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夢幻日記〈恋〉  作者: 章魚
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第1話 月夜の黒猫

あの夜、夢見た彼女を探している

「恋に落ちると眠れなくなるでしょう。だって、結局、現実は夢より素敵だからね。」

アメリカの絵本作家 ドクター・スースは、恋愛を例に夢よりも現実が優れていると言った。

しかし逆ならばどうだろう。夢の世界の相手に好意を抱いてしまったら、現実よりも夢が良いと言い換えられるだろうか。夢は眠っている時にしか見られない、決して叶わない想いなのに…


暑く、寝苦しい夏の夜にこんな夢を見た。

気がつくと俺はそこにいた。記憶によれば、俺は友人たちと児童園のボランティアに来ているようだ。

ここで言っておくが俺は人が好きではない。ただの厨二病真っ最中のように聞こえるだろうが事実である。

ならば何故、「友人たち」がいて、「児童園」などにいるのかと思うだろう。

軽く注釈を入れるならば「友人たち」とは、こんな性格の俺に気をかけてくれる気のいい奴らである(俺は友達の定義がよく分からない)。

そして俺の社交性を鍛えるために彼らが(半ば無理やり)連れてきたのがこの児童園だ。

この児童園には所謂、亜人の子ども達が暮らしている。

この世界では身体に他の生物の特徴を持った人々の事を亜人と呼び、一般社会の中で人間と同じように過ごしている。

その子供達がここにいるのだ。

最初にペアの相手について写真付き報告文書が渡された。俺のペアは髪の長い女の子だった。隣の友人が「お前ラッキーじゃん、めっちゃ可愛くね?」と小声で言ってきたので膝裏を蹴っておいた(奴は膝から崩れ落ちた)。

ついにペアとなる子との対面だ。俺は言われた通り指定された部屋に向かった。

扉をノックすると「…どうぞ。」と返事があったため、ゆっくりと扉を開けて部屋に入った。

「彼女」は静かに座っていた。

「今日から君の担当させていただきます。これからよろしく。」

俺はそう挨拶

をした(これからよろしく は少し馴れ馴れしかっただろうか)。

「…私は音夢。音の夢って書いて、音夢。よろしく。」

「彼女(以後は音夢と呼ぶ)」はそう丁寧に挨拶してくれた(馴れ馴れしいとは思われなかったようだ)。

その時音夢の髪の中にぴょこんと動く何かに気付く。

ああ、あれがこの子の特徴かと思う。確かこの子はネコ、中でも黒猫のボンベイという種類のネコの特徴を持つそうだ。

髪の中で動いているのは猫の耳で、音夢の履いているスカートに巻き着いているのは尻尾なのだろう。何かに反応してピクピクしている。

ふと見ると音夢が俺の頭の上をじっと見ている。

少し考えてやっと気付いた。

音夢は俺の髪、詳しくいえば俺の頭の上部の一房だけ跳ねている髪が揺れていることに反応しているらしい。

「面白い?」

と聞くと気まずそうに目を逸らした。

そういえばシンプルな部屋ではあるが、猫の玩具のようなものがいくつかある。

俺はこれからどうしたものかと思い音夢を見ると、音夢もこちらを見た後、フイっと目を逸らした(初対面のネコと似た反応だ)。


このボランティアの期間中の時間の使い方は全権ボランティア参加者にある。

「何かしたいこととか、聞きたいこととかある?」

そう聞くと音夢は

「…。」

と無言でこちらを見た。

黒く透き通った瞳に吸い込まれそうになる。

不意に自分の心に雫が落ちたように感じた。

(?)

今の感覚は何なのだろう。今まで感じたことの無いマイナス感情とプラス感情の入り交じった感覚。

だが俺は軽く頭を振った。今はボランティアといえ仕事中だ。訳の分からないことに時間を割くほど間抜けじゃない。

初めての感覚に戸惑ったもののひとまず置いておこうと切り替えた。

「明日に聞くから何かあれば考えていて。」

そう言って俺はその部屋から出た 。


次の日から2人での生活が始まった。

音夢はやりたいことが特にないとの事で俺の考えた予定に付き合って貰った。

まずは映画を観た。映画館に行って何を見ようかと思っていると、音夢が海洋生物のドキュメンタリー映画のポスターの前で止まっていたので、2人分のチケットを買ってその映画を観た。

映画館は初めてらしく、スクリーンに映る魚の群れやバショウカジキの映像に目を輝かせていた。

映画を観たのは、どんな映画を観たがるかで音夢の趣味嗜好を知ろうと思ったからだ。どうやら魚好きで、何より海はもちろん自然が好きな様だ(次作予告編の森林ドキュメンタリーにも興味津々だった)。

言動から判断して一般常識は特に教える必要は無さそうだ。外出多めの予定にしようと考えた。

(あまり人と出掛けるのは好きじゃないし、俺は人付き合いは苦手だが、この子と一緒にいると何故か落ち着くんだよな)

そんな事を思った自分に苦笑する。

俺がそんな事を思うとは可笑しいものだ。

いや、可笑しい と思うことで何かを誤魔化したかったのかもしれない。


そこからは、あっという間に時間が過ぎた。1週間という期間にも関わらずまるで数分間のことのように感じた。

水族館や動物園に行った。音夢はとても楽しんでいるようで(あまり感情表現が得意じゃないらしく)表情や言葉からは読み取り辛かったが、帽子で押さえられている耳や、スカートやデニムから生えているように見える尻尾がぴょこぴょこ動いていたのが微笑ましかった。

料亭やレストランにも行った。魚料理をよく頼んでいたが、(デザートに悩む といった子供らしい面もあったのだが)やはり年頃の女の子のようで

「…食べ過ぎかな。太ったらヤダな…。」

などと言っていた。


俺はボランティア内容の報告のためもあり、行く先々で写真を撮っていた。

ただの報告のため、ボランティアのため。

そう思っていたのにレンズの中の音夢に感じているこの気持ちはなんと呼べばいいのだろう。シャッターを切るたび心が締め付けられる感じがする。写真の枚数を重ねる毎にその感覚は強くなっていた。


明日をボランティアの解散日に控え、2人で過ごせる最後の一日は2人で山登り(といっても舗装された道がある)をしようというこということになった。これは音夢がやりたいと言ったことで(数日間で自己主張してくれるようになった)音夢の意思を尊重したいと思った。

しかし、上り坂の途中で音夢が脚を捻挫して転んでしまった。目立った傷跡はないが捻ってしまった部分が痛むらしく立ち上がることも難しいようだ。

その時、後ろから登って来ていた数組のカップルがこちらに来て、その内1人の男性(高校生くらいで知人によく似ていた)が

「大丈夫か?どうした?」

と聞いてきた。

「いえ、この子が脚を痛めてしまって。」

と言うと

カップルグループは何故かニヤニヤしながら

「それはやべぇな。」

「お兄さんが運んであげなよ。」

「大事な彼女さんだろ?」

などと言ってきたので

「彼女じゃないです!」

と言い返した。この時、恥ずかしさと共に、彼らの発言に対してこうもムキになる自分に違和感を覚えた。

しかし怪我をした音夢を放置する訳にはいかない。そう考え、俺は自分と音夢の荷物を背負うと

「俺が抱いて運んでもいい?」

と音夢に聞いた。

少し頬が赤らんだ後、音夢はこくりと頷いた。

カップルたちによるともう少し先に温泉宿があるらしい。そこで休憩し、怪我の手当もしたいと思った。

俺は音夢の背中と膝裏に腕を回し(今思えば何故その方法にしたのか分からないが)、所謂「お姫様抱っこ」の状態で抱き抱えた。

おぉーと拍手したり、口笛を吹いたりしてくる(これだから人は嫌いなのだ)カップルグループに対して俺と音夢は2人して赤面した。

音夢の身体は「太ったら…」などと言っていたことが笑ってしまえるくらいに華奢で、とても軽く感じた。

1キロほど歩くと先程言っていた温泉宿が見えた。辿り着けた事への安堵感とは裏腹に、俺の首に腕を回し掴まってくれている音夢に名残惜しさに似た感覚を覚える。

抱き抱えた時から心臓の鼓動が早まっている。疲れによるものではなく、もっと精神的な何かだと気づいた時には、この気持ちを無視する事はもはや不可能だった。


温泉宿に入って事情説明し、宿泊部屋をひとつ借りた。児童園側にも連絡を入れたし、もう大丈夫だろう。

音夢は宿の人に付き添ってもらい温泉に入りに行った。痛みが少しでも和らげばと思ったし、何より音夢自身が入りたいと言ったのだから止めることはないと思った。宿の人が入浴補助や傷の手当をしてくれるということになったので(そこは女性同士じゃなきゃ無理だろうし)任せることにした。

俺は汗を流すためシャワーだけ浴びて早めに部屋に戻った。ボランティア中の写真を整理しながら、この1週間を思い出していた。

長いようで短い時間だった。音夢と過ごした時間は今までの人生の中で1番輝いていた。

ずっと感じていたこの気持ちに向き合う前に、明日には音夢と別れてしまう。

このボランティアでは、ある特例を除き、再び同じ子どもとペアになることはない。それは子供たちにより広い世界を知ってもらうためであり、ただのボランティア参加者風情の俺に口出し出来ることではない。

「特例 か…。」

そう呟いて頭を振る。

それは音夢が望まない限り不可能であり、何より…

コンコン とノック音がし、どうぞと声を掛けると

「…おまたせです…。」

と宿の人に肩を借りながら音夢が引き戸を開け入ってきた。

宿の着物を着ていて見えないが脚の手当も終わったと言う。

ゆっくり休んでくださいねー と言い、宿の人は俺と音夢を残して部屋を出ていった。

「まだ痛むか?」

と聞くと

「…少し。でも楽になった。」

と音夢は答えた。

俺は2人だけの時間はおそらく最後だと考え、聞いてみることにした。

「楽しかったか?この1週間。」

「…楽しかった 。初めて見る魚や動物はワクワクしたし、美味しいものもいっぱい食べれた。」

そう答えた音夢は俺の目をじっと見てこう続けた。

「…それに…」

「それに?」

「…ふ、2人でい、一緒にあそべたから…!」

そう言って音夢は俺の方へ近づいてきた。

(い、今の言葉はどういう意味だ?分からないが何か言わなければ…)

「お、俺も!」

無意識に声が大きくなる。

「楽しかったよ…。君と2人で…!」

言った。これが俺が今言える最大限だ。もっといい事言えなかったのかと自己嫌悪してしまうが、この言葉に嘘はなかった。

すると音夢はネコの耳と尻尾を動かしながらこう言った。

「…特例って知ってるよね…。あなたになら良いと思った…!」

特例とは、政府の定めたものでボランティアのもうひとつの目的。異性の亜人の子どもとボランティア参加者の双方の合意の上で可能になる決まり事。

夫婦となることを前提とした恋人として受け入れるというものだ。

ボランティア期間で分かったが、音夢はとても賢い子だった。冗談やその場の雰囲気でこんな事を言う訳がない。つまり…

「本気、なのか?」

と聞くと音夢は潤んだ目をしながら微笑んで頷いた。表情での感情の表現は苦手だったはずなのに。

特例に必要なのは双方の合意。 つまり俺がYESといえば、恋人となれる訳だ。

だが、

俺は頷くべきなのか。

音夢は俺を必要とし求めてくれている。

それは嬉しいことだ。嘘はつかない。

しかし俺はどうだ。

今まで恋人がいた事も、そもそも人を好きだと感じた事も無い。そんな人間に誰かを愛することが出来るのか、愛する資格があるのか。

音夢を見る。

今まで過ごした時間で感じた気持ちの正体が思い出と共に蘇る。

初めて会った時の、俺の乾いた心に落ちた雫。

カメラを構えるたび、シャッターを切るたび胸を締め付けた痛み。

そして俺に向けてくれた笑顔に感じているこの熱を帯びた想い。

はっと気づく。

俺は、

とっくに、

「好き」になっていたんだ。

自分の心に答えを出すと同時に、音夢が言う。

「…返事…教えて…くれる…?」

その問いに対する答えはもう迷わない。

俺は腕を広げ、音夢を抱きしめようとする。

抱きしめて、俺の腕の中で答えを、この想いを聞いて欲しい。

俺の動きに合わせ音夢が腕を伸ばす。

2人が触れる瞬間、

2人の影が重なり合う瞬間………


気づくと俺はベッドに寝た状態で天井に手を伸ばしていた。

(あれは、今のは、夢、だったのか?)

身体を起こしながら自分の伸ばした腕を見る。だが勿論そこに「彼女」の姿はない。

(しかし、とても夢とは思えない。「彼女」を抱き抱えた時の感触やあの笑顔を明確に覚えている。)

感覚を確かめるように手を握りしめてみた。

ふと時計を見ると、予定より2時間も過ぎている。

「まずい、寝坊だ…!」

そう呟き、身支度のためバタバタと動き出す。

だが、記憶に、いや心に「音夢」の姿を刻む。

いつかまた出会う時のために、気持ちの返事を聞かせられるように…


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