姉と妹
2023年3月31日。気付けば1年の4分の1が過ぎてしまった事実に目を背けつつ、目の前の真新しい制服を眺める。
紺というにはやや青いセーラー服。襟元のラインと同じ色の真っ白なタイリボン。
入学式は来週。いよいよ私の快進撃がはじまるのだ!
「行くぜ!中学でびゅーー!」
身長148cmの小さな身体にふさわしい可愛らしい声と舌足らずの声が階段上から聞こえてくる。
頭部というよりは顔面で体温の上昇を感じながら思わず口を手で覆う。
今日も「一ノ瀬 陽」、愛称・ようちゃんこと私の妹は可愛過ぎてしまう。
「人前でその顔するなよ、絶対。」
皿洗いをする兄貴に呆れられた私は妹大好きなただのお姉ちゃんだ。
_______________________
一ノ瀬家は、兄・陽佑、私・菊、愛する妹・陽の三人兄弟で生活している。母は自称売れっ子デザイナーとして日本を飛び回っており、父親は陽が生まれる3日前に事故で亡くなっている。
兄の陽佑は、音楽の専門学校に通いつつ、プロの歌手を目指している。このままだとボイストレーナーか、専門学校の講師として搾取される、と嘆きながら、細々と活動を続けている。
私は、現在高校2年生。つまり、4月からは3年生である。科学部で実験を繰り返すという何とも地味な高校生活を送っている。しかし、それも全て妹のためだ。
妹の陽は、春から高校生の13歳。誕生日は5月24日。栗色の細く柔らかい髪に白い肌。身長は148cmであり、きっと中学卒業まで小学生に間違われるであろう小さい身体。ああ、どこから眺めても本当に可愛らしい。こんな可愛い妹を可愛がらないわけがないだろう。部活など適当でいいのだ。とにかく妹と過ごす時間を確保できる生活をする。これこそ私の使命である。
「きーちゃん、ゲームしよ。」
「ん。どれするの。」
「えとね、これ!!」
「対戦?」
「うん!特訓した成果、見せてやるんだから!」
夕食の後、スマホに保存してあるお気に入りの陽ちゃんを眺めていたが、本物がいつだって一番だ。
「よーくんもする?」
「俺は部屋で課題しないとだから。」
こんな可愛い妹よりも課題だと?到底許されない。眼鏡の奥から兄を睨みつけると、兄の肩が怯えたようにすくむ。
「3人でできると思ったんだけど…。」
見て欲しい、この残念そうな顔。妹にこんな顔をさせるなんて、ますます許されない。1週間ほど断食か何かで修行して欲しいレベル。
兄が後退りしながら、恐る恐る口を開く。
「30分くらいで終わるから、そ、そしたら、一緒にやろうな…。」
「うん!頑張ってね!!」
ああ、なんて健気な。こんな鈍臭い兄を応援できるなんて、陽ちゃんはさすがだ。はやく行けという風に首を振ると兄は駆け足で階段を登っていった。
「きーちゃん、先にゲームする?それともテレビ見る?」
「どっちでも。」
「そう?なんかテレビ面白いのやってるかなあ。」
「音楽番組とか?」
「あ、いいね。今日は誰が出てるのかなあ。」
陽ちゃんの小さな手がリモコンを必死に操作しているその仕草すら尊い。
「え!今日、FLOWER出てるの!?」
「陽ちゃん好きなの?」
「ほら!部屋にポスター貼ってるでしょ!!」
「そうだっけ。」
「もう。あ、でも今から歌うみたい!やった!」
もちろん、陽ちゃんが好きなアイドルを知っているのは当たり前、メンバーや曲も全て把握済み。今日の音楽番組も知っていたから、それとなく誘導したが大成功だ。
「やっぱり、風くんはカッコいいなあ!」
「どの人?」
「ほら、紫の!あ、ウィンク失敗してるー。可愛い!」
推しにときめく妹を推す私。一方通行の矢印だらけの空間だと考えながらも、ちらりと陽ちゃんの顔を見る。あまり見ると気持ち悪がれてしまうかもしれないから、少しだけ。そう思ったのにバチリと視線が合ってしまった。
「ライブ行ってみたいね、きーちゃん!」
不意打ちのファンサに心臓が誤作動を起こしそうになった。咳払いで誤魔化す。
「陽ちゃんが行きたいなら。」
「うん。きーちゃんと行きたいな。」
バイトのシフトを増やそうと心に決めた夜だった。