第10話:大地が揺れた日と少女の涙
風の祈祷塔を後にした一行は、西の山岳地帯《リオナ岩山》を目指していた。
そこに眠るのは、《精魂の紋章・地》の試練――すなわち大地の精霊の神域だ。
空には黒雲が垂れ込め、天候が崩れる気配を見せていた。
「……どうして、またこんなところに来る羽目になるのかしら」
リシェルが足元のぬかるみに舌打ちする。
「まあまあ、試練の道なんてどれも泥臭いもんだろ」
ティオがいつもの調子で笑う。彼の背には、山登り用に改造した軽装の盾が揺れていた。
一行の前方では、シュワルツが無言のまま、地図を片手に進んでいる。
「……ここから先、大地の祠までは一本道。でも注意して。地面が割れてる場所もあるって聞いたわ」
リシェルがそう言った次の瞬間だった。
――ズシンッ!
足元が大きく揺れた。
「なっ……地震!?」
崖沿いの道が崩れ始め、シュワルツたちは急いで岩陰へ飛び込む。
次の瞬間、大地が裂け、土煙が空を覆った。
「みんな無事!?」
ティオの声に、二人が頷く。
だがそのとき、崖の下から微かな助けを呼ぶ声が聞こえた。
「た、助けて……誰かっ……!」
「子ども……!?」
リシェルが身を乗り出し、崖下を覗き込む。
そこには、小さな少女が岩に足を挟まれ、動けなくなっていた。
「ティオ、ロープ!」
「おうよ!」
即座に反応したティオがロープを投げ下ろし、シュワルツが駆け降りて少女を救い上げた。
「ありがとう……お兄ちゃんたち……」
少女の瞳は土埃で濁っていたが、その中に強い意志の光が宿っていた。
「名前は?」
「――ミナ。ここの村の子……。祠の番人だったおばあちゃんが、急に倒れたの……それで、精霊様にお願いに行こうと……」
ミナの話によれば、この《リオナ岩山》には、かつて“大地の守り人”と呼ばれる巫女が存在していたという。
しかし最近、その巫女が病に伏せ、村の土地も不穏な揺れを繰り返していた。
「精霊様が怒ってるんだと思う……。おばあちゃんが、“大地の精霊が目覚める時が近い”って言ってたの……」
ミナの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「……わかった。俺たちが、精霊に会いに行く」
シュワルツが静かに宣言する。
「え……でも……」
「“精霊に選ばれる者”にしか、試練の道は通れない。俺はこれまでに三つの紋章を得た。……この先も、進むしかないんだ」
ミナは驚きと感謝の入り混じった表情で、彼の手を握った。
「ありがとう……お兄ちゃんたち……!」
その夜、ミナの案内で一行は山頂近くの《祠の入口》へとたどり着いた。
入口には、大地の属性を象徴する“黄色の紋章”が浮かび上がっている。
「ここが、《大地の試練》……」
そのとき、剣の柄に刻まれた《精魂の紋章》が、淡い黄色に光を放った。
大地が唸る。
新たなる試練の幕が、いま上がろうとしていた。