存在感ゼロの俺は転生しても空気のようです
いろいろと稚拙かもしれませんが、優しい目で見てもらえると嬉しいです!
突然だが、僕は影が薄い。
一日中、だれにも話しかけられないのなんかしょっちゅうだし、いじめなのかと思うぐらい先生は僕のことに気づかず毎回欠席扱いにしようとする。
『今日は二月二日だから、出席番号二番の秋原……ってなんだ欠席か。だったら出席番号―――』
『先生、僕います』
といった具合に
小学生の時の劇の役も村人Aですらない。ただの木。見に来た母親も僕が出ていたことにすら気づきすらしない。
そしてさらに……と僕の影の薄さを象徴する例を挙げればきりがないのだが、時間が足りなさすぎるので割愛する。
ちなみに全く関係ない話だが、中学生の時に見たバスケ漫画の主人公が僕と同じ影が薄いのが特徴の主人公で一時期あこがれた。『幻のシックスマン』とかいう二つ名も当時の僕の中二病に響き、バスケを始めたこともあった。
が、公園で一人で『イグナイトパスっ!』とか叫んで、その漫画の技を真似たら速攻で指の骨を折る羽目になり、それっきりバスケットボールに触れることはなくなった。ちきしょうめ。
とまあ、自分のこれまでの人生を振り返ってみたがなかなか地味な人生だ。とはいっても、別に不幸だったというわけでもない。ちゃんと食事があって学校にも行けているのだ。命の危機に瀕したことなんかもない。
ただし、それは今までの話ではあるが。
こんな自分語りをしたのは、この世界にはいないであろう家族、もしくは誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。というのも僕は人生で一番といってもいいほど死の危険を感じてる。
道を歩けば見上げるほどの大きさで、地球上のどの生態系にも属さないだろう魔物が闊歩し、果てには僕はなぜか魔王とか言うとんでもないバケモノの退治を命じられている。
お父さん、お母さん。
僕は今、魔王城にいます。
さかのぼること数時間前。
学校から帰り、家で優雅にラノベを読みながらポテチとコーラのコンボを決め、怠惰を極めていると突然光り出す床。軽くなっていく体。そして薄れゆく意識。
(え、え!?なにこれ!?)
助けを呼ぼうにも声が出ない。気づいたときには、僕の体はまばゆい光に呑まれていた。
「おお!ついに伝説の暗殺者の召喚に成功したぞ!」
「やりましたね王よ!」
しばらくすると、聞きなれない声が耳に入りゆっくり目を開けると、僕がいるのは巨大な空間だった。
一面、金やら銀やらの光沢をこれでもかと醸し出した場所で広さも僕の学校の体育館の数倍は広いんじゃないか?
僕がへたり込んでいた床には魔法陣のようなものが描かれており、視線の先にはあごひげをもっさりと生やし、王冠を被って玉座に座る小太りの男性。
その隣には全身を鎧で身を包み、装飾は飾られていないにも関わらず見惚れてしまうほど美しい剣を携えた騎士が直立していた。
ここまで情報が集まれば、今までそういった創作物を読み込んできた僕には状況が呑み込めた。
「これ、異世界転生ってやつじゃん」
何の変哲もない少年が異世界に呼ばれて無双する。その過程で女の子にモテモテになったりなんなり。男なら一度はあこがれるものだ。
もしかしてチートスキルとかもらっちゃってたりするのだろうか?そしたら美少女に囲まれてハーレムなんてのも……
「……む、おい。伝説の暗殺者はどこにおるのだ?全然、姿が見えんぞ」
「どこかにはいるのでしょう。もしかしたら隠れているのでしょうか?」
「あ、あのここにいます」
「お、おい。なにか聞こえてくるぞ」
「だ、だから僕はここに―――」
「おい!王の御前であるぞ!大人しく姿を現すのだ!」
「だからここにいますって!」
その後、王様らしき人の前で奇声にも近い叫び声をあげることで僕の存在をようやく気付いてもらった。
その後、王様とそばにいた足先から頭まで鎧で覆われた騎士(たぶん男)に僕がこうなった経緯について説明してくれた。
この世界には魔法、魔族、エルフなどファンタジーあふれる世界観で、現在この国は魔王軍によって攻められているという。このままでは人間は滅ぼされてしまうと王さまは考え、異世界から救世主、すなわち伝説の暗殺者とやらをこの世界に呼び魔王とやらを倒してもらいたいらしい。で、呼ばれたのが僕というわけが……
「うむ、貴殿がまさしく伝説の暗殺者ならこの程度の仕事、朝飯前であろう」
「そうだ。我々が貴様を呼んでやったのだ。我々に感謝してしっかり働いてもらわねばな」
伝説の暗殺者ってなに?人間どころか虫一匹すらまともに殺せもしないのに。いったい僕のどこが暗殺者なんだ?影が薄いことぐらいしか暗殺者に向いてない気がするんだけど。
そしてなにより、こういっちゃ悪いんだけど―――
「貴殿は光栄にも選ばれたのだ。我が王国を救うものとして!そしてあの忌々しい魔王を打ち倒さんとする救世主として!」
「光栄だろ!うれしいだろ!」
「貴殿も我が王国の力となれることを誇りに思うがよい」
「誇りに思え!」
この人たち、めちゃくちゃ胡散臭い。言っていることがなんかヤバい宗教みたいなことだし。
王様の脂肪がたっぷり詰まった頬を揺れ動かし、復唱するように全身鎧の騎士が大声を上げる。王様のそばにいる騎士の人が同じことを言うだけでなく語彙力もなんだかつたなく思える。
そしてあまりこういうことを言いたくはないのだが、彼らの言うことはかなり勝手だ。僕のことを勝手に異世界に呼んでおいて魔王とか言うヤバい奴を殺させようとしているのだ。
加えて、先ほどから王様やそばにいる騎士の口からはやたらと自国のことを持ち上げようとしている節がある。要は自分たちの行いは全肯定、魔王軍は完全に悪者扱いだ。
今すぐお家に帰りたい。人殺し、いや魔王殺しなんてやりたくもない。
けど、この人たちが逃がしてくれるはずもないしな~。自分の考えは絶対に正しいと思っている人には何を言っても無駄なのはどの世界でも共通だろう。
そうこう考えているうちに王様は玉座から立ち上がり、先端に球体の宝石が取り付けられた錫杖を片手に空間全体に声を響かせる。
「時は来た!伝説の暗殺者が来たからには魔王軍など敵ではない!これより魔王軍の殲滅作戦を開始する!任せたぞ、ガリフィード!」
「はっ!」
王様に一礼するや否やその騎士は僕の眼にも止まらぬ速さで飛来する。鎧のせいで表情は見えないが、今の動きから実力は折り紙付きなのだろう。
「私の名はガリフィード・エンデル。貴様の名は?」
「あ、秋原俊也です」
「シュンヤ。では行くぞ。貴様の力、偉大なる我らが国のためにどんと生かせ」
「行くってどこにですか」
戦闘の訓練かなにかかだろうか。それとも武器の調達とか。というか状況を全く飲み込めてないので少し落ち着く時間が欲しいところだ。
が、エンデルの口から出たのはただでさえ情報を飲み込めず喉元で詰まらせているところに、さらなる情報を口にぶち込まれるようなものだった。
「どこって、決まっているだろう。魔王城だ」
「……え?」
聞き間違えか?いきなり採用した新入社員に国を動かすプロジェクトを任せる会社があるだろうか?
「ちょ、ちょっと待ってください!僕まだ準備とかなにも―――」
「よし、では出陣だ!」
エンデルはゴリラのような腕力でそのまま僕を王室から引きずり出す。というかこの人、人の話ぜんぜん聞かないな!
「ではいくぞ!魔王を打ち倒しに!そして我らがすばらしき国の繁栄のために!」
「ちょ、だからちょっと待ってくださいてば~~!」
こうして異世界に召喚されてすぐに魔王城ヘと進軍する(強制的に)ことになったのだ。
その後、いろいろと魔法とやらを試そうとしたが特に発動することはなく、僕には特にチート能力というものはないことが分かった。身体能力とかはそのままだし。
しいて言えば、影の薄さが強くなったことだろうか。影の薄さが強くなるという言い方が正しいかどうかはわからないが。
以前の僕なら、せいぜい気づきにくいというだけで僕から声を掛ければ存在に気づいてはもらえた。が、今の僕は大声を挙げてもその声の出所に気づいてすらもらえない。ほぼ透明人間みたいなものだ。
そのおかげもあってか道中、魔物に狙われることはまったくと言ってもいいほどなかった。
そうなると、魔物が狙うのは僕と一緒にいるエンデルになるのだが……
「はははは!どうしたどうした!その程度では我が鎧に傷一つつけられんぞ!」
三つ首の狼の魔物が凶悪な鉤爪をむき出しに、エンデルに襲い掛かる。その前足の薙ぎ払いで家一つ吹き飛ばしかねないほどの勢い。
が、エンデルは腕を突き出すとその薙ぎ払いを難なく受け止める。その兜の下ではきっと涼しい顔をしていることだろう。
そのまま聖剣エクスンカリバーを魔物に突き出すと、眼が眩むほどの雷光が剣から放射され魔物は瞬く間に両断される。地面には魔物の残骸と聖剣によって地の深くまでえぐられた地面が残るだけだった。剣から出た雷光はいまだに森を焼き進んでいる。僕の視線の先には木が避けるように綺麗に道ができていた。
明らかなオーバーキルだ。というかもうこの人ひとりで十分だろ。僕呼ぶ必要本当にあった?
「ははは!どうだ見たか!シュンヤ!私の力を!」
「は、はあ。すごいですね」
「そうだろ!千騎当千とはこのことだと思うだろ!」
「は、はあ」
僕がエンデルの問に首を縦にすると、エンデルはますます調子に乗っていった。まあ、実際強いのは事実だし。というかだったら僕はいらなかったのではとおもったり。
この人、いったいいくつなのだろうか。おそらく男なのだろうが、なんだか精神年齢はとても低そうだ。千騎当千は普通の人間なのでは?やはりこの人、語彙力が少し残念なのでは?
エンデルが自分の力に酔いしれて笑っていると、僕の視界の端から白いなにかが通り過ぎる。次の瞬間にはエンデルの体には糸が巻き付けられ、エンデルは宙づりになっていた。
糸の始点には巨大なクモが尻から糸を吐き出していた。おそらくこれも魔物なのだろう。
エンデルは完全に油断していたのか、完全に糸にとらわれており身動き一つとれていないようだ。
「こ、殺せ!」
あんたはゴブリンに襲われる女騎士か。くもに気づかれないようにひっそりと糸をほどいてやった。
魔王城には国を出て、徒歩でだいたい三十分で着いた。ほぼ近所である。仲が悪いのになぜこんな近くにあるのだ。元の世界でセブンとファミマがなぜか真向かいにあったりするのと同じように、仲が悪いとお互い譲り合わないのだろうか。
魔王城の背後に魔族たちの町があるのだが、強力な魔物が闊歩する山々に囲まれており、町に行くには魔王城は通らなくてはならないというわけだ。
見上げても全体像が入らないほどの暗黒の城門を前に、僕とエンデルは立っていた。
「ふふ、ここまで長かったな、シュンヤ。だが、永久に思えた旅もここで終わる」
旅したのこの小一時間だけだよ、というツッコミを僕は飲み込む。エンデルに付き合ってたらきりがない。
「なぜなら魔王の命はこの私、ガリフィード・エンデルが終わらせるからだッ!」
エンデルが聖剣エクスンカリバーを振り下ろすと、放出された雷光が門を貫く。呆然とした僕を置き去りにしてエンデルは門の穴から魔王城へと入っていく。
成り行きでここまで来てしまったが僕もやらなければならないのか。ここまでくると僕もやけくそになっていたのか、とくに考えもなしに魔王城へと突入していた。
中はとんでもない騒ぎになっていた。突然、門が破られたから当然といえば当然だが。
逃げるもの、侵入者を撃退に向かうもの、様々だ。
門を破壊した当のエンデルはというと、魔族に囲まれていた。が、数の圧力に屈するどころかむしろ攻勢に出ていた。襲い掛かる魔族を一人、また一人と自慢の聖剣で薙ぎ払っていった。
そして、もう一人の侵入者である僕もいるのだがまったく気づかれることはなかった。影の薄さがここで生きるとは。
というか僕はどうするべきなのだろうか。命令されてここにいるが、そもそも魔王とかと戦う筋合いはないのだ。
怒号と破壊音が行きかう中、僕の視界には一人の女の子が目に入った。黒のドレスを身にまとい、頭からは二本の角が直角に突き出ている。しかし、そのかわいらしい端正な顔からは人間らしい雰囲気を醸し出しており、年端もいかないことがわかる。
周りが屈強な戦士なだけにその小柄な存在はあまりにも浮いているように見えた。身に着けているのが鎧ではなく高級なドレスなのもそれに拍車をかけている。
その子は周りの魔族に守られながら奥へと逃げていたのだが、エンデルが放った斬撃が柱に命中し、そのままその柱は女の子へと落ちていく。数秒後には無残に潰れた死体が出来上がることはいやおうにも想像できた。
僕の体はとっさに動いていた。
こんな僕にもなけなしの善意というものがあったのだろうか。それともただ死体を見たくないという後ろ向きな考えがあっただけ?
間一髪のところで女の子を抱えて、床に滑り込む。が、運動音痴がここで響いたのか顔面から着地してしまう。
「だ、だいじょうぶ?」
鈍い痛みが鼻先から広がっていくもそれを隠すように何とか女の子に向き合う。
近くで見るとその女の子の眼はパッチリしており、その幼さと相乗してなおさらかわいく見えてくる。こんな子が本当に悪さをするのだろうか。
女の子はついさっきまで死に面していたというのにその表情に変化の欠片もなかった。その小さな口が少しばかり開く。
「あなた、幽霊さん?」
「え?」
「目の前にいるのに気配が全然ない。おばけみたい」
生きているんだけどな~、しっかりと。
「お嬢様、だいじょうぶですかーーー貴様、お嬢様から離れろ!」
猛牛のごとく太い角が頭から突き出た魔族が、盛り上がった筋肉によって抱えられた斧とともに駆け寄ってくる。その眼差しには明らかに敵意が込められている。
どうやら僕がこの女の子に危害を加えようと思われたらしい。人間が魔王城にいたらそう思うのが普通ではあるが。
「ち、違うんです。これは―――」
「問答無用!」
僕の答えなど待たずに向かってくる魔族。差し迫ってくる死に対し、僕がやることとしたら一つだけだ。
「な!?逃げるな、臆病者!」
後ろからの怒号に肝を冷やすもそのまま女の子を抱えて逃げていく。速度は明らかにあちら側に分があったものの、僕の影の薄さのおかげかすぐに撒くことができた。今日ほどこの性質に感謝したことはないかもしれない。
急いで駆け込んだ扉の先には巨大なタルや宝箱などが詰め込まれていた。おそらく物置部屋なのだろうが、そこに置かれているモノはどれもこれも無駄に大きかった。
先ほど僕に襲ってきた猛牛の魔族のようにどの魔族も体が人間より体が一回り大きい。だからこの大きさが普通なのだろう。
「え、え~と、ごめんね。なんか変なことになっちゃって」
なぜか連れてきてしまった少女にできる限りの謝罪をする。あいかわらずニコリともしないがこれがこの少女の普通なのだろう。
さて。これから本当にどうしたモノか。先ほどの光景は僕がこの女の子を攫っているように見えただろう。少なくとも他人には。となると僕はエンデルと同じく魔族にとって敵となってしまう。捕まったら最後、骨一つ残らない気がする。そう思うと、心臓が締め付けられる。
「なんでさっき助けてくれたの?」
僕がこれからのことで頭を抱えていると、女の子がその小さな瞳をこちらに向けてくる。さっきとは柱がこの子にあたりそうになった時のことだろうか?
「なんでって、特別な理由はないよ。ただ危ないって思っただけよ」
「魔族なのに?」
その言葉には魔族と人間の間には完全な溝があることを示していた。が、そんなの僕には知ったこっちゃない。
「僕がこの世界に来たのはついさっきなんだ。そんなの関係ないよ」
別の世界から来たという言葉に女の子は少し目を見開くも、すぐに元の不愛想な顔に戻る―――はずだった。
「ふふ、ヘンなの」
ニコリと。
少しばかり頬を赤らめ、紫水晶の潤んだ瞳をこちらに向ける。先ほどとのギャップに僕の心臓は躍動していた。年の差がかなり離れているだろうが、この笑顔に何も感じない男が、いや人間がいるだろうか。いやいない。
「私はリテラ。あなたは?」
「あ、ああ秋原俊也、です」
年下相手にきょどりまくりな自分に情けなさすら思える。が、リテラちゃんはそんな僕の様子に優しく微笑み、魔族と人間の関係について無学な僕に根掘り葉掘り教えてくれた。
魔族はその凶悪な見た目から誤解されがちなのだが、意外と温厚ならしい。というのも現魔族の王が人間との共存を望んでいるかららしい。その魔族の王、すなわち魔王というのが―――
「私のこと」
「え、ほんとに?」
「うん。おどろいた?」
リテラちゃんはその小ぶりな胸を張り、自身の威光を示しているかのようにどや顔をしていた。
ん~~~~~~~~~~~~~~~~~かわいい
と、魔族側は人間と仲良くしたいんだけど肝心の人間サイドが全然協力するつもりはないらしい。
というのも魔族領にある魔石という元の世界で言う電力的なモノであるエネルギー源を欲していおり、魔族領を占領しこれを略奪する腹だという。
リテラちゃん曰く、魔石は電灯など、日常品のエネルギー源となるだけでなく、魔法に使う錫杖などにも取り付けられているらしくどれだけあっても足りないのだ。
それは分かるが、せめて貿易とかいろいろ手段があたんじゃないかとも思ってしまう。
「というかそれって、人間側が一方的に悪いんじゃ……」
「人間側というより、人間のトップとその従者の権力が強すぎて誰も逆らえていないだけだと思う」
人間側のトップは僕のことを呼んだあの小太りの王さまのことだろう。
「あの王様はともかくその従者の騎士が厄介。頭が小さいくせにむやみやたらに聖剣を振り回して暴れまわる厄介者。正直、私も困ってる。実力も頭の悪さも」
リテラちゃんは淡々と説明するもその言葉にはこれまで味わってきた苦労がのっていたように感じた。というかその騎士ってもしかしなくとも……
その刹那、すさまじい雷音とともに壁が爆破される。爆破の衝撃で僕は反対側の壁に叩きつけられる。乱雑に置かれていた樽などが緩衝材となってくれたおかげ僕の体は無傷ではあったが、今はそれどころではない。
視線を挙げると爆破した壁の中から出てきたのは件の騎士、エンデルだった。
「ふふ、ようやく見つけたぞ。観念するんだな」
「ガリフィード・エンデル……相変わらず扉から入らないやつ」
「ふふ、嫉妬か?まあ、これで魔王城の壁より私の方が強いことが証明されたわけだからお前の気持ちもわからないではないが」
どこを競っているんだこの人は?
「まあともかく、運よく続いた悪運もここまでだな」
「それは意味が被っているんじゃ?」
「い、今のはお前が気づけるかどうか試していたのだ―――ん、シュウヤではないか」
思わずツッコミを入れてしまうと、エンデルが僕のことに気づいた。こちらを振り向くとエンデルはあごに手を当て何か納得したようにうなずく。
「なるほど。貴様は私の居ぬ間に魔王を捕らえていたというわけか!」
「そうじゃなくて!というかなんでエンデルは魔族を攻撃するんだ!この人たちは悪いことをしたわけじゃないんだろ」
「なんだ、やぼから棒に」
それを言うなら藪から棒では、というツッコミを抑えた。というかこの人言い間違いひどいな。
「ふふ、気になるなら教えてやろう!私の計画を!」
「計画?」
「そうだ!ここで私が魔王の首を持って帰れば、私は国であがめたてられるに違いない!どうだすごいだろ!」
「……それだけ?」
「そ、それだけではないぞ!え、え~と、そ、そうだ!お金もたくさんもらえるし、民から尊敬されるし、お金もたくさんもらえるぞ!」
計画とすら呼べないモノの前に僕は唖然とするしかなかった。そばにいたリテラちゃんもバカ筋肉とため息をついていた。
「き、貴様ら~!私を馬鹿にするか!いいだろう、その息の根を止めてやるっ!」
エンデルが剣を振り下ろすとともに電撃が剣から奔る。僕はなんとかリテラちゃんを担ぎ、部屋から出ていく。後ろを振り返ると、部屋はすでに黒焦げだ。
「り、リテラちゃんはなんかすごい魔法とか持ってないの?魔王だし」
「ごめん。私はまだそういうのはない。普段は落とし穴とか作ったらあいつが勝手に自爆してくれるんだけど。今回は時間がなくて準備できてない」
「そ、そっか」
「シュンヤァ!なぜそいつと一緒に逃げる!?お前は私の仲間だろ!」
仲間という言葉に一瞬心が揺らぐも立て直す。残念ながら呼ばれたくてこの世界にやってきたわけでもないし、恩義も特にないので、エンデルを味方する道理はないのだ。
「悪いけど、僕は弱いモノいじめはできない!だから僕はリテラちゃんの味方をさせてもらう」
「な!?裏切るのか貴様~~!」
怒号とともにエンデルが鎧をものともしないスピードで走るも、姿を隠せるこちらの方が分はある。僕の影の薄さのおかげでなんとか隠れられてはいるのだ。
エンデルに見つからないように柱の陰に隠れていると、床には魔族たちが気絶していた。エンデルがやったのだろう。
リテラちゃんが言うようにあまり頭はよくないかもしれないが、実力だけは本物なのだろう。
エンデルは相変わらず僕のことを見つけられておらず、さっきから同じ場所をぐるぐる回っている。僕はそのことに一安心し、僕は安堵する。が、事態はそう簡単にはいかなかった。
エンデルが歩みを止め、剣を地面に突き立てる。同時に僕の視界はまばゆい光で覆われた。あまりの光に手で光を遮ろうとするも手が、いや体が動かない。いつの間にか僕は床で横になっているようだ。
リテラちゃんも同じようだ。
甲冑のかすれる金属音が耳に入ってくる。痙攣した首を何とか動かすとそこにはエンデルが立っていた。
「ふふ、場所がわからずとも辺り一帯を攻撃すればどこにいようとも関係あるまい」
範囲攻撃……!
しまった。まさかエンデルがそんなことをする頭脳があるなんて。さっきの会話で完全な脳筋だと思い込んでしまったのが運の尽きだった。
このままじゃやられる。
が、体を動かすも電撃を直撃したせいで体の自由が利かない。万策尽きたかと思えるところで一陣の風が僕の肌をなでた。
次の瞬間にはエンデルの体に暴風があてられたかのように吹き飛んでいった。
見るとリテラちゃんが痙攣に耐えながら手を突き出していた。
「今のうちに逃げて。たぶん長くもたないから」
「けど……!」
「あなたはただ巻き込まれただけ。逃げても誰も責めはしない」
そう言われるとぐうの音も出ない。実際、こんな状況から逃げれるのなら今すぐにでも逃げたい。けど、なぜか心のどこかでそんな未来を受け入れたくないと思う自分がいた。
リテラちゃんは表情こそ乱れていないものの、手は小刻みに震えていた。
気づけば僕はリテラちゃんの前に立っていた。
「な、なんで?」
リテラちゃんは信じられないといった様子だ。
「深い意味はないんだけど。しいて言うなら子供を見捨てちゃうのは僕は嫌かな」
精一杯に。心は震えながらも震えがばれないようにできる限りの笑みをリテラちゃんに向ける。するとその不格好であるはずの笑みが伝播したかのようにリテラちゃんも笑う。
「ふふ、本当に変な人」
リテラちゃんが僕の首に手を回すと、リテラちゃんの顔が接近、唇になにか柔らかいものが当たる。なんだこれ?というかこれって!?
体中の血液が顔に集中したのかと錯覚するほど顔が沸騰する。
「今、あなたの体に私のすべての魔力を注いだ。これでもしかしたらエンデルを倒せるかも」
確かになにかが体中を縦横無尽に駆け巡っていた。これが魔力というものだろうか。が、僕の頭の中を占めるのはそんなことではない。もしかしなくとも今のはキスなのでは……!?
そして奇しくも僕と同じ心情の人物が目の前にいた。
「ききき、貴様!な、なんて破廉恥な……!」
鎧のせいで顔はまったく見えないがエンデルの兜の中身はきっと体からの蒸気で蒸し暑くなっているところだろう。
「こんなことでいちいち動揺するなんて。おこちゃま」
「わ、私はこんなことでど、どど動揺しない!」
エンデルが超スピードでこちらに肉薄する。策も技もない一撃。が、あまりの速さに僕は身動き一つとれず、いつの間にか目の前でエンデルが剣を振り下ろさんとしていた。
死んだ。
エンデルの聖剣は雷光を発しながらためらいなく、僕の体をめがけて―――
すり抜けた。
「な!?」
エンデルが驚愕の声を上げるも、目の前の光景を否定するかのように斬撃を繰り出すも全て僕の体を通り抜ける。
「ば、ばかな。私の聖剣が効かない……!」
この不可解な現象を僕は直感で理解していた。おそらくリテラちゃんの魔力によってっ僕の影の薄さが強化されたのだろう。影が極限まで薄くなり、世界から一時的に消える、すなわち透過に似た現象が起こったのだろう。
エンデルは子供がかんしゃくを起こしたかのように電撃を剣から発し、あたりかまわず破壊していく。攻撃は僕の体を透過して当たらないが、このままでは城がめちゃくちゃになる。
エンデルを抑えるべく僕は覚悟を決め、エンデルの顔を覆う鎧目がけて右ストレートを放つ。人生で初めて人を殴った。が、思った以上に痛く、そして貧弱だった。
が、当たり所が良かったのか鎧は外れ、地面を転がっていく。鎧の中から現れたのは……
「え?」
黄金色の髪を後ろでまとめ、大きな空色の瞳が美しく光っていた。顔はほっそりと綺麗な曲線を描いており、僕が想像していた中身とはまるで正反対とでもいうかの存在。
要するに、エンデルは女の人だった。
「かわいい」
自然と僕の口からそんな言葉がこぼれる。
「か、かわいいだと?そ、そんなでたらめを言われたところで私は動揺したりはしない……!」
エンデルの顔がいよいよ沸騰したかと思うと、途端に体をよじらせてもじもじし始める。褒められ慣れてないのかどんどん顔から蒸気が出てくる。やばい、どんどんかわいく見えてきた。
エンデルからは先ほどのような威圧感は完全に抜けきっていた。
「嘘じゃないよ。本当にかわいいと思っている」
「な、なな!?」
エンデルのキッリとした美しい顔は完全にとろけきっており、耳の先まで真っ赤になっていた。
「きょ、今日のところはこれで勘弁してやる。おおおお、覚えてろおおおお!」
お約束のセリフを言うと、エンデルはこの場から逃げるように一目散に城から出ていった。エンデルの顔、もうちょっと見たかったな。照れてるところとか。
気づけば僕は城に残されていた。ともかくこれでひと段落ついたのだろうか。
「おつかれ、シュンヤ。かっこよかった」
「リテラちゃんのおかげだよ」
「ん。けど、これからやることは山積み」
「そうだね。城の復興とかもそうだし、いろいろと大変になりそうだね」
するとリテラちゃんがまじまじとこちらを見つめてくる。
「シュンヤはこれからもここに残ってくれる?」
リテラちゃんが上目遣いで尋ねてくる。僕は人間だ。とはいっても僕のことを呼んだ王様は胡散臭そうで信用できないし、一度裏切ってしまった手前戻ることは難しいだろう。だったら……
「リテラちゃんが許してくれるなら、残ってもいいかな?」
「……!うん!」
リテラちゃんは笑う。それも太陽がかすみそうなほどの満面の笑みで。
「だったらシュンヤとの結婚式の準備も始めないと」
「へ?」
結婚式。どゆこと?
「え、ちょ、どういうこと?」
「魔族は初めて口づけした人と結婚するのがならわし」
「そうなの!?け、けどリテラちゃんの年齢的にまだ結婚とかは」
「私はもう十六歳」
その見た目で!?まさかの僕と同い年。あまりの状況についていけず童貞の僕は言い訳ぐるしい抗弁を言うも、すべてリテラちゃんに言いくるめられてしまう。
「シュンヤは私と結婚はイヤ?」
またしても上目遣いで紫水晶の涙ぐんだ瞳がこちらに向けられる。こんな目で見られたら男は誰だて……!
気づけば僕の口と彼女の口は触れていた。
「ん。シュンヤ、大好き」
その後、僕のことを呼んだ王様は度重なる強引な増税によって国民の不満を買い、別の人間が国王となり、魔族と友好関係を築くことになった。。
その友好のあかしとして、互いの領土の者を結婚させることで人間と魔族の友好関係を世間に知らしめようといういわゆる政略結婚が行われたのだが、なぜか僕とエンデルが結婚することになった。
この世界ではどうやら重婚も大丈夫ならしいのだが……
「わ、私はあくまで政治の関係で貴様と付き合っているだけだからな。け、けして貴様のことがす、好きだとか言うわけではない、ぞ」
「だったらシュンヤに抱き着いてないで離れて。シュンヤは私のもの」
僕の奥さんとなった二人はこうして毎日喧嘩したり。けど、こうして僕の毎日は満たされていた。
その後、魔族と人間の溝は完全に埋まり、僕は二人の奥さんとともに毎日を楽しく過ごしていた。
読んでいただきありがとうございます!
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