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藍沢探偵は名家の使用人。  作者: 静沢清志
1/1

静希少年、10歳

       始 章


     ──目覚め──



────ふと、目が覚めた。

 そこは見覚えのない部屋で、よくわからない場所だった。でも知っている。ふとそう思った。だって、このにおいは少し覚えがあるからだ。おそらくここは、病院という場所なのだろう。


 すずしい風が開けっぱなしの窓からふきこんで、カーテンがゆれる。その風は、ベッドで横たわっている少年の頬に触れる。空はまっさおで、雲が一つもない快晴だ。


 それはそれで気になることがあるのだ。

 なんでこんなところにいるんだろう?


 窓に向けていた視線を、真正面の壁にかかっている時計にうつす。時間は朝の九時すぎ。なんだかこんな心地いい朝はひさしぶりな気がする。


「え……」


 白い服を着た女性が、なにかを落として驚いている。左手を口にあてて、目をおおきく開いている。それから女性は数秒間なにも話さないでいた。だから少年は一応、話しかけてみた。けど、すぐに「先生……!」とあわててどこかへ行ってしまった。


 それから一、二分あと。少年は空を眺めていた。そしたら汗をかいて、息をはぁはぁとさせてきた白衣の若い男性が少年を見てくる。その若い男性の姿は極めて日本人らしくない。外国人のようにも見えるけど、顔は日本人のような作りであった。正直、怖かった。だから逃げたかったけど、男性はすぐに作り笑いを浮かべて言った。


「──ごめんね。怖がらせてしまったね。私は先生。それはわかるね?」

「……ん」


 少年は首を小さく縦に振った。


「よかった。……それじゃ、自分のお名前はわかるかな?」

「……ぁりま──しず、き……?」


 上手く言葉に出せなかったが、一瞬で思い出した自分の名前を言った。

 何となくだったから合っているかはわからない。もしかしたら知らないだれかの名前かもしれない。


 けど、なぜかその名前には違和感が感じられた。


「……あ、ああ。うん。そ、そうだね。有馬静希、それが君のお名前。それじゃ自分が何歳かもわかるかな? ゆっくりでいい」

 「……じゅ……ぁい」

 

 けれど少年の発する声はひどく弱々しく、よどみあるものだった。医者は、静希の言ったことが何なのかがわからなくて、しばらくその体を硬直させていた。


 医者は静希が「十歳」と言ったのだと、数秒おいてから理解した。


「十歳。そうだね。でもね、もう君は十一歳だ」


 最初に二回うなずいてから、医者は静希にそう告げた。

 静希が〝事故〟に遭ってからすでに一年が経過しているのだ。


 それから医者は静希の胸になにやら冷たいものを押しつけてきたり、ライトで静希の目に光を当てたり、注射で血液摂取もした。なんでだろう、注射はすごく嫌いなはずなのに、痛くはなかった。まるで苦手がなくなったみたいな感じだ。


 そして医者は「ちょっと待っててね」と静希に言って、病室のドアの近くであの女性──看護師と話していた。


「──奇跡だ。まさか成功するなんて、思いもしなかったが……とりあえず全く以って正常だ。心拍数もいたって平均的だし、血液摂取もしたが、まあとりあえずは異常なし。──ただ、いくらなんでもこんなことは……」

「まあ、そうですよね。でもよかったじゃないですか、生き返ったんですから」

「そう、だな」


 そのあとも何かを話していたけど、黒髪の少年はずっと空を見ていた。きれいで、晴れ晴れとしていて、静希は、こんな夏の空が好きだ、と感動していた。でも、なぜだろう。あの空を見ると、どうしてか赤いものを思い出す。なんなのかわからないけど、人の血みたいな濃い赤。気が狂いそうになるのが解った。


 そこはどこだろう。

 どこかの部屋。けれどなんだろう。少年はその場所をよく知っている気がするのだ。何度も何度も遊びにきた記憶がある。たしか──静希の部屋だ。


 目の前には少年の友達がうずくまっている。苦しそうに、だれかに助けを求めているかのようだ。だから近づいた。どうしたの、と心配して声をかけた。


 その次は、よく覚えていない。なにがあったのか、覚えていない。

 でも、そのときの景色が見えるのだ。

 すごく鮮やかな赤だった。その色についのみこまれてしまうのではないか、と思うくらい。

 それは近いようで、遠い夏の記憶。

 夏休み最後の、想い出だった──。


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