Cafe Shelly サムライ先生、見参!
「あーっ、今日も学校は終わり。いやぁ、学校って楽しいなぁ」
ボクは毎日通う、この小学校が大好き。いつも下校の時間にこのセリフを言うのが日課になっている。
「おい大志、今日も一緒に帰ろうぜ」
「うん、竜馬。今日は剣道も休みだし、遊びながら帰ろうぜ」
親友の竜馬。小学校一年の時から一緒に剣道を習い始めてもう五年目になる。こいつもボクと同じく、学校が大好きなヤツだ。
学校が大好きな理由はもうひとつある。
「そういえばさ、明日はサムライ先生の授業があるよな」
「うん、サムライ先生はいいよなぁ。やさしくて、かっこよくて、オレも大人になったらあんな風になりたいなぁ」
竜馬が憧れるサムライ先生。ボクも大好きな先生だ。サムライ先生はボクたちの学校で武道の心得を教えてくれる。その中にも剣道の授業はあるけれど、剣道の技ではなくその心を教えてくれるという、ちょっと変わった先生だ。
「あ、そうだ。今日さ、サムライ先生の家に行かない?」
竜馬の呼びかけにボクは大賛成。
「うん、行こう行こう。じゃぁ早速帰ったらすぐにな」
サムライ先生はボクたちのような子どもが大好きだって言ってくれる。いつ遊びに行っても、ボクたちを大歓迎をしてくれる。
家に帰ると、早速お母さんにサムライ先生のところに言ってくると告げて、すぐに外に飛び出した。お母さんも、サムライ先生のところなら安心して行っておいでって言ってくれるから。すぐに竜馬と合流して、サムライ先生のところに向かった。
サムライ先生の家は剣道の道場もやっている、大きなお屋敷だ。剣道だけじゃない。ここには日本中からたくさんの人が勉強をしにやってくると聞いている。そこでは武道の心得から、日本人として大切な気持ちを教えているんだって。一流企業の会社の人達が毎日やってきて、大きな掛け声を出している。サムライ先生はそういう指導を弟子にまかせて、今ではボクたちのような子どもにそれを教えることに力を入れているって聞いている。
サムライ先生が住んでいるところは、大きなお屋敷のちょっと離れになっているところ。
「こんにちはー、サムライせんせー」
「はーい」
低くて大きな声とともにゆっくりと姿を現したのは、袴姿のサムライ先生。いかにもサムライって感じがするんだよな。
「おぉ、大志くんに竜馬くんか。さぁ、あがりなさい」
「はーい」
玄関でくつをぬいで、きちんとそろえる。これはサムライ先生から教わった大事なことだ。
「おやつでも食べんか」
「はーい、ありがとうございます」
サムライ先生は奥の部屋へとボクたちを通してくれた。
サムライ先生の家は畳敷きの日本の家って感じ。ここにくると身が引き締まる思いがする。なんだろう、心を引き締めなきゃって感じになる。といっても、緊張しているわけではない。むしろ、こういう感じが好きになれる。
「さぁ、食べなさい」
「いただきまーす」
今日出されたおやつは大きなどらやきだった。これがまたおいしいこと。
「大志くんに竜馬くん、学校は楽しいかな?」
「うん、とっても楽しいです。今日も先生にほめられました」
「そうなんだよ、大志のあいさつは日本一だねって先生にほめられたんですよ」
「そうかそうか、それはいい」
「これも、サムライ先生がこの前授業で日本一のあいさつについて話してくれたからです。あいさつってすごく大事なんだなって思ったから」
「うむ、あいさつは人を敬う心から口に出るものじゃ。人を敬うという気持ち、これを忘れてはいかんぞ」
「はーい」
サムライ先生と話すと、いろいろなことが学べる。ボクたちは素直にその教えに従っているだけ。教えられたこと、これはとても大事なことだっていうのはすごく理解できる。
「そういえば、サムライ先生ってどうしてサムライ先生って名乗ってるの?」
「はっはっはっ。竜馬くん、良い質問じゃ。ワシはな、知っての通り剣道を通じて武道の心を人に伝えておる。その心の原点はサムライ魂にある」
「サムライ魂かぁ。じゃぁ、サムライ先生も子供の頃からそんな風に教えられたの?」
竜馬はさらに質問を重ねた。ボクもそれについては知りたいところだ。
「実はな、ワシがこうやってサムライ魂に目覚めたのは二十年前のことなんじゃ。あの日、あのとき、あの仲間と、あのコーヒーに出会っていなければ今はなかったなぁ」
サムライ先生、急に遠い目をして語り出した。あの仲間っていうのはなんだかわかる気がするけれど。あのコーヒーってどういうことなんだろう?
「サムライ先生、その話、もうちょっと教えてよ」
竜馬もボクと同じ所に興味を持ったみたいだ。すかさず質問を重ねてきた。
「そうじゃな、この話はそのうちしてあげようと思ったが。今日は特別に二人にしてあげるとするか」
「ありがとうございます」
ボクたちは正座をして、きちんとしたお礼を言った。これもサムライ先生に教えてもらったことだ。
「うむ、その気持が大切じゃぞ。では話すとするか」
私の人生は剣道一筋の道を歩んでいた。母校は剣道の名門校で、私も高校時代にここで恩師に出会い、そしてなんと剣道日本一を経験させてもらっていた。大学では剣道の名門校に入学。そこでも多くの師に恵まれ、さらに剣道の道を歩むことに。一見すると、順風満帆な道を歩んでいると思われた。
大学を出た後、東京で就職。このときはちょっとモテた時期でもあった。自分で言うのもなんだが、割とイケメンで女性からのアプローチも多い時期。このとき、若気の至りというか、武道からはちょっと遠ざかった人生を歩んでいた。
ところが、このときに実家の父親が倒れたという連絡が。父親は会社を経営し、その跡継ぎとして兄がいたので、私は自由なことをさせてもらっていたのだが。さすがに父親が倒れたとなるといてもたってもいられない。幸い、命に別状があるようなことではなかったが。ストレスが溜まると危ないということで、会社の経営は当時専務として働いていた兄が引き継ぐことに。そこで兄から言われた言葉がこれだった。
「お前も会社を手伝ってくれないか」
これには悩んだ。といっても、二十代のあの頃、自分には目標なんてことはなかったから。渋々その言葉を飲むことに。
しかし悪いことばかりではなかった。剣道日本一を経験した人物が地元に帰ってきたということを聞きつけ、母校である高校の剣道部から指導者、助監督の就任依頼がきたのだ。
また剣道に触れ合える。また武道の道を歩むことができる。その喜びでいっぱいになった私。来春からの就任ということで、また自らを鍛え直すことにした。
「おい、聞いたぞ。また剣道を始めるんだってな」
療養中の父からの言葉。言われた言葉はたったそれだけ。その顔は私の剣道への復帰を心から喜んでくれているものだった。その期待に応えなければ。その思いで剣道の練習を再開。春までには身体を作りなおしておかなければ。地元の道場に通い直し、会社の仕事が終わるとすぐに練習。そんな毎日を繰り返していた。
昔とった杵柄。身体は覚えているものだな。数年間剣道から遠ざかっていたにも関わらず、地元の連中とは互角、いやそれ以上の立ち回りで相手を圧倒させることができた。そこで思い切って全日本剣道選手権へエントリーすることに。どうせならここでいい成績をとって、高校剣道部の助監督として子どもたちの前に立ってやろう。そんな思いがふつふつと湧いてきた。そして私の運命の日が訪れた。
迎えた全日本剣道選手権。一回戦、二回戦と順調に駒を進めていく。学生時代の頃が蘇ってくる。頭のなかでは次の対戦もしっかりと組み立てられて。そして迎えた三回戦。
「やーっ!」
気合十分で相手を圧倒する。相手もそれなりに進んできた相手。どこかで隙を突いて、得意の上段から打ち込む面を決めたいところ。しかしここはガマン。相手が動いてからのカウンター攻撃が自分の得意技。細かな手数は出るものの、有効打は未だにナシ。そして…
「やぁぁぁっ!」
来た、ここだっ! 私は勢い良く地面を蹴った。そのとき、今まで聞いたこともないような音が耳に入ってきた。
ブチンっ
その瞬間、私は何が起きたのかわからなかった。気がついたら目の前に見えたのは相手ではなく床。
「うわぁぁぁっ」
突然襲ってくる激痛。試合は中断。私はそのまま救急車で運ばれることに。診断は左膝の靭帯断裂。情けないことに、自分ではできると思っていたことに対して身体がついていかなかったのだ。
この日から松葉杖の生活が始まった。せっかく武道の指導者に就任できる、これから武道の道を歩んでいける、そう思った矢先の出来事。医者からは手術をしても元のようには戻らないと言われた。
こんな姿になってしまったので、助監督就任は断ろうかとも思った。しかし、せっかくお願いされたことだし。元のようには戻らなくても、指導者としてならばまだまだ動けるはず。周りからもそう進言されて、松葉杖のまま新学期を迎え母校の剣道部助監督に就任することになった。
しばらくするとようやく松葉杖ナシで動けるようにはなったが。口だけの指導では子どもたちには何も伝わらない。情けないことに、私は自分から手を出すことはできず、ひたすら打ち込まれる相手をするのみ。まるでカカシのようだ。そんな情けない姿を半年ほど続け、ようやくそれなりに動けるようにはなったが。
しかし鈍ってしまった身体と、またどこかで残りの靭帯を切ってしまうのではないかという不安にかられ。結果的にはふがいのない指導者の烙印を押されることになった。さらに悪い事に、私は口でばかり厳しいことを伝えていた。これが子どもたちには不満だったらしい。ある日、子どもたちは監督に私に対しての不満をぶちまけ、私の指導をボイコットするという自体に追い込んでしまった。
「もう少し指導方法を工夫してくれないかな。過去の戦績と経歴を見て、君ならいけると思ったんだけどなぁ」
監督からそんな言葉を言われ、さらに落ち込む。自分なりに一生懸命やってきたつもりだったのに。自分が高校時代に受けた厳しさはこんなもんじゃなかったのに。時代が変わっていったのだろうか。その日はやけ酒で久々の二日酔いになってしまった。
そんなときに私をなぐさめてくれた女性が現れた。それが今の妻である。地元の商工会の集まりにも参加するようになった時に出会った彼女。聞けば、私の二つしたの高校の後輩だとか。私が剣道日本一になった時の姿をよく覚えているという。
「先輩、あの頃すごく輝いていましたよね。私、あの頃の先輩にすごく憧れていました」
「でも、今はこんなに落ちぶれた姿になって…」
「そんなことはありません。先輩、剣道にがんばって打ち込んでいるじゃないですか」
「あ、ありがとう」
この言葉で恋に落ちた。
それから少しは元気を取り戻し。高校の剣道部に対しても厳しさを和らげて指導をするように気をつけるようになった。だがそれは、牙を抜かれた狼のようなもの。周りのウケは良くなったが、自分の中で釈然としない気持を抱えることとなった。
その後、彼女と結婚し、子どもも生まれ、仕事の方もそれなりに順調に進めていく日々が続いた。仕事も、専務という肩書きをもらって会社の中では一生懸命に働いた。剣道も、大会に出るようなことはあきらめてひたすら後輩の指導に打ち込んだ。
けれど、心には何か大きな穴が空いている。おかしい、武道に携わっているはずなのに。好きな事に打ち込んでいるはずなのに。家族もできて、充実しているはずなのに。この虚無感はなんなのだろうか?
そんな思いを抱えたまま、十年以上の歳月が流れた。このときには私ももう四十を過ぎて、社会的にも地位が認められて。さらには多くの仲間もできていた。しかし、虚無感は相変わらず感じている。
そんなある日、仕事でお世話になっている鉄工所の社長の島原さんがこんな話を持ちかけてきた。
「ドリプラってのをやりたいんだよね。ぜひ手伝ってくれないか」
「ドリプラ、ですか?」
聞けば、これは自分の夢を多くの人の前で語ることで、その支援をもらうというもの。支援、といっても資金援助ではない。いろいろな人が共感し、そして感動することで人を動かす。なんだか心がワクワクしそうなイベントだ。
「ぜひお手伝いさせていただきます」
最初はそう言ったが、関われば関わるほど自分の中にある何かがふつふつと沸き上がってきた。
「島原さん、ドリプラのお手伝いはしますけど…私もこれに出場してもいいですか?」
「もちろん、大歓迎だよ」
私の沸き上がってきた思い、それは自分の夢というものをはっきりさせたいということだった。この十年間、大好きな武道に関わっているにもかかわらず悶々とした思いが心の奥で渦巻いていた。その思いが私の中の何かをストップさせていた。
このモヤモヤした感覚を晴らしてみたい。けれど、ドリプラに出るには自分の夢が必要だ。その夢とは一体何なのか? まずはここでつまづいてしまった。
出場するには、まずは書類審査が必要。おぼろげでもいいから、夢となるものをつくらないと。けれど、それがなんなのかよくわからない。商工会の集まりに行き、このことを話してみた。すると、文具屋の加藤さんからこんなアドバイスが。
「だったらおすすめのところがあるよ。ここに行って魔法のコーヒーを飲んできてごらん」
「魔法のコーヒー?」
そして手渡されたメモ。ここに書かれているお店の名前は「カフェ・シェリー」。そういえば前に聞いたことがあるな。ここには魔法のコーヒーがある、と。けれど酒の席で聞いていたので、そのときは何が魔法なのかわからなかった。
「ありがとうございます。早速行ってみます」
加藤さんにお礼を言い、私は翌日早速営業のついでにカフェ・シェリーへと足を運んだ。
「ここか」
そこは街中の裏路地。道はパステル色のタイルで敷き詰められ、両端にはレンガで出来た花壇がある。この路地に経った瞬間、何かを期待させるものがあった。そして路地の中央辺りに目指すカフェ・シェリーの黒板の看板があった。その看板にこんな言葉が書かれてあった。
「夢はどこまでも広がっていくもの」
夢はどこまでも広がる。なんだか元気になれそうな言葉だな。思わず微笑んで、お店へ続く階段を上っていく。
カラン・コロン・カラン
お店のドアを開くと、心地良いカウベルの音が私を迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
同時に聞こえる女性の声。
「いらっしゃいませ」
少し遅れて、渋い男性の声。コーヒーと甘いクッキーの香りが充満しているこのお店。これだけでも心が落ち着くな。
「あの…文具屋の加藤さんから紹介されてこちらに来たのですが」
「あ、加藤さんのお知り合いですね。よかったらこちらにどうぞ」
通されたのはカウンター席。あらためて見ると、小さな喫茶店。しかし窮屈さはない。むしろ心地よい空間に感じる。
「あの…ここに魔法のコーヒーがあるって聞いてきたんですけれど」
「シェリー・ブレンドのことですね。ではそれでよろしいですか」
「はい、お願いします」
マスターは私の注文を聞いてすぐにコーヒーを淹れ始めた。準備をしながら、マスターは私に語りかけてくれる。
「加藤さんとはどのようなお知り合いで?」
「はい、私は会社で専務をやっているのですが。その関係で商工会の会合でよく加藤さんと顔を合わせるんです。今回、悩みを話したらここを薦められて」
「なるほど。ちなみに差し支えなければ、どんな悩みかお聞かせいただければ」
「大したことじゃないんですけどね。今度、ドリプラっていうのに出ようかと思って」
「えっ、ドリプラに出るんですか?」
反応したのは女性店員。
「ドリプラ、ご存知なんですか?」
「えぇ、お客さんがその実行委員をやるものだから」
それなら話が早い。
「そのドリプラに出るにあたって、自分の夢ってなんだろうってあらためて考えちゃって。そしたらここの魔法のコーヒーを飲むといいよって加藤さんが」
「なるほど。それでしたらまさにこのシェリー・ブレンドの出番ですね」
マスターはそう言って、ドリッパーのコーヒーをカップに注いだ。
「まずは飲んでみてください。そして、感想を聞かせてくださいね」
「ありがとうございます」
さて、このコーヒーにはどんな魔法がかかっているのか。そしてどんなことが起きるのか。早速その黒くて苦い液体を私の身体に注ぎ込む。
良い香りだ。思えば最近は忙しくて、こんなにゆっくりとコーヒーを飲むことがなかったからな。
うん、おいしい。いや、それだけではない。なんだろう、じわりと懐かしい感覚がよみがえってくる。ほとばしる汗、心の奥から湧き出る気合。あ、高校の時に剣道日本一をとったあのときの感覚だ。
思えばあのとき、どうして日本一をとれたのだろうか。もちろん、激しい練習を重ねてきたから。けれどそれだけではない。あのとき、先生はなんて言っていたかな。
心、そうだ、心だ。日本人として、侍としての心。礼儀を守り、人を敬う。そしてブレない自分をつくり、さらにそれを支えあう仲間をつくる。それが人として大事なことではないのか。
ここで私に足りていないものがなんなのかわかった。どうして虚無感をずっと感じていたのか、それが今はっきりした。私は子どもたちに剣道の技ばかりを教えてきた。侍の心、これを置いてきてしまっていたのだ。
「侍の心を取り戻す、か」
私は気がついたらそんな言葉を発していた。
「何か気づかれたようですね」
マスターの言葉でハッと我に返った。まるでどこかにトリップしていた感覚だ。
「えぇ、まぁ」
「侍の心ってどんな意味ですか?」
女性店員が私に聞いてくる。
「侍の心、それは私が高校剣道で日本一をとったときに先生から教わったものです。礼儀を守り、人を敬う。そこからブレない自分を作り出し、そこに共感した多くの仲間が集う。その仲間が仲間を支えあい、大きな目標を達成することができる。今の日本にはそんな精神が足りていない。うん、そんな侍の心を多くの人に伝える。そして、多くの人が日本人の心を取り戻す。それが私のやりたいことだ」
話しながら頭のなかがだんだんと明確になってきた。私は、私が学んだ侍の心を忘れていた。これを思い出した途端、この侍の心を世の中にもっと広げていかねば。その使命感に駆られた。
「それがやりたいことなんですね」
「はい、見えてきました。それにしても、これが魔法のコーヒーの威力なのですか?」
「えぇ、このシェリー・ブレンドは飲んだ人が今欲しいと思った味がするのです。中にはそれが映像として見えてくる人もいます」
なるほど、だから魔法のコーヒーなのか。
私は自分の思いを確かめるために、もう一度シェリー・ブレンドを口にした。そして静かに目をつぶる。すると、またあのときのほとばしる汗、心から湧き出る気合、そしてあのときに先生から教わった言葉が蘇ってくる。さらに、今度は私がそれを子どもたち、そして多くの人に伝えている姿。その映像がぼんやりとではあるが見えてきた。
「侍の心を取り戻し、日本を再生する。これが私のやるべきこと。今あらためてはっきりしました。私のドリプラはこれでいきます!」
「楽しみにしていますよ」
マスターはにっこりと笑って私にそう言ってくれた。なんだか力強い味方をつけた感じがした。
その後、すぐにパートナー探しに入る。ドリプラはプレゼンを行うプレゼンターと、それを支えるパートナーの二人組で応募しなければいけない。早速心当たりのある人を訪問して、自分の思いを伝えることにした。
「うーん、思いはすごくわかるんだけど…ちょっと時間が割けないんだよね」
「やりたいことはいいことだけどだし応援はするけど、他に良い人を探してくれよ」
などなど、みんな一見すると協力的なのにパートナーにはなかなかなってくれない。自分の思いに共感してくれるのなら、どうして協力してくれないのだろう。そのもどかしさを感じながらも、今はとにかくパートナーを探すしかない。
「ふぅ、どうして誰も自分の味方をしてくれないんだろうなぁ…」
実家でボソリとつぶやいた私。すると父が私に近寄ってきた。
「なんだか悩んでいるようだが。人生なかなか思い通りにならない、そんなところなんだろう。一つ聞くが、お前はどこまで自分の思いに対して本気を周りに伝えているのだ? ひょっとしてやりたいことしか伝えていないのではないか?」
父にそう言われて自分のやっていることを振り返った。私はやりたいことだけを伝えていた。それが世の中にどのような効果をもたらすのか。それで社会がどう変わるのか。それを本気で考えていなかった。
やりたいという思いだけでは誰も一緒には動いてくれない。がんばれよ、と励ましてくれる程度だ。自分の夢を叶えることで周りにどんな利益をもたらすのか。そこを伝えないと本気とは言えない。
父はさらに私に伝えた。
「お前が剣道日本一になった時、さらには大学に剣道で進学しようとした時、周りにどんなことを言っていたか覚えているか?」
私はあの頃を思い出してみた。
剣道の道を突き詰めて、そしてこの武道の心の素晴らしさ、これをもっと世の中に広げていくんだ。
負けない心。支えあう心。その心が人生を変えていく。そういう社会をつくっていきたい。私はそう言っていたことを思い出した。
大学に入りさらに心と技に磨きをかけてきたのだが。武道だけでは食べていけない。その現実を目の当たりにして、さらに遊びを覚えてしまったがために武道から遠ざかってしまっていた。反省と同時に、あの若き日の気持が蘇ってきた。
武の心が人生を、そして社会を変えていく。具体的にはどう変わるのか。そこをもう一度考えてみたい。このことをドリプラを主催する島原さんに相談をしてみた。
「大丈夫、そのために六ヶ月も準備をするのですから。パートナーも今は見つからなくても、六ヶ月間の間に見つかればいいですよ」
そういうありがたい言葉をいただいた。ならばこの六ヶ月間で自分の目指す姿をつくってみようじゃないか。その思いでドリプラにエントリーさせてもらった。
いよいよドリプラの支援会がスタート。この支援会とは、六ヶ月間ドリプラの出場者と私達をサポートしてくれるメンターとが一緒になって夢を練り上げていく作業である。
ここで出会った新たな仲間。今までの仕事の付き合いとは違い、それぞれが大きな夢を持っている。また、その夢を本気で支えてくれる人達がいる。悩んだ時には励まし合い、喜びをわかちあい、そしてお互いがお互いを支えあう。まさに私が目指している武士道の魂がここにあった。
そうだ、これをつくりたいんだ。こんな社会をつくって、多くの人が夢に向かって歩き出す。その礎となる教育を、侍の心をもって築きあげたいんだ。だんだんと自分のやりたいことが明確になってきた。
それをどんどんシナリオとして書き落としていく。さらには、映像になるように組み立てていく。その中で私は自分の役割がはっきりしてきた。まずは自分がお手本にならなければ。そして自分が侍にならなければ。
よし、決めた。今日から自分のことをサムライ先生と名付けよう。そして子どもたちに自ら侍の心を実践している姿を見せることにしよう。この日から自分の生活は一変した。
早朝に起きて竹刀の素振り、神社の参拝、さらには家の周りの掃除。精神統一をして仕事に向かう。夕方から高校の剣道の指導。ここでもやりかたを大きく変えた。まず、礼に始まり礼に終わる精神を指導し直すことに。
「助監督、なんか変わったよね」
「うん、前は厳しくてとっつきにくい感じがしたけど。なんていうんだろう、厳しさの中にも魂がこもっているっていうかさ」
「そうそう、あの武士道の話とか最初はうぜぇとか思ってたけど。言われてなるほどって思うんだよね」
生徒たちからそんな声がささやかれているのを耳にした。
そしてドリプラ本番。私は生徒たちを招待し、自分の夢である「日本サムライ学院」構想を発表した。その中で描かれている世界。これは失われがちだった日本人としての心を取り戻すこと。そしてみんなが助けあい、励まし合いながら生きていく姿を描いた。
その日以来、私は生徒からも「サムライ先生」と呼ばれるようになった。いや、私からそれを仕掛けたのだ。練習の合間に、ときおり侍の心についての言葉をかける。そのときに自分のことを「サムライ先生は」と言うようにした。
その翌年、私は快挙を成し遂げることが出来た。剣道の名門である我が校であったが、全国大会に出場はできても日本一はしばらく遠ざかっていた。が、なんと…
「やったぁぁぁ!」
高校剣道日本一を達成! ここで確信した。技だけを磨いてもダメなのだ。心を磨かなければ、それは達成できない。
その翌年、私は高校の剣道部の監督に就任した。前任の監督が高齢になったのもあるのだが。私に全てを任せる、とおっしゃってくれたのだ。私はさらに剣道の指導に熱が入る。高校生だけでなく、地域の小中学生に対しても指導を行うようになってきた。
そこで伝えること。それはまず侍の心である。これを徹底的に教えこんだのち、剣道の技を伝えることにしている。すると、徐々に地域が変わり始めた。
私の剣道の教え子たちを中心に、街の清掃ボランティアや挨拶運動などの広がりが自主的に行われ始めたのだ。これはテレビでも取り上げられた。そこでインタビューを受けた子どもたちが口をそろえて言ってくれたのがこの言葉だ。
「ボクたちはサムライ先生から教えてもらいました。自分に負けない心、そして支えあう心。これが大事だって。これが侍の心だって」
この日以来、サムライ先生を求めて全国から問合せが殺到してっしまった。マスコミの力というのは恐ろしいものだ。
実はこのときには兄から会社の経営を任せたいということを伝えられていた。つまり社長になれ、ということだ。ここは大いに悩んだ。どうすればいい? このときにふとシェリー・ブレンドのことを思い出した。
「もう一度、シェリー・ブレンドに自分のやりたいことを聞いてみよう」
その思いで久しぶりにカフェ・シェリーへと足を運んだ。
「こんにちは」
久しぶりなので私のことを覚えているだろうか?
「あ、こんにちは。サムライ先生だ!」
私に最初に気づいたのは女性店員。
「サムライ先生、テレビ見ましたよ」
マスターもそう言ってくれる。聞けば、ドリプラもビデオで見てくれたとか。これには驚いた。と同時にドリプラの威力をあらためて感じた。
「今日はシェリー・ブレンドに答えを見つけてもらいたくてやってきました」
「わかりました。では準備しますね」
マスターがコーヒーの準備をしている間、ドリプラから今まで起こったことを話した。サムライ先生として侍の心を教えはじめたこと。剣道日本一に導けたこと。高校の剣道の監督に就任したこと。地域の子供達も指導していること。その子どもたちが侍の心を大切にしていること。そして、社長に就任しろと言われていること。
「なるほど、それで悩まれているのですね。はい、シェリー・ブレンドです」
差し出されたこのコーヒー。ここに自分の答えがある。どんな答えが見えてくるのか。期待を込めてその液体をゆっくりと口に含む。
「ん、なんだこの味は?」
以前飲んだ時には、高校剣道の時に体験した汗と気合を呼び起こしてくれた。が、今は全く違う。
澄み切った、張り詰めた空気。すんだ空気の朝の神社にいるような、神々しい感覚だ。精神統一。そんな言葉を思い浮かばせてくれる。これは私にとってどういう意味があるのだろうか?
心を統一せよ。そうか、私は会社の仕事と侍の心を教えることを別々のこととしてとらえていた。しかしよく考えて見れば、これらを別々のものとしてとらえること事態が間違っているのではないだろうか。どちらも同じ事じゃないか。
社員に対しても侍の心は必要なはず。そこをきちんと指導しながら会社を経営していく。これも大事なことだ。兄は私に経営を任せるのであれば、社員にも侍の心を教育させることを条件にしてみてはどうだろうか。そして会社ぐるみで地域貢献に取り組んでいく。うん、これなら悩む必要はない。
「何か見えてきたようですね」
マスターの言葉で目を開く。
「はい、答えが見えました」
私は今感じたことをあらためて言葉にしてみた。
「なるほど、精神統一ですか。これは自分の精神っていうことと同時に、みんなの心を一つにするという意味もあるようですね」
「同感です。みんなで心を揃えていけば、どんなことにも立ち向かえる強い企業になれる。それを目指していきます」
よし、サムライ先生を会社の中でも広げていくぞ。そう決心して、私は兄から社長を継承することにした。
最初は社内でも反発はあった。おかげで数名の社員がついていけないということで辞めていった。が、残った社員と新たに入ってきた社員は逆に結束力が強くなり。侍の心を持った会社が新たに誕生することとなった。それがおもしろいことに業績にもつながり。ぐんぐん右肩上がりでのぎて行く結果となった。
さらにこれが話題を呼び、私は再びマスコミの取材を受けることに。すると、今度は我が社を見学したいというところがでてきて。一緒に朝礼を受け、社内の取り組みを教えてあげ、さらに夕方からは子どもたちに剣道を教えるところまで見せてあげた。この行為がさらに話題になり。いつしか私の仕事の大半は多くの企業へ侍の心を伝えるものへと変化していった。
「社長、どうせならこれを事業化しませんか? 社長がサムライ先生として侍の心をもって企業研修を行う。そういう道場を開きましょうよ」
「うん、それも悪くないが。私がそういう仕事に専念しても大丈夫かな?」
「大丈夫です。まかせておいてください」
このとき、私は社員を社員として見なくなった。みんな仲間だ。こんなにかけがえのない仲間を私は持つことができたんだ。この仲間と一緒に、私はサムライ先生として侍の心を日本中に広げていく。そして必ず、日本という国をよみがえらせる。
「みんな、力を貸してくれてありがとう」
私の思いは確固たるものとなり。そして侍道場を開くこととなった。
ここには多くの企業が集まり、そして侍の心を学んで帰っていく。それだけではない。地域の子ども達にもしっかりと侍の心を学んでもらう。そしてこの子どもたちが大人になったら。さらに多くの人達にこの心を伝えていく。これこそが私が目指す日本再生計画。日本サムライ学園構想だ。この思いに賛同して、さらに多くの支援者が集まってきた。この地に侍の心を根付かせ、そして発信していく。
もう迷わない。私はサムライ先生。武士道を突き進み、そして未来へとつなげていく。その架け橋となるべく、私は生きているのだから。
「これが私が今ここにいる意味なんだよ。二人とも、わかったかな?」
「はい、サムライ先生ってすごいや! ボクも大きくなったら、サムライ先生みたいになりたいです」
「オレも大志に負けないくらい、侍の心をたくさんの人に伝えていきます」
「うん、大志くんも竜馬くんもこれからがたのもしいなぁ。わぁっはっはっ」
ボクはこの話を聞いて、ますますサムライ先生が好きになった。もっともっとサムライ先生に習って、侍の心というのを身に着けて、そしてたくさんの人にこれを知ってもらおうと決心した。
「サムライ先生、お願いがあります」
「ん、大志くん何かな?」
「ボクを、ボクをサムライ先生の弟子にしてください!」
ボクはあらためてきちんと正座をしてサムライ先生にそのお願いをした。この思い、今思いつきで言っているのではない。実は前々からきちんとサムライ先生にいろいろなことを学びたい、そう思っていた。
「お、オレも弟子入りしたいです。よろしくお願いします」
竜馬もボクと同じようにしてサムライ先生にお願いをしている。こいつも心が熱くなったに違いない。
「うん、そうか。二人の思いはとても強く伝わったぞ」
「そ、それなら弟子入りは…」
「だが、その思いを私ではなくもっと先に伝えるべき人がいるのではないかな?」
そう言われて竜馬と二人で顔を見合わせた。サムライ先生より先に自分の思いを伝える人、それは…
「まずはここまで育ててもらった自分の両親。そこに自分の思いを伝えてからじゃ。それが筋というものじゃよ」
「はい、わかりました」
そうか、そうだよな。ちゃんと自分の親に許可をもらわないと。ボクはいてもたってもいられなくなった。
「サムライ先生、今日はありがとうございました。帰ってから早速親に話してみます」
そういってサムライ先生のところを後にした。
心がわくわくしてきた。これで親からサムライ先生への弟子入りが許可されたら。ボクにはどんな人生が待っているのだろう。ボクもサムライ先生みたいに武道を通じて、侍の心を広げていけるようになれるんだろうか。うぅん、なんだか身震いしてきた。
「ただいまー、ねぇお母さん、話があるんだけど」
ボクは夕飯の支度をしているお母さんに早速話を切り出した。
「ボクと竜馬でサムライ先生に弟子入りをしたいんだ。もっと本格的にサムライ先生にいろいろと習ってみたいんだ。そして、サムライ先生みたいに侍の心を多くの人に広げていきたいんだ」
矢継ぎ早に思ったことを口にする。
「大志、あわてないの。もっとゆっくりしゃべりなさい」
そのあと、夕飯でサムライ先生のところで聞いた話を家族にしてみた。
「へぇ、サムライ先生ってそんな人生を歩んできたんだ」
ボクの話に真っ先に食いついてきたのはアニキだった。アニキも今は中学で剣道をやっていて、サムライ先生に学んでいる。
「でも、弟子入りだなんてご迷惑じゃないかしら」
お母さんはなんだか心配そう。それに対してお父さんがこんなことを言ってくれた。
「サムライ先生なら大丈夫だよ。うん、あの人は心の大きな人だからね」
「あら、どうしてそんなことがわかるの?」
「ははは、なぜなら大志の話の中に出てきたサムライ先生に反発をしていた高校生。あの中の一人が私だったからなぁ」
「えぇぇっ!」
お父さんのこの発言にはびっくりした。お父さんも剣道をやっていたのは知っていたが。まさか、ちょうどあの時期の生徒だったとは。お父さんは話を続けた。
「あの頃、サムライ先生は助監督でとても厳しい人だった。けれど、途中から武道の心を説くようになって。その話がおもしろくてな。だんだんと夢中になったのを覚えている」
ごはん茶碗を手にして、遠い目をするお父さん。
「あのとき、あれだけ反発をしていた私たちのことを素直に受け入れてくれた人だ。大志、やるからにはとことん学んでこないといけないぞ」
「うん、わかった!」
よし、これで親の許可ももらった。翌日、学校で竜馬に真っ先にそのことを報告した。
「大志のところもか。オレのところもサムライ先生ならってことで許可をもらったよ。今日のサムライ先生の授業の後に二人で報告に行こうぜ」
「うん、楽しみだなぁ」
その日の午後はサムライ先生の授業。みんな体育館に集まって、サムライ先生の話を聴いたり二人組や三人組を作って実演をしたりあいさつの練習をしたり。今回も侍の心をまたひとつ教わることができた。そして授業が終わって。
「サムライ先生!」
「おぉ、大志くんに竜馬くんか。今日の授業はどうだったかな?」
「はい、とても楽しかったです。サムライ先生、弟子入りのことなんですけど」
「ほう、家の人はなんと言ってくれたかな?」
「ボクも竜馬のところも、弟子入りしてもいいって言ってくれました」
ボクは期待に満ちた声でサムライ先生にそう報告した。
「うむ、そうか。では二人の弟子入りを許可してあげよう。その代わり一つ約束をしてくれないかな」
「なんでしょうか?」
「弟子と生徒は全く違う。私は生徒には優しいが弟子には厳しいぞ。それについてこれるかな?」
ボクは考えるまもなくこう返事をした。
「はい、覚悟しています」
「オレもがんばります!」
竜馬も本気のようだ。
「うむ、では明日から早速弟子として扱うとしよう。ではまず、毎朝五時にワシの道場にくるのじゃ」
「えっ、五時ですか」
「なんじゃ、もう無理と思ったかな?」
「いえ、やります、がんばります」
翌日から言われた通り、朝五時にはサムライ先生のところに行くことに。朝五時に行くには、四時半には起きないといけない。ねむたい目をこすりながらサムライ先生の道場に行くとびっくり。たくさんの大人が掃除を行なっていた。どうやらサムライ先生のところに研修に来ている人たちのようだ。
「よいか、二人ともこれからこの人達のお世話をする係をしてもらう。六時半には朝食になるから、その支度を手伝ってほしい」
そう言われて台所に連れて行かれた。そこには何人もの人が朝ごはんの準備をしていた。
「みんなちょっと聞いてくれ。この二人は大志と竜馬という。今日からワシの弟子として扱うことにした。兄弟子として面倒を見てくれ」
「大志です、よろしくお願いします」
ボクはまずは挨拶だと思って元気な声を出した。竜馬も同じようにした。それがよかったのか、すぐにみんなに受け入れてもらえた。
こうやってボクの弟子生活が始まった。朝の支度が終わると、みんなと一緒に食事。そしてボクと竜馬は学校に行く。
学校が終わるとすぐにサムライ先生のところに行き、宿題を終わらせて武道の稽古。夜は家に帰るけれど、必ず日記をつけることに。その日記は翌日サムライ先生に見せることになっている。
この弟子生活を初めて四年後、ボクと竜馬は地元高校の剣道部に入部。そのときに一年生ながら高校剣道日本一を経験した。さらにそれを三年間守り続けるという快挙も成し遂げた。
そして大人になった今…
「いいですか、みなさん。まずは心を込めて大きな声で挨拶をする。そこから始めてみましょう」
「はい、サムライ先生!」
ボクはサムライ先生と呼ばれ、小学校で侍の心を教えている。そう、ボクたちは今全国の子どもたちに侍の心を教える新たなサムライ先生になったのだ。日本サムライ学園は今や日本国中に広がっている。
弟子たちはみんなサムライ先生と名乗って、初代サムライ先生から教わったことを世の中に広げている。今や伝説の人となった初代サムライ先生。その心の教えは、今は日本人の心となりつつある。
今度はボクが次のサムライ先生を生み出す番だ。よし、やるぞ!
<サムライ先生、見参! 完>