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1-10 開幕

 リン、リンと錫杖につけられた鈴が鳴る。左手に提灯、右手に錫杖を持った司祭の林造お爺さんのゆったりとした足取りに合わせ後をついて行く。

 人間を捧げる炎花の儀の場合、森に入れるのは生贄と司祭のみらしい。昨日、突然帰って来て鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする両親に「最後だからやっぱり一緒にいたくて」と微笑めばあっさりと信じてもらえた。それから儀式の準備をするまでずっと別れの支度をしていた。ちゃんとお別れできた、だから大丈夫。

「咲楽、これは名誉なことだからなあ。安心して桜火王様の元に行くんじゃよ」

「はい」

「お前さんが産まれた時、『咲楽サクラ』なんて桜火王様の巫女として相応しい名だと感心したがまさか『選ばれる』とはのう」

「それよりもお爺……司祭様。約束の件は」

 村で産まれた人間は皆植物に関する名にしなければならない。桜火王様から賜った長く続くしきたりだ。一際桜火王様の支配に怯えていた私の両親は「咲楽」とあの怪異に好かれるように名付けたのだとそう教えられた。

「わかっておる。お前さんの親父は余計な振る舞いから央齢村の住民全てを失望させた。が、身を挺して対価を払いに行ってくれる松戸季家をもう責める必要もなかろう。以前のように村の一員として振る舞うことを許可する。既に他の者にも伝えてあるから安心せい。親父殿も大切な一人娘が捧げられるんだ。ひと時の過ちを犯すこともあろうて」

 林造お爺さんが錫杖を地面に叩きつけ、静かな畦道に鈴の音が響く。満天の星空の中を二人で歩く。ロマンチックの欠片もない現状に思わず錫杖を蹴り飛ばし林造爺さんを畑にでも落としてやりたくなったけど、寸でのところで足を止めた。

 正直に言ってしまえば私は両親があまり好きではない。二人なりに愛情を注いでくれてたし、最終的にはあの桜火王様に挑んでまでして私の死を止めようとしてくれた。けど、十八年間の中で私の自由を尊重してくれたためしは殆どない。それどころか村のために奉仕する女であることを強要されてきたのだ。だから自身が私が生贄となることを受け入れたのは僅かな感謝とそれから良心のためだった。私は目の前で人が死んでいくのを見過ごせない自分で在りたい。その意思だけは自由でいたかった。

 薄桃色の着物に深緑の袴。赤の鼻緒に金の草履。死に装束とは思えない程派手な袴に身を包み畦道を進む。本当は大学の卒業式に着たかった──一瞬過ぎった感傷に首を振る。今更もう、どうにもならない。畦道が綺麗に舗装されたものから凸凹とした最低限の手入れのものに変化し電信柱が減っていく。長郷君一家を追いかけた時とは違う沈んだ気持ちを意識しないよう、声を上げた。

「苦しまずに殺してくれるんですよね?」

「殺すなどと物騒な言い方をするんじゃない。捧げられる、のだ」

 言葉で誤魔化すな。聞こえないよう鼻で笑い「申し訳ございません」と心の中で舌を出してみせた。殺す──物騒で軽々しく使ってはならない言葉だからこそ、今の自分を表すのに相応しかった。倒す、と言葉を濁していたあやめちゃんはきっと私を怖がらせないように配慮してくれていたのだと気づいた。

「私はどう捧げられるのですか? 桜火王様の元に行って司祭様が祈りを捧げ、森から去る。そして私は桜火王様と二人きりになるとのことですが」

「桜火王様の毒桜吹雪には種類がある。歯向かう者を苦しませ三日三晩血反吐を吐かせた後に永眠させるものもあれば、一息吸って眠るように命を奪うものもある。お前さんが今回使われるのは後者じゃ。桜火王様は従順な者には慈悲を与えるからな。明日の朝、両親と共に遺体を引き取り丁重に葬儀を上げた後に骨壺が埋められ魂も、肉体も捧げられて終了じゃ」

 真っ直ぐ前を向く。月明かりに照らされてドーム型の暗闇が目視できるようになってきた。私の人生の終着点。桜火王様の住処である炎花の森だ。

「ころ……捧げられることは名誉だと思っております」

 不思議と恐怖が薄れていた。死への恐怖も、桜火王様への恐怖も生きていて一番小さく感じている。終わりが見えたからだろうか、無意識のうちに覚悟ができてしまったのだろうか。自分の感情に狼狽えながらそれでも終わりへと前へ進む。真っ直ぐと伸びた死刑台へ止まることなく近づいていた。

 最期の景色だと天を仰ぐ。不思議と軽い心の置き所を迷っている私に反して空は澄んでいた。涙一つ零れない自分を疑問に感じながらもそれでいいと思った。林造お爺さんに泣き叫ぶ姿を見られたくない。言いふらされたくないのだ。

 本当はこんな村大嫌いだった。常に一番は桜火王様で、その一言で昨日までの仲間すら売り渡す。更に閉塞的で化石同然の思考で未来を食い潰していくのだ。自分と異なる他者を寄ってたかって爪弾きにする。長郷君一家の件だって、半分は村の私達のせいだ。短大に行くと決まった途端、口々に「親不孝」「女に教育はいらない」と当たり前のように告げられたのを忘れない。何度も燃える住宅街を夢想して枕を濡らした恨みを忘れてなんかやらないのだ。

 どんどん本音が溢れてくる。死を目前にして怒りと活力が腹の底から湧き上がり同時に無意識に封印していた心の内が遂に意識として表れているようだった。大嫌いだ、こんな村。あんな親。お前達を救うために生贄になるのではない。私の良心のために生贄になるのだ。そして泣き叫ぶ姿を見られたくないのはもう一つ、怒りの対象も──あれ?

 ふと疑問が湧く。呪いが発動しないのだ。

 きょろきょろと周囲を見渡し、足元に視線を落とす。耳に意識を集中させ音を拾い上げようとする。しかし何も起こっていない。葉が擦れる音も、花びらも足元に絡みつき縛る根も何もない。リン、リン、と錫杖が鳴る。もうすぐ死ぬというのにじわじわと疑問が心を埋めていった。

 桜火王様の呪いは、この土地に産まれた者が対象だ。出産された病院が村の外でも──そもそもこの村に産婦人科はない──親が住んでいるのが央齢村ならカウントされるようだ。そして少しでも桜火王様に反抗的な思考や態度を取れば呪いは発動する。どんなに遠く離れていても毒桜吹雪や呪根元絞めや炎花葉に何処からともなく襲いかかられ命を落とす羽目になるのだ。そして桜火王様は呪った対象がこの村から離れていくことを基本的には許さない。残された記録から大体、一、二週間理由もなく離れれば呪いが発動するようにしているのはわかっている。でも村を出て近辺の企業に勤めている者もいるし、短大や就職希望先がぎりぎり県内な私も生贄の話が出るまでは生かされていた。より絶望させるために泳がされていた可能性もあるが、他の者の例がある以上自分が例外ということはなさそうだ。逆に央齢村で暮らしていても不遜な態度を取れば八つ裂きにされる。どうやら大切なのは桜火王様を恐れ従うかであって、村近辺の県内で帰属意識があればセーフの可能性もあるようだった。つまりは意識の問題で判定は桜火王様の匙加減だ。ただし子を成す時は性別問わずこの村に帰省し子に呪いを受けさせること。この土地に身も心も縛られ代々受け継がせて生きていく。それが央齢村の在り方だった。

 けれど今、私に呪いは発動しない。一番の重要点である「桜火王様を恐れ従う」気持ちが薄れるどころか怒りすら感じているのにだ。

 勿論原体験に植えつけられた恐怖は心にこびりついている。それでも妙だった。結局のところ匙加減だからだろうか。あるいは死に際だから多少の不敬は許してくれているのか。わからないままゆっくりとドーム型の森が近づいてくる。林造お爺さんの歩みが遅くて良かったとこんなにも感謝したことは始めてだった。

「桜火王様は恐ろしいお方じゃ」

「はい」

「だがワシ達は従って生きるしかない。それがこの央齢村の在り方だからの」

「ところで」

 私が肯定の意を示すのではなく、別の話題を振ったのに腹を立てたのか林造お爺さんはわざとらしく咳払いをする。構うもんかと気づかない振りをして私は意地悪な質問を投げかけた。

「長郷君一家は生贄ではなく桜火王様に逆らい、戦いを挑んだため殺されました」

「愚かな一家じゃ。畜生一頭のために……後始末にこっちがどれだけ苦労したと思っている」

「つまり長郷君一家は生贄ではありません。桜火王様の慈悲と私達のご先祖様の取り計らいで生贄は年に一度だけ家畜でいいとなっていました。長郷家の犬のように時折指定されることもありましたが、基本的にはこちらが用意した家畜を捧げれば良かった」

「そうじゃな」

 森が近づく。そろそろこのお爺さんとも別れの時間が迫っていた。最期に会う人間がこいつとは、それだけは心残りだな。小さく溜め息をついて大好きな友人の顔を思い出す。あの怒りと殺意を少しだけ貸してね、あやめちゃん。

「つまり……ご先祖様が契約を結んでから私が初めての人間の生贄です。災害から逃がしてもらうことを条件に人間が生贄として桜火王様に選ばれる制度が復活したのです。私達のご先祖様が桜火王様に初めて生贄を捧げた時は村の者に選ばせたと聞きます。しかし今回、桜火王様が選びになりました。今後もしかしたら人間が、しかも不定期に選ばれ続けることになるのでしょうか」

「何を言っておる」

「村で生贄を選ぶなら一度粗相をしている私の両親が選ばれる可能性が高い、と思ったからです。桜火王様の指名なら皆平等だとホッとしました。私の両親も、司祭様も皆……対象だ」

 一際大きく錫杖が鳴り、頬に鋭い痛みが走る。錫杖で殴られたのだと他人事のように思った。

「何を……!」

 林造お爺さんは肩で息をして唇をぶるぶると震わせている。大きな唾が飛んで地面にポトリと落ちた。汚いと思わず顔を顰めそうになるのを抑えできるだけ優しく微笑んだ。

「安心したんです。桜火王様は従いさえすれば慈悲深いお方だと何度も聞かされて育ちました。だから平等です。央齢村の……貴方達が選ぶよりずっと」

「人が死ぬのに何が安心なんじゃ!」

「生贄の私を殴るのは止めた方がいいですよ。……桜火王様、お怒りになるかも」

 錫杖を振り上げた手が宙で止まる。林造お爺さんは青白い顔をしてしばらく私の顔を凝視し、そして力無く手を下ろした。提灯が中の蝋燭が折れるんじゃないかってくらい揺れる。黒い歓喜で口角が上がるのを感じた。

「……無駄話をしている暇はない。行くぞ、咲楽」

「はい」

 不貞腐れたような声を絞り、林造お爺さんが再び歩き出した。思わず声を出して笑いそうになる気持ちを持て余しながら私も草履で畦道を蹴る。

 しばらく互いに黙りながら真っ直ぐな道を歩いていた。履き慣れない草履で親指と足の人差し指の間が痛み始める。生贄になる女性を巫女と呼ぶとこの服を着せられる前に始めて聞かされた。巫女の服と言えばなんとなく着物部分が白、袴が赤なイメージがあるが桜火王様は自身に近い桜の花と葉の色を好むらしい。

 足の痛みがやぶれかぶれを伴った勢いで昂っていた気持ちを落ち着かせる。冷静になった頭は残念にも冷静に状況を判断し、私の命がまもなく失われる事実を突きつけてくる。三月末。薄手のシャツとカーディガンで出歩ける気候だったはずだが鳥肌が立っている。背筋が冷たく、心臓が掴まれたように痛む。少しずつ恐怖が蘇ってきた。

 怖い。これから死ぬのが。

 怖い。あの桜火王様と対峙するのが。

 それでも前を行く林造お爺さんには震えを見抜かれたくない。私は握り拳を作ると大袈裟に手を振る。薄桃の袖に金糸で刺繍された桜の花びらが夜空によく映えた。

「何だあれは」

 林造お爺さんが突然立ち止まり草履の先に力を入れて何とか踏みとどまる。指の間に鼻緒が食い込んで一層痛みを訴えた。

「どうしたんですか」

「あれを見ろ」

 錫杖をかなり近づいた炎花の森へ向けた。見ると森の中に小さな薄桃色の光が在る。桜火王様?

「待たせてしまっているのでしょうか」

「いや、時間は問題無い。だが急ぐぞ。これ以上生贄を求められたらたまったものじゃない」

 早足になる林造爺さんの後を追う。足が痛みを訴え、早足の分死期が近づくが従うしかない。袴の裾を持ち上げ草履を擦るようにして小走りになった。

 近寄れば森の奥の光が穴が開いたように大きくなる。大きな光に目を取られていて気づかなかったが、小さな蛍くらいの光が森の入り口から飛び交っていて咄嗟に両手で口を塞いだ。これは。

「毒桜吹雪……!」

「何だと!」

 林造爺さんが上擦った悲鳴を上げ錫杖と提灯を落とした。私は慌てて提灯を拾いゆっくりと森へと近づいて行った。

 光る花びら……毒桜吹雪が舞い、私達とすれ違い後方へと消えて行くのを目で追った。花火の火の粉のように次々と舞っては消えて行く。もしかして。

「何をしているんじゃ咲楽!」

 くぐもった声を無視しそっと口を押さえていた手を下ろす。やはりこの花びらは毒を纏っていないのだ。でも、何故?

 森の入り口に置かれた小さな白い石が目視できるようになり立ち止まる。森唯一の道。毒桜吹雪はこの道から吹き出していた。沢山の薄桃色の小さな光が流れ、私達を素通りし消えていく。命の危機さえなければ幻想的な光景だと感嘆の声を上げたかもしれない。提灯を掲げ森の入り口を照らす。中では提灯の光を掻き消す程の相変わらず大きな光が瞬いていた。

「行きましょう」

「は?」

 林造お爺さんが素っ頓狂な声を上げた。

「人間を捧げる儀式の時はこうなのかもしれません。時間は守った方が良いかと」

「待て! 毒桜吹雪が怖くないのか!」

 流石に溜め息しか出ない。怖いに決まっている。今からそれに殺される人間に、よくも。

「生贄を増やされたくなかったら進むしかありません」

「これだからいらぬ勉学の道など目指して花嫁修業を怠る女は」

「これから死ぬ相手に結婚について説教ですか」

 林造お爺さんが何やら背後で怒鳴っていた。けど私は無視をして提灯を掲げて炎花の森へと入っていった。

 月明かりも届かない暗闇に提灯は足元を照らすくらいしか役に立たない。でも長郷君一家を追いかけた時と違い桜火王様までは一本道だし、炎花の儀の度に訪れてはいたから迷う心配はない。何より灯台のように目印があった。ただ薄桃色の光を目指して進む。

 毒桜吹雪の花びらが増え、光に包まれる。薄桃色の道を転ばないように気をつけながら草履で踏みしめた。進めば死ぬのはわかっているのにどうしても先へ急いで行きたかった。

 大きな光の方からドドドと何かが打ちつけられるような、大繩が風を切り固い何かを叩くようなそんな音が聞こえ始める。薄桃色の光が更に舞う。桜吹雪の中、森の奥へと足の痛みも気にせず駆け出していた。

 一体、この先に何が。自分でない者に背中を押されているみたいな勢いで私は進む。

 真っ直ぐな道が途切れ、大きな薄桃色の光が視界いっぱいに広がる。夜に花を光り輝かせ咲き誇る残虐な怪異、桜火王様がそこに……。

「え!」

 目を見開き提灯を落とす。そこには信じられない光景が広がっていた。

『手を止めろ! 殺されたいのか!』

「やってみろよ、化け物桜」

 狼狽した中性的な声は間違いなく桜火王様のものだった。そしてもう一つは。

「何じゃあ!」

 追いついた林造お爺さんが悲鳴を上げ尻餅をつく。当然だ。私も目玉が飛び出すんじゃないかってくらい見開いた。

 桜火王様が鎮座するこの空間は森をくり抜いたように直径五十メートルほどの円状の空間になっている。円形のこの場は桜火王様を中心として他の草花は生えていない。しっとりとした肥沃な土地だが全て桜火王様のテリトリーであり、私達も炎花の儀以外で立ち入り禁止となっていた。そこに桜火王様のと思われる太い根っこが数本地面から生え物凄い速度で空気を薙ぎ、乱れ打っている。桜火王様の根元にいる「それ」に対して何度も根を打ちつけているが透明な目視できない空気の膜のようなものが張られているようで一向に当たる気配がない。

 一方空中には燃え盛る葉がふよふよと浮きながら出番を待っていた。しかし狙いの「それ」にはやはり届かないようで葉が燃え尽きては追加されるを繰り返している。

 そして一番不可解なのは花吹雪だった。一直線だ。桜火王様の咲き誇る桜から光り輝く花びらの洪水がまるでマシンガンのように空気の膜へ止まることなく打ちつけられ、ダダダと音を立てていた。まるで斜めになった滝のようだった。

 呪根元絞めも炎花葉も毒桜吹雪も空気の膜に阻まれ無力化されていた。私達がずっと恐れていた呪いが全てただの根と葉と桜と化していた。

 光る花びらに覆われ空気の膜の中が確認できない。腰を抜かしたままの林造お爺さんの半開きの口から「桜火王様……?」と名が零れた。

『殺してやる。矮小な人間が!』

「無粋だって言ってるでしょ? せっかく楽しんでるのに」

 風が吹いた。桜火王様という怪異が原因ではなく、大自然が起こした風が空気の膜に張りついた花びらを舞い上げる。焦げ茶色の土を覆っていた薄桃色も共に舞った。

「お前は! まさか!」

 林造爺さんがいよいよ「それ」の正体に気づく。私はまだ目の前の光景が信じられない。「それ」が何か、最初の声でわかってはいたけれど。そんな。

 涙が溢れるとはこういう時を指すのか。目から自然に涙が頬を伝っていく。心臓の鼓動が早まり身体が熱を帯びていった。

 嘘でしょ。だって。

 鼓動と共に、血液と共に身体中に輝かしい何かが巡っていく。胸が詰まり声が出ない。高揚した感情が身体の中で踊り狂い、他の機能を全て停止させていた。

 「それ」は地面に三、四人は吸われれる程のレジャーシートを敷いていた。黄色いレジャーシートには可愛らしい犬が何匹も踊っているイラストが印刷されていて、その上で胡坐をかいている。

 「それ」はレジャーシートの上に様々な玩具を置いていた。シャボン玉液数本に専用のストロー、それから浅い桶と虫捕り網から網を取ったような棒が端に寄せられている。フリスビーとそれから何かバッテリーと小さな箱が積まれていた。

 「それ」は見覚えのあるお重をシートの中心に配置していた。紙皿と紙コップ、そして缶ジュースとペットボトルのお茶、割りばしも共に置かれ紙皿の上には唐揚げとおにぎりが乗せられていた。

「このあたりの抜け道覚えといて良かったわ。道に迷って間に合わなかったらどうしようかと本気で焦ったよ」

 紙コップに入ったオレンジ色の液体を一気に飲み干す。そしておにぎりに齧りつき咀嚼する。喉を鳴らして嚥下しクーラーボックスの中から五百ミリリットルの新しいペットボトルを取り出し蓋を開けた。

「何を……何をしてるんだ! 火浦朱芽あやめ!」

「あやめちゃん!」

 あやめちゃんがそこにいた。悠々とレジャーシートの上で二人で途中まで作ったお弁当を食べている。

「何をしてるって見ればわかるでしょ。林造爺さん、久し振り。髪染めたのによく私ってわかったね」

『おのれ! かけたやった呪いを解いただけではなく、俺に向かって! 許さねぇ! 生きては帰さない!』

 呪いを、解いた?

 だってあやめちゃんはこの村の産まれじゃなくて、そもそも呪いにかかっていないはずでは。

 呆然としている私の前で桜火王様がお怒りになり、花びらのマシンガンが勢いを増す。けれど涼しい顔であやめちゃんは空気の膜の中で唐揚げを頬張っていた。

「サクラちゃん、あれくらいじゃ私を止められないよ……って煩いな。いい加減単調な攻撃を諦めたら?」

『黙れ! 殺してやる!』

「そのまま返してやるよ! 残虐殺人化け物桜が!」

 あやめちゃんの瞳に火が灯る。箸でお重の中のパプリカをつまみ、口に放り込んだ。

 むしゃむしゃと食べ続ける。これじゃまるで……。

「林造爺さん、何をしてるってさ。化け物退治だよ。……またの名を」

根っこが乱れ打たれ、激しい打撃音が場に響き渡る。その中でも確かにあやめちゃんの声が聞こえた。

「お花見だ。サクラちゃんも、どう?」

 月と星に照らされてあやめちゃんがニヤリと口角を上げた。


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