計算だって出来るもん
私がこの家に来て5日目、ダラスお兄ちゃんはお人形を買って来てくれた。
マペットって言うのかな?ハンドパペットだったけ?
兎に角、中に手をいれて動かす人形だ。
しかしこのマペット?
醜い魔女のおばあさんの形をしてるんだよ。
もっとほら、可愛いクマさんのぬいぐるみとか、猫のぬいぐるみとか無かったんだろうか?
もう少し大きくなってから分かったんだけど、この国には魔女のマペットしか人形らしい人形はないんだよ。
でも、何で?
ダラスお兄ちゃんは自分の左腕に私を抱えて座り、右手でマペットを操りながら、童話を語ってくれるんだけど、その語り口がさぁ、老婆の口調なんだよね。
「ある年のことじゃった。都会に住んでいた若者が・・・・」みたいな口調ね。
全ての童話は魔女の語りで作られてるんだって。
ああ、それで魔女のマペットなんだってその時合点がいったよ。
何でこの世界では、御伽噺は実際には存在しない魔女の領分みたいになっているんだろう?
ダラスお兄ちゃんだけじゃなくて子供に童話を聞かせる時は、マペットを使って魔女がお話しているってスタイルしちゃうんだぁそうな。謎すぎるぞ。
変なの~。
兎に角、ダラスお兄ちゃんが律儀に魔女のマペットを使いながら自分の記憶の中にある童話を毎日の様に聞かせてくれるのが私の楽しみの一つなのだ。
私は変な赤ちゃんだと認識されまいとダラスお兄ちゃんと二人きりでも居間などの何時誰が入室するかわからない所では口を利かない。
お兄ちゃんの部屋に二人きりの時だけ話すものだから、段々とおにいちゃんにも私の意図が分かったみたい。
「お前、二人きりってのが確約されないと喋らないのな。まじで頭いいな~」
ダラスお兄ちゃんこそ伝手が無いにも関わらず役所に勤める事が出来ているので、それは難関で有名な就職試験に合格してる事の証だ。
つまり、相当頭は良いと思うんだけどね。
「で、お前算術とかはできるのか?」とダラスお兄ちゃんの部屋にいる時に聞いて来た。
「できりゅ」
「足し算は?」
「できりゅ」
「引き算は?」
「できりゅ」
「乗算は?」
「できりゅ」とドヤ顔で応えたら、「掛け算じゃなくて、乗算で通じるのかぁ・・・・」と計算が出来るより、そういう国語的な所でしきりに感心してたよ。
「割り算は?」
「もちのりょん!」
「お前なぁ~」と溜息を吐いたお兄ちゃんを生暖かい目で見守ってあげた。
すると、お兄ちゃんは仕事で使った紙を裏紙として使い、そこに簡単な計算式を書いて行く。
もちろん私の計算は暗算になる。
「上かりゃ、6、1、12、111、1/3」
「おまっ!百の位まで暗算か?それに分数まで!!」
しかしダラスお兄ちゃん、仕事場の紙を持って帰ってもいいのかな?
日本だとそれNGだよ。
確かにこの世界の紙は贅沢品だってこの前言ってたから、捨てるなら再利用ってなるんだろうけど、個人情報とか他人に知られてはいけない情報とかその紙には書かれてないのかな?
でも、そんな事を聞いても、何故私がそれを聞くのかお兄ちゃんには分からないだろうなぁ。
常識があっちとこっちでは全然違うもんね。
まだまだ余白が残っている紙を見て、私のいたずら心が疼いた。
だってまだ赤ちゃんだものね、いたずらしたいのは当たり前の衝動だよね。
ダラスお兄ちゃんが持っていたペンを捥ぎ取り、幼児のあまり器用でない手で紙の余白に苦労して書き込んだ。
ありがたい事にこちらの世界の数字はアラビア数字とほとんど同じで7だけが別の書き方なので、前世で書き慣れていた分、多少は書きやすい。
3×0=
「ん?これ何だ?6か?」
「ちゃう」
「ん?だったら9か?」
「しょれもちゃう」
「ん?」
「にゃんにもないっていう意味のジェロだよ」
「ジェロ?」
「ちゃう。ジェロ」
「だからジェロ?」
「んんん!ちゃうジェロ!」
この赤ちゃんの口が恨めしい。
どんだけ頑張ってもゼロって発音できない。
「とにかく、なんにもにゃいってこと!」
「う~ん、こんな記号見た事ないから分からんな」
「にゃにを掛けてもにゃんにもないのでジェロはジェロ!」
「む~~ん」
この世界にはまだゼロという概念がないので、ダラスお兄ちゃんをしても理解してもらえなかった。
ドヤ顔をするつもりだったけど空振りに終わった。とほほ。