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2-7-1 戦い(上)

 両親には話せなかった。ようやくあの村から離れられ体調も快復してきた二人に呪いという非科学的な、二人が最も嫌悪している名残を伝えるわけにはいかないのだ。

 央齢村出身の者が出て行けば呪いが発動する。そんな話は何度も聞かされていた。同時にあの村で産まれたのではない私がその対象外なのも冷ややかに、そして羨ましがられていたのもだ。

 その呪いの前段階が何故か私に降りかかっている。ざわざわと木々が揺れる音が耳元で鳴り、酷い時には目に見えない何かに足を絞めつけられる。間違いなく央齢村が何よりも恐れた桜火王の呪いで、私は頭を抱えた。

「朱芽。本当に大丈夫?」

「平気だって。二人で楽しんできて」

 母が眉を下げて私を見つめる。唯一安堵できたのはこの呪いは私だけに降りかかり、両親には全くかけられていないところだった。

「じゃあお父さんと行ってくるわね。……お土産楽しみにしてて」

 「冷蔵庫に昨日の夕飯の残りがあるから」と告げ母は私の部屋のドアをそっと閉じた。やがて玄関の方で楽しげな声が響き、ガチャンという音の後に静まり返る。本当は三人でアウトレットモールへ行く予定だったが、体調不良と嘘をつき断らせてもらった。

 アウトレットモールへ向かう道に立派な桜並木通りがあって咲き誇っている、とインターネットに情報が公開されていて今の状態で桜は絶対に見たくはなかった。

 静まり返った自室で私はベッドに仰向けに転がる。見慣れた白く何もない天井が視界いっぱいに広がり、背中には固めのマットレスの感触がする。寝返りを打って開けっ放しのクローゼットの中には新品のスーツがかけられていた。あと三日で大学の入学式で、大きな会場の周辺も桜が満開らしい。正直欠席したいが両親に余計な心配をかけてしまうだろう。震える足を引きずって行くしかない。

 ──あやめちゃん。

 不貞寝しようとして目を閉じればあの笑顔が浮かんで上体を起こす。背筋が冷たくなり耳元でざわざわと擦れる音が奏でられ始め、私は無駄とわかっていながらも両手で耳を塞いだ。そうして十分程何か別のことを、と必死で意識を反らせば波が引くように音は消えていった。一カ月弱、繰り返している応急処置にも至らない唯一の対策法だ。

「くそ……!」

 誰に聞かせるわけでもなく悪態をつく。このまま一生、呪われたままなのだろうかと恐怖に身を竦ませれば再びさわさわと「幻聴」が耳元で囁く。私は布団を頭から被り掻き消すように「あー!」と声を張った。

 まさか呪いが本当に存在するなんて、そして呪いがあるということは。あれだけサクラちゃんに不在証明を偉そうに語ったことを少しだけ後悔する。私達家族に対する仕打ちを許しはしないが、一欠片だけ同情の念が央齢村の者達に生まれた。

 桜火王は存在する。そして残虐にも人間が苦しむ様を楽しんでいるに違いない。

 身体がカタカタと震え、抑えようと布団を握りしめる。葉や枝の擦れる音は一層私の聴覚を支配し嘲笑うようだ。脳内で様々な光景が浮かんで消える。近づくなと言われた炎花の森。碌でもない村の連中。そしてサクラちゃんの笑顔。やがて記憶は妄想へと繋がる。鬱蒼とした森の奥に堂々と生える大樹。暗闇を照らすように光り輝く桜の花を咲き誇らせている姿は幻想的で、そしてゾッとする程美しいのかもしれない。人知の及ばない私達にはどうしようもない残虐非道な怪異。それが──

「しっかりしろ! 私!」

 布団を跳ね上げ大股開きでダイニングへと向かう。冷蔵庫を開け、飲みかけのペットボトルの炭酸飲料を一気飲みした。泡が痛いくらい口内、喉奥で弾けそして噎せる。生理的な涙を指で拭ってペットボトルを洗おうとレバー型の蛇口に手をかけた。

 ここ一カ月弱、恐怖で怯える日々を送っていたがそれだけではない。私の中にはもう一つ明確な感情が既に生まれ、冷静に現状を分析にかかっていた。まず、私にかけられた呪いは常時発動するものではなく、波がある。発動時間もまちまちで何かしらの条件を私が満たした時にあの化け物桜は私を嘲笑いにやって来るのだ。屈服して崇めろと呪いの冠した暴力を振るうのだ。

 ふざけるな。負けてたまるか。

 村で感じていた腹の奥の熱い炎だ。受験勉強の原動力にもなっていたそれが今も続いているだけだ。もう少し、法則性を見つけこの呪縛を解く解決策が見つかるまで燃え続けろと己を鼓舞する。

 桜火王に対する怒りが確かに私の中に在る。恐怖と怒りで正気を失いそうになるが、それでも立ち続けていたい。いや立っていてやる。

 深く息を吸い、吐いた。まだ大丈夫だ。大学に通えばもしかしたら手がかりがあるかもしれない。インターネットで検索しても全くヒットしない央齢村の化け物について、その呪いについての打開策が。

 学んで戦って解いてやる。そう胸元を拳で叩けば例の音が去っていったことにようやく気がついた。壁にかけられた時計を見て頷く。今日は大体二十分程だなとポケットの中に突っ込んでいたスマートフォンに入力した。


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