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ラジオネーム

作者: 弥野未

 仕事を辞めて早起きしなくても良くなると、深夜ラジオが友達になった。

 有名な芸人が近況報告をし、ネタメールを読み、その局のオススメ曲が流れる。

 最近ではスマホで聞けたり動画配信される番組があったりと時代の流れで変わってきているみたいだけど、俺は昔ながらの方法…ダイヤルで周波数を合わせて時差なくその番組を聞くのが好きだ。


『……それではコーナー行きましょう!』


 2時間番組だと大体前半がフリートークで後半の一時間くらいがリスナー投稿のネタコーナーになる。

 ゲストが来たりして変更があることもあるけど、ここ数ヶ月の俺は午前2時になると鼓動が早くなる日々を過ごしている。


『ラジオネーム【麗しのバーコード】』


 来た!


『<<僕が野球少年だった頃バットを短く握っていると…………>>』


 前半のトーク中に募集内容が告知されると俺は急いでパソコンでメールを打つ。

 記憶の隅っこからエピソードを引っ張り出してきたり、その時の会話の流れからパーソナリティを突いたり弄ったり、プレゼントへの応募になにか一言を乗せたり、毎週のコーナーネタとは違って何が求められるか分からない『今日のお題』。俺はこの『ネタコーナー以外に投稿をすること』を楽しみにしている。


『……って、結局また下ネタかよ、バーコード!』


「ははっ」

 投稿しても毎回読んでもらえるわけじゃない。投稿者の人数までは分からないけど、倍率がものすごく高いのは確かだ。

 投稿を始めてしばらくの間は<<読まれたら初です>>を消すことが出来なくて悔しかったものだ。


『ホント麗しかったことがないよなコイツのメールは!』

『いや仕方ないですよ、麗しいのはバーコードだけなんでしょう。……続きましてラジオネーム………』


 今では各曜日のパーソナリティにラジオネームを覚えてもらえるまでになり、返しのコメントの距離が縮んできたようにすら感じている。

 実際に会うこともない芸能人との数秒だけのやり取りが俺の暗い生活に明かりを灯してくれているのだ。



『あんた、ちゃんと仕事探してるの?』

「…あ~、そりゃあそれなりには……」

『何よその返事、頼りないわねぇ』

「そんなにすぐは見つからないよ。急いでまた変な所に入ったら大変だろ」

『そりゃそうだけど……こっちだって援助出来る程の余裕は無いんだからね?』

「分かってますって」


 日中に電話してくるようになった母は、再就職を急かしつつも俺と話せるのが嬉しいみたいだった。

 これまでは朝早く電車に乗り、日中は営業に出っぱなしで夕方から会社で報告書類の作成、帰ったら夜中で飯食ってシャワー浴びてたらもう寝なきゃいけない時間で……。

 そんな生活をしている俺の事を母も心配してくれていたし、電話越しに仕事を辞めることを伝えた時も怒ったり止めたりということは無かった。

 俺の話は母から父に伝わり、父が『……もういい年なんだから自分の事は自分でどうにかするだろ』と言っていたことを母から聞いた。

 世の中には厳しい親父っていうのがいるらしいけど、正直あまりピンと来ない。

 父に『勉強しろ』と言われたことはないし、運動系でも『一番になれ』みたいなこともなくて、放任主義と言うんだろうけど少年だった俺はそれはそれで不満に思っていた。『自分の子に興味ないのかよ』と拗ねて反抗期っぽい時期もあった。

 けど上京して一人暮らしして数年。母からの着信履歴に折り返して『あんたから電話が来ないとお父さんが心配してうるさいのよ』と聞かされるのが月に一度の恒例行事みたいになっている。

 自分から電話はかけてこないのに毎月俺の生存確認をしたがる父のことを、今では『そういう性格の人なんだ』と思えるようになった。



『【麗しのバーコード】から…<<今お二人が話しているポン酢ですが、3カ月前にもここで話題にしたもの…>>え?! そうだっけ?!』

『うわ~、全然覚えてないわ~…その時の音源って………ある?! おんなじこと言ってるんだ? 聞きたい聞きたい!』


『【麗しのバーコード】。<<子供の頃、近所の川でウーパールーパーを見ました。誰も信じてくれませんが、あれは絶対にウーパールーパーでした。捕まえようとしたら襟を立てて走って逃げて行きました>>……最後完全に違うヤツが混ざってんじゃん!』


『メール来ました。【麗しのバーコード】……<<さっきからフィニッシュは『エビ固め』だったって言ってますが、正しくは『逆エビ固め』です。間違えた罰として『逆エビ固め』を受けてください>> はぁ?! ちょ、ちょっと待って! 何で俺が受けるの?! 待って待って待って………!…』



「ふぅ~…………寝るか」

 午前3時。番組が終了した。

 今週も何度か投稿が読んでもらえた。満足だ。質の良い睡眠が取れそうだ。

 俺はスイッチを切ろうとラジオに手を伸ばした。


 ジ…………。


 一瞬ノイズが入り、手が止まる。

「あれ?」

  

『…午前3時、まだ眠れない皆さんも、早起きの皆さんも、どうぞゆったりとした時間をお過ごしください』


 パーソナリティがエピソード付きのリクエストメールを読み、その曲が流れる番組。これも生放送だけどリスナーとリアルタイムの掛け合いはない。

 普段は聞かない番組だけど、切るタイミングを逃した俺はなんとなくそのままつけておくことにした。


『…………今日お送りするのは1990年代特集…私なんかは最近でしょ、って思うんですけれど……さて、皆さんはどんな1990年代を過ごされていたのでしょうか……』


 女性のパーソナリティが一人で優しい声でゆったりと進めていく。

 それから懐かしい曲が2曲続けて流れ、俺が眠気に勝てなくなってきた頃。


『続いてのお便りは【麗しのバーコード】さんからです、いつもありがとうございます。えー……』


 一瞬で目が覚めた。

 …今なんて言った?

 俺のラジオネームじゃなかったか?

 もうベッドの中で寝る体勢だったので、電気も消して部屋の中は真っ暗。

 周波数が合っている時に光る赤いランプが目障りなので見えないように今日もラジオの上にはティッシュの箱を乗せていて、そのせいで適当に伸ばした手が思っているよりも強く当たって弾いてしまい、ティッシュの箱が遠くの壁にコン!と当たり、ラジオはゴトン!と重い音をさせて床に落ちた。


 サー…………


 落ちた拍子にダイヤルがずれてしまったのだろう。赤いランプが見えなくなった。

 俺はベッドからズルズルと出て床を這い、音を頼りにラジオを探す。手がテーブルの足に触ったので横に退かして進む。

 ここか? と思って伸ばした手よりももう少し先で、チラ、と赤いランプが一瞬光った。

 随分距離飛んだな……。

 下の階の人、びっくりしたかもなァ……怒鳴り込んできたらどうしよう……。

 ラジオを拾い、元の局に合わせるためにダイヤルを摘まむ。


 ジ…………

『……ということで、【麗しのバーコード】さんからのリクエスト曲をお届けしました~。』


 ちょっと触れただけでまた俺のラジオネームが聞こえてきた。

 やっぱり【麗しのバーコード】って言っている…………。

 どういう事なんだ?

 俺はこの番組にメールを送ったことは無い。

 ……偶然?

 ラジオのリスナーなんて何百万人といるだろうし、同じネーミングセンスの人間がいても不思議じゃな………………いや、不思議だよ。

「…パクられた?」

 そんなに面白い名前でもないのに何で?

 俺のメールが読まれてたのを聞いたことがあって頭のどこかに記憶してたのを自分がラジオに投稿するきっかけで思い出して使っちゃった……とか?

 たしかに耳馴染みのあるフレーズとかは俺もついつい使いがちだけど……。

 パーソナリティの女性は『いつもありがとうございます。』と言っていた。つまりは常連だ。

 俺の存在を知らずにこのラジオネームを使っているってことは、きっとこの3時台だけを聞いている人なんだろう。だからお互い存在を知らないまま過ごしていた。

 そんなこともあるもんなんだなぁ…………。

 …………。

 …………。

 って、ぼーっとしてはいられない。

 いつも読まれているとなると、他のリスナーにも覚えられているかもしれない。

 同じラジオ局で、しかも2番組は続けて放送されている。今日の俺のように1時台から聞き続けているリスナーにはこの時間帯に投稿している【麗しのバーコード】も俺だと思われているだろう。

 さすがにそれは良くない。

 特に『向こう様』にとって。

 基本、俺はにぎやかしメールしか送らない【麗しのバーコード】だ。

 下ネタやパーソナリティへの軽口ばかりで、その瞬間だけ面白がってもらえればいいという内容しか送らない。

 丁度内容は聞けなかったけど『向こう様』が投稿しているこの番組はまったりしつつもさわやかな朝へ向かうような、ゲスい発言なんか全くお呼びでないひとときなのだ。『向こう様』がどんなにホッコリするエピソードを送っても、リスナーに『あの【麗しのバーコード】が真面目なメールを送ってて草』と思われてるかもしれない。それはとても申し訳ない。

 俺はそこから一睡も出来ず、時間の有効活用と思いパソコンにメールの文章を打ちこむことにした。

 そう、これも『良いネタ見つけた』と思いながら。



 俺が投稿している深夜ラジオは平日月曜日から金曜日までパーソナリティが日替わりで担当している。

 曜日によっては生放送ではなく収録番組だったりして、そういう日はラジオを聞きつつインターネットで求人募集のサイトを眺める。

 次は何をしようとか決めていなくて、心身が破壊されない仕事なら何でもいいやと思っている。

 でも多分それが良くなくて、絞り込めないからどこが良いかも決められない。

 前の仕事はとにかく忙しかったけどブラックではなかったので給料もボーナスもそれなりに出ていた。

 退職金もくれたし、自己都合退職扱いだけど失業保険ははそれなりの額を貰えている。

 つまり、まだ切羽詰まっていないのだ。


 今日は日付が変わる前頃からラジオを流している。

 耳はラジオ、目はパソコンの画面。

 が、いつ見ても代り映えしない求人募集のラインナップに今日は珍しく面白そうな会社が登録されていたのを見つけ、気になってホームページや口コミを調べつつだったので番組が切り替わったタイミングに気が付いていなかった。


『暑い夜は蚊帳を吊るした部屋で眠ってみたいなと思うのですが、うちには無いので……』


 聞き覚えの無いパーソナリティが普通のお便りを読んでいた。

 不思議に感じてパソコンの時刻表示を見る……1時をとっくに過ぎている。

 いつもならピン芸人が一人で日常のイラっとしたことを喋って作家らしき人の笑い声が邪魔だって言うくらい入って来る番組の筈なのに……何かあって収録が飛んだのか?

 俺はブックマーク登録しているラジオ番組のサイトへ移動した。

 しかし放送を休むというお知らせ表記はなく、一応パーソナリティの名前を検索サイトに入れてみたけど特にトラブルのニュースなども出て来ない。

 ひょっとして別の放送局になってるのか?

 そうかもしれない。

 きっと昨夜消そうとした時にダイヤルに触ってしまったんだ。

 そう思って背後を振り返り、テーブルに置いてあったラジオを見た。

「……あれ?…」

 周波数を示すラインはいつもの位置にある。

「おかしくなった?」

 落とした時にどこか壊れたのかもしれない。

 ダイヤルを上にゆっくりと回してみる。


 サー…………


 どこの局にもぶつからない。

 逆に下へ回す。


 サー…………


 何も聞こえてこない。

「ん~?」

 やっぱり壊れたのかな。

 そう思いながらさっきまで聞こえていた局の周波数に合わせる。


『…この【麗しのバーコード】さんみたいに、『買いたいけどなかなか踏み切れない』っていうものが皆さんにもあるんじゃないかなって思うんですよね。そこで今日のFAXテーマは……』


 !!

 また?!

 何で?

 ってか誰?!

 この番組は何なんだ?!


 ラジオをテーブルに戻し、代わりにスマホを持ってラジオアプリを起動させた。


『でね、店員さんが近くまで来たから聞いたわけ。『ここWiFi使えるんですよね?』って。そしたらさ、なんて言ったと思う?『…いま夜なんでほぼほぼ飛んでないっスね』だって! どういうことなのねぇ?! 飲み屋なのに夜に働かないWiFiなんて意味ないじゃんって話じゃん?!【夜はほぼほぼ飛んでないWiFi】っていうシール貼っとけよ! って思うじゃん?! 思わない?!』


 ピン芸人がいつものテンションで声を張っていた。

 ……どういうことだ?

 俺は片っ端から今放送中の番組を確認することにした。

 …………けど。

 どこでもない。

 アナログラジオで今も喋っている女の人の声が、どの局に合わせても聞こえてこない。


『それでは本日はこの辺で。素敵な午後をお過ごしください』


 午前2時になると謎の番組は終了し、スマホよりも先に時報を鳴らした。


『あ~、じゃあそろそろコーナーいきますかね? ……【ココさん】!』


『あ~、じゃあそろそろコーナーいきますかね? ……【ココさん】!』


 数十秒の時差でアナログラジオをアプリが追いかける。

「…………」

 俺は二つのラジオを交互に見る。

 それからアナログラジオの方のスイッチを切り、スマホを傍らに置いてパソコンの画面に向かった。



『なんか今日は変なメールが来てるんですよ』

『なになにどうしたの?』

『いやぁ、ラジオネーム【麗しのバーコード】からなんだけどね』

『ああうん、いつもメールくれるよね』

『そいつからなんだけどね、メールのタイトルが<<ラジオネームを変えたい件>>なの』

『え? 変えるの? なんで? あ、バーコードですら無くなったとか?』

『俺らはバーコードが頭のことかどうかも知らないじゃん』

『違うの? ずっと頭の事だと思ってた。違うの?』

『だから知らないって。……でね、理由が書いてあるんですよ。<<最近、自分と同じラジオネームを使っている人がいることを知りました。ややこしいので変えたいのですが、どんな名前にすればかぶらずに済むでしょうか? お二人に考えて欲しいです>>』

『ぇえ~、まったくおんなじなの? そんなことあるぅ?』

『あるみたいですねぇバーコードかぶり』

『バーコードはかぶらないからバーコードなんじゃないの?』

『だからそのバーコードかどうかは分からないって言ってんじゃん』



 予想通りだ。

 この曜日の二人が弄ってくれる確率が一番高いと思っていた。

 ちゃんと笑ってもらえているし、今日の募集テーマが『かぶらないラジオネーム教えて』になった。

 俺は早速番組へ<<ありがとうございます。二人に決めてもらえるならもう一生その名前を名乗ります>>とメールを送った。



 面白い名前が色々来る中、番組後半にある一人のメールが読まれた。

『<<潔くバーコードを貫くべきだと思います>>』

『バーコードって潔いかなぁ?』

『いや、あのバーコードは潔くないけど、こっちのバーコード君には自分の考えた名前で続けるべきなんじゃないかってことだよ。そもそもはどっちが先なんだろうね、バーコードを名乗り出したのは』

『こっちじゃないの? 自分でパクってたらかぶってたから変えたいなんて言わないでしょ』

『…か、本当に偶然同時期にバーコード化したとか?」

『もう一人の方は知ってるのかな? 他にもバーコードがいるってこと』

『まぁバーコードならここのスタッフにもいるけども…なに? いっぱいバーコードって言われてて気分悪い? お前の事じゃないって……あ、もしかしてお前が【麗しのバーコード】なんじゃないの?! ……ちがうの? ああそう…………あ、じゃあさ、もう一人を探してみようよ』

『偽バーコード?』

『そうそう、この今日メール送って来た本物のバーコード以外には偽バーコードがどの番組にメール送って読まれてたのかって分かんないじゃん?』

『ああ、そうだね。聞いてる方は全部【麗しのバーコード】だって思ってるってことだもんね』

『だから他のリスナーにも協力してもらって、1週間【麗しのバーコード】のメールが読まれた番組があったら報告してもらうの。で、来週本人にどこにメール送ったかを全部教えてもらって、答え合わせ』

『なるほど?』

『で、お願いしたいのはくれぐれも他の番組に迷惑をかけないで欲しいなってことなんです』

『そうだね』

『ここのリスナーはもう分かってると思うんだよ。【麗しのバーコード】ってアレじゃん? 人としてヤバいメールばっかりじゃん?』

『まぁね、そうだね』

『で、もしうちらみたいな番組じゃないところで見つけたとしてもみんなは<<お前【麗しのバーコード】の偽物だろ>>とか送らないで欲しいんだ。裏で『なになに?』ってなるから。『深夜のクソ番組が何の文句があるんだ?』ってなるから』

『本気出したらこっちが潰されちゃうから』

『うん、だから報告はこの番組のメールにだけお願いしますね』

『見つけたらどーすんの?』

『そりゃああれでしょ、対決でしょ、バーコード・コントラ・バーコードですよ』

『負けたらバーコード取られちゃうの?!』

『そうですよ。もうツルツルですよ』

『【麗しの】?』

『負けたらカタカナで【ウルワシノ】だね。……じゃあ、【麗しのバーコード】のラジオネームは取敢えず【麗しのバーコード】のまま一週間保留~』


 そのまま番組は終了時間を迎えた。

「…………」

 予想よりも話が膨らんでしまって、俺は内心焦っていた。

 週を跨いで自分の事が取り上げられてしまう…しかもたかがラジオネームで……。

 ……そうだ、SNSは…。

「わ…」

 番組SNSに【麗しのバーコード】というワードがめちゃくちゃいっぱい書き込まれている…。


 {【麗しのバーコード】はこの時間帯でしか聞いたことないけど平日1-3時以外も働いてるの?}

 {【麗しのバーコード】、アカウントあるかと思ったけど、無いね}

 {【麗しのバーコード】さん、他では猫かぶってるのかなw明日からラジオネーム聞き逃さないように気を付けなきゃ}


 書き込みはどれも俺と同じようにこの時間帯だけ聞いている人達のようだ。

 ちょっと不安だったけど、俺の事を叩いている人はいないみたいでホッとした。


 翌日、番組スタッフからメールが入った。

 念のため今日の放送の流れと、それから

 <<来週の放送開始時に『どの番組に何通メールを送ったか』をご連絡いただけますでしょうか?>>

 といった内容が書かれていた。

 俺はそれに<<わかりました。ありがとうございます。>>と返信した。



 次の日の番組。

「今日はハマらなかったかなぁ……」

 パソコンで昨日の番組と今聞いている番組の二つのSNSのページを並べて、書き込まれていくコメントを見つつ『お題』に対するメールを送っていた。

 けど、今のところは読まれそうにない。


 {今日は【麗しのバーコード】さんは送ってないのかな?自粛?}


 昨日の番組の方に名前が書きこまれた。


 {もし読まれたネタがいつも通りシモ系ならバーコード本人確定でスルーしておk?}

 {もう一機の方がシモ言わないとも限らんぞ}


 と別の人たちが続く。



『えっと次はー……あ、昨日のって聞いた?』

『え? ああその人の? 直接は聞いてないけど裏で噂になってるんでしょ?』


 …え?


『あれ? これどこまで言ってもいいやつ? ……あ、ダメなの? 全然ダメ? ………え?…うん、そっか、そうなのね……ごめんなさい、まだ喋ったらダメみたい。このメールは?……そうね、やめとこうか』

『そうですねー。んじゃ、こっちのを読もうか』


 {【麗しのバーコード】のことかな?}

 {バーコード生存確認}

 {喋ったら駄目って何? 気になる〜}


 今度は放送中の番組についてのコメントに混ざって書き込まれてくる。

 それに反応するこの番組しか聞いてなくて経緯を知らない人達の呟き。


 {バーコードに何かあったの?}

 {何のことカナ??}


 答えるようにすぐに誰かの作った昨日の放送のまとめページへのリンクが貼られる。


 {他の局かな…地方とか?}

 {自分のラジオネーム以外は耳がスルーしてるから心当たり無いわww}

 {何コレ新手の聴取率操作イベント?}

 {自作自演な}

 {素人が改名賭けて対決とか面白くなさそ~www}


 書き込み件数が多くなるにつれ、段々と棘のあるコメントが増えていく。


 {捜索ってどこまで調べればいいの? 本名とか住所も?}

 {電話番号だったら080○○○……}

 {ちょっとwww}



 ♪♩♪♩♪♩♪♩


 非通知。


 ♪♩♪♩♪♩♪♩


 非通知。


 ♪♩♪♩♪♩♪♩


 非通知。


 ♪♩♪♩…………


 切って切ってもかかってくる電話に怖くなり、俺はスマホの電源を落とした。


 {あれ?電話かからなくなっちゃいました~}

 {オイw}


 電源を落としたせいでラジオアプリも切れ、部屋の中に静けさが訪れる。


「…………」


 {マジかw}

 {あ~、なるほど}

 {コレ最初に知ってたらなぁ~笑}


 リスナーのコメントは流れ続けている。

 でも一言二言のみで何のことを言ってるのかが分からない。

 ……もしかして俺の事なのか………?


 パソコンからもラジオは聞ける。

 番組ホームページのスピーカーマークをクリックする。


「…………なんで……あ」


 何も聞こえてこない……と思ったが、当然だ。

 いつもパソコンはミュートに設定しているんだった。

 音量調整のカーソルを徐々に上げていく。しかし、


 キィィィィィーーーーーーーーー


「っ……」

 スピーカーからは耳鳴りみたいな不快な高い音。

 すぐにミュートに戻したが、耳にこびり付いたまま残ってしまうほどだった。

「…………」

 後ろを向く。

 少し嫌な感じがしたから使いたくはなかったけど…………。

 テーブルに置きっぱなしのラジオの電源を数日ぶりにオンにした。


 ジ…………


『……だからさ、そういうヤツには絶対天罰が下るんだって。君みたいに普通に過ごしてるだけの人にそういう事するヤツが将来大人になって幸せになれると思う? だってさ、そういう事した記憶ってどうしたって残ると思うよ。された側の方が記憶に残るって言うけど、したヤツにだって絶対に残る。性根が腐ってるヤツだってそうさ。それは罪悪感じゃないかもしれない。面白かったなーとか、ダセェヤツがいたなーとかかもしれない。でもさ………』


 まただ。

 こんな番組知らない。

 このパーソナリティの声も聞いたことが無い。


 ダイヤルを回す。


『なにか嫌な事が起きる度に思うんだよ。『アイツにあんなことした罰かなぁ?』って』


 回す


『ラジオ聞いてることの何がダサいんだよ』


 回す


『ハガキ送ることがどうして気持ち悪いんだ。他人の物を平気で破り捨てるヤツの方が気持ち悪いだろ』


 回す


『人を傷つけて笑ってるヤツが立場が上だなんて思っちゃダメだ』


 回す


『勝手にいじめてくるヤツを勝手に恨んで何が悪い』


 回す


『暴力で威圧するヤツに卑怯だとか言われる筋合い無い』


 回す


『優しすぎる君には大変なことかもしれない。だったら前もって言ってやればいい』


 回す


『『僕が死んだら絶対復讐に行くから。迎えに行くから』って』


 …………


『『呪いは死ぬまで続くから』って』


 ………

 ……… 。


『だから、そいつの事はいつでも呪える。大変なことからは逃げたって良いんだ。ちゃんと大人に伝えて、助けて貰えば良い。今は楽しいことを見つけて生きればいい。俺はそう思うよ、【麗しのバーコード】くん。』




























『えーと、先週募集した件ですけども……知っている方は知ってると思うんだけど色々ありまして………要するに、やれません、ってことです。ごめんなさい』

『ごめんなさいね、ちょっとね、手に負えない……手に負えないというか……』

『良くないね、っていうことになったので』

『うん、そうなんです』

『なので、皆さんももう深く詮索しないように……くれぐれも噂とか、想像で『こうなんじゃないか』とか、そういう書き込みはしないようにお願いします。』

『お願いいたします。』

『……【麗しのバーコード】さんのご冥福をお祈り申し上げます。……じゃあ今週も始めましょう午前3時までヨロシクゥ!』

『イエーイ!!』







































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― 新着の感想 ―
[良い点] 臨場感があって、「回す」を連続するところで恐怖を感じました。良い意味での最後の不気味な終わりかたが、この物語の怖さを引き立てていると思いました。 ホラーで「面白かった」というのはおかしいか…
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