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8 過保護だったり、厳しかったり

「苺ってね、赤くて小さくて可愛いの。それでね、食べるとすごく甘くて、すごく美味しいんだよ」


 白の皇帝は《(くう)(じん)と手をつなぎながら、どれだけ自分が苺を好んでいるのかを語る。花冠を作りながら《空》神が現れるのを待っていた草原からふたりはなだらかに下り、苺が自生している盛りや平原を目指した。

 頭上に木々の枝や葉が生い茂る、日差しもあまり届かぬ鬱蒼とした場所では苺は実らない。目指す場所は比較的日差しもあり、足元も悪くはない場所だから、散歩や冒険をしながら探すのに苺はちょうどいいのだ。白の皇帝は語る。


「でね、苺は季節ごとに実る場所や種類が変わるんだ。なかには食べるより、ジャムやソースを作るのに適した苺の季節もあるから、ちょっとややこしいの。だって、そういう苺はちょっと酸っぱいんだ」


 でもね、と白の皇帝はどこかに実った苺は見えないかなとキョロキョロとしながら、


「いまの季節の苺は、摘んですぐに食べるのがいちばん美味しいから、いっぱい摘んで、いっぱい食べようね」


 そう言って、《空》神も探すことに興味が持てるよう、彼の手をくいくいと引っ張る。

 苺は地面に限りなく近い定位置で実る、小さな果物だという。


 ――白の皇帝とまったく目線の高さがちがう自分に、見つけることができるのだろうか。


 そんなことを考えてしまうと、《空》神は危うくため息をつきそうになる。それを下から覗きこむようにして、白の皇帝はくすくすと笑う。


「――でね、《()(がみ)はすぐに何でも作れるから、苺が好きだからいっぱい食べたいって言ったら、あたり一面の平原を全部苺の畑に変えてね。いつでもお好きなときにお召し上がりくださいって、言ってはくれたんだけど……」


 たしかに新たに耕作された一面は、見事に端々まで多種が実る苺畑へと変貌し、見渡すかぎりの苺に白の皇帝はかなり嬉々と興奮したのだが、


「すぐに苺が食べられるのは、俺、好き。たくさんあるから、いっぱい食べられるし」


 でも、白の皇帝が望んでやってみたいと思う苺摘みとは、何だかちがう。


 ――好きなものが目の前に広がることに、不満はない。


 だが、白の皇帝としては森や草原のなかを歩きながら、ほかに目移りしたり、風景を楽しみながら遊んで、そのなかで美味しそうに実っている苺を見つけて摘み、気ままに食べたいのだ。

 見つけた喜びと、食べたいときの美味しい喜びを感じて、苺摘みを楽しみたいのだ。


「だからね、せっかく作ってくれた苺畑も大好きだし、俺も大切に育てているけど、もうちょっとこう……宝探しみたいに楽しみたいのって言ったら、何て言ったと思う?」


 ――そのように何かを探しながら歩くのは、危ないことです。


《地》神は大まじめに言って、白の皇帝が望むような森や平原には苺が実らないようにしてしまった。日ごろの《地》神の温和な性格を思えば、これはかなり暴挙だった。

 それではつまらない、と白の皇帝は頬を、むう、と膨らませたが、《地》神はそれに情を流さない。それどころか、日ごろの白の皇帝のとなりに立ち、世話を一切預かっている《()(がみ)に対しても、


「何でもかんでも言うことを聞いて、俺を甘やかすな……って、《地》神はそんなことも言ったんだよ!」


 そのときの《火》神ときたら、最敬愛する己の唯一主神である《地》神と、世話を通じて最愛となった白の皇帝との問答に巻き込まれて、ずいぶんと困り果てた表情をしながら、どちらを宥めるべきかとかなり苦慮していた。

 しまいには長椅子にぐったりと腰を下ろしてしまい、額を押さえ、眉根を寄せて、早々に戦線離脱してしまったのだという。


「でもね、《地》神は意地悪をしてそんなことをしたんじゃないの。ほんとうは、俺のことをすごく心配してくれているの」


 ――そう。


 過剰なほどに心配されるだけのことはあったのだ。

 世界創世期のこの時代に迷い込んだ白の皇帝は、すべての事柄において不慣れで不安で、早くもと居た時代に帰りたいと思い、何度も保護してくれている《火》神のもとを抜け出して、ひとりで勝手に出歩いたことがある。そのときに古代竜と遭遇し、食べられる危機に直面したことがあった。

 古代竜は「竜」と名を持つものの竜族とは明らかに似て非なる爬虫類種で、それこそ形状も種類も大きさもさまざまで、だが現在の地上においてはどれも最強を誇る生物であった。出くわした古代竜は、種類から言えば小型だったが、肉食で獰猛。


 ――その危機に瀕したときに助けてくれたのが、若き青年の《地》神。


 彼との出会いは、それが初めてのことだった。


「……それでね、《地》神が古代竜たちに俺は餌じゃないんだから、ぜったいに襲っちゃダメだよって言ってくれたんだけどね」


 大地神の主神として、大地の覇王として厳命を下せば、地上においてこれに従わぬ者はいない。古代竜たちは深々と頭を下げて従った、その前に立つ《地》神は威厳を振るっているようすなどない優しげな青年だったのに、奇妙な風格があったのを白の皇帝はおぼえている。

 だが、どれほど絶対的な厳命が下されても、危険に関してはつねに万が一のことはある。古代竜やその他の動物たちが白の皇帝を襲うことはないにしても、もし、崖から白の皇帝が転落などしたら、森の奥で迷い、木々の枝に身体を掻いて、髪を絡ませて怪我でもしたら……。

 などと、《地》神はつぎからつぎへと心配事を膨らませてしまうので、白の皇帝はひとりで出歩くこともままならず、自分が描く冒険や苺摘みを取りあげられてしまい、じつはかなり不満に思っていた。

 竜の五神たちは基本的に、白の皇帝には際限なく甘い。

 彼が何かを言えば、すぐに望みを与えてくれる。

 しかし、何より大切な存在だからこそ、ときには頑なに甘やかすことができないこともあるのだ。

《地》神はまじめな性格もあって、普段は清楚にも近いが、ときおりやんちゃな少年の面を見せる白の皇帝の考えや意見が合わず、言い争うことも出てきた。

 でもそれは、互いを知り、互いに信頼し合っている証でもあり、《地》神の大地主神として、竜の五神としてのさらなる成長にも必要な事柄だろう。


 ――話を聞くかぎり、簡単なことでも言い争うことができる仲が羨ましい。


 白の皇帝の話を聞きながら、《空》神はふと思う。

 自分はいま、白の皇帝とこうして手を繋いでいるものの、会話は白の皇帝の一方で、話してくれるそれらに返す会話が自分にはない。

 会話も白の皇帝がいろいろなことを自分に教え、伝えようとしてくれているのだなと思えるだけに、自分はほんとうにこの白き少年に気を使わせてばかりいると感じてしまい、かえって返答に困ってしまう。


 ――何事にも興味はないが、けっして物を知らないわけではない。


 知識としては多方を知るというのに、目の前の簡単な会話には何もかも不自由になるとは……。


 ――こんな自分が、目の前の少年を最愛とするのは正しいことなのだろうか?


 考えれば考えるほど、何か気落ちするばかりだが、


「でもね、今日は《空》神がいっしょだから大丈夫って言ってくれてね。俺、やっとほっとできたんだ。――ありがとう、《空》神」

「白の皇帝……」


 言って、心底嬉しそうに白の皇帝が手を握る力を込めてくるので、《空》神はそれだけで心が落ち着き、温かな愛情で満たされた。

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