100,000PV突破記念番外編 受け継がれる騎士道 ~公爵家の小さな守護者たち~
ヴァレリオ公爵邸の庭園には、柔らかな春の光が満ちていた。色とりどりの花々が風に揺れ、甘い香りが空気に溶け込む。
かつて、この庭を誰より愛した女性がいた。――アメリア・ヴァレリオ。彼女が慈しみ、丹精込めて育てた花々は、今も変わらずこの場所で季節を彩り続けている。
その庭園を見渡すテラスで、ジュリアンとリシェルは並んで茶を楽しんでいた。
「今日は、とても穏やかな風ですね」
柔らかなリシェルの声に、ジュリアンは「……ああ」と短く、けれど深く頷いた。彼の視線は、庭の一角に向けられている。その先で、小さな銀色の髪が陽光を浴びてキラキラと輝いていた。
「アンナ、走るな。危ないぞ!」
声の主は、五歳になったばかりの少年、リアンだ。ヴァレリオ家の特徴をそのまま受け継いだ銀髪をなびかせ、その手には小さな麦わら帽子が握られている。
「アンナの、ぼうし!」
「にいに、まってぇ……!」
後ろから追いかけてくるのは、二歳の少女、アンナ。よちよち歩きで、必死に兄の背中を追いかけている。アンナが小石につまずきそうになった瞬間、リアンは風のような速さで駆け戻った。
「危ない!」
小さな手を取り、真剣な顔で地面を指差す。
「アンナ、だめだ。ここには『敵』がいる」
彼が指し示したのは、なんてことのない小さな石ころだ。リアンはそれを丁寧につまみ上げると、アンナが怪我をしないよう遠くへ投げ飛ばした。
「これで大丈夫だ」
誇らしげに胸を張る兄に、アンナは満面の笑みを向ける。
「にいに、すごい!」
直後、蝶を見つけたアンナが茂みに突っ込もうとすれば、リアンは即座に先回りし、幼い妹が傷つかないよう枝を払い、道を作る。
(……まるで、小さな騎士だな)
その光景を、ジュリアンは黙って見つめていた。表情は、どこか複雑だ。
「どうかなさいましたか?」
リシェルの問いに、ジュリアンは少しだけ目を細めて答える。
「……いや。リアン《あいつ》の背中を見ていたら、な」
覚えがあった。近づきたいけれど、壊してしまいそうで触れられない。だからせめて、遠くからでも、全力で守り抜きたい。
かつて、隣室との内扉を前に悶々としていた自分。その執念にも似た守護の衝動が、そっくりそのまま息子の中に宿っている。
「おやおや。これはまた、傑作ですな」
背後から、陽気な声が割り込んできた。
レオンだ。彼は庭で奮闘するリアンの姿を見て、とうとう堪えきれなくなったように肩を震わせた。
「ははは! 見ましたか、公爵閣下。あの必死すぎる顔、誰かさんにそっくりだ」
レオンは豪快にジュリアンの肩を叩く。
「過保護と溺愛は、どうやらヴァレリオの血筋ですな、閣下?」
かつてのジュリアンなら、即座に「無礼な」と一蹴していただろう。だが今の彼は、隣に座るリシェルの手に、己の掌をそっと重ねた。
「……否定はできんな」
その言葉には、かつての冷徹さは微塵もなかった。そこにあるのは、愛する者を守る「騎士」としての、静かな自負と誇り。
その時、庭でアンナが突然振り返り、リアンにぎゅっと抱きついた。
「にいに、だいしゅき!」
「……っ!?」
不意打ちの抱擁に、リアンは耳まで真っ赤にして固まってしまう。
「ははは!」
「……ふっ」
テラスの男二人が同時に吹き出す中、リアンは必死に背筋を伸ばした。
「ぼ、ぼくは、おにいさまだからな。当然だ」
その後、遊び疲れたアンナは、リアンの膝の上ですっかり眠り込んでしまった。重さに耐えながらも、一歩も動かずに妹を支え続ける小さな守護者。
「……幸せですね、ジュリアン様」
「ああ」
庭園に、一際柔らかな風が吹き抜けた。花びらが舞い踊る。まるで、空の上からアメリアが「私の言った通りでしょう?」と微笑んでいるかのように。
ヴァレリオ家に流れる騎士の誓いは、こうして次の世代へと受け継がれていく。春の光に包まれた、永遠の愛の風景。
100,000の祝福を、この家と、物語を愛したすべての人へ。




