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お昼を食べ終えた私たちは、疎らにやってくるお客さん達の接客をしていた。
「二人とも!そろそろ上がっていいよー!」
空が赤く焼かれ始めた頃、ローズさんから声が掛かった。客席のフロアからカーテンを潜ると、これからローズさん達も休憩に入るのだろう、三角巾を外した二人が厨房から出てくる。
「はい、お疲れさん。これ、今日の分のお給金」
「お疲れさまです。…ありがとうございます」
ローズさんから麻袋に入った私とガーネットの分のお給金を受け取る。
「今日もありがとうねベルちゃん。ガーネットちゃんも」
マルコさんが三角巾で纏め上げていた黒髪を下ろしながら労ってくれる。
「それでどう、お金貯まってきた?」
「はい!…なのでもう少ししたら行こうと思ってます」
「そっかぁ。寂しくなるなぁ」
すぐに旅を再開しなかったもう一つの理由。なんとも馬鹿らしい話だけど、カルセイトを訪れた時、私の路銀は底をついていた。というのも旅の道中、足りなくなっていた絵具やら気に入った絵筆や絵本を後先考えず買っていたらいつの間にかお金が無くなっていたのだ。碌に食べ物も買えず、力の入らない身体でクォーツの前を私がふらふらとしているところを、ローズさんが助けてくれたのだ。それ以来私はクォーツで働かせてもらっている。
ガーネットには「恩返し」という名目で働いていることにしているけど、お金をいただいている以上これで恩返しをしているとはとてもじゃないが言えない。私は旅を再開する前に何か別の形で恩返しをしたいと考えていた。
「ほらほら、あたしたちはこれから飯なんだ。さっさと上がった上がった。…旅を再開するって言ってもまだしばらくカルセイトにはいるんだろう?なら、ガーネットに村を案内してやったらどうだい」
「はい、もちろんです!」
私は二人に「お疲れさまでした」と頭を下げるとガーネットと共に店を後にした。
ガーネットに村の案内をする前に着ていた制服を着替えるため、私たちは一旦宿に戻ることにした。宿は、定食屋と居住スペースが一緒になっている木造の家の裏に建てられているため、店から出た後に回り込む必要がある。
着替えを済ませ、部屋の鍵を持って外へ出ると、お店の方面から「ベルおねーちゃーん!」とけたたましく鳴る汽笛のようなの声が聞こえてくる。
「ぐぇッ」
――刹那、小さな暴走機関車が私の脇腹に突撃してきた。たまらず私は潰された蛙のような声を漏らす。痛む脇腹を抑えつつ突撃してきた影を見やると、大きな碧い瞳と目が合った。
「今日も元気だね…ステラちゃん」
「うん!…ベルお姉ちゃんは具合悪そうだね、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫、ちょっと機関車に轢かれただけだから」
「…何言ってるの、ベル」
ガーネットが涼やかな声を浴びせてくる。すると「待ってよ、お姉ちゃぁん」とまたお店の方面から、今度はゆっくりとしたペースで向かってくる少年の姿が見えた。
「あ、ベルお姉ちゃん。こんにちは」
やってきた少年――もといアルミラくんは私を見つけると、ペコリとお辞儀をした。
「アルミラくん、こんにちは」
「もうっ遅いよアルミラ!早くしないと日が暮れちゃうでしょ!」
「お姉ちゃんこそ、お金貰わないでどこにいくつもりなのさ」
「……忘れてた」
「もう、ちゃんとしてよ…」
「あはは、ごめんごめん」
「お姉ちゃんはいつもいつも――」
ステラちゃんはアルミラくんのお説教を聞きながら、バツが悪そうに胸元まで真っすぐ伸びている銀髪の先を指先に巻き付けている。
「ねぇベル、この二人は誰なの?」
二人のやり取りをバックにガーネットが私に尋ねてくる。
「えっと、二人はローズさんたちのお子さんで、」
「――双子の姉弟なんだよ!」
私が説明しようと口を開くと、横からお説教をされていたはずのステラちゃんが私の台詞を奪い取っていった。その後ろでアルミラくんが小さく溜息を吐いているのを見るに、お説教から抜け出してきたようだった。
「私が姉のステラで、こっちが弟のアルミラ。双子といっても、似てるのは髪色と目の色ぐらいだけどね!」
ふふん、となぜか胸を張るステラちゃん。その拍子にいつも首から提げている銀のロケットペンダントが太陽の光をキラリと反射した。そんな姉の姿に呆れたようにアルミラくんは外にツンツンと跳ねた癖っ毛の頭を掻く。
「それで、お姉ちゃんはなんていうの?」
「…ガーネットよ」
「ガーネットお姉ちゃんかぁ…長いからガーネットちゃんって呼んでもいい?」
「構わないわ」
「やったぁ!じゃあ早速、ガーネットちゃん、よろしくね!」
ステラちゃんは太陽のような明るい笑顔でガーネットの手を握り、ぶんぶんと上下に揺らす。
「ほら、アルミラも挨拶しなきゃ」
そうステラちゃんに促されたアルミラくんは、さっきステラちゃんにお説教をしていた時の様子とは打って変わって、傍から見ても分かるほどに緊張していた。アルミラくんはステラちゃんとお揃いの銀のロケットペンダントを握りしめ、ステラちゃんの背中に隠れるようにしながらその碧眼で不安げにガーネットを見上げている。
「アルミラ、相変わらず人見知りだよねぇ」
ステラちゃんが呆れた風に言うと、後ろに隠れていたアルミラくんのさらに後ろに回り込み、弟の背中を両手で無理やり押しガーネットの前に立たせた。
「あ、…ぅ。……ア、アルミラ、です」
顔を真っ赤にしながらなんとか名前を言い切ると、緊張が限界だったのかガーネットの返事を待たずに物凄い速さでステラちゃんの陰に隠れてしまった。私と初めて会ったときもアルミラくんはとても緊張していたなぁと思い出す。今は自然に会話できるぐらい打ち解けたと思うけど。
「二人はこれからお出かけ?」
「うん!お使いにね。お姉ちゃんたちもこれから出かけるの?」
「そうだよ、ガーネットにカルセイトを案内しようとしてたの。そうだ、途中まで一緒に行こうか?」
「もちろん!行く行く!アルミラもいいよね」
「う、うん。いいよ」
「よし、それじゃあしゅっぱーつ!」
ステラちゃんはアルミラくんの手を取ると、反対の手を天に突き上げ、意気揚々と村の中心へ繰り出す。
「私たちもいこっか」
そんな二人を微笑ましく見守りながら、私たちも置いていかれないよう二人の長く伸びた影を追ったのだった。