2 イステナの提案、優斗の選択
俺は天井を見上げる。
何もない白い天井がある。
俺を苦しめた目まい、吐き気は収まっている。
不安な気分だ。
しかし、此処はどこだろう。
どこからとなく、声が聞こえる。
優しい鈴を鳴らしたような声色。
女性の声だ。
「目覚めましたか?」
俺は立ち上がり、声の方に体を向ける。
そこには薄い黄色のギリシャ風の衣を着て、
肌が黄金色の美しい大人の女性が立っていた。
「初めまして、私はイステナと申します」
「初めまして、俺は児島優斗です。
名前は優斗、児島は姓です」
「では、優斗とお呼びしてよろしいですか」
「はい」
イステナの品性にふれたせいか、俺の心は素直になっていく。
イステナは唐突に「優斗、あなたの質問に答えましょう」
俺「イステナ様、質問の数に限りがありますか?」
イステナ「様は不要です。
イステナと呼んでください。
質問に限りはありません」
俺「では、イステナ、俺はどこに居るのでしょうか?」
イステナ「あなたはアレフギアの世界、
イステナの空間に居ます」
俺「アレフギアの世界とは?俺、教室でテスト受けてたはず」
イステナ「アレフギアの世界はあなたのいた世界とは別の世界です。
世界はアレフギア、地球を含め、無限に存在します」
俺「イステナの空間とは?」
イステナ「私、イステナがアレフギアの世界に作り出した独立した世界です」
俺「あなたは人なのですか?」
イステナ「優斗に私を説明するのは無理です。
私にも分からないから。
アレフギアの世界の民は私のことを神と呼びます。
答えになっていますか?」
俺「はい、納得です」
俺はイステナに色々な質問をした。
イステナは丁寧に答えてくれた。
質問で解ったことは
・今いる場所はアレフギアと呼ばれる世界
・話しているイステナはこの世界の神
・イステナの年齢は50万歳(女性に年齢を聞くのはアレフギアでも失礼らしい)
・イステナ以外に神は107人いる(数え方は人ではなく柱かもしれない)
・イステナは道徳心により民を導いているが、民はイステナのことを復讐神と呼ぶ
・俺とクラスメイトは召喚魔法でアレフギアに呼び出された
・俺やクラスメイトをアレフギアに呼び出したのはアンダシア王国、アンダシア王国は定期的に異世界人を召喚している
・俺以外のクラスメイトはアンダシア王国にいる
・俺は召喚の失敗で、魂のみ召喚され、肉体は世界の狭間で失われた(ショックでしばらく呆然)
・魂のみの俺はイステナの空間を出ると消滅する
・俺も含め、クラスメイトが元の世界に戻る方法はない、イステナが知らないのではなく不可能とのこと
俺「どうして俺だけ召喚が失敗したのか解りますか?」
イステナ「解りません。
召喚魔法の異世界側を観測する手段がありません。
召喚魔法が発動した時、優斗とクラスメイトの皆さんの違った何かです」
思い当たる節がある。
あー、あれかもしれない。
窓から頭を出して、ゲロったあれだ。
他の奴は皆、教室に居た。
ドアや窓から出た奴はいなかった。
イステナへの質問が思い浮かばない。
イステナが話し始めた。
「あなたをここに呼んだのは、あなたに提案があるからです。
優斗、私の使徒になりなさい。
ただ、あなたは現状、魂のみの存在、私の空間から出ることはできません。
今のままでは使徒の勤めは果たせません。
そこで、使徒と成ることを条件に、あなたに新たな肉体を与えましょう。
ただし、使徒を止める場合、肉体はかえしていただきます」
そうか、俺、体ないんだ。
使徒になると体をくれるのか。
受ける以外選択肢は無いと思けど、悪魔契約みたいで超不安だ。
俺「使徒とは何ですか。
俺、イステナの奴隷されるの?
使徒って何したらいいんですか」
イステナ「使徒とは私の望みを実現する者です。
も~、どうして使徒と奴隷が結びつくの、
理解できません。
使徒はとても名誉で、崇高な存在です。
使徒の仕事。
そうですね、私が信者から復讐の依頼を受ける。
私は使徒に『復讐の対象者を探し、暴力をふるい、
辱め、殺す』ことをお願いします」
最悪だ。
体はどうしても欲しいけど、どうしよう。
俺のメンタルは日本人、中学生。
暴力、ましてや殺人などできるとは思えない。
暴力と殺人に明け暮れる人生、
そんなの俺の価値観と相容れない。
俺「体、欲しいです。
どうしても欲しいです。
でも俺、ヘタレなんで、暴力や殺人したことないし。
たぶん、無理。
それに暴力と殺人に明け暮れる人生て、
そんなの俺の価値観と合いません」
イステナ「私は使徒に特別な力を授けます。
だから暴力、殺人は簡単です。
やればすぐ慣れます。
心配いりませんよ。
それにアレフギアの世界で、暴力、殺人くらいできないと、優斗、あなたすぐ死にますよ」
イステナ「あ~価値観ですか~」
イステナは少し考え「優斗! 質問です。
地球の世界では暴力や殺人は無いのですか」
俺「あります。
暴力も殺人も」
イステナ「地球の世界では暴力を受けた者や殺された人の身内は泣き寝入りするのですか」
俺「いいえ、警察官が捕まえ、裁判官が法律で裁きます」
イステナ「警察官、裁判官、法律は優斗の価値観と合わないのですか?」
イステナはにっこり笑った。
俺「あ~! すみません。
考えをまとめます。ちょっと考えさせてください」
イステナの言いたいことが判った。
イステナの使徒とは警察官、刑の執行人。
刑も牢獄に投獄するのではなく、
目には目を、歯には歯を的な刑なのだろう。
俺の青ちょろい価値観を持ち出すなど、
アレフギアの世界では無意味だ。
バイオレンス上等、慣れてやるよ。俺は決めた。
「イステナ様、
俺をイステナ様の使徒にしてください。お願いします。
俺はイステナ様の使徒ですから、
これからはイステナ様とお呼びします」
イステナ「ありがとう、優斗。
今からあなたを私の使徒にします。
私の前に来なさい」
俺はイステナの前に進む。
イステナは右手を俺にかざし、微笑んだ。
その瞬間、俺の記憶は飛んだ。
気づくとまた、白い空間に寝ていた。
イステナ様が「起きなさい、優斗。
あなたにイステナの加護を授けました。
これであなたは私の使徒です」
俺は起き上がり、イステナ様にひざまずいた。
「使徒として勤めが果たせるようスキルも与えてあります。
使い方は記憶に埋め込みました。
スキルを思い出して見なさい」
イステナ様に言われるまま俺はスキルを思い出してみた。
身体強化、高速治癒、敏捷、隠密、誘導、察知(索敵、気配、魔素)、鑑定を授かった。
スキルの名前のほか説明、機能、発動方法も思い出すことができた。
俺「イステナ様、思い出せました。
使い方も判ります」
イステナ「スキルは肉体がないと試すことができません。肉体を得てから、試してみなさい。
次に、イステナの加護について説明します。
イステナの加護は私の使徒であることを証明するものです。
『イステナの使徒証明』と念じてみなさい」
俺は『イステナの使徒証明』と念じる。
俺の胸の前に直径1mほどの半透明の立体映像が浮かぶ。
映像は動画だった。
3秒ほどで終った。
幼女に人気の漫画。
イステナ様は月の女神じゃなかったはずだ。
恐ろしい妄想が浮かぶ。
俺「イステナ様、目的は?
いつ使います?
どんな効果が?」
イステナ様は満面の笑みで「加護のジングルです。
ジングルは神から加護を授けられた使徒であることを証明します。
ジングルは神ごとに異なります。
ほとんどのジングルは平面の静止画です。
平面で動画のジングルもありますが、
モノクロだったり、ダサかったりします。
カラー、立体映像、動画と三拍子そろったジングルは私だけです。
自慢していいですよ。
復讐を始めるとき、最初に使いなさい。
復讐劇の始まりを高らかに宣言するでしょう」
あー。恐れていた通りの回答だった。
イステナ様はあれだ。発病している。
中二病だ。
「〇〇に代わって、お仕置きよ! 」と叫ぶぐらい恥ずかしい。
イステナ様、俺、男子です。
絶対使いたくないです。
ごめんなさい。
『イステナの使徒証明』は封印します。
俺は「御意」と短く答えた。