表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第1章

元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第1章(2)パーティー結成!?

作者: 刻田みのり

 ギルドマスターと話をした翌日、昼よりも少し前。


 俺がウィル教の教会に行くと聖堂に見知った顔が合った。俺と同じくらいの長身のやや陰気そうな印象のシスターだ。お嬢様とも年齢が近く、仲良くしている姿を幾度も目にしている。


「シスターエミリアなら朝からいませんよ」


 俺の顔を見るなり彼女、シスターキャロルは言った。


 彼女は元ライドナウ公爵家のメイドでお嬢様がノーゼアに行くときに一緒についてきていた。


 ちなみにシスターキャロルは俺の父親である筆頭執事のダニエル・ハミルトンの指示で動いている。


「王都から来られた貴族様が呼んでいるとかでブラザーラモスと一緒に出かけました」

「王都からの貴族?」


 なぜか真っ先にイアナ嬢の顔が浮かんだ。


 俺は長椅子に座っていたシスターキャロルと失礼にならぬ程度に距離をとって腰を下ろした。


「その貴族が呼び付けてきたのか?」

「そう言ったつもりですが」

「で、その貴族って?」

「さあ、お名前までは存じませんね。でもこんな辺境の地に来られる方はそうそういないでしょうし、お調べになられたらすぐにわかるのでは?」


 興味なさげな口調。


 シスターキャロルが面倒そうに俺を横目で睨む。


「というかあなたはあの子を守っているのではないのですか? どうしてこの程度のことも知らないのですか?」


 うっ、痛いところを突いてくるな。


「仕方ないだろ、幾ら俺でも把握できないことはあるんだ」

「怠慢ですね」


 ばっさりだった。


 シスターキャロルはふうとため息をつき、ゆっくりとした動きでこちらに首を向けた。それはもうこれこの上なく億劫だと言わんばかりの緩慢さだった。


「あの子がこのノーゼアの教会に身を寄せて二年。カール王子がメラニアを娶ったことでライドナウ家とその派閥を敵に回したというのは有名な話です」

「ただ娶っただけじゃないぞ。あいつらはお嬢様を侮辱したんだ」

「はい、アウト」


 意地悪そうにシスターキャロルが口の端を上げた。


「あの子はもう公爵令嬢ではありませんよ。あの子もお嬢様呼ばわりは拒否していたのではないですか?」

「だが、俺にとってはお嬢様はお嬢様だ」

「開き直るのですね。存外に子供っぽいことで」

「……」


 俺が言い返せずにいると彼女はもう一度ため息をついた。今度はかなり長い。


 風が吹いたのだろう、聖堂の天窓が震えて小刻みな音を鳴らした。カタカタと響く音が俺を笑っているようにも聞こえる。


 まあいいです、と一言つぶやいてシスターキャロルは続けた。


「あの子が公爵令嬢として王都に戻らない限りカール王子の正当性は認められたままでしょうね。逆を言えばもしあの子が王都に戻るようなことになればカール王子は」

「それができればこんな街に二年もいない」


 俺が遮ると彼女は小さくうなずいた。


 またカタカタと天窓が揺れる。俺はそんなに子供っぽいか?


 シスターキャロルが不意に話題を変えた。


「ところで、雷に耐えるワイヴァーンがいるそうですね」

「ん? あ、ああ。そう滅多に出ないがいるのはいるぞ」

「そうですか。耐性はどのくらいなのですか?」


 妙なことを訊くな。


「そうだな、俺も詳しくは知らないが大抵の雷撃は無効化するぞ。何せ雷の落ちる環境で生まれてくるからな」


 ふむふむ、といった具合にシスターキャロルが首肯する。


 俺は質問した。


「サンダーワイヴァーンが気になるのか?」

「気になるというか……実は昨日奇妙な話を耳にしましてね」

「奇妙な話?」

「ええ、冒険者の方からなのですがペドン山脈で雷を放つ石に囲まれたワイヴァーンの卵があったとか」

「……」


 俺はデイブの店で聞いた話を思い出していた。


 となると、出所はあの二人か?


 いや、まさかな。


 どうせただの偶然だろ。


「雷を放つ石というのは雷光石のことでしょうかね?」

「た、たぶんな」


 僅かに動揺しつつ俺は応える。奇妙な偶然に出くわしたような気分だった。正直もう話を切り上げたい。お嬢様もいないしな。


「ジェイ・ハミルトン」


 シスターキャロルが挑むように訊いてきた。


「仮にサンダーワイヴァーンがペドン山脈からこの街に降りてきたとして、あなたは勝てますか?」

「俺は強いぞ」

「それは存じています。ダニエル様が調教……ではなく教育したのですから強くて当たり前です。むしろ弱かったら私があなたを王都に強制送還しますよ」


 シスターキャロルが表情も変えずに魔力を解放する。


 そのあまりの濃厚さに俺は圧しかけた。冗談ではなく本気で潰されそうだ。


 恐らく彼女にとっては軽く威圧しただけのつもりなのだろう。


 だが、俺にとっては気を抜けない代物だった。公爵家の筆頭執事である父ダニエル・ハミルトンの配下なだけはある。


 ……ったく、とんでもない女をお嬢様の傍に置いたもんだぜ。


 シスターキャロルの性格から考えると俺に出来る範囲のことはしないはずだ。だから彼女はあくまでも最終防衛的なお嬢様の護衛。


 王都にいた頃、訓練の一環としてシスターキャロルと何度か模擬戦をしたことがある。俺は彼女に指一本触れることができなかった。一方的な戦績はちょっとしたトラウマものだ。


 俺の心中が面に出ていたのだろう、魔力の解放を止めたシスターキャロルが付け加えた。


「気落ちしなくても大丈夫ですよ。私とあなたでは役割が違います。王城の近衛兵と地方の自警団ではその役割も違うでしょう? それと一緒です」

「……」


 おいおい、あんたが近衛兵で俺は自警団かよ。


 面白くはないが実力差を考慮するまでもなく認めざるを得なかった。現に俺は彼女に勝てたことがないのだから。


 でも、いつか絶対にその澄ました顔を敗北感で歪めさせてやるからな。


 *


 教会で礼拝を済ませてから冒険者ギルドに行くとロビーが騒がしかった。


「どうしてあたしがあんたと組まないといけないのよ」


 はい、騒動の元凶を確認。


 イアナ嬢だ。


 片手にメイスを握り締め、いつでも攻撃可能といった感じで相手の男を睨んでいる。


 男は長い赤毛を首の後ろで纏めており、高価そうな金属製の鎧を身に付けていた。腰にはやはり高そうな長剣。一目でそこらの冒険者とは異なるとわかる。


 それにしても美形だが生意気そうな顔だな。


 大袈裟な身振りと手振りを交えながら男が言った。


「君はカール第一王子殿下の名の下に動いているのだろう? それは僕も同じだ。僕にはこの聖剣ハースニールがあるし、雷の精霊の加護もある。剣の腕も超一流だ。僕と組めば何の心配も無く任務を果たせると思うよ」


 げっ。


 こいつ、最後にウインクまでしやがった。


 俺は思わずぞっとしてしまった。経験上、この手の輩は人の話を聞かないとわかっている。出来れば関わらずに済ませたい。


「おい、あそこにいるのは昨日ホワイトワイヴァーンを討伐した奴じゃないか?」


 イアナ嬢たちを遠巻きにしていた冒険者たちの一人が指摘する。


 おい、こっちに指を差すな。


 わあ、やめろやめろ。皆でこっちを見るんじゃない。


「おや」


 まずいことに赤毛が俺に興味を示した。彼は俺ににこりとするとその愛想の良さとは裏腹に挑発してくる。


「話は聞いてるよ。ホワイトワイヴァーンを倒すなんてどんな奴かと思ったら案外大したことなさそうなんだね。もっと屈強そうな戦士を想像していたよ」

「そりゃどうも」


 見下されているのはわかっているので面白くないのだが、ここはあえてスルーする。


 俺が淡泊に応えたからか赤毛の興味がイアナ嬢へと戻った。


「で、どうだい? 僕と組まないかい? 雷の剣士シュナと組めるなんてそうそうないよ。何せ僕の冒険者ランクはAだからね」


 ふむ、こいつはAランクなのか。


 だが雷の剣士シュナという名前は初耳だ。ひょっとすると最近になって頭角を現したのかもしれないな。



 **



「あんたみたいなキザ野郎なんて願い下げだわ」


 雷の剣士シュナの誘いをイアナ嬢が断る。


 シュナはうーんと考える素振りをしてから言葉を重ねた。


「どうして僕を拒むのかよくわからないな。君は僧侶(プリースト)だろ? 僧兵(モンク)とも思えないしそう聞いてもいない。つまり後衛職だ。となると誰かしらの前衛が必要になる。だったら僕のような超優秀な剣士と組むべきなんじゃないのかい?」

「……」


 うわっ。


 こいつ、自分で超優秀なんて言いやがった。


 とんでもない自惚れ屋だな。


 俺がドン引きしている間もシュナはイアナ嬢を口説き落とそうとする。


「そうだね、例えばこれはどうかな? 一年ほど前になるんだけど僕はジャミリエンの大森林に棲む呪竜マンキンバイを倒したんだ。呪いのブレスで第三騎士団を壊滅に追い込んだあの呪竜を、だよ。それともナザール丘陵のキングバジリスクを討ち取った話の方がいいかな? あのときは石化の能力に気をつけながら戦ったから大変だったよ。何せキングバジリスクの石化能力は奴の視界の範囲内全てに適用されるからね。あと、火炎山の……」


 訂正、こりゃただの自慢話だ。


 俺が内心苦笑しているとイアナ嬢が口を開いた。


「随分とご活躍なのね」

「だろ?」


 シュナが鼻を高くする。フフンという擬音が聞こえそうだ。


「そんな僕と組めるんだ、君は実にラッキーだよ」

「誰もあんたと組むとは言ってないわ」

「はぁ?」


 シュナが目を丸くする。


 イアナ嬢は嫌悪感を隠そうともせず告げた。


「あたし、キザな男って嫌いだけど自慢屋も嫌いなのよね。別に過去の戦績なんてどうでもいいし。だいいちあんたは剣士なんでしょ? 口を動かす暇があったら討伐クエストの一つでもこなしてきなさいよ」


 フン、と彼女は鼻を鳴らした。


「どうせ口ばっかりで功績も誰かの手柄を横取りしただけなんでしょ? あたし、そういう奴らを王都の教会で散々見てきたのよね。本当に反吐が出るわ」

「……」


 シュナだけではなく俺まで口をぽかんとさせてしまった。


 イアナ嬢、容赦ないな。


 しばし口を開いたまま呆然としていたシュナだったが復帰したのかぶるぶると頭を振った。すっかりへし折られたプライドも取り戻したのか、あるいは虚勢を張っているのかその面にスマイルを貼り付けている。


 彼は鼻を少し上げた。


「ぼ、僕はそんな卑しい輩とは違うよ。僕の戦績はまごうことなく僕の物だ。それはこの聖剣ハースニールを賭けてもいい」

「別にそんな使い古された剣なんて要らないわよ」

「……」


 イアナ嬢。


 もうちょい、話に付き合ってやろうとか思わないか?


 ちょっとシュナのことが可哀想になってきたぞ。


 などと俺が哀れみの視線を向けているとシュナが剣を抜いた。聖剣なんて大層な呼び方をしているだけあって刀身から淡い光を発している。


 おおっ、こいつは凄いな。ランクSとまではいかないがAプラスくらいの価値があるぞ。


 ちなみに俺がお嬢様からいただいた剣はランクSマイナスだ。


 ミスリル製の剣自体はそう珍しい物ではないが俺の剣は極めて純度の高いミスリルを使っているからな。さすがお嬢様、目利きもばっちりだぜ。


 優越感に浸りかけた俺の意識をシュナの声が小突く。


「今のは聞き捨てならないな。温厚な僕でも聖剣ハースニールを侮辱されたとあっては黙っていられない。君、謝罪してくれないか? そうすれば僕も無駄な血を流さないで済む」

「どうしてあたしが謝らないといけないのよ」

「剣士にとって剣は命より大事だからね」

「あんた、馬鹿じゃないの?」


 イアナ嬢の侮蔑の声がやけに冷たかった。怒りで熱くなっているシュナとは対照的だな。


 おっと、呑気にしている場合じゃないか。


 シュナが剣を一閃するよりも早く俺は防御結界を展開する。


 一瞬のタイミングの差だった。見えない壁が金属質の音を響かせながらシュナの剣撃を阻む。


 ぴきり。


 あり得ないことに俺の防御結界の見えない壁にひびが入った。異層空間にまるでそれだけが浮いているかのようにひび割れが走ったのだ。


「……」


 さすが聖剣といったところか。


 それともシュナの技量がそれだけ凄いということか?


 俺は魔力を注いで決壊を補修する。そう容易く破壊されたりはしないだろうが念には念を入れておかないとな。


 イアナ嬢がこっちを睨んだ。


「余計なことを」と可愛らしい口が小さく動く。おいおい、助けてもらった癖にそれかよ。


 イアナ嬢の視線を追ったのかシュナが俺に向いた。


「今のは君がやったのか?」

「……」


 あーあ、やっぱそうなるよな。


 面倒くせぇ。


 とはいえ俺が助けなかったらイアナ嬢はシュナに斬られていただろう。


 シュナが剣を構え直す。彼はイアナ嬢から俺へと攻撃対象を移したようだ。


 聖剣ハースニールが刀身の光を濃くする。増加した光はバチバチとスパークし始めた……って、おい。


 ここ、ギルドの中だぞ。


 そんなところで何するつもりだ。


「イアナ・グランデ伯爵令嬢」


 シュナの目が据わっていた。


「君の謝罪は後で受けよう。その前に僕の力を見せてあげる」

「……」


 待て待て。


 いい感じにアピールタイムに突入するんじゃねぇ。


 俺はあんたの引き立て役じゃないぞ。


 俺は周囲に目を走らせた。


 俺たちを取り囲むようにして見ている冒険者たちにシュナを止めようとする者はいない。受付嬢をはじめとするギルド職員でさえも聖剣ハースニールに怖じ気づいたのか黙って見ているだけだった。


 いや、なーんか「あいつなら一撃食らっても死なないよな」って感じでニヤニヤしてる職員が数人いるんだが。


 お前ら後で覚えてろよ。


「いくぞっ!」


 シュナが一声吠え、俺に斬りかかる。


 一歩が大きい。あっという間に俺との距離を詰めてきた。


 放電する剣を横振りにしてきたのを俺は避ける。シュナにギルドの中だという配慮は見当たらなかった。それどころか嬉々として剣を振るっているようだった。


「おいやめろ、こんなところでそんなやばい物をぶん回すんじゃねえ」

「心配ご無用。僕の聖剣ハースニールは僕が斬ろうとするものしか斬れない。だから、君以外の被害は出ないよ」

「……」


 何それ。


 ものすげぇご都合主義な剣なんですけど。


 俺はバックステップでシュナの追撃を逃れる。バチバチと放電が頬を嘗めるがそれだけだ。要するに奴の狙った部位でなければ無害らしい。


 てことはラッキーヒットの類はこの剣に限ってはないってことか。


 凄い武器なんだろうけど難儀だなぁ。


 だが、それなら……。


 俺は身体強化の魔法を発動する。一瞬で青白い光が俺を包んで消えた。


 胸の鼓動がアップテンポのリズムを奏でる。俺は全身に力が漲っていくのを感じた。意識と身体のスピードに差異を覚えるほど感覚が鋭敏になる。僅かな時間でその差を微調整して自分のコントロールを完全なものとする。


 内なる声が何か囁くが聞こえない聞こえない。


 俺は拳を握った。


 両拳に薄らと黒い光が宿りグローブと化す。


 俺は拳を放った。


 シュナが聖剣ハースニールの刀身で受け止める。スパークが明滅し俺は目を細めた。だが、鋭くなった感覚でシュナの動きを把握する。


 一度引いた剣を俊足で打ち出してくるシュナの攻撃をサイドステップと強化された拳の甲で受け流す。


 俺の防御にシュナが舌打ちした。あからさまな怒りを俺に向け、怒号と共に大振りの剣で襲ってくる。


「それ」が俺の中で喚いた。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。



 **



 俺の中の「それ」が喚く。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。


 ともすれば飲み込まれてしまいそうな激情に俺はありったけの自制心で抵抗する。


 俺が無詠唱で魔法を操れる最大の理由はこいつだ。


 俺が「それ」と呼ぶこの怒りの精霊を自身に宿しているからこそ常人では得られぬ能力を得ているのだ。


 もちろんこれには代償がある。


 怒りの精霊である「それ」は魔力と怒りを糧としていた。特に怒りの感情を好んでおり「それ」は僅かな怒りを敏感に察知し己の糧とするために執拗な煽りを囁いてくる。


 抵抗できぬ者は湧き上がる怒りに丸呑みにされて理性を失うだろう。


 結果、精霊の宿主は狂戦士(バーサーカー)と化す。


 理性を持たぬただ荒れ狂う感情のままに戦う狂戦士の末路は破滅だ。ありとあらゆる物を蹂躙した後に狂戦士はその魂をも怒りの精霊に喰われて死ぬ。魂を失った者は二度とこの世に戻れない。どんな奇跡でも失われた魂の復活はできないのだ。


 俺はそんな目に遭いたくない。


 だから囁き続ける「それ」の声を俺は無視した。拳がグローブ化した黒い光に包まれても気にしない。何だかグローブが脈打っているみたいだけど気にしない。


 身体強化の効果が黒い光のグローブの具現化とともに強化される。


 俺はシュナに一歩踏み込み、拳を放った。


 シュナが聖剣ハースニールで受け止めようとする。刀身からの放電が瞬時に雷の盾のように形成しバチバチと音を立てる。


 拳が雷の盾に命中した。


 激しくあたりが明滅し、轟音がギルドのロビーを震えさせる。


 中心にいた俺とシュナは動かなかった。


 拳は雷の盾を貫いたがシュナには届かず、シュナもまた俺に放電のダメージを与えられなかった。スパークが俺の拳を嘗めているが黒い光のグローブは完全に放電から俺を守っていた。


 にやり、とシュナが笑う。


 俺もそれに返した。


 ほぼ同じタイミングで俺たちは互いに飛び退く。


 雷の盾を解除したシュナの聖剣ハースニールはその刀身に大きく穿ったような傷をつけていたが驚く程の早さで修復していった。どうやら自己修復機能が付与されているようだ。それにしても早い。


 さすが聖剣。


 シュナが聖剣ハースニールを鞘に収める。


 戦いをやめるためではない。それくらい俺にもわかる。シュナはまだまだやる気だ。


 俺はファイティングポーズをとって奴の次の一手に備えた。


 聖剣ハースニールのさらなる波動を感じたのだろう、俺の中の「それ」が囁きを強める。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。


 俺の意思とは無関係に拳に魔力が流れていく。どくんどくんと脈打つ黒い光のグローブは「それ」の声に応じるように輝きを増していった。


 対抗するように聖剣ハースニールが鞘ごとスパークし始める。これ明らかに「それ」に反応しているっぽいのだがこのまま戦って大丈夫なのか?


 双方手加減できなくなったらやばくないか?


 ま、まああっちの聖剣はご都合主義ウェポンだからなんとかなるのかもしれないが。


 俺の方はリミット越えたら終わりだからなぁ。


「君、やるね」


 シュナが嬉しそうに言った。


「僕の聖剣ハースニールにこれだけ抗える奴はそうそういないよ」

「そりゃどうも」


 俺の返事はあくまでも淡泊。


 望んだ戦いではないし、正直こんなまともじゃない奴と戦いたくもない。


 でも、向こうは続行する気満々なんだろうなぁ。


 あぁ、面倒くせぇ。


 シュナが俺を見据えた。


「いくぞっ、ライトニングボルトッ!」


 剣を抜く動作から流れるように刀身の放電が俺へと襲いかかってくる。


 咄嗟、いや反射的に俺は防御結界の魔法を解いて黒い光のグローブで防御した。常人なら追いつけない速さだが俺には身体強化の補助があり、さらには怒りの精霊の後押しもある。人間が用いる限界の魔法領域を一つ黒く光るグローブに回すことでその効果をさらに引き出せることも俺は経験で知っていた。


 身体の前で両腕を交差させ聖剣ハースニールからの放電を受け止めた。


 黒い光のグローブは放電から俺を完全に守りその威力を無効化した。ほんの一筋すら雷は俺に届かない。


 だが、普通に防御結界を張っていたら恐らく防ぎきれなかっただろう。奴の技はドラゴンの一撃より強烈だ……食らったことないけど。でもきっと危険であるには違いないはず。危ない危ない。


 その膨大とも思える力はシュナの聖剣ハースニールからずっと放たれているというのにまるで見えない空間に吸い込まれていくかのように黒い光のグローブの傍で消えていた。


 俺は放電の光を見てはいたがその熱も痛みも感じなかった。


 やがてライトニングボルトという技名らしきシュナの攻撃が止んだ。


「……」


 信じられない、といった様子でシュナが呆然としている。


「凄い」


 イアナ嬢の漏らした声が静まり返ったギルドのロビーに響き渡る。そのくらい冒険者も職員も沈黙して俺とシュナの戦いに見入っているようだった。


 抜き放っていた聖剣ハースニールをシュナが鞘へと戻す。彼の表情には狼狽があったが戦意を失った訳ではないようだ。


 また一撃来るかもしれないと俺は気持ちを引き締めた。いつ攻撃されてもいいように防御の構えを取り直す。足の向きや重心の位置の微調整、呼吸のリズム、そして今度は意識して魔力を黒い光のグローブに流す。


 俺の中で「それ」が煽りを激しくする。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。


 自分の奥深くから獣が目覚めるような錯覚にとらわれる。俺は気力でそれを振り払った。錯覚が本物になったら俺は俺でなくなるだろう。そうなってたまるか。


 精霊の力は利用させてもらう。


 だが、俺の魂を喰わせるつもりはない。


「今のところは防げているようだけど」


 シュナが低く呟く。


「そう何度も耐えられるかな?」


 あ、やばい。


 こいつ意地でも俺を倒すつもりだ。


 となるともうこれ以上長引かせる訳にはいかないな。


 黒い光のグローブならまだまだあの放電にも耐えられるだろう。だが、俺の中の「それ」に頼り過ぎるのは駄目だ。いつかは限界が来る。それは俺の狂戦士化を意味していた。


「それ」の力を使うことは「それ」に怒りを喰わせているようなものだ。自制心で「それ」に抵抗していても限界はある。


 ……一気に攻めるしかないか。


 決意し、一歩踏み込む。


 シュナの間合いに肉迫した俺はビリビリと痺れるような感覚に襲われた。これはきっと聖剣ハースニールの影響だ。しかし、この程度で怯んでいたら逆に奴に好機を明け渡すことになる。ここはシュナの攻撃範囲。


 俺のじゃない。


 身を低めてさらに懐に潜り込む。


 ぐっと拳を握り直した。


 シュナと目が合う。


 なぜか「ふっ」と奴は笑った。何だ? 高ランク剣士の余裕って奴か?


 俺は構わず顎目がけて拳を打ち放った。


 シュナが大きく仰け反り拳を躱す。強烈な一撃は虚しく空を切った。拳撃で大きく隙のできた俺にシュナが聖剣ハースニールではなく膝蹴りで襲う。


 俺は回避せずに奴の攻撃をそのまま受ける。身体強化により俺の腹筋は常人のそれより遥かに堅いのだが、黒い光のグローブを具現化させている今はさらに強固なものとなっていた。


 逆にシュナが膝を痛めたようだ。


 短く呻いて顔を歪めたのを俺は認めると拳を握り直して腹にぶち込んだ。


 シュナが身体をくの字にする。


 吐瀉してしまいそうなくらい口を開いてシュナがまた呻いた。おいおい俺にぶっかけるのは勘弁してくれよ。


 汚されるのも嫌なので俺はシュナから離れた。支えを失ったシュナが崩れるように倒れる。


「そこまで」


 受付のカウンターの奥から声がかかる。ギルドマスターの声だった。


 禿げ頭を光らせながらギルドマスターのウィッグ・ハーゲンが受付のカウンター横のドアを通って近づいて来る。とても悪い笑みを浮かべているように見えるのは俺に負い目があるからじゃないよな?


 確かにギルドのロビーでシュナとやりあったのはまずいかもしれないが、これは好き好んでやったことじゃないぞ。


 にこにこ顔のギルドマスターがシュナの傍で立ち止まると告げた。


「とりあえずあれだ、ちょいと面貸せや」



 **



「お前さん、雷の剣士と次代の聖女の面倒を見てやってくれねぇか?」


 シュナとの一戦の後、ギルドマスターであるウィッグ・ハーゲンの部屋に連行された俺は応接セットのソファーに座らされるなりそう告げられた。


 俺の向かいには禿げ頭をやたらテカテカさせたギルドマスターが座っている。身を乗り出してこちらを伺う様子は何となく圧をかけられているような気がしてどうにも落ち着かない……というかこれは圧をかけてるよな? 絶対にかけているよな?


 俺の隣にはイアナ嬢。


 不機嫌そうに口をへの字にしている。良家のお嬢様がふてくされているようでちょい微笑ましくもあるな。


 ま、実際良家のお嬢様なんだが。


 グランデ伯爵家次女の彼女は黙ってさえいれば立派な伯爵令嬢だ。うん、少なくとも見た目はご令嬢で通せるはず。喋りさえしなければOKだ。


 イアナ嬢がこちらを睨んだ。


「あんた、失礼なこと考えてない?」

「いや、別に」


 だから口を開くなよ。


 こらこら、そんな目をするんじゃない。


 こいつのどこが「次代の聖女」なんだ?


 納得できん。


 俺はイアナ嬢の視線を避けてギルドマスターの禿げ頭を見る。やたら光ってるけどこれ本当に照明のせいか?


 何か変な呪いでもかかってるんじゃないのか?


 コホン。


 禿げ頭、ではなくギルドマスターが咳払いした。


「ギルド内での私闘は良くて罰金、悪くすれば冒険者資格剥奪だ」

「……」

「わかってるよな? お前さんの返答しだいで状況はどうにでも転ぶんだぜ」

「……」


 俺が黙っていると悪そうな笑みのギルドマスターは口の端をさらに上げる。嘲笑の感情精霊だってこんなに邪悪そうにはならないぞ。


「いっそ冒険者やめちゃえば?」


 と、イアナ嬢。


「そしたらあたしが従者として雇ってあげる。少なくともあんた強いし」

「……」


 おいおい、何で半笑いなんだ?


 すんごい胡散臭いぞ。


「次代の聖女の冗談はともかく、ギルドとしてもあれなんだ。正直、お前さんを脅してでもあの兄ちゃんを押しつけたいんだよ」

「いや、脅したら駄目でしょ」

「罰則はちゃんと適用するからな」


 ギルドマスターの目が細まる。僅かに頭を傾けたせいか禿げ頭がきらりと輝いた。


 俺は唇を噛んだ。


 イアナ嬢が再度誘ってくる。


「冒険者なんて辞めてあたしの従者になりなさいよ」

「いや、冒険者は辞めないぞ」

「そうだな、冒険者資格剥奪はしねぇから安心しな。その代わりこっちの言うことを聞いてもらうぜ」

「……」


 その禿げ頭、一発引っぱたいていいか?


 程度にもよるが冒険者ギルド内での私闘をした場合、罰金か強制クエストの処分を受けるのが通例だ。ギルドマスターは軽々しく資格剥奪を口にしているがよほどのことをしなければそこまでには至らない。


 けどなぁ、俺とシュナがやったあれってなかなかに派手にやらかしてるよなぁ。


 聖剣ハースニールなんてご都合主義ウェポンでなければ間違いなく被害甚大だっただろうし。


 俺だって一歩間違えば狂戦士化してたしなぁ。


 うーん、状況的にはアウトかも。


 俺は腕を組んだ。


「金貨500枚で罰金に足りますか?」


 とりあえずこのくらいで済むなら金で解決しよう。うん、そうしよう。


 もうちょい払えるが足下を見られても困るからな。


「えっ、金貨500枚って大金……」


 おや?


 イアナ嬢は伯爵令嬢なのにこの金額の価値がわかるのか?


 お金なんて気にしない湯水ちゃんだと思ってたよ。


 そうだな、金貨500枚だと例えばノーゼアの一等地とまではいかないがある程度の安い邸宅なら買える金額だな。


 王都の騎士団の下級士官なら二年分の年収ってところか?


 しかし、ギルドマスターが鼻で笑った。


「そんな端金でどうにかできると思ってんのか? ギルド嘗めんなよ。お前さんが詫入れるってんなら金貨1500枚だ」

「……」


 うん。


 払う気になれば払える金額だ。


 そっちこそ元公爵家執事を嘗めるなよ。


 とはいえ、あくまでも「かき集めての金額」なのでできれば無理をしたくない。


 お嬢様にもしものことがあって金が必要になったときに用意できなかったら困るしな。


「わかりました。金で解決しようとするのはやめます」

「わかればいいんだよ。てか、大人しくこっちの言うこと聞いておけや」

「……」


 いつかその禿げ頭に落書きしてやるからな。すっげえ卑猥な落書き描いてやる。


「うーん、1500枚かぁ、あたしもすぐには出せないかな。うちの金に手を出せば余裕なんだけどそういうみっともないことをしたくないし」


 おっと、イアナ嬢はやっぱりあれか。


 前から思っていたが自分と実家の間に線を引いてる感じか。


 嫌いじゃないぜ、そういうの。


 がっかりしたようにイアナ嬢がため息をついた。


「あーあ、せっかく強い従者をゲットできると思ったのに」

「……」


 そんなに俺を従者にしたいのか?


 だが残念。


 俺はお嬢様の物だからな。


 口に出してしまうとそれはそれでイアナ嬢に絡まれそうなので黙っておく。


 数秒、沈黙が流れた。


 一つ息をつき、ギルドマスターが話をしようとしたときドアをノックする音がした。


 ほぼ同時に俺たち三人はそちらを注視する。


「ギルドマスター、今、よろしいでしょうか」


 ギルド職員の若い女性の声だった。。これは……あれだ、前に俺をギルドマスターの部屋に案内してくれた女性の声だ。


「どうした? 何かあったか?」

「それが……あ、ちょっと!」

「失礼するよ」


 言葉とともに赤毛の男が入ってきた。


 シュナだ。


 てか、こいつどうしてぴんぴんしてるんだ?


 一応殺さないように手加減したとはいえ、俺のパンチは相応にダメージが残るはずなんだが。


 シュナがふふっと笑った。


「僕がノーダメージなのに驚いているようだね。一つ教えておいてあげよう、僕の聖剣ハースニールには持ち主を癒やす力がある。もしあのとき僕が気を失わなかったら勝敗は変わっていただろうね」

「……」


 何それ?


 幾ら何でもご都合主義ウェポン過ぎやしませんか?


 ……おっと、つい言葉が丁寧になってしまったぞ。


 俺はシュナの腰の剣に目を遣った。シュナに戦意がないからかギルドのロビーで戦っていたときのような物騒な感じが消えている。こうして見るとただの使い込まれた剣だ。まあ高価そうではあるが。


「おや? そんなに聖剣ハースニールを見つめてどうしたのかな? 君が欲しいと言ってもこれはあげられないよ。何しろ僕の命も同然、いやそれ以上だからね」

「やっぱりこいつ馬鹿だわ」


 イアナ嬢が悪態をつくが小声だったからかシュナには聞かれなかったようだ。良し、トラブル回避。


 俺は内心ヒヤヒヤしながら尋ねた。


「で、何の用だ?」

「それはだね」


 ちら、とシュナがイアナ嬢を見遣る。


「僕がノーゼアにいる間はグランデ伯爵令嬢と組むつもりでいたんだけどね、それに君も加えてあげようと思ったのさ。君、なかなかに強かったよ。僕は実力のある者は素直に評価することにしているんだ。どうだい? とても名誉なことだろ? この僕に声をかけられるなんてそうそうないことなんだからね」

「……」


 とても名誉なこと、じゃなくてとても迷惑なことの間違いでは?


 何となく面倒くさくなりそうなので口にするのは止めておいた。


 つーか、ギルドマスターが「いいぞ」てな感じに笑んでるのだが。俺、もしかしてかなりまずい状況?


「こいつ、あんたとは組まないわよ」


 お、イアナ嬢、ナイスな発言だ。


 俺が心の中で親指を立ててやると彼女は勝ち誇った口調で続けた。


「だって、こいつはあたしと組むんだから」

「……」


 いやいやいやいや、俺はそんなこと一言も言ってないぞ。


 こいつ、俺を従者にできないと判じたらパーティーメンバーとして組もうとしてやがる。


「じゃあ問題ないだろ? 僕と君たちとでパーティーを組めば全て丸く収まる。いやぁ、良かった良かった」


 シュナがパチパチと両手を叩いた。おい、イアナ嬢がお前とは組まないって言ったのを聞いてなかったのか?どうしてその結論に達する。


「決まりだな」


 一際大きな声でギルドマスターが告げた。


「雷の剣士シュナ、次代の聖女イアナ・グランデ、そしてジェイ・ハミルトン。この三人でのパーティー結成をノーゼアのギルドマスターであるウィッグ・ハーゲンの名の下に承認するぜ。おめでとう」

「ちょっ、何でこいつと……」

「俺は誰とも組む気はないんですが」

「いやぁ、めでたい。これでうちのギルドも安泰だ」


 イアナ嬢と俺の言葉を完全に無視してギルドマスターがガハハと笑った。


 ギルドマスターの宣言を歓迎するようにシュナがうんうんとうなずいている。


 お、俺は一匹狼の方が気楽なのだが……くっ、シュナとギルド内で私闘なんてしていなければもっと強く拒否できるのに。


 こうして、半ば強制的に俺たち三人はパーティーを組むことになったのであった。

 

 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ