4 苺とトマト
「――それよりも。本日はお誘いいただきまして、ありがとうございます。たしか苺とは……白の皇帝がお好きな食べ物でしたよね?」
問われると、白の皇帝も当初の目的を思い出して、ぱぁ、と表情をかがやかせる。
「そう! 俺、苺がいちばん好き! 苺にはね、いろんな種類があって、とっても美味しいんだよ」
肉や魚を主食とする竜族とはちがい、白の皇帝――ハイエルフ族はそれを口にすることはない。代わりに、彼らが添え物としている野菜や果物を主食としている。
なかでも苺は白の皇帝がもっとも好む果物で、気がつけばそればかりを口にしている。
白の皇帝にとっては世界創世期のころにあたるこちらで、「苺はあるか」と尋ねたことがある。誰に聞いてもわからず、竜の五神であり、大地神の主神でもある《地》神がようやくのことでそれを見つけて来てくれたのだが、――それまでにはちょっとした苦労があった。
世界創世期の竜族は言語こそ持つが文字はまだなく、すでに数多ある物事や事柄にも詳細に固有名詞をつけることをしていない。
野菜や果物も最低限の区別ていどに名詞を与えてはいるが、どれほどの種類があっても、明らかに形容がまったく異なっていても、野菜は野菜、果物は果物。
反して数多を明確に固有名詞で区切りをつけている時代で暮らしていた白の皇帝にしてみたら、何事も大雑把だなぁ、と言う感じになる。
――そう。
白の皇帝はもとより、この世界創世期のなかで誕生した種族ではない。
彼にとってこちらは「久遠の昨日」、反して竜の五神にとって白の皇帝は「久遠の明日」から来たと称するしかないほど、本来暮らしていた時代は異なる。
――白の皇帝は、ひょんなことから遥か太古の時代である世界創世期に迷い込んでしまった、言わば幻のような少年。
どうやってこちらに来たのかがまったく皆目見当もつかず、当然、もと居た時代へ帰る術も見当がつかないため、こうして出会った竜の五神たちに保護され、いまはのんびりとした日々を過ごしている。
いまも、そうだ。
「……でね、苺はある? って、《地》神に聞いたんだけど」
《地》を司る以上、大地の上で知らぬ事柄などないはずの若き青年は困ったように小首をかしげて、白の皇帝から苺の特徴を聞いてようやく心当たりがあったのか、了解したように頷いてくれたので、嬉々として白の皇帝は彼の帰りを待ったのだが、
「そこで《地》神が持ってきてくれたの、何だったと思う? トマトだったんだよ!」
いま思い出しても、真面目な顔をして自分に差し出してくれたトマトの衝撃が忘れられず、白の皇帝はくすくすと笑ってしまう。
それで白の皇帝は、ここでは自分の大好物を食べることができないかもしれないと本気で心配し、《地》神の手を取って探検に出かけると、幸運にも苺はこの創世記のころから自生しており、その発見とあまりの喜びようを見て、《地》神は苺の生産に力を入れてくれるようになったのだった。
「《地》神はね、お花を育てることも大好きでね、俺もときどきお世話を手伝っているんだ。――もうじきマリエスの花が咲くの、見に来てね」
楽しげに笑いながら言うものだから、《空》神にとっては誘われた花のことよりも、白の皇帝の笑顔を見ることができたほうが遥かに貴重で、愛しかった。
「お誘い、ありがとうございます。ぜひ、お伺いさせていただきます」
「そのあとは、いっしょにお菓子を食べようね。俺、いまはシフォンケーキが好きなの」
「さようでございますか、楽しみですね」
「生クリームをね、いっぱいつけて食べるんだぁ」
白の皇帝は嬉々と語るが、じつのところ《空》神にはそのほとんどが理解できない。
無論、大まかな事柄はさすがに理解の範囲だが、細かな物事を指す固有名詞を口にされると理解も想像も追いつかない。
――白の皇帝をいまでも笑わせるトマト、とは……。
いったい、どのようなものなのだろうか。
見ればわかるのか、それとも、見てもわからないものなのか。
せっかく自分を前に楽しげに話す白の皇帝との会話で、何ひとつ裾野を広げることができないのは申し訳ないとしか言いようがなく、内心、《空》神は途方に暮れてしまうが、それに関しては白の皇帝のほうが心得ていた。