生徒会室に呼ばれました
職員室や、音楽室。美術室や、各種研究室や危険物倉庫、
さまざまな教室が入っている建物の上層階にその部屋もやはりあった。
生徒会室
特に優秀な生徒がそこに在籍し、さまざまな折衝、依頼、イベント、問題解決をこなしている。
そこに在籍する生徒会メンバーは、学生達にとって憧れの的だった。
基本的にその部屋には、生徒会メンバー以外は入れない。
これは、学生が生徒会室に理由を付けて立ち寄ろうとすることを防ぐ処置だったが、
なぜか私は今そこに居た。
この学園の初代学長の肖像画が掛けられている。
20代の頃に描かれたらしい銀髪の女性。この国では、救国の賢者と呼ばれた女性だった。
その絵画以外には装飾品らしいものなく、事務的な机や椅子、食器などが揃えられていた。
地味ではあるけれど、机や椅子はやはり高級なものを使っているな、と思いつつ。
――半分現実逃避の感覚で。
本来居心地のよいはずの椅子は、まるで針のムシロに座っているかのような感覚にさせる。
目の前には一人の女性が立っていた。
最近、少しだけ眠れるようになった私は、いつもより元気に学園にいけるようになっていた。
なんとか次の追放計画を、それも自分へのダメージが少ない方法を考えようとし情報を集める毎日。
そして、数日が過ぎた後、私は急に生徒会室に呼ばれることになった。
特に用事はないはずだけど、呼ばれたからには生徒会室に行くしかない。
……アリアへの嫌がらせがばれた?
証拠は一切残していない。私にたどり着くのは不可能なはず。が、もし私までたどり着いていたら?
ばれること自体は予定通り。しかし今の段階では、はたして追放処分まで行けるだろうか。
もしそうなら、いかに見苦しく振る舞い、感情を逆なでさせるか。
追放処分までどう持っていくか、頭の中で作戦を立てつつ、生徒会室の扉を開いた。
そこに立っていたのは笑顔のアリア。
壁に掛けれられた救国の賢者の絵画。そのの前に立っている。
窓からの入り込んだ光の線が彼女を照らす。
まるで天使がそこに居るような、彼女を含む部屋、それ自体が絵画のようだった。
しかし、その笑顔に私は凍りつく。あれはダメだ。目が全く笑っていない。
彼女は、憤怒の感情を天使の笑顔で隠している。
私は純粋に恐怖した。悪夢を見たときと同程度の恐怖を覚えた。
頭に立てたはずの作戦は吹き飛んだ。
本能的に逃げるために振り返り、しかし、私を待ち構えるように王子と兄が扉の前にいる。
なぜ、と思うことはできない。ただ、万事休すということだけを理解する。
逃げ場のなくなった私は観念すると、アリアに示されるまま、目の前に置かれた椅子に座った。
その後は、延々とアリアにお説教をされている私だった。
「バーゼス様は、宰相のご令嬢であり、王子の婚約者でもあります」
「はい」
「それが、中庭で別の男性の肩に寄り添っていたとは何事ですか」
「はい」
「バーゼス様に限って、如何わしい感情でやったこととは思いません。
しかし年頃の少女がかなり無防備すぎます。
それがバーゼス様の長所でもありますが、少しは気を付けて頂かなくては困ります」
「はい」
「あんなことをしていたら、男の方が本気になるかもしれません。
悪い噂だけでは済まなくなりますよ。本当に」
「はい」
多分反論したら、10倍くらいに返される。私はただただ頷くだけだった。
ああ、アリアの後ろには、今、般若の表情をした天使が見える。
いじめの主犯であることはばれていなかったが、さりとて彼女がそこまで怒るかわからない。
そもそも叱り役がなぜアリアなのか。この場合王子の方が適切ではないのか。
いえ、王子がやったら洒落にならなくなる。
だから王子に頼まれてアリアが叱り役をしているのなら、理解はできる、と思う。
……変なことを考えて目を反らすのは止めよう。
アリアは私の事を本当に心配し、だからこそ怒っていると。
「バーゼス様にもしもの事があれば、大変なことです」
「はい」
「気軽にあのようなことをして、男性に襲われたらどうするつもりですか」
「……」
「そこで何も考えてなかったと言う顔をしないでください、頼みますから」
「はい」
あの中庭での出来事。たしかに、あれは少し軽率だったと思う。
ただ、ダレウスが変なことををするとは思えなかったし、あの時はちょっとどうにもならなかった。
あの時寝れなければ、今頃倒れて保健室だったろうな、と思いながらアリアの声を聞いている。
「バーゼス様ほどの魅力がある女性は中々いません。だからこそ気を付ける必要がありますよ」
「……」
「そこで、疑問符を浮かべた表情をするのは止めてください。なんでそこは否定的なんですか」
あ、アリアが少し疲れた声になったわね。
アリアはああ言うし、確かに顔だけは母親譲りでそれなりには良いとは思うけれど、
女性的な部分は、まだまだ未発達だ。ええ、これから育つのであって、これで終わりではないはずだ。
アリアほどの出る所は出て引っ込む所は引っ込む、理想的なプロポーションで、頭も良く性格もいい。
そんな女性としての魅力が私にはあるわけではない。男性に何か思われるとは思えない。
そもそも私は最低限の貴族としての振る舞いはできるが、決して性格が社交的とはいいづらい。
本さえあれば、一日を退屈せず過ごせるくらいなのだ。
そしてなにより、後1年足らずで追放される予定の身だ。必要がなければ人付き合いする時間がない。
そんな女が、恋愛とかそういうのできるわけがない。そんな余裕はない。
私に本当に魅力があるのなら、実際に男を誘惑でもして、婚約破棄&追放処理とか……
うん、想像するだけで無理だと分かる。
「まったく……バーゼス様、聞いていますか?」
「ええ、アリアにまで心配させてしまい、申し訳ありませんわ。今後は気をつけます」
「本当にそうしてください。バーゼス様の悪口言われるの、私は嫌ですから」
アリアははあ、とため息を吐き、表情を緩めた。
どうやらあの現場を誰かが見ていて、王子の婚約者が浮気とか悪い噂となっていたらしい。
王子のファン、ダレウスのファン。両方からかなり批判があったようだ。
これで追放とかになったら楽だったけど、そうはなりそうになかった。
王子や、兄、アリア等の生徒会メンバーが全力で調査及び噂の根絶をしたらしい。
それは職権乱用じゃないかな、とも思うが王子の面子も潰れかねない噂でもある。
ある意味仕方のない処理かもしれない。
「ま、我が妹の愚行でアリア君のいじめも減ったのだ。怪我の功名ともいえるな」
「そういう問題でもないがな。私としてはその噂を聞いてかなり悩んだぞ」
「それは妹を放っておくお前が悪い。ああ見えてさみしがり屋だからな。むしろ構い倒す位でいいのだ」
「なるほどな。今度からそうしよう」
後ろでは、兄と王子がなりやら話している。
ちょっとまって。兄の私への評価が変な所へ言っているのですが。私はどこぞの犬猫ですか。
というか、王子は私に構わず、アリアさんと一緒に居てください。
私に構いすぎると国が滅びます。
心の中で叫んではいるが、直接言うこともできずに黙っていることにする。
どうやら、私の悪い噂が広がり、結果としてアリアへのいじめが減ったらしい。
思ったより早い鎮火になりそうだった……このままだと、追放計画に修正が必要かも。
親の七光りとはいえ、自分の影響の大きさを失念していたのが悪い以上、そこは受け入れるしかない。
「さて、妹へのお説教はココまでとして、そろそろ今回の集まりの副題へと進もうではないか」
「そうですね、せっかくですから別の問題を相談しましょう」
兄と、アリアが頷きながら話題を変える。あくまで私の件が本題だったらしい。
私への説教が本題とか、今日も平和そうで安心ね。私も全力で追放計画練り直せる。
さっさと、ここから出ようかなと思っている内に、王子が口を開いた。
「さて、では副題へと移行する。今回の副題は”この学園に入り込んだ暗殺者をどう見つけるか”だ」
「どう考えてもそっちの方が主題でしょう!」
思わず叫んだ私に対し、三人は心底不思議そうに顔を向けた。
「「「クレア(様)の件の方が重要だ(わ、です)」」」
きっちりそろう三人の声に思わず私は天を仰ぐ。
あ、意外と天井にもシミがない。
どうでもいいことを考えることで、とりあえず落ち着くとことにするのだった。