1 苺摘みに行こう
――苺摘みに行こう!
そう白の皇帝が《空》神を誘ったのは、誘われたほうにしてみたら大変めずらしい事柄であった。
ハイエルフ族の少年に初めて会った瞬間、どうしたらいいのか分からないほどの愛しい感情に脳髄まで支配された《空》神は、泣いて嫌がる白の皇帝を無理やりに手籠めにしてしまい、……以降は会うたびに警戒されて、どことなく距離を取られてしまい、ふたりだけで会うことを極力避けられてしまっている。
――もう何もしないから、笑った顔を見せてください。
そう言って、怯えさせないようにそっと手を伸ばしても、白の皇帝はその手を信用してはくれない。それをすると、きまって彼は瞳も表情も怯えた色を浮かべてしまうのだ。
――お願いです、怖がらないで……。
ほかの竜の五神に対しては、そのような態度を見せることはないというのに、どうして自分ばかり。
いや、それだけのことをあの小さな白き少年にしてしまったのだ。仕方のないことだ、と理解はできる。だが――。
――せめて、目が合ってもすぐに顔を背けないでください。
――せめて……。
最初は、どうしたら姿を見せても怯えずにこちらを見てもらえるだろうか、《空》神はそればかりに苦慮し、誰かを介してもなかなか白の皇帝のそばに寄ることが叶わなかった。
それから白の皇帝にどのような心境の変化が訪れたのかは、分からない。
けれども、どこか怯えた緊張を孕んだようすに変わりはないが、それでも白の皇帝からゆっくり、ゆっくりと歩み寄ってくれるようになったのだ。
――《空》神。
恐る恐るだけれど、名を呼んでくれるようになった。
――せめて、手を取りたい。
――せめて、その頬に触れたい。
そう思って無意識に手を伸ばしてしまうと、びくり、と身体を震わせて、白の皇帝は二歩も三歩も下がって逃げてしまうが、それでもゆっくり、ゆっくりと歩み寄ってくれるようになった。
――それから、しばらく。
白の皇帝自ら《空》神に、「苺摘みに行こう」と誘いをかけてきた。
声をかけられたとき、《空》神は思わず目を見開いてしまった。
いったい、どのような心境の変化があって、そのように声をかけてくれたのだろうか……。