4 逃亡
俺はいきなり、ユートの体になった。
目が霞んでなにも見えなが、前屈みに倒れこんだ状態であった。
イメージトレーニング通り行動する。
察知を発動、4人の位置は把握できた。
隠密を発動する、これもできた。
胸の痛みで頭が痺れる。
ユートの記憶と感情が無秩序に頭になだれこむ。
次の動作に集中することで、
痛みや感情を強制的に遮断した。
後ろの敵の誘導、横の敵の誘導を発動する。
これもできた。
次はダッシュ。
あれ、動かない! おかしい。
ダッシュどころか指先一本動かすことができない。
まったく体を動かすことができなかった。
あまりに想定外だった。
動け、動けと念じるが体は動かない。
せっかく転生できなのに、俺はここで死ぬのか。
涙で目の前がにじむ。
横の男が振り返り「魔物か! 違うか。
脅かしやがって」とつぶやく。
後ろの男も振り返り「ピーター様、御用でしょうか?」と返事をした。
ピーターと思しき人物が「ハインマン、やつを仕留めたか、やつが見えないが?」
ハインマン「仕留めました。ここに転がっています」
剣を俺の背中に突き立てた。
ピーター「ああ、そこか、見えた。
死体を藪に隠せ。
とどめに、首をはねておけ」
ハインマンは「へーい」と返事をし、俺の上着の背をつかみ、藪へ引きづりだした。
首をはねられれば、確実に死ぬ。
生き伸びる方法はないか必死に考える。
ユートの記憶からハインマンを検索する。
ハインマンは横着な性格で、剣の手入れを下働きにさせていた。
俺は「剣を血で汚したくない、剣の手入れが面倒」と誘導した。
ハインマンは俺を藪に放り投げ、近づいてくる。
俺に手を伸ばす。
生きていることを感づかれないよう息を止めた。
もうこれ以上、俺にできることはない。
ハインマンはベルトの財布をはぎ取っただけで、首をはねずに立ち去って行った。
行け、行けと祈りながら、敵を監視する。
4人が察知の範囲から消えた。
幸運だった。
今、気づいたが、呼吸はできていること。
瞼を開閉できること。
少しづつだが体を動かせるようになっている。
ただ、気分は最悪だ。
モーレツな寒気が襲う。
それに眠い。油断していると、意識を失いそうになる。
「体が動かないんじゃ、魔物に襲われても反撃できない。
いっそ眠った方が早く回復するか」
死を一つ乗り越えたことで楽天的になった。
寝る方が早く回復することを信じて、俺は寝ることにした。
* *
どれだけ寝たのだろう。
起きると体が暖かい。
寝る前の寒気は消えていた。
周りはもう、ま暗であった。
ユートの記憶では襲われたのは朝9時ごろ、半日くらいは寝ていたのか。
真っ先に、体が動かせるか、確認した。
動かせる、体のあちこち痛みが走るが動かせる。
立ち上がってみる。ふらつくが、立てる。
歩いてみる。ふらつくが、歩ける。
俺は転生できた。そして生き延びられた。
次第に、喜びがこみ上げてくる。
体の状態を確認する。
胸に大きな刺し傷がある。
血のりは乾いている。
傷口は腫れているが、出血はしていない。
左手の腕に一か所、背中に一か所、傷があるが、傷口はふさがり、治りかけている。
偶然が重なり、脱出することができた。
だがまだ危機が去ったわけではない。
現状を分析し、行動プランを立てよう。
現状
・喉が渇く。出血で脱水状態、水の確保要(緊急)
・体は未回復、長距離移動や会敵は不可
・食料の確保要
・現在地はナジ村から南へ3Kmほど、会敵の可能性大、移動要
・武器、生活用品の確保要
・信頼し頼れる者、身内はいない
まづ、ユートの記憶から現在地付近の地図を頭に描く。
行動プランを作る。
・現在地から300m程で木橋がある。そこまで移動する。そこで水を確保
・木橋付近に簡易シェルターを作る。体力回復を図る
・体力回復中、川沿いで、ヤム芋を探す。食糧確保
・体力回復中、日中の行動は控える。(村人に合うと、敵に生存がばれる可能性大)
・体力回復後、武器、生活用品の確保(逃亡する折、家財道具をナジ村付近に隠した。隠し場所から回収する)
・武器、生活用品の確保後、西に15Kmほど移動し、長期滞在可能なセーフハウスを確保(岩場と林の混合地帯、隠れ家作成に最適と判断)
今は非常事態、行動する時だ。
休みたい気持ちを抑え込む。
木橋に向け歩く。
ちょっとした行動、目に入る光景、聞こえる音、
そうしたものをトリガーにユートの記憶が、感情がなだれこみ、
俺は叫びそうになる。
ユート、もう少し待ってくれ。
必ずお前の無念は晴らす。
イステナ様からユートの復讐は依頼されていないが、
窮地を脱したら、イステナ様に願い出る。
イステナ様は転生したら心は俺、優斗といったが違う。ユートの悲しみの記憶は優斗を悲しくさせる。
ユートの喜びの記憶は優斗の心を温める。母を連想すると優斗の母とユートの母がともに思い出される。
ユートの危機を優斗として乗り越えたことで、ユートの復讐はいつしか、俺の復讐に変わっていった。