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7ページ目

 辿り着いた丘では、厳かな雰囲気を纏った教会が村を見下ろしていた。その正面には聖堂へと通じる鉄製の大扉が口を固く閉じており、見上げると赤茶の三角屋根の下に日の沈みを伝える鐘が眠そうに前、後ろと揺れていた。

 ここにはよく村の子供たちが集まり、シスター主催の催し物が開かれている。私はときどきそのお手伝いとして教会に顔を出していた。ステラちゃんとアルミラくんも教会にはよく通っているようで、シスターと仲良さそうにお喋りしているのを見かけたことがある。

 私は教会の中には入らず、ガーネットを連れて裏に回る。そこには植物の蔓を纏った黒い鉄柵が、規則正しく並ぶ四角く加工された白い石を囲っていた。

「…ここは?」

「墓地だよ。亡くなった人が眠る場所」

 私たちは鉄柵の内側へ足を踏み入れ、いくつかの墓石を通り過ぎる。ある墓石の前で立ち止まると一度目を閉じ祈りを捧げた。

「…ここにステラちゃんと、アルミラくんのご両親が眠ってるの」

 私は目蓋を持ち上げ、目の前の墓石から目を逸らさずに呟いた。

 その墓石には『レクディア・アイリス』『ヴァーロン・アイリス』と二つの名前が刻まれていた。

「それじゃあ、ローズたちは?」

「ローズさんたちは二人の義理の親なの。私も詳しいことは知らないけど、ステラちゃんとアルミラくんが五歳の頃にレクディアさんとヴァーロンさんが亡くなったんだって。その後、ローズさんたちが残された二人を引き取ったそうなの」

 ローズさんたちのフルネームはローズ・ベラクォーツ、マルコ・ベラクォーツだ。お店の名前も二人の名前が由来だった。

 二人の両親のことはローズさんたちから直接聞いたことだった。お店のお手伝いをしてるステラちゃんとアルミラくんとは私がクォーツで働き始めてからよく顔を合わせていた。二人が「ローズさん」「マルコさん」と呼ぶ度に私もガーネットと同じ疑問を抱いていた。私がお店の仕事に慣れ始めた頃、二人とも打ち解けられよくお話するようになっていた。そんな私たちの様子を見たローズさんたちは実の両親のことを私に話し、「二人のことをよく見てやってくれないかい」と頼んだのだった。

 私はガーネットに向き直ると、宝石のような薔薇色の瞳をじっと見つめた。

「多分、ステラちゃんとアルミラくんは、まだ本当のお父さんとお母さんのことを受け止められていないんだと思う」

 ガーネットは何も言わない。ただ私と同じようにじっとこちらを見つめている。

「…だから、今はまだそっとしておいてあげよう?」

 私は、二人のこの話には触れないでおこうとガーネットの口を塞ごうとした。何故だか数刻前に走り去っていったステラちゃんとアルミラくんの姿が浮かんでくる。二人の首にぶら下がり揺れている銀のロケットペンダントは本来の輝きが失われ、くすんでいた。

「分かったわ。それであなたたちがいいならね」

 そう呟いたガーネットの薔薇色の瞳は、いつの間にか昇っていた月の明かりを受け、微かに揺れていた。


 私はガーネットと並んでクォーツまでの道のりを歩いていた。私たちの間に会話はなく、土を踏みしめる音だけが辺りに響く。道の端には申し訳程度に設置された街灯がルネシスの力を借りて道を照らしている。私たちから伸びる影は引き伸ばされ地面の凹凸に沿って歪んでいた。

 市場を通り過ぎ、クォーツの玄関口にある明かりが見えるところまで来たときだった。店先で辺りを見回している人影がいた。その人影は私たちを見つけると「おーい!」と辺りに聞き馴染んだ声を響かせながら大きく手を振る。ローズさんだった。私たちは小走りになりながらローズさんの元へ向かう。表情が分かる距離まで来たとき、どこかローズさんの様子がおかしいことに気がついた。

「あんたたち、ステラとアルミラを見なかったかい!?」

 辿り着くなり半ば問い詰められるような形でローズさんに肩を掴まれる。その表情には焦りが滲んでおり、張り詰めた空気が私の肺を満たす。

「ステラちゃんとアルミラくんなら私たちと一緒に市場まで行きましたけど、二人とも買い物が終わってからすぐクォーツに帰ったはずですよ」

「あぁ、確かに頼んだものは家に置かれてた。けどその後に二人でどこかに出かけたみたいなんだよ」

「出かけたって、もうこんなに暗くなってるのに」

「まったく、今までこんなことなかったのに。何やってんだいあの二人は!」

 ローズさんは珍しく取り乱した様子で頭を乱暴に搔きむしった。

 詳しく話を聞くと、ローズさんたちは二人にお使いを頼んだ後、いつも通りマルコさんとお店を回していたらしい。それからしばらく経ってもお使いから二人が戻ってこないことに気付き、居住スペースのリビングを覗くとそこには荷物だけが置かれていて二人の姿はなかったそうだ。

 私は市場での二人の伏し目がちな表情を思い出していた。ガーネットの言葉を受け、実の両親に対する想いが行き場を失って胸の内から二人を突き破ろうと苦しめていたのかもしれない。そんな二人が行きそうな場所って――

「ローズさん。私、二人の行先に心当たりがあります」

 気付けばそう私は口を開いていた。


「それで、その心当たりってどこなのかしら」

「もうすぐ着くよ」

 私たちは再び市場に訪れると、今度は教会のある丘へ続く道ではなく、村の畑へと続く道へ足を向けた。道の両脇に畑が見え始め、さらに畦道を進む。すると今度は畑ではなく木造の民家が並び、私はその内の黒茶の屋根の家の前で歩みを止めた。

「着いたよ」

 ステラちゃんとアルミラくんが失踪したと聞いた後、居場所に心当たりのあった私は二人の捜索を申し出た。ローズさんは飛び出して行きそうな雰囲気を滲ませていたが、二人が帰ってくることを考え、今は家で二人の帰りを待っている。そしてその心当たりというのがこの家だった。以前、二人が実の両親、レクディアさんとヴァーロンさんと暮らしていたという。私は二人が両親の影を求めてやってきているのではとここを訪れたのだ。

 家の周りには、手入れをされずでたらめに生い茂った生垣が敷地を囲っており、庭を覗くと、私の腰ほどの高さまで伸びた雑草で埋め尽くされていた。二人が引き取られ空き家になった後、長いこと放置されていたのかもしれない。玄関には蜘蛛の巣が引きちぎられたように歪な形で残されていた。玄関のドアの取っ手を引くと、蝙蝠の鳴き声のような音を立てながらもすんなりとドアは開かれた。

「暗いわね」

 私の後ろでガーネットが呟く。玄関の扉を開くと目の前に細い廊下が真っ直ぐに続いていたが、突き当たりにある、窓を隠しているであろうカーテンの隙間から僅かに月明かりが漏れているだけで、廊下はほとんど暗闇に包まれていた。何故私はランタンを持ってこなかったのか。後悔に苛まれつつもひとまずカーテンを開けるべく月明かりを頼りに、ゴクリと唾を飲み込むと薄く埃が積もる木の床へと震える足で踏み出す。

「…何をそんなにゆっくり歩いているの」

「うひゃぁあ!ちょっと急に話しかけないでよ!」

 突然ガーネットに話しかけられ、私の心臓が打ち上げ花火のように爆発し辺りに赤い花を咲かせそうになる。

「早く行きましょう」

 ガーネットは私の横をピンクの髪を靡かせながら通り過ぎ、そのまま窓のカーテンを開け廊下に明かりを取り込む。月明かりを受け浮かび上がるガーネットのシルエットに、私は今までにない頼もしさを覚えた。

 私はガーネットの元まで身を縮こませながら向かうと、改めて青白く照らされている廊下を見回す。窓の前に佇み辺りを見回しているガーネットの両隣には木製で黒茶のドアがあり、床にはあちこち歩き回ったであろう足跡が残されていた。その足跡の主はどちらのドアの先にも進んでいるようで、手当たり次第に探すしかないようだ。

「ここには来てないようね」

 そう思っていた矢先、ガーネットはここに二人は来ていないと言った。

「え、でも足跡があるよ?」

「よく見て。二人の足跡にしては大きすぎるし、数も一人分よ」

「…ホントだ」

 なるほど確かに、と納得はしたがまた違う疑問が芽生えてくる。

「じゃあ、この足跡って誰の…?」

 刹那、左側のドアの奥からギシッ、と床の軋む音が響く。

「い、今のって」

 慌ててガーネットの手を握る。背中に嫌な汗が噴き出すのを感じながらじっとドアを凝視する。

「ベル、動きづらいわ」

 私はガーネットの訴えに答える余裕はなく、ドアの奥へ耳を澄ませていた。すると再び床の軋む音が響いてくる。どうやらその音の主はこちらへ向かってきているようだった。

「ど、どど、どうしようガーネット…!」

「ベル、痛いわ」

 私はガーネットがメトロノームのように左右に揺れるほど強く揺すっていた。そんなことをしている間に、その音はドアのすぐ裏までやって来ていた。そしてガチャ、という音の後にゆっくりとドアが開かれ、橙色の光が漏れた。私の足はその場に縫い付けられたように動けなくなる。私は無意識のうちに悲鳴を上げていた。

「きゃぁぁあああ!!!」

「うわぁ!!…って君たち、どうしてここにいるんだい?」

「……え?」

「…」

 涙目になりながらおそるおそる見上げると、そこにはランタンを掲げたマルコさんが目を丸くしてこちらを見ていた。


「なるほど、そういうことだったんだね」

 それから幾分か冷静さを取り戻した私は、マルコさんに私たちもステラちゃんとアルミラくんを探していることを伝えた。どうやらマルコさんも村中を探しながら私と似たようなことを考え、この家へとやってきたようだった。

「残念だけど、ここには来てないみたいだね」

「そうですか…」

「僕はもう一度教会の方を探してみるよ。君たちも遅くなりすぎないうちに帰るんだよ」

 マルコさんはそう言い残し、夜の闇へと駆けていった。マルコさんが出てきた部屋を覗くと、間取りからリビングだったことが伺える。けど家具が取り払われ抜け殻となった空間には、かつての暮らしていたはずの人の日常は欠片一つ見当たらなかった。

「私たちも行こう」

 胸に去来する空虚さを見ないよう、私はガーネットへ瞳を向ける。ガーネットは何かを見つけたように窓越しに外を闇を見つめていた。

「…ガーネット?」

「そうね、急ぎましょう」

 私たちは再び二人を探すため軋む廊下を踏み鳴らす。開けた玄関の扉は、訪れたときよりも耳障りに響き、早く出ていけと私たちを急かしてきたのだった。


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