それは、かつてこの剣が“誰か”によって使われ、精霊と共に戦った記憶――
シュワルツの視界が、ふと白く染まる。
そこには、一人の剣士がいた。
白銀の鎧を纏い、同じ剣を手にして、大地の精霊と共に戦っていた青年。
だが、その顔は見えない。記憶が、ところどころ欠けている。
「誰……だ……?」
幻の中で、剣士がこちらを振り向いた。
その背中に、どこか“懐かしさ”を感じた。
「……もしかして、この剣は……」
視界が戻る。
だがその一瞬で、彼の剣には新たな力が宿っていた。
《スキル:地砕の一閃》
「――いける!」
彼はもう一度跳んだ。
剣を振り抜く。
次の瞬間、岩の皮膚が砕け、ゴウレムの腕が地面に崩れ落ちた。
「……見事」
大地の精霊が、ゆっくりと膝をついた。
「汝は、かつてこの剣を握っていた“誰か”の意志を継ぐ者。……地の紋章を授けよう」
空中に、黄色の光が浮かび上がる。
それはシュワルツの胸元に吸い込まれ、《精魂の紋章・地》として刻まれた。
「……ありがとう」
彼の声に、ゴウレムはうなずくと、静かに石の中へと戻っていった。
試練の後。
ミナが、目を潤ませながら駆け寄ってきた。
「本当に……精霊様を鎮めてくれたのね!」
「うん。これで、村の地震も収まるはずだ」
リシェルも微笑み、少女の頭をそっと撫でた。
「……次は、空だな」
ティオがつぶやいた。
残る試練は、あとひとつ。
そして、剣の記憶に映った“謎の剣士”の存在が、物語に新たな影を落とし始めていた――。